アルザーノ帝国が運営する各地の魔導研究所に赴き、研究見学と最新の魔術研究に関する講座を受講することを目的とされた必修講座―――『遠征学修』
見聞を深めさせる二年次。
グレンが担当する二組は今回、白金術――白魔術と錬金術の複合術を研究している『白金魔導研究所』に決定された。
白金魔導研究所はリゾートビーチで有名なサイネリア島にある為に、移動手段は馬車と定期船。
香る磯の香り。抜けるような青空。
遥か遠く燦然と水平線が輝く、見渡す限りの広大な大海原。
緩く流れる心地良い風が、肌を、髪を優しく撫でていく――
「あぁ…………うぅ……………………」
「大丈夫? テラス君」
その定期船の一室でテラスは寝台に横になり呻き声を上げ、ルミアに手厚い看病を受けていた。
「……………大丈夫、うぷ、げぇええええええええええええ……………ッ!」
ルミアが用意してくれた袋に吐瀉物を吐く。
「ご、ごめん……………………」
「ううん、しょうがないよ」
嫌な顔一つせずに吐瀉物が入った袋を処分し、新しい袋を用意してくれるルミアに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
グロッキーなテラスを甲斐甲斐しく世話をするルミア。
「はぁ…………今だけ、このハイスペックな身体が嫌になる……………………」
テラスの容態の原因は―――船酔い。
吸血鬼の優れた感覚が船酔いを引き起こしている要因だ。
三半器官が人間以上に刺激されて碌に動けない状態になっている。
それだけではなくサイネリアは気温が高い島でもあり、闇に潜む吸血鬼であるテラスにはまさに熱帯地獄。
「でも意外だね。テラス君にこんな弱点があったなんて」
「…………吸血鬼には弱点が多い種族……………だから、うぅ…………」
背中をさすってくれるルミアの優しさが今は非常にありがたい。
滅多に乗れない船を満喫したいはずなのに、それを捨ててまで看病してくれる。
「あんなに出たのに……………まだ、出るのか……………………」
もう何度目になるかわからない嘔吐感。
顔色は既に青白く、輪郭も少々げっそりとしている。
「何か食べ物でも貰ってこようか? それとも薬の方がいいかな?」
「……………血が飲みたい」
出すものを出して空腹感が襲うテラスは血を求めるようにそう呟いてしまい、すぐに自分の不本意な発言に謝る。
「あ、ごめん…………別にそのつもりは」
「いいよ」
ルミアは自分の腕をテラスの前に出すと、テラスは思わずかぶりついてしまう。
餌を目の前に本能のままにかぶりつく獣のようにルミアの腕を噛み、その血を啜る。
「……………っ」
前回の吸血とは違い、乱暴に噛みついたせいかルミアの顔が少し痛みで歪む。
それでもすぐに笑顔を作り、ルミアはテラスに血を捧げる。
「……………ありがとう、ルミア」
「ううん、私にはこれぐらいしかできないから」
いつも助けて貰ってばかりのルミアにとってせめてもの恩返しが血を上げることぐらい。
「少しは気分は良くなった?」
「多少は…………でも、ごめん。少し寝るね?」
「うん、着いたら起こすからゆっくり休んでいて」
寝台に夜になるテラスは自身に【スリープ・サウンド】を施して眠りにつく。
その横でルミアは寝息をたてて休んでいるテラスの横顔を到着するまで満喫していた。
シーホークを出港して数時間。
やがて、船はサイネリア島に到着した。
「…………どうも、先生……」
「おお、お前も…………酷いな…………」
「いえ、先生ほどでは…………」
「…………無理すんなよ」
「先生も…………」
テラスはルミアにグレンはシスティーナに肩を借りながら互いを励まし合う。
そんなグロッキー二人に他の生徒達も苦笑いを溢していた。
「ほら、先生もテラスもしっかり」
「もう少しで旅籠だから頑張ろうね?」
二人の慰めにテラスもグレンも足に力を入れて、宿泊予定の旅籠に向かう。
旅籠に到着するとすぐにテラスは割り当てられた宿泊部屋のあるベッドに横になる。
「だ、大丈夫なのか…………?」
「宿の人に言って薬でも貰ってこようか?」
