ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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人外の領域

ルミアを助けるために、その歩みを止めないテラスは暗く狭い通路を進んで行くと、不意に開けた空間に出た。

そこは何かしらの保管庫のようだ。

大広間のような室内は薄暗く。床や壁、高い天井の所々に設置された結晶型の光源――――魔術照明装置の光はかなり絞られており、辺りには謎の液体で満たされたガラス円筒が、無数に、延々と規則正しく並んでいた。

「…………うわぁ」

ガラス円筒の中を覗くと、流石のテラスも思わず声が出てしまう。

その中にあるのは人間の脳髄だった。

それが、延々と標本のように並べられている。

「全部、異能者か……」

ガラス円筒につけられているラベルの文字を読んで、それが異能者だと知った。

異能はこの世界では『嫌悪』の対象。

異能者だけでという理由で差別と迫害の対象に成り得るが、バークスは典型的な異能嫌いなのだろう。

進むと、テラスは一つのガラス円筒の前に足を止める。

立ち並んでいるガラス円筒の一つにあるのは脳髄ではない。

人の形を残した少女が入れられているのだが、その少女は『生かされている』状態だった。

手足は切断され、全身に無数のチューブに繋がれて、魔術的に生かされているだけで、もうあらゆる意味でその少女は終わっている。

「……………………」

こんな状態でも、僅かに意識があったらしく、少女が身じろぎする。

少女の虚ろな目と、テラスの目が合う。

少女の口から弱弱しく動く。

 

コ、ロ、シ、テ。

 

そう告げている。

「僕は神父でもなければ牧師でもないし、経も聖句もわからないけど。君の来世に幸があることを願うよ」

テラスは詠唱済み(スペル・ストック)の【ライトニング・ピアス】を起動した。

雷閃はガラス円筒ごしに少女の心臓を貫いて、命を刈り取った。

「貴様!? 私の貴重な実験材料になんてことをしてくれた!?」

「昼ぶりですかね? バークスさん」

円筒の群れの向こう側に出入り口から罵声と共に姿を現した。

「おのれぇッ! 今、貴様が壊したサンプルがいかに魔術的に貴重なものか、それすらも理解できんのか!? これだから物を知らんバカガキは困るッ!」

「生憎と僕の興味ではありませんしね。これらの貴重性を問われても困りますよ?」

やれやれといわんばかりに肩を竦める。

「貴方みたいな人間を相手にする暇も今はないんですよ? どいていただけません?」

「フン! そんなにあの薄汚い小娘が気になるか!? 小僧! だが、貴様はこの私が自ら滅ぼしてくれるわ!!」

「《そうですか》」

呪文改変で【ライトニング・ピアス】を唱える。

「《霧散せり》!」

だが、バークスは【トライ・バニッシュ】を唱えて打ち消した。

「冥途の土産に見せてやろう。真の魔術師が振るう本物の神秘の魔術を」

いつの間にか取り出した金属製の注射を、自分の首筋へと打ち込んだ。

「なんですか? それは」

「気になるか? ふっ、これはな…………貴様のような小僧には想像もつかぬ神秘の産物よ」

その時、バークスの身体に異変が起きた。

バークスの全身の筋肉が突然、隆起し始めたのだ。初老にしては体格の良いバークスの身体が、めきめきと、さらに不自然に脹れ上がっていく―――その全身に視覚的にわかるほどの圧倒的な力が漲っていく―――――

「ふはははは! お前にこれの凄さがわかるか!? 今、この私に何が起こっているのか理解出来るか!? 無理であろう! なんなら私に魔術を放つといい!!」

「《そうですか・では・お言葉に甘えて》」

【ライトニング・ピアス】を起動させて、一閃がバークスの額を貫く。

「効かん、効かんなぁ…………」

バークスはほんの少しだけ、仰け反っただけで穴の開いた額はめきめきと音を立てて、塞がっていく。

「………………再生能力。それがバークスさんの仰ってた本物の魔術ですか?」

「最近の若造は結論を急かすのぅ。これはそれだけではないわ!」

バークスの右腕が激しい勢いで燃え上がり始めた。

(炎熱系の攻性呪文(アサルト・スペル)…………?)

