―――――魔術競技祭閉会式は粛々と進んだ。
競技場に学院の生徒達が整列し、開式の言葉から始まり、国歌斉唱、来賓の祝辞、結果発表…………つつがなく、なんの滞りもなくその行程を消化していく。
そして、いよいよアリシアが表彰台に立った。その背後に王室親衛隊の総隊長のゼーロスと学院が誇る
『それでは、今大会で顕著な成績を収めたクラスに、これから女王陛下が勲章を下賜されます。二組の代表者は前へお願いします。生徒一同、盛大な拍手を』
(そろそろだね…………)
拍手が上がるなかでテラスは消えるようにその場から姿を消した。
まだ収まらない興奮と女王陛下の存在に誰もがテラスが消えたことに気付かない。
拍手が疎らになっていき、次第にざわざわと会場が沸き立て始める。
「…………あら? 貴方達は…………?」
表彰台に立ったアリシアは、生徒達の間に縫って自分の前に現れたその人物達を、目を瞬かせながら見つめていた。
現れたのはグレンではない。しかし、アリシアが見知っている男女である。
「アルベルト…………? それに、リィエル…………?」
「…………来たか」
戸惑うアリシアをよそに、セリカはぽつりとそんなことを漏らしていた。
「…………陛下。そやつが二組の担当講師グレン=レーダスとやらなのですか?」
「いえ、違います…………けど」
と、その時だった。
「なぁ、そこのおっさん」
厳めしい面構えのアルベルトが突然、似合わないくらいくだけた口調で言い放った。
「いい加減、馬鹿騒ぎも終いにしようぜ」
「なん、だと…………ッ!?」
そして、アルベルトらしき男が、ぼそりと呪文を唱える。
すると、男女の周囲が一瞬ぐにゃりと歪んで―――
再び焦点が結合し、そこに現れたのは―――――
「き、貴様らは―――――ッ!?」
グレンとルミアだった。
突然現れたグレンとルミアにゼーロスはただ狼狽するしかなかった。
「馬鹿な!? ルミア殿、貴女は今、魔術講師と学生と共に町中にいるはず―――」
「俺の仲間と途中ですり替わったんだよ。【セルフ・イリュージョン】でな。こんな単純な手に引っかかるなんてお前、もうちょっと部下の教育した方がいいんじゃねーの?」
「くっ! 親衛隊ッ! 何をしている!? 賊共を捕えろッ!」
ゼーロスがアリシアを背に庇いながら指示を飛ばすと、会場を警邏していた衛士達が
我に返って一斉に抜剣、グレンとルミアの二人を取り押さえようと殺到する。
その瞬間。
ゼーロスの足場から炎が渦巻き、帯状になってうねり、瞬時にゼーロスに絡み付き、縛り付ける。
「動かないでください」
「なっ!? いつの間に…………ッ!」
「ナイスだ! テラス! セリカ、頼む!」
ゼーロスの横からゆらりと姿を現したテラスにグレンは親指を立てると、無数の光の線が猛速度で地面に走り、表彰台を中心に結界が瞬時に構築され、そびえ立つ光の障壁が結界内と外界を切り離す。
「ほう? 音も遮蔽する断絶結界か。随分と気が利くな、セリカ」
グレンの賛辞に、セリカはにやりと笑った。
「つーか、テラス。お前、どっから湧いてきたんだ?」
「吸血鬼の力を甘くみないでください」
吸血鬼の能力『霧化』
身体を霧のように姿を変える吸血鬼の能力で姿を晦まし、黒魔【フレイム・バインド】でゼーロスを拘束する。
身を焼き焦がす苦痛はそのままに、肉体そのものにはまったく
「馬鹿な! わしの装備には【トライ・レジスト】が
「それなら先に【ディスペル・フォース】で
容易に言うが、強固な【トライ・レジスト】が
それを容易に中和し、尚且つ拘束するなど並大抵の魔術師ではできない芸当だ。
「セリカ殿…………貴様、この期におよんで裏切るのか!?」
結界と炎の拘束を忌々しそうに睨むゼーロスだが、セリはは飄々とした表情で沈黙を守る。
「ぬぅうううううううううううううううッッ!!」
「無駄ですよ。残りの魔力の殆どを使って拘束しているんです。呪文を唱えようとしてもすぐに口を塞いで防ぎます」
炎の拘束から抜け出そうともがくが、テラスの拘束魔術はびくりともしない。
それでもテラスには余裕がない。
(なんなの、この人…………?)
