ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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授業参観

魔術競技祭が終わっていつもの学院生活に戻ってから数日。

 

『えええええ―――――――っ!!』

 

二組の生徒が絶叫を上げていた。

「マジかよ、先生ー!!」

「数日前に競技祭がおわったばかりですのに、そんな事……」

それが嘘であってほしいと叫ぶ者。

頭を抱える者。

嫌そうに呻く者。

それぞれの反応を示す中でグレンは面倒くさそうに頬杖しながらもう一度クラス全員に告げる。

「そう嫌そうな顔すんなよ、俺だって嫌なんだよォ。っつーワケで明日の午後はお前らの親御さん達を招いて授業参観をします。やんねーと給料カットなんだと」

クラス全員のそれぞれの親御が自分の子供達の授業風景を見学にくる。

全員はそれを嘆いているのだ。

羞恥心を感じないと言えば嘘になる。

「あー何で俺がんな教師みてーな事しなきゃなんねーんだ……」

『教師だろ!!』

生徒一同でグレンに突っ込みを入れる。

「あーなんか熱っぽくなってきた。ワリィ、俺、明日休むわ。つーわけでテラス、任せた」

「いや、任せたじゃないでしょう……」

サボろうとするグレンにテラスは呆れながら突っ込む。

(にしても、授業参観か…………)

思い出す過去の記憶。

両親は一度たりとも自分の授業を見に来たことなどはなかった。

 

 

 

 

 

 

「もちろん明日は行くよ!」

住処に帰って明日の授業参観のことをセラに話すと乗り気だった。

「一度テラス君の授業姿を見てみたかったからね。明日は絶対に行くから」

「…………いや、無理しなくてもいいよ? 来なくても大丈夫だから」

それは遠慮ではなく、ただ単に慣れているからだ。

一人でいることに。

「また、そんな寂しいことを言ってぇ~ッ!」

頬を膨らませて怒るセラはとても不満そうに見えた。

「私達は家族だよ? テラス君がどんな風に学院で生活しているか見てみたいよ」

「…………そんなものなのかな?」

「そんなものだよ」

首を傾げるテラスの疑問を頷いて肯定する。

 

 

 

 

 

いつもの教室。その後方では親御さん達が小声で談話しながらこれから始まる授業を待っていた。

その中にはシスティーナの両親であるレナード=フィーベルとその妻フィリアナ=フィーベルも噂で聞いたグレン=レーダスの授業を待っている。

しかし、レナードは大の親馬鹿。

娘であるシスティーナとルミアに相応しい講師かどうかを自らの目で見定めようと厳しい眼差しを向けている。

その近くではセラが目を丸くして何が起きているのかわからずに首を傾げ、席に座っているシスティーナやルミアははらはらと落ち着きのない様子を見せる。

親子揃って集うその視線の先は―――

「ようこそ保護者の皆さん。僕がこのクラスの担当講師グレン=レーダスです。どうかお見知りおきを」

そこには正講師用のローブを身に付けたテラスが引きつった笑みを見せながら挨拶をした。

(なんで、こんなことに…………?)

心の中で静かに嘆いた。

 

