ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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早朝と拳闘と

「…………また徹夜をしたな…………」

いつものように魔術の没頭してしまったテラスは不意に時間を見ればもうすぐ朝日が昇ろうとする時間帯だった。

吸血鬼というハイスペックな身体を持っているテラスは三日三晩ぶっ通しでも余裕なのだが、やり過ぎるたびにセラに怒られてしまう。

今日も説教かな…………? そんなことを思い、椅子から立ち上がって背伸びをする。

「血でも吸いに行くか……」

たまには朝の一杯。という気軽な感覚で早朝の誰かを襲い、その人の血を吸おうと住処を後にする。

相手の事も多少なりは考慮して【スリープサウンド】で眠らせ、その隙に血を啜り、後が残らない様にきちんと治療も行う。

多少貧血になるが、心身共に傷は残ることはない。

向かうはフェジテの北地区学生街の一画に敷地を構える自然公園。北地区に住まう人々が日中、森林浴と散策を楽しむ憩いの場となっている。

そこは吸血鬼であるテラスにとって絶好の狩場でもある。

セラはテラスの眷属で吸血鬼ではあるが、テラスほど強い吸血本能はなく、人の血でなくても満足できる為に普段は動物の血で補っている。

「さて……」

テラスは公園に訪れると誰かいないか、と視線を動かして周囲を探る。

すると―――。

『……はは、期待していたってやつか? とんだマゾヒストだな、お前』

『ば、馬鹿! そ、そんなんじゃないわよ…………ッ!』

聞き覚えのある声が聞こえてきた。

声のする方に意識を集中させると、より鮮明に聞こえてくる。

『しっかし、お前も悪い奴だな、白猫。まだ嫁入り前のお前が両親に黙って、俺と毎日こんなことしているなんてな…………親御さん、知ったら泣くぞ?』

『そ、そんなこと…………だって仕方がないじゃない……私は……その…………』

『まぁ、いい。生憎、ここなら誰もいない。誰にもはばかることなく、心置きなくできる。さっそく始めるぞ』

『…………ま、待って…………私…………まだ、心の準備が…………ッ!』

しびれを切らしたように告げるグレンに満更でもなさそうな声を出しているシスティーナの声が聞こえてテラスは自分の耳を疑った。

(これが世に聞く、逢引というもの…………?)

孤立され、一人で生きてきたテラスにとって人間関係は疎い。

本で得た知識やセラと一緒に生活して身に付けた程度しかない。

だが、そんなテラスでもわかる。

(いつの間にあの二人がそんな関係に…………? ルミアは知っているのかな? もしくは二人だけの秘密というものなのかな…………? それにしても二人は何を…………っ!?)

こんな朝早くから二人で、それも立ち並ぶ木々の間に身を隠すように二人の男女が出会うことすれば…………。

(まさか…………そうなのかな? 節操がないと言うべきか? それとも空気を読んで去るか? いや、流石に外ではと注意するべき…………いや待て、まだそうだと決まったわけじゃないし…………)

二人の事を考えるテラスは次のシスティーナの言葉で疑念が確信に変わった。

『その…………痛くしないで…………なるべき優しくして…………』

『保証しかねるな』

決定した。

これはもう決定だ。

別にグレンとシスティーナがそういう関係になっていて、そういうことをする為にこの公園にいたとしてもそれを口出しするつもりはない。

講師と生徒の恋でも、二人の性癖事情にまで割り込むつもりなど微塵もない。

だが、聞いてしまった以上は進言しなければならない。

(流石に人目がつくかもしれない外はまずいし、せめて人払いの結界でも張るように言っておかないと)

