ルミアを狙う王室親衛隊から逃れたテラスはルミアを抱えて人気のない路地裏へ降りる。
「よっと」
地面に着地、ルミアを下すもその顔は怒っていた。
「どうしてこんなことするの!? このままじゃテラス君まで殺されちゃう!?」
「いや、僕は死なないけど?」
「馬鹿! そう言う問題じゃないの!? 私なんかの為にあんなことをして…………ッ!」
容赦も躊躇いもなく、王室親衛隊を殺そうとした。
いや、ルミアが止めに入らなければ殺していただろう。
だけど、それはいい。
問題はこのままでは自分のせいでテラスまで巻き込んでしまう。
「私は…………私は…………」
「ル、ルミア…………?」
気が付けばルミアは涙を流していた。
いつかはこんな日が来るだろうと覚悟していた。
元々、三年前に死ぬはずだった。自分という存在が公になれば国内外に要らぬ混乱をもたらす猛毒だと自覚しているからだ。
しかし、アリシアが無理をして生かしてくれた。
死ななければならない自分が今日まで生きることができた――――それは幸運だ。
だが、いつかは事情が変わり、やむ得ず自分を処断することを決意する日が来る…………いつも心のどこかでそんな覚悟をしていた。
仕方がないこと。だと理解している。
三年前に死ぬはずだった自分が今、死ぬ。それだけの話だ。
それでも死ぬのは怖かった。
覚悟はしているつもりだった。それでも死ぬのは嫌だった。
それなのに…………この男は世界よりも
「死にたくない…………死にたくないよ…………」
幼い子供のように彼の胸で嗚咽も漏らし、涙する少女。
自分の問題に彼を巻き込ませてしまい、これは我儘だということもわかっている。
それでも自分の正直なこの気持ちを彼に漏らずにはいられなかった。
「了解。任せて」
彼は涙を流す少女の頭を優しく撫でた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
瞬間。空から絶叫と共に二人の男女が飛び降りてきた。
「先生…………それにセラ姉さんも…………」
「テラス君!? こんなところでなにしてるの!? 早く戻らないと…………どうしたの?」
「おお、セラ…………お前、俺を殺す気か…………?」
ルミアの表情から尋常じゃない何かに察したセラの隣でグレンは顔を青ざめていた。
「ああ…………? なんかあったのか…………?」
「はい、実は―――」
テラスは信用できる二人の先ほどの王室親衛隊がルミアを殺害しようとしていたことを告げて事情を説明する。
すると、二人は顎に手を当てて首を傾げる。
「王室親衛隊つったら女王陛下に忠義厚いやつばかりだ…………それがどうなってルミアを殺すことになる…………?」
「それよりも、よくここがわかりましたね」
「ああ、お前がルミアを抱えて飛んでいるのが見えてな。偶然会ったセラに頼んでお前の後を追った」
「ああ、【ラピッド・ストリーム】」
黒魔【ラピッド・ストリーム】。
激流を身に纏い、機動力を爆発的に向上させる魔術。
セラがもっとも得意としているこの魔術を使えばテラス達を追跡することも容易だ。
ついでに吸血鬼として身体能力も人間離れしているセラなら同じ魔術を使用してもその機動力に勝てる者はいないだろう。
「…………色々面倒なことが起きてはいるが。テラス、お前はすぐに戻れ。お前が出場しねえと勝てる競技も勝てねえだろう? ルミアのことは俺達がなんとかする」
「わかりました、ルミアをお願いします」
二人にルミアを任せて、テラスはすぐに競技場に戻ろうとする。
「テラス君…………」
テラスの袖をルミアは抓んで、その顔は何か言いたくても言えない。そんな顔だった。
「競技祭にも勝って、ルミアも助ける。だからちょっと我慢してて?」
ルミアの頭にそっと手を置いて告げると、テラスは【ラピッド・ストリーム】を起動させ、この場を離れて競技場に戻る。
「遅い! いったいどこをほっつき歩いていたの!?」
「ごめん、ちょっと色々あってね」
戻るすぐにシスティーナからの叱責を頂戴してしまったテラスは申し訳なさそうに謝罪を述べる。
「ほら、すぐに行って! 本当にギリギリで皆心配したんだから!」
