ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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白金魔導研究所

研究所見学の日。

グレンと二組の生徒達は観光街の旅籠を出発。サイネリア島の中心部にある白金魔導究所を目指し、ぞろぞろと歩き始める。

白金術は生命神秘に関する研究を行う複合術。その研究実験の展開は、大量の綺麗で上質な水が欠かせない。

そのせいもあり、白金魔導研究所はサイネリアの中心部。今もなお手付かずの樹海であり、未知の領域でもあり、そこの今回の遠征学修の目的地である白金魔導研究所がある。

舗装された道とは違い、自然の起伏がはっきりと残っている道なき道。

基本的に都会っ子な生徒達は早くも音を上げていた。

「はぁー。はぁー、うぅ…………」

「ぜぇ…………ぜぇ…………」

「おいおい、大丈夫か? リン。俺、まだ余裕あるから荷物持とうか?」

「…………あ、ありがとう、カッシュ君…………流石、将来、冒険者希望だね…………」

「ははっ、田舎者なだけさ」

「きぃいいいい…………どうして…………高貴なわたくしが…………このような…………ッ! 馬車を回しなさいな…………ッ! 馬車を…………ッ!」

「ふん…………随分…………だらしが…………ないね? …………ウェンディ、君のような…………お嬢様には…………荷が重かった…………かな?」

「そういう…………貴方こそ…………皮肉に…………いつものキレが…………なくってよ…………ギイブル!」

音を上げている二組のなか、一人だけ涼しげに進んでいる生徒が二人いる。

「皆頑張って」

一人はテラス。漆黒の日傘をさして陽日を防いでいるテラスは昨夜のうちにこの日傘を完成させたことが功を制した。

もう一人はリィエル。軍に所属しているだけあって息一つ乱さず、汗一つかいていない。

「ルミア、大丈夫?」

「あんまり…………大丈夫じ…………ないかも。…………テラス君は?」

「この日傘のおかげで移動だけならもう大丈夫…………あ、そうだ。失礼」

「え? きゃっ!?」

テラスはルミアをお姫様抱っこで抱きかかえる。

「この島についてルミアには面倒かけてばかりだからルミアは休んでて」

「い、いいよ!? お、下して…………ッ!」

「疲れているでしょ? それにこうやって運ぶのだって初めてじゃ――」

「大丈夫だから!! 大丈夫だから下して!!」

テラスの言葉を遮るように大声を出すルミアにテラスは渋々とルミアを下す。

幸いにもクラスの皆はこの移動で二人の会話に耳を澄ませている余裕はなく、ただルミアの大声だけが響いただけだった。

「っ!?」

雑に舗装された石畳に崩れかかった箇所にリィエルは体勢を大きく崩した。

「リィエル!?」

ルミアは片膝をついているリィエルに駆け寄った。

「…………大丈夫? ここら辺、足場が悪いよ? 気をつけて」

そして、ルミアが心配そうにリィエルにを差し伸べて…………

ぱちん。

リィエルは差し伸ばされたその手をはたいていた。

「…………え?」

何をされたかわからないという顔で、呆然とするルミア。

「…………触らないで」

「どこか攻撃的に冷たくそう言い放ち、リィエルは立ち上がり、二人を置き去りにしてすたすたと歩き去ろうとする。

「…………ちょっと待って、リィエル。何があったか知らないけど、今のは酷くない? ルミアは貴女心配して…………」

だが。

「…………うるさい」

「え?」

「うるさいうるさいうるさいっ!」

突然張り上げられた声に、クラス全員が思わず足を止め、リィエルに注目する。

「関わらないで! もう、わたしに関わらないで! いらいらするから!」

「…………っ!?」

「わたしは――――あなた達なんか、大嫌い!」

一方的に子供のようにわめき立て、システィーナの手を振り払うと、二人に背中を向け、肩を怒らせて歩き去って行く。

後に残されたのは、呆気を取られて言葉を失ったルミアとシスティーナ。

そんなルミア達の様子を気まずそうに窺いながら、生徒達が口々に囁き合う。

「どうしたの? あれ」

「私がわかるわけないでしょ! リィエル、貴女一体―――」

一言抗議しようと、リィエルの後を追って駆け出そうとしたシスティーナの腕をルミアは掴んだ。

「何があったのかはわからないけど…………今はそっとしておいてあげよう?」

「…………貴女がそう言うなら」

納得はしていないが、システィーナは気を落ち着かせるように深く息を吐いた。

「でも、本当に一体、何なの? 昨日今日であの態度…………わけがわからないわよ」

「…………ねぇ、システィ」

憂いと悲哀に彩られた表情で、ルミアは言葉を続ける。

「やっぱり、嫌だったのかな…………?」

「!」

「リィエルは…………私達と住んでいる世界が違うのに…………私は勝手にあの子を振り回して…………本当は嫌だったのに、今まで無理して付き合ってくれただけなのかな? 私…………お節介だったのかな…………?」