詠唱済み(スペル・ストック)の炎熱系と思い、【トライ・バニッシュ】で打ち消そうと呪文を唱える。

「《消えろ》」

バークスの腕から炎の帯がうねり上げて、完了した呪文で打ち消そうと試みたが、炎は消えずにテラスの半身を吹き飛ばす。

「……………………なるほど、魔術ではないのですね?」

しかし、瞬く間に再生して元に戻るテラスはその威力を身をもって知り、バークスが先ほど自身に打ち込んだものの正体がわかった。

「半身を吹き飛ばしてもまだ生きておるとは…………まさに怪物に相応しい存在だな、貴様は」

「頭に風穴空いて生きている今のバークスさんがそれを言いますか?」

「私を貴様のような怪物小僧と一緒にするではないッ! 私はな…………生命の神秘を解き明かすため、無数の異能者を調査・研究する過程でな…………その異能力を異能者から抽出し、己の能力として意図的に引き起こせる魔薬(ドラッグ)の合成に成功したのだよッ! ふはははははっ! 異能ごとき、真の魔術師にとっては使われる道具の一つにすぎぬ! もはや用済みとなったこの生ゴミ共と一緒に貴様も処分してくれるわ!」

興奮の絶頂のように高らかと己の研究の成果を語るバークスにテラスは呆れた。

「……………………そんなものですか? 正直期待外れですよ、バークスさん。そんなただのドーピングを使ったぐらいでそこまで自慢できるものなのですか? その神経の太さだけには尊敬の念を抱きますよ」

「な…………ッ!? なん、だと…………ッ!?」

「所詮借り物の力。貴方は異能という力を使っているだけで、使いこなせていない。真にその力を扱えるのはその力を授かった者のみ。借り物の力を使って吠えないでください」

「借り物…………ッ! 私のこ、この力を…………私の力を…………ッ!?」

みるみる顔を真っ赤に染めるバークスに、テラスは告げる。

「貴方のそれが真の魔術と仰るのなら僕は僕の真の魔術をお見せしましょう。本当なら、貴方のような人間には過ぎた代物なのですが…………」

「ほざけ!?」

手をかざして発火能力を発動させる。

降り注ぐ炎獄の豪雨の前にテラスは静かに手を前に突き出す。

「《氷狼は疾走す》」

一節詠唱のC級軍用魔術、黒魔【アイス・ブリザード】の呪文詠唱を聞いてバークスは鼻で笑った。

(所詮は小僧! そのような魔術で相殺できるわけがなかろう!?)

バークスが発動している発火能力はB級軍用攻性呪文(アサルト・スペル)に匹敵する。

完全にこちらが有利。口先だけの小僧であるテラスはそのまま灼熱炎の餌食だと高をくくっていた。

「……………………は?」

根本的な威力規格が違うにもバークスは信じられないものを見たかのように啞然とする。

「炎が…………凍った、だと…………ッ!?」

バークスが放った発火能力の炎が凍っていた。

眼前で起きたこの光景に驚きを隠せれない。

「バ、バカな…………ッ!? あ、ありえん! いったい何が起きて…………ッ!?」

理解が追いつかない。

そんなバークスにテラスは言葉を飛ばした。

「驚くものではありませんよ? これは僕の固有魔術(オリジナル)ですから」

「なんだと!? 炎を完全凍結するのが貴様の固有魔術(オリジナル)というのか!? ならば―――」

次のバークスは冷凍能力を発動させて、テラスを凍り漬けにしようとするも。

「《吠えよ炎獅子》」

圧倒的熱量の炎に異能の氷でさえも溶かした。

「あ、ありえん!? たかが一節詠唱でそれほどまでに高威力の魔術が使える訳が―――ッ!?」

そこでバークスが気付いたのは本当の意味で優秀だからだろう。

「僕の固有魔術(オリジナル)は指定したあらゆるものの次元を高め、別の領域に至らせる。これが僕の固有魔術(オリジナル)【人外の領域】。今回は三属攻性呪文(アサルト・スペル)を指定しました」

「そ、そのような固有魔術(オリジナル)が…………ッ!? だが、いくらそのような固有魔術(オリジナル)をもってしても不死身の私を倒すことは不可能―――ッ!?」

己を鼓舞するように語るバークスにテラスは腕を上げる。

「不死身? それは塵一つ残らず消滅してから言ってください」

そこでテラスは呪文を唱える。

「《紅蓮の獅子よ・憤怒のままに――――」

三節で呪文を唱えるテラスにバークスは笑みを見せる。

(馬鹿め!? いくら威力を上げようとも所詮は三属エネルギーには変わりない!)

物質中の電素(エトロン)操作で生まれる、炎熱、冷気、電撃の三属エネルギー。ならそれを零基状態に戻すことが出来る【トライ・バニッシュ】で打ち消せられる。

「《霧散せり》!」

―――勝った。

「―――吠え狂え》」

だが、呪文は何事もなく完成されて黒魔【ブレイズ・バースト】は起動した。

収束熱エネルギーの炎は太陽の如く輝き球体が姿を現した。

「言ったでしょう? 僕の固有魔術(オリジナル)は次元を高め、別の領域に至らせると。【トライ・バニッシュ】で打ち消すことなどできませんよ? ではさようなら」

馬鹿げた熱量で放たれる灼熱の太陽を前にバークスはこれ以上にないぐらい目を見開いた。

「そんな…………選ばれし者である私が…………」

その言葉を最後にバークスは塵一つ残らずにこの世界から消え去った。

「さて、急がないと…………」

消え去ったバークスを背にテラスは先に進む。

 


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