ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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彼の名は

彼が吸血鬼として誕生して早くも二年が経過していた。

そんな彼が真っ先に行動を始めたのが情報収集。この世界に関するあらゆる情報を集めていると一つだけ前の世界とは大きくことなるものがある。

 

それは魔術。

 

呪文を鍵句(キー・ワード)とした自己暗示からの深層意識改変によって、人と世界は等価で互いに影響を及ぼし合うという魔術理論に従い世界法則へ介入、様々な超常現象を引き起こす奇跡の業。肉体と精神を扱う『白魔術』、運動とエネルギーを扱う『黒魔術』、元素と物質を扱う『錬金術』、使い魔などを呼び出し召喚する『召喚術』、生命そのものを扱う白魔術と錬金術の複合術を『白金術』。それ以外にも多くの魔術に関わるものが多い。

魔術と一言でいってもその分野は幅広く、深い。

これまで彼は吸血鬼として生活している内に魔術に長けた魔術師を幾重にも相手にしては殺してきた。だからか、魔術に興味がわいた。

吸血鬼でも魔術が扱えるのかという疑問が脳裏を過ったが、きっと扱えると彼は踏んでいる。

何故なら彼をこの世界に誕生させた邪神は娯楽、快楽主義者だ。

自分が面白くするためには徒労も苦ではない。そんな神だ。

だから、彼は思う。

魔術が使えない吸血鬼なんて面白くない。なら、魔術が使える吸血鬼の方が面白いはずだ。

吸血鬼である彼が魔術をどのように使うのか、何の為に使うのか、もしくは魔術で何をもたらすのか。想像するだけでその寄り幅が変わる。

しかし、彼には問題があった。

例え魔術が使えたとしても魔術という未知なものをどうやって身に付ければいいのか。

魔術に長けて、それを彼に教える。いわば教師、師匠の存在が彼には必要だった。

これまで魔術師は殺してきたのが失敗だった。

吸血鬼の能力の一つ『眷属』。

自分の血を対象に与えることで対象を自身の眷属にすることができる。

眷属になった者は彼と同じ吸血鬼となり、人間離れした身体能力を得るだけでなく、寿命も延び、その身は不老となる。

だが、主となった彼の命令には逆らえず、主が死ねば眷属も死ぬという欠点もある。

もっとも条件付きとはいえ不老不死である彼が死ぬことはまずない。

その条件を満たす者が現れるのもまずいない。

「…………御飯にしよう」

道中を歩きながら彼は食事をする為獲物を探す。

吸血鬼となって良かったと思うのは食事をする際に人間の血で済むということだ。わざわざ働いて金を稼いでその金を食費に使うこともない。

更にはハイスペックなこの身体と能力のおかげで苦労は少ない。

人間だった時よりも便利だ。

「あ、いい匂い…………」

彼は鼻を鳴らすと血の匂いを嗅ぐと首を傾げる。

その匂いは路地裏からだ。それも大量の薬物と血が混じった不味そうな匂いとそれに交えて芳醇なワインのようないい匂いを嗅ぎ分けてその出血量と濃度から死にかけているのがわかる。

こんないい匂いをしている人間が死ぬ前に血を貰おう。死にかけているのなら問題もないだろうと解釈して彼は路地裏に入ると大量の死体があちこちに転がっていた。

だけど彼は気にも止めずに匂いを辿って行くと―――見つけた。

それはほぼ死にかけている女性だ。

穢れなき新雪のような白い髪と雪も欺く白い肌。神秘的に整った美しい顔立ち。頬や腕に呪文のような紋様を赤い顔料で複雑に描かれている。

奇抜な意匠は血で染まっていて、呼吸も止まっている。

普通では死んでいると考えるが、人間は呼吸と心臓が止まっても五分間ぐらいは脳がまだ生きていると本で読んだことがある。彼女から腐敗臭がしないということは彼女はまだ辛うじて生きている証拠。

彼は早速彼女の血を頂こうと口を大きく開けて犬歯を剥き出しにすると、不意に思った。

これだけの死体がいる中でどうして彼女はここで死にかけているのだろうか?

