「おはよう。ルミア、システィーナ」
「あ、おはよう! テラス君!」
「おはよう」
学院へ続く歩道でテラスは二人を待っていた。
『天の智慧研究会』がルミアを本格的に狙われていると判明された以上、出来る限りはルミア達と登下校を共にしている。
しかし、それはテラスだけではない。
「…………おはようさん、お二方」
いかにも眠そうに仏頂面で挨拶を投げてくるグレンもテラスと同じ理由で登下校を共にしている。
だが、ルミアの事情を知らない講師、生徒達から心ない中傷が飛び交う。
学院でもルミアは非常に人気が高い。そのルミアに必要以上に干渉している二人を疎ましく思い、誹謗中傷や悪意が二人に向けられているもグレンもテラスもどこ吹く風のように平然としている。
元々そういうのに慣れているテラスはそんなこと今更の話だ。
それで満足するなら好きなだけどうぞ、と思っているぐらいどうでもいい。
いつもどおり、四人で学院へ向かっていく――――
「あ、そういえば、先生。今日、編入生が来るんですよね?」
「ああ、そうだ。仲良くしてやってくれよ?」
「テラスの時もそうでしたけど、珍しいですよね? こんな時期にやってくるなんて…………」
他愛のない会話を交えながら登校する、見慣れた光景。
だが。
その日は、そんな光景に異物が紛れ込んでいた。
「…………あれ?」
ふと、システィーナが気付く。
学院正門へ続く上り坂の麓に、学院の制服を見に包んだ小柄な少女が背を向けて佇んでいた。その少女の特徴は、遠目でもわかるその鮮やかな薄青色の髪だ。
「あれは…………」
システィーナ同様に少女に気付いたテラス。すると、少女はこちらの気配を感じたらしく、その青い髪をこちらに振り向かせるや否や。
少女は何事かを呟きながら石畳に手をつき、引き上げると無骨な大剣が出現した。
「錬金術だね、それにしても人間離れした錬成速度…………」
少女の驚くべき錬成速度に暢気に感心しているのも束の間。
剣を振りかざし、地を蹴り、少女は駆け出す。
こちらに向かって一直線、空間をすっ飛ばすような物凄い速度で駆け寄ってくる―――。
この突然の事態に、システィーナの頭は真っ白になった。
テラスは二人の前に立ち、手を前に突き出して呪文を唱える。
だが、少女は三人の頭上を大きく飛び越えて、後方へ。
「どぉおわぁあああああああああああああああああ――――――ッ!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げるグレンは少女の大剣を、辛うじて頭上で白刃取りすることに成功していた。
「な、な、何しやがんだテメェえええええ――――ッ!? 殺す気か!?」
「…………会いたかった。グレン」
顔色を真っ青にし、涙目でガクブル震えているグレンは少女に吠えるも少女は無感情にそんなことを告げた。
「やかましい! 質問に答えやがれ、リィエル! こりゃ一体、何のつもりだ!?」
「挨拶」
「挨拶だとぉ!? てめぇ、挨拶という言葉を辞書で百万回くらい調べてきやがれ!?」
「…………違うの?」
「違うに決まってる!」
「でも、アルベルトがそう言った。久々に会う戦友に対する挨拶はこうだって」
「んなわけあるかッ!? てか、アイツの仕業かッ!? くっそぉアルベルトのやつ、そんなに俺が嫌いか!? 覚えてやがれ! ちくしょーッ!」
「…………痛い。やめて」
グレンは喚きながらリィエルの頭にヘッドロックをめりめり極めている。
そんなコントのなかでテラスは頭を抱えた。
(ある程度は聞いてはいたけど、大丈夫なのかな…………?)
テラスは以前にグレン同様に学院長室に呼び出されて、帝国宮廷魔導師団がルミアの護衛として編入してくることを聞いていた。
だが、その護衛として来るリィエル=レイフォードの話を聞いて不安を募らせてはいたが、それが的中してしまった。
グレン曰く、暴走脳筋イノシシ娘、ナチュラルボーン破壊神、一緒に任務に就きたくない同僚ランキング万年ぶっちぎりナンバーワンのリィエル、作戦なんて立てる意味ないだろう、だってリィエルがいるから。と、護衛に適したとは言えない人物が編入してきたんだ。
「大丈夫。グレンは私が守るから」
あまつさえ、護衛対象であるルミアではなくグレンを守ることを優先しているこの少女に流石のテラスも頭を悩ませた。
「と、言うわけで……だ」
所変わって。
アルザーノ帝国魔術学院、二年次二組の教室にて。
「本日から、新しくお前らの学友となるリィエル=レイフォードだ。まぁ、仲良くしてやってくれ」
グレンがリィエルを連れて教室に姿を現すとクラスの生徒―――特に男子生徒は新しい仲間の姿に色めき立つ。
端正な相貌、無駄なみじろぎ一つしない、彫像のように静謐な佇まいは人形という評価が的を得ていた。
リィエルの存在に騒ぎ出す教室の中で、テラスは現在思案中の魔術を完成させる為に羊皮紙に魔術公式を書いていた。
新しいクラスメイトの前に行儀が悪いというのはわかってはいても、ここ最近ではサボる講師や講師役に教壇に立たせる生徒のせいで自分の魔術に集中できていない。
今しなければいつしろ、という話だ。
隣でルミアが何か言いたそうな眼差しを向けてはいるが、今は気にしない振りをしておく。
「……………………」
ルミアの無言の圧力が襲ってくる。
しかし、脳に魔術公式で埋め尽くして逃れようとしてもその眼差しからは逃れられない。
「……………………」
じっ、と物言いたそうに見据えてくるルミアにテラスは手を止めた。