正直、人間なのか疑いたくなるほど素の力が強い。
本気で拘束していなかったら危なかったのはこちらだった。
「お、おのれ…………逆族共め…………ッ!」
ゼーロスは睨み付けるような目つきでテラスを見る。
「頼む…………ッ! ことが終われば、わしが全ての責任を負って自害する! わしが陛下に仇をなした反逆者としての汚名の下に果てよう! だが、陛下は! 陛下だけは我々がお守りしなければならぬのだ! その為にもルミア殿を――――ッ!」
「…………なるほど、ルミアを殺さないと女王陛下の命が危ないということですね?」
全ての責任を取ろうとしているゼーロスの真意ある言葉に頷き、アリシアに視線を向ける。
「女王陛下。僭越ながら上申させて貰います。先程の王室親衛隊の総隊長殿の言葉は誠でしょうか? ご自身の命を守る為にルミアを殺そうとするその理由をぜひともお聞かせください」
告げるテラスの言葉にグレンとルミアもアリシアに視線を向ける。
「…………私はこの国にはなくてはならない存在。そにために他のあらゆる者を犠牲にしなければなりません」
その言葉にグレンとルミアが固まる。
「ゼーロスを解放し、彼と共にその娘を…………ルミア=ティンジェルを、討ち果たしなさい。これは女王である私からの命令です」
「――――――――ッ!?」
ルミアは青ざめる。
それに構わず、アリシアは冷酷な氷のような表情で淡々と続ける。
「その娘は、私にとって存在してはならない者です」
「ちょ…………陛下、何を言って…………?」
「いなければ良かった。愛したことなど一度もなかった。どうして、その子がこの世に存在してしまっているのか…………我が身の過ち、悔やむに悔やみきれません」
「そ、そんな…………」
そんな母親の言葉に、流石のルミアも耐えきれなかった。
「まさか…………ほ、本当にそう思っていたの? それが、あなたの本音だったの…………? あの優しさは…………? あのぬくもりは…………?」
がたがたと肩を震わせ、後ずさりしながら、それでも縋るように問う。
「ええ、全部、嘘です。政務に疲れた時、気分転換に興じた戯れですよ? だから、私の為に死になさい」
突きつけられる残酷な言葉に、がくり、とルミアはうな垂れて涙を浮かべる。
「い、いや、ちょっと待ってくれよ、陛下! なんでそんな心にもないことを…………?」
焦燥に身を焦がすグレン。
「…………そうですか」
淡々とアリシアの言葉を耳に傾けたテラスは爪を伸ばす。
「なら、僕はルミアの為に女王陛下、貴女を殺します」
ゼーロスを拘束したまま、吸血鬼の身体能力でアリシアの首を跳ね飛ばそうと凶爪を振るうテラスだが、その前にセリカが立ちはだかる。
「止めろ! アリス―――女王陛下を殺せばこの国がどうなるかわからないのかッ!?」
「怪物の僕にこの国の問題など関係も興味もありませんよ? アルフォネア教授。どいてください、ルミアの為に女王陛下を殺しますので」
「それを止めろと言っているんだ!? 《馬鹿野郎》!!」
紅蓮の炎の衝撃が渦巻き、爆音が結界内に響く。
「グレン! 早くこの状況を打破しろ! それができるのはお前だけだ!! というよりも! なんなんだ、こいつは!? 後で色々聞くから覚悟しろ!」
愚痴を飛ばしながらもアリシアを守るように魔術で応戦するセリカにテラスは吸血鬼の力を使ってアリシアを殺そうと動く。
「馬鹿野郎、テラス! そんなことしてルミアが喜ぶかよ!?」
「でしたら、グレン先生がどうにかしてください」
「チッ!」
指を鳴らし、視界までも断絶する。これで外界から中の様子はわからない。
「《いい加減・大人しく・してろ》!」
放たれる冷気がテラスの足を凍結させて動きを封じるが、テラスは自ら足を爪で切断して逃れると瞬く間に足が元に戻る。
「異能者だったか!? いや、違う!? お前はなんだ!?」