つまり、それは彼女が魔術師であるから。その可能性が非常に高い。

それも恐らくは凄腕の魔術師。

彼は彼女の血を頂くのを止めて自分の手首を噛み千切って血を彼女に垂らす。

すると、彼の血を浴びた彼女の体にある致命傷が塞がって行く。

吸血鬼の再生能力と彼の不死性も合わさり、超再生能力が発揮して瞬く間に彼女の傷が消えるとそれと同時に彼女の左手の甲に黒い五芒星の紋様が浮かぶ。

それは彼女が眷属として誕生した証。

「さてと、離れよう」

多少は離れてはいるが、どこかで戦闘を行っている音が聞こえてくる。

巻き込まれても面倒だ。彼は彼女を抱えて空を飛んでここから離れていく。

 

 

 

 

 

 

翼を羽ばたかせて彼は森奥にある山小屋に入る。

今は誰も使われていない山小屋で彼は彼女を寝かせて、暖房器具に火種と薪を放り込む。

「…………ん? ここは…………? それに、私………生きて…………」

「目が覚めましたか?」

「…………君は? それにグレン君はどこにいるの?」

起き上がって周囲を見渡して状況を把握しようとする彼女に彼は答える。

「そのグレン君という人間は知りませんが、ここは森奥にある山小屋で僕は吸血鬼です」

「吸血鬼…………?」

何を言っているのかわからない。そんな表情をしている彼女に彼は翼を広げて見せる。

「そして、貴女は僕の眷属として生を得ました」

彼は彼女に全てを説明した。

どうして生きているのか、ここにいるのか、吸血鬼とはなんなのか、眷属とは、彼女の質問にも嘘偽りなく答えると彼女は難しい顔をしていた。

「…………一つ、いいかな? 私の近くに黒髪の男の人はいなかった?」

「見てませんが、近くで戦闘音は聞こえてましたよ」

その答えを聞いた彼女は飛び跳ねるように起き上がって山小屋から出て行こうとする。

「『動かないでください』」

「!?」

命令を下し、彼女の行動を止める。

「お願い! 急がないと、グレン君が…………!」

「今から駆け付けても戦闘は終わっていますよ」

変った人だな、と彼は思った。

普通なら自分が人間ではなくなった、下僕にされたと聞いたら混乱するものだと思ったが、彼女は自分の事よりもそのグレンという人間の身を案じて行動しようとした。

「もう諦めるか、無事であることを祈るぐらいしかないでしょう。だから、『落ち着いて僕の話を聞いてください』」

命令を下して彼女を強制的に宥める。

「お姉さんは魔術師ですよね?」

「うん、一応ね…………」

「僕に魔術を教えてはくれませんか? その為に僕はお姉さんを眷属にしたのですから」

「…………君は、魔術を習ってどうするの?」

「特にどうもしませんよ? 強いて言えば趣味です」

彼女の質問に彼は素っ気なく答える。

「もし、私が教えないって言ったらどうするの?」

「他の魔術師を探して眷属にします。お姉さんは好きに動いていいですよ? 用がない人を傍に置く理由もありませんし、死にたいのならご自由にしてください。止めはしません」

日常会話のように普通に答える彼に彼女は恐ろしくも哀しい瞳を浮かべる。

(まだ、子供なのに…………)

彼女は思う。きっと吸血鬼という特殊な環境で育ってしまったが故に生死を気にかけてもいない。言葉通り、彼は彼女を開放して別の魔術師を眷属にするだろう。

彼は何かがズレている。彼女はそう感じた。

「…………わかったわ。私でよければ君に魔術を教えてあげる。だけど、一つだけ約束して」

「何ですか?」

「自分を傷つける為に魔術を使わないで欲しいの」

「? わかりました」

相手ではなく、彼自身を傷付ける為に魔術を使ってはいけない。その言葉の意味が彼にはわからなかった。

「うん、よろしい。それじゃ自己紹介から始めようね。私はセラ。セラ=シルヴァース。よろしくね」

微笑みながら彼女―――セラは自己紹介をすると彼はあ、と思い出す。

彼には名前がなかった。生前の名前はもう覚えていない彼はこの世界で生きる自分の名前を決めることをすっかり忘れていた。

「どうしたの?」

「…………名前、考えていませんでした」

「え?」

名前がない。それには流石のセラも呆気を取られた。

「思いつかないので”ナナシ”でいいです」

「駄目よ、名前は大事なことよ。しっかり考えて、自分に合う名前を決めないと。私も一緒に考えてあげるから、ね」

諭す様に優しく声をかけるセラに彼は首を上げる。

「そうね~、吸血鬼だからキュウ………駄目ね。ん~『テラス』え?」

「僕の名前はテラス。テラス=ヴァンパイア」

ヴァンパイアは英語で吸血鬼。テラスはギリシャ語で怪物。

怪物と呼ばれて殺され、吸血鬼として誕生した。だからその二つの意味を込めて彼は怪物と吸血鬼。二つの言葉を名前に取り入れた。

「…………テラス、うん、いい名前だね。それじゃテラス君。改めてよろしくね」

「よろしく、セラさん」

差し伸ばされた彼女の手を握り、彼――テラスに魔術の先生ができた。

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