「それはないと思うよ」

悲しげに言うルミアの言葉を否定した。

「本当に嫌ならもっと早くそれらしい態度が出ているはずだし、突然あんな風に言うことはない。僕達の知らないところでリィエルに何かあったんだろうね。そうでしょ? グレン先生」

振り返るとそこには移動体列の殿を務めていたグレンがいた。

「ああ、すまん。実は昨夜、俺が余計なことを口走って、リィエルを怒らせちまってな…………あいつ、ちょっと不安定になっちまったんだ」

「すまんって…………リィエルのあの調子は貴方の仕業ぬぐ!?」

「システィーナ」

口を塞いでふるふると首を横に振るテラスにシスティーナは頷く。

「リィエルにも色々ある。今はそっとしておいてあげたら少しは落ち着くと思うから今はそれで納得とはでは言わないけど、わかって欲しい」

「…………わかったわよ」

「何かあったら僕も力を貸すよ。それでいいよね?」

「うん、その時はお願いするね」

「了解」

 

 

 

 

 

それから二時間が経過して一行はとうとう白金魔導研究所に辿り着いた。

「ようこそ、アルザーノ帝国魔術学院の皆様。遠路はるばるご苦労様です」

グレン達の前に、ローブに身を包んだ一人の初老の男性が現れた。

「私はバークス=ブラウモン。この白金魔導研究所の所長を務めさせていただいている者です」

「や、あんたがバークスさんか。アルザーノ帝国魔術学院、二年次二組の担当講師グレン=レーダスだ。本日はうちのクラスの『遠征学修』へのご協力、心から感謝します。生粋の研究型の魔術師であるバークスさんにとっちゃ、ヒヨコどもが所内でほっつき歩くなんて鬱陶しくて仕方ないでしょうが、まぁ、今日明日は我慢してください」

「いえいえ、いいんですよ」

互いに挨拶を交わしているグレンとバークスにテラスは目線を鋭くする。

(消毒液に交えて人間の血の匂い…………それもこの匂いは相当に濃い…………)

人間の血の匂いに敏感なテラスはバークスから嗅ぎ取る血の匂いに警戒を強いる。

少なくともこのバークスという所長はここ数日で確実に人間の血を浴びた何かをしているのだけはわかった。

「ルミア、あのバークスに気をつけて」

「う、うん…………」

耳打ちして警告を促すテラスにルミアも頷く。

流石に今ここでなにかをするとは思えないが、警戒をすることに損はない。

それからバークスに引率される形で、グレン達は白金魔導研究所内を見学に回る。

室内、通路問わず、水路が張り巡らされた所内はまさに『水の神殿』という形容が当てはまる。

「白金術は…………白魔術と錬金術の複合術。この術分野が主に扱うのは、皆様もご存じの通り生命そのもの。ゆえに研究には新鮮な生命マナに満たされた空間が常に必要とされます。だからこそこのような有様になっているのです。まぁ、少々歩きにくいのはご愛嬌」