それは数時間前の事。

グレンが午前の授業中で突然倒れたことが始まりだった。

「先生ッ!?」

突然倒れたグレンに駆け寄るシスティーナ達。少し遅れてテラスも駆け寄る。

額に手を当て、脈を計り、触診をする。

「テラス!? 早く法医呪文(ヒーラー・スペル)を!?」

悲痛の声を上げるシスティーナ。その隣ではルミアは心配と不安の表情を募らせる。

「…………先生、まともな食事を取ったのはいつですか?」

「え…………?」

「あー、いつだったっけ…………?」

辛うじて口を開いたグレン。その腹部からは腹の虫が盛大になった。

「ど、どういうこと…………?」

「皮膚はボロボロ、白目には黄疸が出てる。典型的な栄養失調の症状。…………そういえば魔術競技祭の時からやつれていると思ったら」

やや呆れるように溜息を吐いた。

「今すぐ医務室に連れて行って点滴でもすれば問題はないよ。もしくは何か栄養があるものを食べさせて少し休ませたらすぐに回復する」

「よ、よかった……」

テラスの診察に安堵する生徒達。

男子生徒がグレンを担いで医務室に連れていくとシスティーナはあることを思い出した。

「ど、どうしよう…………!? 先生がいないと午後の授業が…………ッ!?」

「落ち着いて、システィ!」

慌てふためくシスティーナを落ち着かせようとするルミアだが、グレンが倒れた問題は大きい。

午後からは授業参観。それもグレンのクビがかかった重要な授業になる。

それなのにその本人が倒れてしまったらほぼ間違いなくグレンのクビが飛ぶ。

「もう他の先生に頼むしかないだろうね」

「無理よ! 他のクラスも私達と同じように親御さんが来るのだからこちらに手を回せる余裕なんてないわ! ああもう、なんて時に倒れるのよ!?」

他の講師も二組に回って授業をするほどの余裕はない。

このままでは間違いなく、グレンはこの学院から追い出されてしまう。

「せめて、せめて…………代理か、臨時講師の人がいれば……………………ん?」

「そんな、そんな都合のいい人なんていない…………よ?」

「代理か、講師と同じぐらいの授業ができる人を今から探すとしても…………ん?」

どうにかしようと案を練っているテラスは不意に気付いた。

クラス全員の視線が自分に向けられていることに。

「………………………………うん、ちょっと待とうか」

何を言いたいのか、何をさせようと考えているのかを察したテラスは全員に制止の言葉を送る。

「…………この際、背に腹は代えられないわ」

「いや……」

「幸い先生は他の先生方よりも若いし、うん、何とかなりそう!」

「ちょっと、待って」

「ルミア、先生のローブをお願い」

「お願いだから」

「テラス、貴方だけが頼りよ」

「僕の話を」

「大丈夫、貴方ならきっとできるわ」

「聞いてよ……」

有無も言わせずにここにグレン=レーダスの代理講師が決まった。

 

(何をしているの…………ッ! テラス君!?)

他の親御さん達の中でセラは頬に冷汗を流しながら内心荒れていた。

授業を見に来たはずが、どういうわけか講師の恰好をして教壇に立っている。

驚くのも無理はない。

「ほう……あれがこのクラスの…………」

「随分とお若い。娘達と歳も変わらないように見えますなぁ」

「それに堂々としておりまする」

親御さん達の声がテラスの心を突き刺す。

「ふん……奴がグレンか…………」

「中々立派そうな人じゃないですか」

グレンの身代わりとなっているテラスを見定めるような目つきで睨む。

それに気付いているテラスは内心でため息を吐いて、システィーナ達を睨む。

二人は手でごめんと謝っていた。

二人の事情は把握している。だけど、まさか講師をさせられるのは些か納得は出来ない。

色々と言いたいことはあるが、グレンのクビを阻止したい二人には同意する。

「それでは授業を始めます」

グレンのクビを阻止する為にも手抜きはしない。

 

 

 

 

「――――……という様に三属呪文は根本的には同じものなのです。ご理解頂けましたでしょうか?」

授業が進む、親御さん達の方からは感心の声が出てくる。

学士とはいえ、テラスの魔術に関する造詣は深い。

これぐらいは朝飯前とまでは言えないが、これぐらいならまだなんとでもなる。

「いやぁしかし本当に見事なものだ」

「本当にね!! 私達まで勉強になるわ」

親御さん達の声を聞いてセラも嬉しそうに頷く。

だが、面白くないと思う人も中にはいた。

「先生、質問があります」

システィーナの父親であるレナードが挙手してテラスに質問した。

「グレン先生は今、三属呪文が根本的に同じものと言ったが、今の説明では導力ベクトルは根源素(オリジン)中の電素(エトロン)の振動方向と流動方向の二つしかないぞ? どうやってその二つで三属の呪文を構成するのだ?」

露骨過ぎるほどの質問にテラスは表情を変えずに説明を続ける。

「三番目のベクトルは実は電素(エトロン)の振動現象の停滞する方向なのです。つまり、電素(エトロン)の振動運動には振動加速方向と振動停滞方向の二つがあり、これがそれぞれ炎熱と冷気の二属エネルギーとなるのです」

「む…………」

説明をするテラスにしぶしぶ引き下がる。

「ち……っ。知っていたか若造め……」

引き下がるレナードに安堵の息を漏らすシスティーナとルミア。

いくらテラスが魔術の造詣が深くても正式な講師ではない。下手な質問で正体がバレたらと思うと気が気ではない。

(ああいう人を親馬鹿というのか…………)

そんなことを思いながら授業が進むも、レナードにより何悶着かありつつ授業参観は進んでいった。

「では、次の『魔術戦教練』は外の競技場で行います。休み時間の間に皆様も移動をお願いします。それでは」

 

 

 

 

 

「ふん……グレン=レーダス…………どうもあの男は気にくわん」

「まぁ……まだそんな事を言って…………貴方もいい加減、子離れしないと……」

「違う!! いや、娘達の件があることは否定せんが……」

レナードは鋭い眼差しをテラスに向ける。

「先の授業で奴が優秀なのはわかった……だが、あまりにも若すぎる。本当に奴がグレン=レーダスなのか……?」

そんな疑問を横耳で聞いたセラが心配そうにテラスを見守っていた。

(何してるの…………グレン君ッ!)

後で説教しようと決めたセラは何事もなく、無事で終わることを祈る。

そんなことに気付かずにテラスは授業の説明に入る。

「本日はこの戦闘訓練用のゴーレムを相手に魔術を使った戦闘訓練を行ってみましょう」

テラスの隣には人型の人形が置かれている。

魔導人形と呼ばれているゴーレムで戦闘レベルにあった力を発揮するように設定されている。

「今日はゴーレムの戦闘レベル2で『戦闘』そのものを経験してください。…………というか、して。じゃないと…………」

「こらぁぁあ―――ッ! ゴーレムを使った戦闘訓練だとぉっ!? それで万が一に私の可愛いシスティとルミアが傷物になったらどう責任取ってくれるつもりだぁァ―――ッ!!」