システィーナに背中を押されてフィールドに姿を見せると、選手が全員揃ったことにより、実況のアースが声を張り上げる。
『さぁ、やってきたました「乱闘戦」! 今回注目する選手はやはり二組―――ッ! テラス=ヴァンパイア!! 学院では既に講師を上回る彼の実力は計り知れず、つーか、本当に生徒か!? 講師として派遣されているんじゃないのか!?』
実況から妙な自己紹介を受け流しながら他のクラスの代表選手から鋭い眼差しを貰う。
それから種目『乱闘戦』のルール説明が流れ、実況が競技開始を告げる。
『それでは「乱闘戦」を始めてください!!』
「《雷精の紫電よ》!」
「《大いなる風よ》!」
「《白き冬の嵐よ》!」
開始と同時に二組のテラスを除く全クラスがテラスに向けて一斉に呪文を唱えた。
電撃、突風、冷気が一度にテラスに向かって放たれた。
「手を組むのはいいのだけど、狙いがバレバレだよ?」
空からその声が届き、生徒達は顔を上げるとそこにはテラスがいた。
生徒達の狙いを見抜いていたテラスは黒魔【グラビディ・コントロール】の重力操作で重力を弱め、空に跳ぶことで回避した。
それに気付いた生徒達は空にいるテラスに向けて手を伸ばし、呪文を紡ごうとしたが
「遅い」
手を銃の形にして
彼が再び地面に着地した時には立っている生徒はテラスだけだった。
『き、決まった―――――ッ! 圧勝! 文句なしの圧勝だ! やはりテラス君に勝てる生徒はいなかった!? 本当になんで生徒なんてしてるんだ!? もう講師になっちまえ! 二組のテラス君の勝利だ――――――ッ!!』
熱が入っている実況の声に歓声が巻き上がる中でテラスはクラスメイト達がいるところに戻る。
「流石ね」
「まあね」
二人は笑みを浮かばせながらハイタッチする。
「決闘。任せたよ」
「誰に言ってるのよ?」
勝利を果たしたテラスはシスティーナに残りを託す。
すると―――。
「お前達が二組の連中だな?」
「そ、そうですけど…………あ、貴方達は一体…………?」
不意にテラス達の前に姿を現したのは見覚えのない男女だ。
長髪、鷹のように鋭い目つきの青年と、感情と表情の死滅した人形のような少女。
「俺は、グレン=レーダスの昔の友人、アルベルト。同じくこの女はリィエルだ」
「……………………」
システィーナの問いにアルベルトと名乗る青年が答え、リィエルと呼ばれた少女は無言で微かに頭の角度を下げた。
「唐突で戸惑うと思うが、あの男は今しばらく手が離せないらしい。ゆえに俺はこのクラスのことをグレンに頼まれた。が、指揮はテラスに任せると言っていた。そして―――優勝してくれ。あの男からの頼みだ」
「優勝してくれって…………なんで?」
システィーナはもちろん二組の生徒が戸惑いを隠せれない。
グレンの旧友と名乗るこの男はなんだろうか? どう判断すればいいのかわからなかった。
「わかりました、アルベルトさん。指揮は任せてください」
そんな中でテラスが真っ先に口を開いてアルベルトの言葉に頷いた。
「テ、テラス。いいの…………? そんな簡単に決めて…………」
戸惑いを隠せれないシスティーナの手をアルベルトの隣にいた小柄な少女が、その手を取った。
「…………お願い。信じて」
システィーナは互いの吐息も感じられる距離で、その少女の瞳を深く覗き込んで、テラスに視線を向けると静かに頷いた。
「…………わかったわ。テラス、指揮は任せるわよ!」
「了解」
手を上げて了承するテラスにシスティーナは今度はクラスメイト達に告げる。
「グレン先生が今、どこで何をやっているのか知らないけど…………せっかく皆で勝とう! テラスや先生のおかげで皆、ここまで来れたのよ!?」
「それに考えてみてよ? あのグレン先生が自分がいないだけで僕達が負けたらきっと『ぎゃははは! お前らって俺がついてないと全っ然ダメダメなんだなぁ! あっ、ゴメンねぇ、キミ達ぃ、途中でボク抜けちゃって~、てへぺろっ!』って言うよ?」
ご丁寧にグレンの声真似してまで焚きつけたその言葉にクラスメイト達の心に火がついた。
「う、うざいですわ…………それは、とてつもなくうざいですわ……」