二人の生々しい姿なんて見るつもりはないが、今言わなければきっと学院では顔が合わせづらくなる。

優しく、出来る限りオブラートに注意して、今後は控えるように言えばきっとわかってくれるはず。

テラスは二人がいる場所に歩み寄り、出来る限りの優しい表情を作って二人の前に姿を見せる。

「テ、テラス…………?」

「お前、なにしてんだ…………?」

突然姿を見せたテラスに二人は目を丸くするも、テラスは二人がまだきちんと服を身に付けていることからまだしていないことに少し安堵して二人に告げる。

「えっと、二人とも。別にそういうことをするなとは僕は言いませんが、誰が見ているのかわからないところではせめて人払いの結界を張るなりしたほうがいいですよ?」

テラスの言葉を聞いて、一瞬の空白の後で二人の顔が真っ赤に茹で上がる。

「な、ななななな何言ってんのよ!? べ、別にやましいことなんてしてないわよ!?」

「そ、そうだ! 白猫の言う通りだ!! お、俺は別に何も!? 白猫から言ってきたから応じただけだっつーの!!」

「わ、私のせい!? そもそもこんな場所に待ち合わせにしようって言ったのは先生の方じゃないですか!?」

「馬鹿野郎! お前が誤解を招くことを言うのが悪いんだろうが!?」

そんな仲のいい二人を見てテラスは優しい眼差しを向ける。

「大丈夫です、二人とも。二人の関係を邪魔するつもりはありません。ただ、少しは周りに気を遣って欲しいだけで」

「だから誤解なんだってば!?」

「だからそんな、わかってます、みたいな優しい眼差しを俺達に向けるな!!」

「大丈夫、大丈夫ですから。ええ、勿論、わかっていますから」

「「だからわかってないだろう(でしょう)!?」」

テラスの誤解が解くまで数十分かかった。

 

 

 

「拳闘の訓練…………?」

二人の誤解が解けたテラスはグレンがシスティーナに拳闘を教えていることについて聞いた。

グレン曰く、拳闘も魔術も根っこの部分は一緒。

拳闘の練習をすれば、魔術戦の基礎が身につき、攻守の感覚が磨かれる。

拳闘が魔術戦における攻守の機を読む感覚向上に役に立つ。

「ああ、そういえば僕もセラ姉さんとよく組手をしましたね」

「ほら見ろ、白猫。テラスだって拳闘を身に付けている。この修練法は間違ってねーだろう?」

「むぅー…………」

どうにも納得いかないシスティーナはむくれる。

「しかし、ちょうどいい。白猫には一度誰かと拳闘するところを見せようと思ってたんだ。テラス、少し付き合ってくれ」

「わかりました。ルールはどうしますか?」

「あー、どっちが一撃決めたら終了で、どうだ?」

「それで構いません」

互いにある程度距離を取って構えるとグレンはテラスの構えを見て少しほくそ笑む。

(流石に似てんな…………)

教えられただけあってその構えがセラに似ていた。

「よし、いつでもいいぜ? かかってきな」

「では、いきます」

一気に距離を詰めて、右拳を構えるテラスにグレンはそれを避けようと意識を右拳に向ける。

「ッ!?」

だが、右拳はフェイント。本命である側頭部を狙った蹴撃に咄嗟に気付いたグレンはそれを躱す。

(初手からフェイントかよ………ッ!?)

だが、そんな愚痴をこぼすのも束の間。

テラスは流れるような動きでフェイントを込めた拳と蹴りを放つ。

システィーナから見ればテラスの動きはまるで踊っているように見える。

(セラから教わった拳闘をかなりアレンジしてんな…………!? だが)

もう慣れた。と言わんばかりに蹴撃を躱し、軸となっている足を払う。

それによって体勢が崩れたテラスに止めをさそうと拳を―――。

「おっと!?」

「うわっ、これを普通防ぎますか?」

振るおうとしたが、空中で身を捻らせて攻撃してくるテラスの一手をグレンは読んで防いだ。

しかし、その隙にテラスは体勢を元に戻せた。

「これでもお前らの教師だぜ? 生徒の考えぐらいお見通しだっつーの」

「今のを外したのは痛かったですよ」

「馬鹿言え。そこまでできりゃ上等だろ? 今のだって俺だから防げたもんだぞ。つーか、今のでわかった。お前、拳闘と魔術。両方を使った戦闘が得意だろう?」

「…………そこまで見抜きますか」

「お前の呪文改変を考えればそれぐらいわかる」

テラスの呪文は一節に切り詰めたものが多い。それは吸血鬼の身体能力も活かした戦闘を行えるようにするためでもある。

「まぁ、拳闘のみなら俺の勝ちだな」

ニッ、と笑って接近するグレンにテラスは迎撃するように身構える。

放つグレンの左ジャブを払って、もう一度攻撃に移ろうとするが、不意にグレンの左拳が消えた。そう思った瞬間にグレンに胸ぐらを掴まれ、足払いされて、気が付けば地面に寝そべっていた。

「攻撃はいいが、まだ防御が疎かだったぞ? いくら不老不死で再生能力があるからといっても油断しすぎだ」

見下ろすグレンは地面に寝そべっているテラスの欠点を述べる。

「…………参りました」

素直に敗北を認め、起き上がるテラス。

その顔は少し悔し気だ。

(あんな顔もするのね…………)

初めて見るテラスの悔しそうな顔。その顔を見てシスティーナは思った。

テラスも努力と研鑽を重ねて今の実力にまで至った。

才能だけでは決して到達することができないところに立っているのが今のテラスだ。

(私も頑張らないと…………)

目標であるテラス。まずはそこに追いつけられるようにと意気込みを上げる。


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