「ああもう…………」

「ご、ごめん…………テラス」

レナードの物言いに頭が痛くなるテラスにシスティーナは申し訳なさそうに謝る。

ここでテラスは知った。

親馬鹿ほど面倒な人種はいないことを。

「ちょっと保護者の皆様に説明してきます」

「テ、先生、私達も行きます。その方がお父様も説得しやすいし…………」

システィーナとルミアを連れてレナードに安全を伝えるテラス。

「本当に大丈夫なんだろうな!?」

「ですから絶対にそんな事にはさせませんから」

「だから、グレン先生が何度も説明しているじゃないお父様」

「二人に万が一の事があれば私は泣くぞ!? 分かっているのか!!」

(知らないよ…………)

「うわああああああああああ――――――っ!!」

突然の悲鳴に振り返るとゴーレムがロッドの首を掴んで持ち上げていた。

どう見てもレベル2の動きではない。恐らく勝手に設定を弄ってレベルを上げたのだろう。

「レ、レベル3の動きがこんなに速いなんてぇ―――ッ!!」

「助けてぇぇ――――っ!!」

ゴーレムはロッドを無造作に放り投げ、地面に倒れているロッドに止めをさそうと腕を振り上げる。

「ロッド!!」

「いかん!! 《大いなる――――……」

ロッドを助けようとレナード、セラ、テラスが動こうとした瞬間。

ゴーレムの側頭部に石が直撃した。

石を投げたのは――――医務室にいたはずのグレンだった。

「お前ら全員下がれ!! 俺が相手だッ!! このデクノボーが!!」

ゴーレムはグレンに向かって突進し、鋭い拳を振るうもグレンは紙一重で躱して、ゴーレムを一撃で沈めた。

「やった……!!」

「おい!! だれかロッドを見てやれ!!」

ゴーレムが動かなくなったことに安堵する全員。

「だ、誰だ…………? あの男は…………?」

突然現れた男に戸惑うレナード。

「グレン先生!! 何しているんですか!? 体の方は…………!?」

「ん? ああ、んなもん腹いっぱい食ったら治ったぞ」

「グレンだと!?」

「あ……ッ!」

父親の叫びに我に返ったシスティーナは自分の失言に口を塞ぐ。

「それではこの男は…………ッ!?」

「あー、もう、すみません。あちらが本物のグレン=レーダス先生です。僕はその教え子のテラス=ヴァンパイアです」

「教え子だと!?」

もう誤魔化せれないと踏んで正体をばらすテラスにグレンが歩み寄ってくる。

「何でお前が俺のローブ着てんだよ!? 返せ!」

「元はと言えば倒れた先生が悪いんでしょうが…………」

ローブをグレンに返すとグレンは迷うもなくローブを破り、腕を折ったロッドに応急処置を施した。

「ほら、後は医務室で看てもらえ」

「あ、ありがとうございます」

「すいません先生!! うちのバカ息子のせいでケガを…………そのうえ大切なローブまで…………!!」

「あーいいんですよ。そんなモンただの服ですからどーでも。俺も少しすりむいただけですし」

「…………貴様がグレン=レーダスか……」

グレンに歩み寄るフィーベル夫妻にグレンも思わず冷汗を流す。

「…………い、いや……少々不足な事態がありまして…………」

「やかましい!! 男が言い訳するんじゃない!! 何だ貴様!! あれが魔術師のやる事か!?」

「待ってください! お義父様!!」

「そうよ!! 話を聞いて!!」

「教え子に授業をさせ、魔術ではなく野蛮な暴力を使い…………魔術師の誇りあるローブを破く………全く見るにたえん行動だ……」

弁明しようとするシステムとルミアを無視してレナードは叫ぶ。

「おかげでウチのシスティとルミアの活躍が見られなかっただろう!?」

「…………は? そこ」

予想外の言葉に目が点となる三人。

「せっかく仲間のため、魔術でゴーレムを打ち倒すシスティを見られると思ったのに!! さっきの怪我の手当てもだ!! ルミアは法医呪文(ヒーラー・スペル)はプロ顔負けなんだぞ!? フン……貴様に言ってやりたい事は山ほどあるが…………」

レナードはグレンに頭を下げた。

「授業の邪魔をして申し訳ない。先生……」

態度が一変したかのように謝罪の言葉を述べた。

「システィーナはその類い稀なる才ゆえに知らず天狗になるところがある。逆にルミアは心優しさのあまり自己主張が欠け、才の成長を妨げている部分がある。二人を上手く指導してやってくれ。…………話はそれだけだ」

踵を返したレナードは次にテラスに視線を向ける。

「先ほどの授業は全て先生から教わったことなのか?」

「あ、いえ、自分で勉強しましたが…………」

戸惑いながら質問に答えるとレナードはテラスの肩に手を置いた。

「まだ将来を決めてないのならうちに来なさい。面倒を見よう」

「は、はぁ…………? ありがとうございます?」

何故か内定を手に入れてしまったテラス。遠目でセラが妙に喜んでいた。

「何が、どうなってるの…………?」

「さぁ…………?」

その後、授業参観は滞りなく行われ、無事に終わった。

 


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