「ただの怪物。吸血鬼です」
「ああ、そうか。ふざけているのはよくわかった…………」
テラスの返答に額に青筋を浮かべるセリカだが、正直に答えたテラスは心外だった。
(本当の事を言ったのに…………)
「だが、今は大人しくしてろ。後はグレンに任せておけばどちらも殺さずに済む」
「…………本当ですか?」
「ああ。グレンを信じろ」
「…………わかりました」
セリカの説得に動きを止める。大人しくなったテラスに一息するセリカはグレンの方に視線を傾ける。
グレンがアリシアに近づくと、不意にアリシアは身に付けている翠緑の宝玉のネックレスを放り投げた。
「陛下、なんてことを―――――ッ!?」
絶望に歪んだ表情で囚われのゼーロスは叫ぶ。
「私は大丈夫ですよ、ゼーロス」
「な…………」
鬼気迫る表情のゼーロスだったが、アリシアが朗らかにただすむ様を見て取ると、茫然と言葉を失った。
「…………どういうことです?」
怪訝するテラスにグレンが答えた。
「条件起動式……条件起動型の
「…………そういうことだったんですね。ですが、どうして呪いが…………?」
「俺の得意技だ」
グレンがポケットから取り出したのは古めかしいアルカナ、愚者のカード。
「こいつは俺の魔導器。愚者の絵柄に変換した術式を読み取ることで、俺は一定効果領域内における魔術の起動を完全封殺できる。
グレンはズガズガとテラスの近づいて拳骨を入れる。
「お前はいつからそんなに短絡的になった!? 魔術のことしか頭にないのか、この魔術馬鹿! 女王陛下を殺すなんて、どう考えてもルミアが悲しむことに気付かなかったのか!?」
「…………それは」
「グレン、その子を責めないであげてください。そのように頼んだのは私なのですから」
二人の間に割って入るようにアリシアが口を開いた。
「その子には何においてもルミアを守ってあげて欲しい。そう私から頼み、実行してくれました」
「じょ、女王陛下が!? いつ…………!?」
「女王陛下を先生とルミアのところにお連れしたときにですよ。そのようなことを言われなくてもルミアは守りますけど」
テラスはただ女王陛下とルミアを天秤にかけてルミアを選んだだけだ。
どちらかが死ななければならないのならテラスはルミアを生かす方を選んだ。
しかし、二人とも死なずに済むのならそれにこしたことはない。
「それよりも、事後処理どうします?」
「お前は先にゼーロスのおっさんを解放しろ」
今も炎の拘束に囚われているゼーロスのことを完全に忘れていた。
結論から言えば、騒ぎは大事なく収まった。
ゼーロスの投降宣言、アリシアの巧みの話術によって何もかも綺麗に丸く収まった。
事件の中心人物であるテラス達は事情聴取や勲章授与式などの日程調整などで時間が経ち、夜の帳に包まれたフェジテの町でテラスは二組の優勝の打ち上げには足を運ばずに夜の町を一人で歩いていた。
「…………」
呆然とした眼差しで夜空を眺める。
吸血鬼にとっては昼よりも夜の方が調子はいい。夜風が心地よくも感じる。
「テラス君! やっと見つけた!」
「ルミア…………打ち上げには行かなくていいの? システィーナが待っていると思うよ?」
「もう、それを言うならテラス君もだよ! 競技祭の功労者がいないと盛り上がらないよ?」
「僕は大したことはしていないよ。皆の努力のおかげだ」
駆け付けてきたルミアは頬に薄っすらと汗が出ている。
自分を見つけるためにかなり探し回ったのが、見てわかる。
「謙遜だな…………もう少し自分の事を褒めてもいいんだよ?」
「褒められるまでもないよ。それよりも女王陛下と話はできたの?」
「…………うん、あの後、お母さんと色々話せたよ」
事件後にルミアは母親であるアリシアと言葉を交わしていた。
「言いたかった事も不満も全部…………そしたら、何だかすっきりしちゃって。どうしてあんな意地を張っていたんだろう……私って馬鹿だよね」
