「お待ちしておりましたわ。テラス様」
延々と続く通路を歩いていると、その先には優雅に一礼する黒髪の侍女服の女性がいた。
「私は天の智慧研究会、
「ご丁寧にどうも。僕はアルザーノ帝国魔術学院学士、テラス=ヴァンパイアです。テロリストとはいえ、女性とは戦う気はありません。そこを通しては頂けませんか?」
「あらあら、随分とお優しいです事。女性の扱いには慣れているようで」
「いえいえ、少し前までは男女平等で敵なら女子供も関係なく殺してましたが、口うるさいお姉さんから口酸っぱく女性は大切に扱うようにと教え込まれたもので」
脳裏を過る説教する銀髪の女性。
「それは良いお姉様ですこと。では、私がテラス様の行方を阻むと申しましたらいかがなさるのでしょうか?」
「殺しますが? 邪魔をするのでも殺します。ルミアを傷付けても殺します」
「ああ、過激ですわ。王女の為なら殺害も辞さない。ふふふ、羨ましい限りですわね」
妖艶に笑うエレノアにテラスは少しばかり困惑している。
眼前にいるエレノアは間違いなく強い。負けはしないが、
(だけど、僕の
テラスの
指定したあらゆるものの次元を高め、別の領域に至らせる。
一度発動すれば、一見最強の力を持っているように思われるが弱点もある。
テラスの
使えるのは一日に二回まで、それも三分という短い時間しか使えない。
それも、一度指定したら変更は不可能。一度
おまけに消耗も激しい。
今のテラスが二回目の
念の為に予備魔力が詰まった――魔晶石を二つ常備しているとはいえ、出来ればエレノアは避けて通りたい相手だ。
「ご安心くださいまし。私の目的は既に達成しております。テラス様と戦う気は毛頭ありませんわ」
テラスの心情に察したかのように戦闘は行わないと告げる。
「テラス様の迅速な行動で少々焦りはしましたが、それはもう結構。バークス様を囮に私はこの場から去ろうと思いましたが、その前に少々テラス様とお話がしたくて参りましたわ」
「なんでしょうか?」
「我等大導師が率いる組織、天の智慧研究会までご足労を願いませんか? 貴方様の実力でしたらすぐに
「それは随分と好待遇ですね…………」
帝国有史以来、歴史の裏で暗躍を続けてきた謎の魔術結社―――天の智慧研究会。
だが、実際に行動を起こすのは、常に
その上、最上位階、
実在していることにも驚くが、エレノアがテラスを自分の組織に加えようと
「ただの学士を随分と買ってくれますね…………?」
「御冗談を。魔術師の腕と吸血鬼の力も踏まえればこれぐらいは当然のことです。ただの学士で収まるなど御冗談が過ぎますよ?」
吸血鬼であることがバレていることは別段驚きはしない。
そもそも隠す気などもとからないのだ。それで怖がられようが別段テラスには痛くも痒くもない。
「いかがでしょう? 他に何かございましたら出来る限りはその要望をお聞きしますが?」
「いえ、結構です。僕は天の智慧研究会に入るつもりはありませんから」
「……………その理由をお聞きしても?」
好待遇の
「僕はルミアと契約を結んでいます。例え、世界を敵にしても僕はルミアの味方です。敵である天の智慧研究会には入りません」
ルミアの血を対価にテラスは何があってもルミアの味方でい続ける。
その契約の下にテラスは動いている。
―――のだが
「それにこんな怪物を恐れずに優しくしてくれるルミアを傷付けている貴女方、天の智慧研究会を許す気はありませんので」
今はそれだけではない。
孤立して孤独に生き、怪物となったテラスをルミアは人間にしてみせると言った。
自分なんかの為にそこまで言ってくれた。そんなルミアをテラスは助けたい。
「あらあら、お熱いですこと。羨ましくて、嫉妬に狂ってしまいそうですわ」
艶を帯びた熱っぽいと息も漏らす。
「そうであれば致し方ありません。今日のところはこの辺で失礼させて貰いましょう。それでは失礼」
最後に優雅に一礼してその姿を消した。
恐らく短距離の転送魔術によってこの場から去ったのだろう。
何がどうあれ、戦闘が避けられたのはテラスにとっても好都合だ。
歩みを進ませるテラスは最奥の部屋の扉を開ける。
「テラス君ッ!!」
「ルミア……………………凄い格好だね?」
入ってルミアの声を聞いて安堵したが、ルミアのその姿に思わずそう口走った。
まぁ、傷らしい傷も出血の匂いもしない辺りは最悪よりも大分マシではあるが。
「助けに来たよ。遅れてごめんね?」
簡素に謝り、テラスは青髪の青年と大剣を構えているリィエルに視線を向ける。
「リィエル。君はルミアとシスティーナの友達じゃないの? どうして助けずに敵の味方をしているの?」
「…………………だれ? わたしは貴方を知らない」
「……………………まぁ、碌に会話をしていないからそうかもしれないけど、一応同じクラスなんだから顔ぐらいは覚えて欲しかったよ……」
「そう」
地味にショックを受けるテラスだが、リィエルは素っ気ない態度のままだ。