バークスの案内で様々な研究所内を練り歩く。

これまでに見たことのない設備、環境に圧倒される生徒達。

「…………本当に凄いわ。まさか、人がここまでできるなんて……」

それはシスティーナも例外ではない。

「私は将来、魔導考古学を専攻するつもりだけど…………これを見ると…………ちょっと心が揺らいじゃうわね…………二人はどう?」

「私は、ほら…………研究者じゃなくて、魔導官僚志望だから」

「興味はあるけど、特にというほどじゃないね」

「それに…………ここを見てみると…………なんか、気が引けちゃって」

「…………気が引ける?」

「その…………人がこんな風に命を好き勝手に弄って、本当にいいのかな…………って」

ルミアの素直な物言いに、システィーナは思わず息を呑む。

「…………人間は度重なる犠牲の下に、今の生活を成り立てている。好き勝手命を弄るのも全ては人間が安全安心で生活ができる為」

だけど。

「それでも道を踏み外し、己の欲望を満たすために命を命と思わない研究をする者もいる―――外道。あまり魅入られない様に気をつけた方がいいよ?」

一瞬だけ、バークスに視線を向けると目が合った。

氷のような眼差しが一瞬だけ互いを見据え合うも、二人は何事もないように笑みを見せる。

「二人はあの研究、死者の蘇生・復活に関する研究を知っている?」

「え? えっと…………確か名前は」

「…………『Project:Revive Life』」

突然、背後から第三者の声が割って入った。

振り返れば、そこには好々爺然とした顔のバークスが立っていた。

「まさか学生さんの口からその言葉を聞けるとは…………よく勉強していらっしゃる。あなたのような優秀な若者がいれば帝国の未来は明るいですな」

「いえいえ、今回の遠征学修の際に予習して偶然に知ったことです。褒められるものではありませんよ」

「ふふ、謙遜なさるな」

にっこりと笑うバークスにルミアがふと浮かんだ疑問を口にする。

「『Project:Revive Life』って…………?」

「生物の構成要素には三つあるんだよ。肉体たる『マテリアル体』、精神たる『アストラル体』、霊魂たる『エーテル体』の三要素があり、人間は死ぬとこの三要素が分離し、それぞれがそれぞれの円環に還る。だけど、この計画は生物の三要素を別のものに置き換えて、死者を復活させようとする計画なんだよ。復活させたい人間の遺伝子情報から採取された『ジーン・コード』を基に、代替肉体を錬金術で錬成して、他者の霊魂に初期化処理を施した『アルター・エーテル』を大体霊魂として、最後に復活させたい精神情報を『アストラル・コード』に変換して代替精神とする。この三要素を一つに合成して、復活させる術式。簡単に言えばコピー人間だね。だけど、それでも有用性はあると人間は考え、研究をするも最終的には破棄された計画だよ」

「ど、どうして…………?」

「『ルーン』の機能限界。ルーン語はこの世界で生み出された最初の魂が発した音色『原初の音』に近く作られた言語。だけどルーンじゃどこをどうやっても先の三要素を一つに合成する魔術関数と魔術式が構築できなかったんだよ。ルーン語のポテンシャル・スペックでは、その術式を成すことは不可能と証明されたんだ。だけどそれ以上に致命的な問題が一つあったんだよ。復活に必要な三要素の一つ『アルター・エーテル』には複数の人間から霊魂を抽出して加工・精錬する手段しかなかった。一人を生き返らせる為には複数の人間が死なないといけない」

「いやはや、まさか学生さんに良いところを持っていかれましたな。付け加えて言わせて貰えばそういう様々な問題が噴出し、このプロジェクトは封印されることになったのですよ」

補足で説明を加えるバークスにテラスは言葉を投げる。

「そういえば風の噂で聞いたことがあるのですが、どこかの魔術結社が完成に漕ぎ着けたと…………」

「そういう眉唾ものの逸話もございますな」

「ですよね。少なくともこの研究を完成させるにはこの計画に特化した術特性(パーソナリティ)を持つ者、もしくはルーン語以上に『原初の音』に近づいた魔術言語を使用すること。どちらも限りなくゼロに近い」

「そうですな」

互いに笑みを崩すこともなく、本性を隠し通す。

だが、瞳の奥に隠されたその眼差しは互いを嘲笑う様に見据え合っていた。

「さぁ、お話はこれくらいにして、次の部屋へ参りましょう。今日はまだまだ、あなた達にご覧になっていただきたい場所はたくさんあるのですから……」

 

 

 

 

 

 

研究見学が終わった時は既に夕方。

宿舎に戻ってきた時は既に日が落ちて暗くなり、自由時間が始まると各自で好きなように動く。

ルミアはリィエルを食事に誘ってが拒絶し、どこかに姿を消してしまう。

グレンはリィエルを探し、ルミアとシスティーナは部屋で二人の帰りを待つことに。

テラスはカッシュに強引に誘われて皆に付き合っていた。

「ここだぜ? すげーうまい魚介料理が出てくる店!」

カッシュの案内でその店に辿り着いたテラスは皆と一緒にその店に入ろうとする。

「っ!?」

―――が、その足を止めて、振り返る。

「ど、どうしたんだ…………?」

「ごめん、先に宿に戻る!」

跳躍し、宿伝いで移動するテラス。後ろからカッシュ達の声が聞こえたが今はそれに気にする余裕はない。

(この血の匂いはグレン先生ッ! それもこの血の濃度はマズイ…………!?)

致死量に匹敵する血の濃度。それを嗅ぎ取ったテラスは臭いを辿ってグレンがいる場所に辿り着くもそこには誰もいなかった。

ただ、大量のが砂に血がこびりついていた。

「ルミアは…………ッ!?」

遠見の魔術を使い、ルミアの様子を確認するもそこにはルミアを担いでいる血まみれのリィエルの姿が見えた。

次にシスティーナの方を確認すると、そこには魔術競技祭でグレンが変身していたアルベルトに担がれていたグレンの姿が見えた。

(…………グレン先生の詳細な容態はわからないけど、少なくとも助かる見込みはあるとみて考えておこう)

一旦ここでグレンは切り捨ててルミアに集中し、もう一度遠見の魔術を行使するも使えなかった。ルミアに設置しておいた魔術を壊されたのだろう。

(だが、居場所はつき止められる)

目を瞑り、意識を集中させる。

吸血鬼であるテラスは血を吸った相手の居場所を数日は把握することができる。

どんなに離れた場所でも感覚で探し出せれる。

(こっちだね…………)

ざっざっと動き出す怪物(テラス)の歩みを止められる者はいない。

 

 

 


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