「ああ、大丈夫…………もうひと眠りしたらよくなるから…………」
同じ部屋に割り当てられたロッドとカイに心配され、まだ完全に船酔いが消えていないテラスは心配かけないように声をかける。
「お~い、三人共。今いいか?」
扉の外からカッシュの声が聞こえた気がするが、意識が朧気になっているテラスはその後の三人の会話は耳に入らず、意識を闇の中へと沈めた。
その夜。就寝時間――――
「…………男ってバカね」
旅籠本館の屋上テラスでシスティーナはジト目で眼下に展開されているグレンと男子生徒の馬鹿騒ぎを見ていた。
カッシュが主犯の『女子の宿舎へお忍びで遊びに行って一夏のウフフ体験作戦』という年頃の少年のリビドー全開で行われた決死作戦は己の生活を守る為に立ちはだかるグレンに阻まれたが、カッシュ達は『
林の中、飛び交う雷閃と怒号と悲鳴。
欲望に塗れた熱い男達の戦いをシスティーナは冷ややかな眼差しで見下ろしていた。
「はっはっは! どうした!? お前らの力はそんなもんか――――って、おい!? ちょっと待て!? お前ら、そんな風に隊伍を組んでの面攻撃は反則―――ふんぎゃあああああああああ―――――ッ!? あたたた、痛い!? 痛いって!?」
戦い続けるグレンと男子生徒達にルミアは視線を泳がせるが、その中にはテラスはいなかったことに安堵半分、悔しさ半分だった。
「流石にテラスはいないわね? まだ部屋で休んでいるのかしら?」
テラスが参戦していればもっと大惨事になっていただろう。
いないということはまだ部屋で休んでいるのだろう。
大広間での食事もテラスは顔を出してはいない。グレンが言うには部屋で寝ていたらしい。
システィーナ達はその後、ウェンディからカード・ゲームに誘われてリィエルと一緒に遊んでいる際――――
「さぁルミア! キリキリ話しなさいな!! さぁさぁ!」
ウェンディが興奮気味にルミアに詰め寄っていた。
「な、何もないよ…………ッ! 何もないから!」
「嘘おっしゃい! 貴女とテラスの関係を聞くまでは逃がしませんわ!!」
女子生徒達の話題はルミアとテラスの交際関係で盛り上がっていた。
「だから本当に何もないよ! 私とテラス君は仲のいい友達で―――」
「仲が良いという理由だけで付きっ切りで看病するわけがありませんわ!!」
「そ、それは…………」
船の上でテラスの容態に気付いて部屋に連れて行ったのはルミア。その姿をクラス全員が目撃している。それから到着するまで誰もルミアの姿を見ていないことも。
「ネタは上がっていますわ! さぁさぁ!」
「そこまでよ、ウェンディ! ルミアが困っているわ!!」
度を越した行動に流石のシスティーナも黙って見過ごすことは出来ず、止めに入るも――
「貴女方はご存じありませんの!? 学院でのテラスの評判を!?」
ウェンディのその一言で押し黙る。
「テラスは男子生徒からは嫌われてはおりますが、女子からは人気が高いのですわ! 魔術の知識から紳士的な対応、少々怖いところもありますが…………それもミステリアスな一面として女子から高い人気を誇っておりますのよ!」
力説するウェンディの言葉にルミアは初耳のその言葉に驚く。
「ですので、私は心配しているのですわ! お二方の関係に明確にしなければきっと後悔なさいますわ!!」
「そ、それは…………」
否定しようとするも、よくよく思い返せば確かにテラスに声をかけてくるのは殆どが女子生徒ばかりだった。
ウェンディが言っていることもあながち間違いではない。
「確かに前の魔術競技祭でテラス君の活躍は凄いものでしたね」
「わ、私も…………テラス君のおかげで、頑張れたよ…………」
テラスの人気を同意するように肯定の言葉を述べる女子生徒達。
「さぁ、ルミア! この遠征学修で攻めなければいつ攻めますの!? ここでテラスの心を鷲掴みにするのですわ!!」
「ふ、ふぇええ!?」
爛々と輝く眼差しで熱く言い寄るウェンディにルミアは顔を赤くする。
一方その頃。
「なにをしているんですか…………?」
復活したテラスは騒ぎを嗅ぎ付けてグレンと男子生徒達に