「…………………ッ」
にこり、と微笑みを見せるルミアにテラスは小さく溜息を吐いた。
(続きは帰ってからにしよう…………)
玩具を取り上げられた子供のようにしゅんと大人しくなるテラスは視線を上げると、リィエルの自己紹介にグレンが介入して妙なコントになっていた。
ウェンディの質問では妙にぎこちない空気になったが、次のカッシュのグレンとの関係について質問でそれは完全に吹き飛んだ。
「グレンはわたしのすべて。わたしはグレンのために生きると決めた」
はっきりと、大胆に、堂々と、リィエルはそう言った。
「きゃああああああ――――――ッ! 大胆~ッ! 情熱的~ッ!」
「ぐわぁああああッ! 出会って一目で恋に落ちて、もう失恋だぁああああ―――ッ!?」
上がる女子生徒の黄色い声と、男子生徒の悲鳴で教室は大混乱に陥った。
「禁断の関係! 先生と生徒の禁断の関係よ~ッ! きゃーっ! きゃーっ!」
「………………先生と生徒がデキているのは、倫理的な問題としていかがなものかと」
「へぇ、やるなぁー、先生!」
「な、何を仰ってるの、カッシュさんッ!? これは問題! 問題ですわ―――ッ!」
「ちくしょう、先生よぉ…………アンタのことはなんだかんだで尊敬してたが…………キレちまったよ…………久々になぁ…………表に出ろやぁあああああ――――ッ!?」
「夜道、背中に気をつけろやぁあああああ―――――ッ!?」
恋愛に盛り上がり、言いたい放題の大騒ぎ。
何をやっているのやら…………。と他人事のように思っていると。
「…………テラスと、ルミアは付き合っている…………? 恋人、同士…………?」
「ふえぇッ!?」
不意にリィエルがそんなことを口走った。いや、グレンがリィエルにそう言わせた。
隣で顔を真っ赤にして妙な声を上げているルミアだが、テラスは平然としている。
(そんな取って付けた言葉に信じる馬鹿はいないでしょうに…………)
如何にもわかりやすい嘘を信じる馬鹿はいない。
「ッ!?」
そう思っていたのだが、殺気がテラスに襲いかかる。
「テラスゥゥゥウウウウウウウウウウウッッ!! お前ってやつはぁぁぁああああああああああああああああああああああッッ!!」
「許さん、許さんぞぉぉぉおおおおおお―――――ッ!!」
「よくも俺達の天使をぉぉおおおおおおおお――――――ッ!!」
「ルミア!? 貴女、いつの間にそんなに進んでおりましたの!?」
「きゃーッ! きゃーッ!」
皆、そんな嘘を信じる馬鹿だった。
血涙を流さんとばかりに怒りの形相で睨み付けてくるカッシュ達男子生徒とテラスとルミアの二人の関係に黄色い声を上げて盛り上がる女子生徒達。
その中でグレンは爽やかな笑みで親指を立てていた。
「いや、皆落ち着いてよ? グレン先生が適当に言っただけだよ? よく話す僕とルミアをダシに使っただけなんだから」
全員を落ち着かせようと言葉を述べるテラスだが、クラス全員(リィエルを除く)はその隣にいるルミアに視線を向けられる。
そして察した。
ルミアの満更でもないその顔に男子生徒達の何かがキレた。
「「「「《雷精の紫電よ》!!!」」」」
「ちょっ!?」
ルミア派の男子生徒達がテラスに向けて一斉に【ショック・ボルト】を放った。攻撃してくるとは思ってなかったテラスは思わず身をずらして避けた。
「あ」
だが、その代わりといわないばかりに先ほどまでテラスが仕上げていた魔術公式がびっしりと書き込まれた羊皮紙に直撃し、焼き焦げた。
黒くなった羊皮紙、書き込まれていた魔術公式は見えず、というよりも持ち上げたら簡単に崩れ落ちてしまうほど脆くなっている。
「ふ、ふふふ…………」
「テ、テラス…………君?」
静まり返る教室。
不気味な笑い声が静まった教室に響くなか、ルミアはテラスの顔を心配そうにのぞき込む。
「大丈夫だよ、ルミア。僕は別に怒ってないよ?」
そう怒ってはいない。
ただでさえ自分の時間が少なく、この魔術公式にたどり着くまで三日かかったものが一瞬で消炭になったことに怒ってはいない。
ただ、やられたらやり返さないといけない。
「上等だよ…………」
「お、おい…………テラス…………?」
何に対して怒り、【ショック・ボルト】を放ったのかは知らない。
だが、そのお返しはしっかりとしてやる。
「怪物の恐ろしさをその身にたっぷり沁み込ませてあげるよ…………ッ!」
【ショック・ボルト】の
「やめろぉぉぉおおおおおお―――――ッッ!! おい、テラス! 俺が悪かったから落ち着けぇぇえええええええ!!」
「黙ってください! あそこまでどれだけ苦労を重ねてきたと思ってるんですか!? それに僕はやられた分は何倍にして返す主義です!」
「っておおおおおおっ!? 俺まで巻き込むな!!」
グレンも巻き込んでテラスは【ショック・ボルト】を連発するも、巧みな魔力制御で女子生徒には当てずに男子生徒だけ的確に当てていく。
「やかましいぞ、グレン=レーダスッ! 貴様、何あああああああああああああああああああああああああああああっっ!?」
「ハーレム先輩!? マジすんません!!」
一組の担当講師ハーレイはテラスの【ショック・ボルト】に巻き込まれ、グレンは心から謝った。
「だぁああああああああッ! もう! 誰かこいつをとめてくれぇぇえええええええええええ――――――――ッッ!?」
電光が飛び散る二組でグレンは魂の叫びを上げる。
人の趣味は決して邪魔をしてはいけない。それを台無しにするのはもっといけない。
それを骨身まで沁みた二組だった。