ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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止まらない怪物

攫われたルミアは薄暗い何らかの儀式魔術が行われる場所で目を覚ました。

自分は鎖付きの手枷に両手を繋がれ、その鎖で天井から法陣の中心に吊るされていた。

諸手を上げた状態で固定され、足先は床に届くものの踵は浮いてしまっている状態では最早ルミアには何もできない。

その部屋にいる青い髪の男性と自分を襲い、攫ったリィエルの姿。

男性は天の智慧研究会のメンバーでリィエルの兄。

聡いルミアはすぐに自分が天の智慧研究会に攫われたことを理解する。

男性が語るリィエルの裏切りとグレンの死を聞かされて茫然自失するも、実際にその死を自分で確かめない限り、信じない。

頑なまでの強い意思をその瞳に宿す。

「ほう! その娘が例の『感応増幅者』か! ご苦労だった!」

大広間の扉を開けて、初老の男性が無遠慮に入ってくる。

「バークスさん…………やっぱり…………」

テラスの警告を聞いていたルミアはなんとなくではあるが、そんな気はしていた。

だが、気のせいであってほしかったと思っていた。

「ほう? あまり驚きはしない辺り、例の吸血鬼の小僧に私の事を聞かされていたらしいな?」

「っ!?」

ルミアは目を見開いた。

テラスが吸血鬼であることをバレている。

「まぁ構わん。私のような優れた魔術師は、さらに上の位階を目指さなければならぬのだ。ゆえに私は倫理だの、生命の尊厳だのとうるさい帝国を見限り、天の智慧研究会に鞍替えする――――貴様を利用したとある魔術儀式の成功成果を手土産にな! それだけよ!」

「そんな…………バークスさん、天の智慧研究会に近づくなんて…………あんな邪悪な組織に肩入れするなんて、やめてください! あなたの優れた才覚はそんなところで使われるべきものではないはず…………ッ!」

ルミアはは必死の表情で訴えかける。

すると。

バークスはさも愉快だと言わんばかりに、含み笑いを始めた。

「…………バークスさん?」

「くくく…………これは、傑作だ。何も知らぬのだな、貴様は…………こんな滑稽で愉快なことがあろうか…………ッ! ふはははははははは―――――ッ!」

呆気を取られるルミアの前で、バークスはひとしきり笑い倒し、不意に言った。

「ルミア=ティンジェル……と言ったか。王室の血を引きながら放逐され、廃嫡された哀れな異能の娘よ…………貴様、なぜ帝国王室の家系に『女』が不自然なまでに多いか知っているか?」

「…………?」

「貴様ら王室の血族で異能が発現した者…………貴様で何人目になると思う? まさか自分一人だけだと思ってはいまいな?」

「…………えっ!?」

「天の智慧研究会が邪悪? くっくっくっ……私に言わせれば、貴様ら帝国王家の方がよほど邪悪で汚らわしいわ! 反吐が出る! 仮初めにもそんな呪われた一族にかつて忠誠を誓わされていたなど、我が身を切り刻んでやりたくなってくるわ! そんな薄汚れた血の女王に統治される帝国の行く末など、わかりきったもの…………そのような国、早々に滅ぼし、真に優れた魔術師達――――天の智慧研究会が実権を握って、愚かな民衆を管理してやるべきだと思わぬかね? ん?」

「やめてください」

「ッ!?」

強い意思が籠ったルミアの言葉が、嘲笑を浮かべていたバークスに冷や水を浴びさせる。

ルミアの気丈な瞳が、凛と真っ直ぐに、バークスを射抜いていた。

「私を侮辱することは構いません。ですが…………この国のために、人々のために、日々身を粉にして尽くしているお母さんのことを悪く言うことだけは…………絶対に許しません」