「そういうものだよ、人間は」
「…………どうか、したの?」
いつもよりもどこか、素っ気ない態度を見せるテラスにルミアは心配そうに顔を覗き込む。
「…………母親のことについて思い出してた」
「それって、テラス君の…………?」
「うん。ルミアのお母さん、女王陛下とルミアを見て思ったんだ。これが人間同士の親子関係なんだなって。僕と母さんとではああはならなかったから」
「仲が、悪かったの…………?」
「いや、腫物を扱うように僕と碌に関わろうともしなかったよ。家族で食事なんて物心ついたときからしてこなかったからね」
淡々と昔、人間だった頃の記憶を思い出しながら家族のことについて話した。
「特に寂しいとか、不満を持ったことはない。それが僕の家族にとっての当たり前だったから、文句一つ言わずにそれを受けれた。両親も教育費としてか、お金だけはくれたからそれで自分で料理して食べた。母さんの手料理とか食べた覚えがない」
「辛くはなかったの…………?」
「うん。僕はそれが辛いとか、寂しいとは思えなかった。思い返せば僕は産まれた時から他の人とは違う存在だったんだろうね。二人を見て、僕は周囲の人達の気持ちが少しはわかった気がする。特に母さんが僕に『近づかないで!』と手を叩いたことにも」
それは本当に偶然だった。
母親が台所で包丁で指を切って血を流しているのを見て、救急箱を持って治療しようと近づいた時に怯えた顔で、声で手を伸ばした彼の手を叩いた。
自分は他人とは違う異質な存在。
だから、■■■■だった頃の彼は怪物と呼ばれたんだ。
何が、なのかはわからない。けど、その何がの原因は紛れもない自分自身にある。
「吸血鬼にもなって僕ははっきりと自覚したよ。僕は身も心も誰もが恐れられる怪物だったんだって。その素質を持って産まれたきたことにも」
今になれば身も心も混じりもない怪物となったのはこれが本当の姿だからだ。
邪神がテラスを怪物にしたのではない。
元々が怪物だったんだ。邪神をそれを後押ししたに過ぎない。
「私はテラス君のことが怖くないよ?」
ルミアは両手でテラスの手を包むように取る。
「例えテラス君が怪物でも私は恐れたりはしない。だって、この手は何度も私を守ってくれたから」
「ルミア…………」
彼女は知っているはずだ。
その手に持つ爪が人の肉を裂き、人の命を奪おうとした凶器だということを。
それでも、その手を穢れがない綺麗な手で握ってくれた。
「私だけじゃない。今回の競技祭だって皆の為にハーレイ先生と決闘してくれて、皆が一丸となって優勝を目指すためにも色々考えてくれた。優しいテラス君を怖がる理由があるのかな?」
「…………それでも僕は人間じゃない。今のこの姿が僕自身に相応しい姿なんだよ」
ばさり、と人間ではない証を現すテラス。
そう、この姿こそが”怪物”と呼ばれた■■■■の本当の姿だ。
「”怪物”は世に嫌われるのが常だ。これまでもそうだった」
「でも、これからも同じとは限らないよ?」
距離を縮ませ、ルミアはテラスに体重を預けるように抱き着いた。
「私がテラス君を一人にはしない。だから、少しでいいの…………私を頼って」
そんなことを言われたのは初めてだ。
これまで、セラと出会うまでは一人で生きてきた。
それが彼にとっての当たり前で、当然の事だった。
誰かに頼られたことも、頼ったこともない。ましてはそんなことを口にする人など目の前のルミアを除いて誰もいなかった。
(どうしてルミアはそんなことを言ってくれるのだろうか…………?)
それがわからない。
どうして彼女はこんなにも”怪物”である自分に優しくしてくれるのだろうか?
身体に伝わるルミアの温もりはとても温かく感じる。
「ルミアは温かいね……」
「夜の外は寒いもんね」
”怪物”である彼に彼女はいつもと変わらない優しい微笑みを見せてくれた。