「あのバカ講師に、んなこと言われるのだけは我慢ならないな………」
「ああ、もう、くそ! 考えただけはで腹が立つ! わかったよ、やってやるよ!」
「皆その意気だ。それに流れはこちらに向いている。ここはグレン先生に一泡吹かせてあげよう」
『おおっ!!』
闘志に燃える二組。テラスはリィエルに視線を向けて小さく笑みを見せた。
勢いを上げる二組。テラスの指示、時折のアルベルトの助言も受けながらも二組は次々に得点を重ねていき、最後の『決闘戦』に託された。
システィーナ、ギイブル、カッシュ。『決闘戦』に出場している二組の代表選手の三人はトーナメントに勝ち続け、最後の一組との決勝まで勝ち残った。
「大丈夫。システィーナ達を信じて」
隣にいる少女――リィエルに安心させるように声をかける。
決勝戦の最後の戦いで優勝が決まるその大勝負、その命運を託されたシスティーナは気合を入れ、掌と拳を合わせる。
「システィーナ」
「何も言わなくていいわ。勝ってくるわよ」
助言など不要とばかりにシスティーナは決闘場に立ち、大将戦が始まる。
一組のハインケル。システィーナに負け劣らずの優秀な生徒であり、常に学年主席の座を争っている強敵で、勝率は五分五分。
だが―――
先の事件で本物の魔術戦を目の当たりにしたシスティーナに一日の長があった。
しかし、それだけではない。
(負けるわけにはいかないのよ…………ッ!)
熱い魔術戦よりもシスティーナの心は燃えていた。
それはテラスにある。
同じ歳で、同じ学士でありながら先の事件でテラスは敵を倒し、親友であるルミアを守った。
それが酷く悔しくて、弱い自分が許せなかった。
今のままではテラスの足元にも及ばない。だけど、ここで諦めるわけにはいかない。
強くなりたい。大切な
(テラスのように…………強く…………ッ!)
システィーナはマナ・バイオリズムを整えてルーンが引き起こす深層意識の変革を魔術文法と魔術公式を使って頭の中で演算していく。
(少し癪だけど、貴方の力を信じるわ)
以前、テラスの家に訪れたときにテラスが長々と話した魔術の呪文改変。そして、テラスが先の事件に見せた風の魔術をシスティーナは自己流にアレンジした。
「《集え大気・大いなる風・撃ち果たせ》!」
呪文を完成させると大気の塊が、ハインケルに襲いかかる。
「う、うわぁあああああああ―――――ッ!」
風の塊が弾丸のような速度で放たれ、ハインケルの【エア・スクリーン】を容易に突破して場外にまで弾き飛ばした。
…………。
一瞬の静寂。そして――――。
『き、決まった――――――ッ!? 場外だぁあああああああああああ――――ッ! なんと、なんとぉおおおおおお―――――ッ!? 二組が、あの二組が優勝だぁあああああああああ―――――ッ!』
次の瞬間、会場は総立ちで拍手と大歓声を送っていた。
「はぁ――――はぁ――――――か、勝った…………」
辛うじて勝利を拾ったものの、その激しい消耗と疲労から、システィーナはぐったりと脱力して、その場に片膝をついた。
「やったぁあああああああああああ―――――ッ!」
「よっしゃぁああああああああああああああああああ――――――!」
「え!? その、きゃあッ!?」
二組の生徒達が観客席から飛び出し、次々システィーナのもとに駆け付けてシスティーナを胴上げする。その光景を眺めているテラスは目を見開いていた。
「うそ…………? システィーナ凄いな…………」
最後にシスティーナが放ったのは呪文改変による風の魔術、黒魔【ゲイル・ブロウ】だ。
威力は軍用魔術の【ブラスト・ブロウ】よりも劣るも通常の【ゲイル・ブロウ】を上回る威力があった。
名付けるなら黒魔改【ゲイル・ブリット】。
だが、なによりも驚くのはシスティーナはそれをこの場で即興改変を行った事だ。
天性の素質はあるとは思っていたし、風の魔術との相性はいいとも思っていた。いつかは呪文改変もできるようになると予測もしてはいたが、こうも簡単にやってのけるのは予想外だった。
「いずれ、風の魔術限定で戦えば負けるかも…………」
うかうかしていられないな、と呟きながらテラスはこの後の事に備える。