「馬鹿な…………なぜ、君がここに…………バークスとエレノアはどこへ行ったんだッ!? まさか、やられたというのか!?」
「二人ならもういませんよ」
青髪の青年が顔を青ざめながら叫ぶ、その疑問にテラスは答えた。
「後は貴方だけですよ?」
一歩踏み出そうとした瞬間―――
「それ以上、兄さんに近づかないで」
リィエルがテラスの前に立ちはだかった。
「リィエル!? さ、流石は僕の妹だ!」
リィエルがテラスに立ち向かったのを見た『兄』は、すぐにその余裕を取り戻す。
「リィエル! そいつを倒してくれ! 僕の為に!」
「…………わかった」
その『兄』は、慌てて奥の儀式魔法陣へと駆け寄り、再び作業を開始する。
「…………お兄さんがいたんだね? それで? リィエルはお兄さんの為にグレン先生を殺しかけて、ルミアとシスティーナを裏切ったの? グレンはわたしのすべてって言っておきながら随分とあっさりと殺しかけたね」
「…………グレンは生きてるの?」
「多分ね。ほら、あの先生は無駄にしぶといから」
「…………そう」
「リィエル。先生は優しいからきっと許してくれるし、ルミアやシスティーナもきっと君の事を許してくれるから、戻ってこない? そしたら僕も今回の件は目を瞑るけど……」
「わたしは兄さんのために、戦う。それがわたしの存在理由」
低く深く、剣と大勢を構えていく。
それを見て、テラスは嘆息する。
「はぁ、やっぱりこういう正義の味方のような説得は怪物の役割じゃないね。じゃ、リィエル。戦う前に一つ訊いてもいいかな? 同じクラスメイトのよしみで」
「…………なに?」
「どうして人間じゃない君にお兄さんがいるの?」
「……………………え?」
そのあまりにも突発的な言葉にリィエルだけではなく、ルミアもリィエルの『兄』も動きを止めて呆然としていた。
「……………な、なに……を…………言っているか、わからない…………?」
明らかな動揺を見せるリィエル。その絶対的な隙をテラスは見逃さない。
「《風よ・四肢を・封じる》」
瞬時、風の拘束魔術でリィエルの動きを封じた。
「さて、悪いけど大人しく僕の話を聞いて貰うよ? 今のリィエルなら話を聞かずに暴走して貰っても困るから」
「ぐぅ、――――うっ!」
拘束から逃れようとするも逃れられない。そんなリィエルの横を通り過ぎてテラスは爪を伸ばす。
――――奥にある儀式場にある三体の氷晶石柱に向けて。
「ま、まさか…………やめろ、おい、やめてくれ!!」
切羽詰まったように『兄』は叫ぶが、そんなのお構いなしといわないばかりにテラスはその氷晶石柱を切崩して中にあるものを取り出す。
「え…………?」
「う、そ…………?」
困惑、戸惑うルミアとリィエル。
何故なら氷晶石柱から出てきたのはリィエルと瓜二つな人形だ。
「やっぱり、『Project:Revive Life』。ルミアを使ってそれを成功させようとしていたんですね? ライネルさん」
「ッ!? ど、どうしてその名を…………ッ!?」
「グレン先生から全てを聞きましたからね」
リィエルが編入生としてやってきたその日にテラスはグレンから二年前の事件のことを聞いていた。
「――――『Project:Revive Life』…………通称『
テラスは視線を拘束しているリィエルに向けて告げる。
「リィエル。君は世界初の『Project:Revive Life』の成功例。君の記憶の中にあるの『兄』の名は『シオン』。二年前、天の智慧研究会に囲まれている妹―――『イルシア』とそこにいるシオンの友人であったライネルを逃そうと帝国宮廷魔導師団に亡命を打診して、結局裏切り者として粛清された稀代の天才錬金術師。リィエル、君はシオンの妹であるイルシアの『ジーン・コード』から、錬金術的に錬成された身体を持ち、イルシアの記憶情報…………『アストラル・コード』を引き継いだだけの魔造人間。そんな君に兄どころか家族すらいないよ」
「…………あ……ぁ…………」
「嘘だと思う? だけど、事実だよ。グレン先生はこれを隠していたから君は知らなかっただろうけど、そのグレン先生から直接聞いたから間違いはないよ」
「だって…………それなら…………」
がたがたと震えるリィエル。
「妹の記憶を引き継いだ君の記憶をこのライネルという人間が改変したんだろうね? 人の認識は意外だけど容易に修正できる。確か白魔術には記憶操作系の術式系『キーワード封印』があったからそれをリィエルに使ったんでしょ? ライネルさん」
「ひぃっ!?」
テラスの爪がライネルの喉元に突きつけられる。
「ま、待って…………テラス君、それなら、リィエルの本当のお兄さんは…………」
「だから言ったよ? 死んだって。それにこの人形を見る限りはリィエルも不用品として処分しようと考えていたみたいだけど。…………それも失敗に終えましたね? ライネルさん。最後に言い残すことがあるのなら聞きますが?」