ルミアの自然と纏っているその風格と気品に、その一瞬だけバークスは気圧され、たじろくもすぐに我に返って、ルミアを睨み付ける。

「…………気に食わない目だ」

バークスは据わった目で、身動きの取れないルミアの下へと歩み寄って行く。

「貴様にはどうやら『教育』が必要のようだな…………」

そう言って、バークスは不意にルミアの制服の胸元を掴んで一気に、下へと引き裂いた。

「――――ッ!?」

息を呑むルミア。

露わになった、下着に包まれた形の良い胸と雪も欺く白い肌。

ルミアが羞恥に身じろぎする暇もなく、バークスはルミアの細首を片手で鷲掴み、締め上げていく。

「さて………貴様はどんな声で啼いてくれるのかなぁ…………? その小癪な余裕をいつまで保っていられるかなぁ…………? …………ん?」

「かはっ…………あっ…………ぐっ…………うぅ…………」

苦悶に喘ぐルミア。

その時だった。

遠くで、地鳴りのような音が突然、響き渡った。

「何事だ!?」

ルミアから手を離して、バークスは怒声を上げる。

そこへ、いつの間にか戻ってきた天の智慧研究会第二団(アデプタス・オーダー)《地位》が一翼、エレノア=シャーレットが遠見の魔術を使う。

「今、遠見の魔術で確認いました…………侵入者ですわ。それにしても、あらあらうふふ」

侵入者を確認するとエレノアは口元を薄っすらと歪めて笑みを見せる。

「何だと!? 馬鹿な! どうしてここが割れた!? そんなはずは――――いや、それよりも」

バークスが困惑するにも無理はない。

いくらなんでも速すぎる。

この場所が割れて、ここに辿り着くまで時間が有するはずなのにここまで速いのは想定外すぎる。

「いや、今はそれはいい! どういうことだ!? エレノア殿ッ!」

「さぁ、どういうことでしょうか? とにかく敵勢力は一名。帝国魔術学院学士、テラス様ですわ」

「馬鹿な!? 件の吸血鬼が!?」

「テラス君…………ッ!」

エレノアの情報にルミアの表情は明るくなっていく。未だ自分は絶体絶命の身のままだというのに、もう何もかもが救われ、満ち足りてしまった顔だ。

一方、そんなルミアとは対照的に、エレノアとバークスの表情はどこまも苦々しいものだった。

「ふん! 所詮は小僧一匹! 私の作品の餌にしてくれるわ!」

バークスはわなわなと震えながら、傍らのモノリス型魔導演算器に取り縋り、呪文を唱えながら指を動かし、操作を始める。

「作品、とは?」

「ふふふ、あの第四区画には私が作った無数の合成魔獣(キメラ)が封印されているのだよ。その合成魔獣(キメラ)どもの封印を解き、小僧にけしかけてくれるわ」

己の勝利を何一つ疑わないバークス。

だが、彼は知らない。

怪物の恐ろしさを。

――――その強さも。

 

 

 

 

 

貯水庫のような場所でテラスは合成魔獣(キメラ)を相手にその歩みは止めず、突き進む。

近づいてくる合成魔獣(キメラ)をその爪で切り裂き、魔術を使用して倒す。

数の利で攻めてくる合成魔獣(キメラ)達の攻撃が当たっても瞬く間にその傷は癒えて元に戻り、テラスの攻撃にやられる。

「《穿て》」

雷閃が空気を切り裂いて、獅子の合成魔獣(キメラ)の頭を貫く。

葉と蔓の人間の姿を模った植物の合成魔獣(キメラ)をその爪で切り裂く。

「ルミア、今行くよ…………」

夥しい合成魔獣(キメラ)達の亡骸を後にテラスはこつ、こつ、こつ、と足音を鳴らしながら先に進んでいく。

 

 

 

 

「…………止まりませんね」

その時、からかうようなエレノアの言葉に、バークスは拳を震わせていた。

「くそ…………小僧ごときに…………ッ!」

モノリス型魔導演算器の表面上に次々へと送られてくる自慢の合成魔獣(キメラ)の惨憺たる戦闘結果を目の当たりにしたバークスは、忌々しげにモノリスを拳で叩いた。

「い、いいいだろう………これまではタダの小手調べだ! あの程度でくたばってしまっては、こちらも面白くはないッ! こちらも最高傑作で出迎わせてもらおう…………ッ!」

血走った目で、バークスがモノリス型魔導演算器を操作していく―――

「ふ、ふはははッ! 今度のこいつは凄いぞぉ!? かき集めた魔鉱石から作り上げた宝石獣だッ! 三属攻性呪文(アサルト・スペル)など効かんし、いかなる武器でもこの獣を傷つけることはできん! 真銀(ミスリル)日緋色金(オリハルコン)の武器でもない限りなぁ!? ふははははは――――ッ!」

エレノアは、そんなバークスを実に楽しげに見守っていた。

 

 

 

 

「今度は大亀だね…………」

通路を踏破して大部屋に侵入したテラスを待ち構えていたのは見上げるほどの大きな亀。その大部分が透き通る宝石のように構成されている。

「ゥォオオオオオオオオオオン……」

大亀が後ろ姿で立ち――――テラスめがけて、倒れ込むように、その剛椀を叩きつける。

避けるも、テラスがいた場所を大亀の腕が叩きつけられて、施設全体が震えた。

「ゥォオオオオオオオオ――――ッ!」

そして、大亀が雄叫びをあげると――――その身体に埋め込まれた宝石のあちこちが、激しく帯電し始める。

目前でバチバチと稲妻を爆ぜさせる大亀の姿に、テラスは身体を霧にする。

「ゥォオオオオオオオオ――――――ッ!?」

不意に獲物がいなくなって戸惑う宝石獣。

すると、ドバ、と突如宝石獣は大量の血を吐き出して体中を痙攣させ、最後にはピクリとも動かなくなった。

そして、霧から再び実体に戻ったテラスは何事もなかったように歩き続ける。

「便利だよね、この能力……」

吸血鬼の能力『霧化』は何も身体を霧にして姿を晦ませるだけの能力ではない。敵の口や鼻孔から体内に侵入して内側から攻撃することもできる。

テラスはこの能力で宝石獣の内臓という内臓を切り裂いて内側から殺した。

いくら最硬の防御力を誇っているものでも内側は弱いものだ。

 

 

 

 

 

エレノアは啞然とするバークスに、くすりと笑った。

「…………ば、…………馬鹿なッ!」

目の前の信じられない光景に、バークスは顔を真っ赤にして震えていた。

「なんなんだ、なんなのだあれは…………ッ!? 、もはや人ではない怪物の類か!? あの男は一体、何者なんだ!?」

「落ち着いてくださいませ、バークス様。魔術師にとって、相手が思いもよらない切り札を隠し持っておくことなど実に基本的なこと。それよりもいかが致しましょう。あの区画を突破されてしまいましたら、この中央制御室まではもう、目と鼻の先―――早急に対処する必要が御座います」

「そんなことは、わかっておる! ええい! 私が自ら打って出る! あの小僧に我が魔導の力を見せつけてくれる! エレノア殿! 貴女も来い!」

「畏まりましたわ、バークス様」

(…………さて、いかがいたしましょうか)

 


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