「た、《猛き―――」
呪文を唱えようとしたライネルだが、テラスの爪が肩を貫いた。
「あ、あああああああああああああああ――――――――ッッ!?」
貫かれた肩を押さえて、床に倒れるライネルをテラスは見下ろす。
「グレン先生なら組織の情報を探るという目的で生かしたでしょうが、僕はそこまで優しくはないんですよ? 大人しくするのなら苦痛を与えずに殺してあげますが?」
日常会話のように話すテラスが、ライネルにとってはもはや狂気すら感じる。
殺すことなどまるで日常茶飯事のように告げられたライネルは身を震わせた。
「い、嫌だぁああああー――――ッ!? や、やめろッ! やめてくれぇえええええー――――ッ!?」
「命乞いですか? してもいいですけど僕は貴方を助ける気はないので止めた方がいいですよ?」
「お、お願いだ、殺さないでくれッ!? し、死にたくない……ッ!?」
「テラス君! そんなの駄目! いくらなんでもそこまでは…………ッ!?」
ルミアもライネルを殺そうとしているテラスを止めようと叫ぶ。
「駄目だよ、ルミア。敵は殺した方がいい」
だけどテラスは止まらない。
一切の躊躇いも同情も良心の呵責をなく、テラスはその爪を振り上げる。
「う…………うぁ…………た、助けて…………死にたく…………な…………」
「さようなら。地獄があるのならそこで会いましょう」
その命を刈り取る狂爪が振るわれる。
―――その刹那、一発の銃弾が振るわれたテラスの腕に直撃し、その軌道を強引に変えられた。
「…………酷いですね。普通撃ちますか? グレン先生」
呆然自失のライネルを置いて、視線を部屋の扉に向けるとそこには見知った人物であるグレンとその隣にはアルベルトの姿がそこにある。
「…………先生ッ!? 良かった…………」
グレンの健在な姿に安堵するルミアの視線の先にいるグレンは銃を下に向ける。
「馬鹿野郎。生徒に人を殺させる教師がいるか」
「それにしてもお早い到着で」
「どっかの天才様のおかげで真っ直ぐここに来れたからな。たくっ、一人で全部解決しようとしてんじゃねえよ。俺の出番がなくなっちまうだろうが」
ふざけたように愚痴を溢すグレンだが、真剣な顔でテラスに告げる。
「殺すな。ルミアの為でもお前がその手を血で染める必要はねえ。もう、誰も殺すな」
「…………保証はできませんが、善処はします」
リィエルの拘束を解いて、ルミアを自由の身にするテラスは自分の上着をルミアに羽織らせる。
「ルミア。悪いけどリィエルをお願い」
「…………テラス君」
「落ち込んでいる人を励ますのは僕には無理だから」
「うん…………」
テラスの言葉に頷き、ルミアは膝をついて俯いているリィエルに歩み寄る。
「リィエル、帰ろう」
優しく、その手を伸ばすルミアにリィエルは俯きながら小さく首を横に振る。
「…………わたしは生まれた意味がわからない…………もう、何の為に生きればいいのかわからない…………」
「リィエル…………」
「この記憶も他人のものだし…………わたしはただの人形…………」
自分の正体を知り、存在理由を失くしたリィエルにあるのは孤独感と喪失感。
何の為に生まれて―――
何の為に存在し―――
何の為に生きればいいのか―――
リィエルにはもうそれがわからない。
そんなリィエルをルミアは優しく抱きしめた。
「ルミア……………………」
「そんな寂しいこと言わないで。リィエルはリィエルだよ。他の誰でもない私の大切な友達」
「でも…………わたしは、ルミアやシスティーナに酷いことをした…………」
「酷いことをしたら謝ればいいんだよ? きちんと謝ればシスティも許してくれる」
「…………」
「それともリィエルにとって私やシスティは友達じゃないの? それは嫌だな」
「違う。………でも、わたしは…………」
「何の為に生きていいのかわからないのら、これから探せばいいんだよ? 突然だから戸惑うかもしれないけど…………探そうよ。…………私達と一緒に」
「…………一緒にいても…………いいの?」
「今、こうやって私がリィエルを抱きしめているのが答えじゃない?」
「…………ぅ」
そして…………
「…………うあ………ぐずっ…………る、ルミア……………ルミアぁ…………ひっく…………うぁああ……」
「ほらほら、よしよし…………泣かないで、リィエル…………」
リィエルはルミアの腕の中で、ぐすぐすと泣き始めた。
そんな二人のやり取りを見て、テラスは微笑を浮かべる。
(流石は、ルミアだね…………)
怪物が与えるのは残酷な現実と絶望のみ。だから、テラスにはリィエルは救えない。
だけど、そんな怪物にでも広い心を持って優しく接してくれるルミアならきっとリィエルは救えると思っていた。
(リィエル。君は『人間』だよ…………。怪物である僕が保証する)
涙を流すのは人間である証。
流さないのは人形と怪物だけだ。
その証拠にテラスは■■■■だった時から一度も涙を流したことがない。