東の空も白む明け方頃。
グレンとテラスはルミアとリィエルを連れて旅籠に帰ってきた。
帰りを待っていてくれたシスティーナやクラスメイト達は無事な姿に安堵の息をつく。
そして、システィーナはリィエルの頬に平手を張り、固く抱きしめて涙を流し、リィエルもぼろぼろと涙を零した。
二人の様子を微笑みながら見守っているルミアの目元にも、やっぱり大粒の涙が浮かんでいる。
カッシュ達は三人の様子を見て何も言わず、自分達の寝所に向かい始めるなか、テラスは静かにその場から離れていく。
「これにて一件落着…………かな?」
微笑を浮かべながらそう口にすると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「もう、どこに行こうとしてるの?」
「いや、ルミアこそ二人の傍にいてあげなよ? 空気を読んで離れたんだから」
「…………そうだけど、テラス君の後ろ姿を見たらどこか遠くに行ってしまいそうだったから」
「心配性だな。別にどこも行く気はなかったけど?」
「…………それならどうして、旅籠とは正反対の方を歩いてるの?」
「……………………」
「私達に気を遣ってくれているからだけじゃないよね? 何を隠してるの?」
よく見ていると、思った。
そんな挙動すら見せた覚えはないのに。
「大したことはないよ」
「大したことはあるんだよね?」
逃がさないようにテラスの腕を捕まえるルミアに流石のテラスも一歩後退った。
「……………………今日はどうしたの? 随分と強引だね?」
「………………この手を離したらテラス君がもう私の前からいなくなってしまいそうなんだもん」
握られている手に力が込められる。
払えないことはないが、それでも払う気にはなれない。
さて、なんて言い訳して納得してもらおうかと思案する。
「………………テラス君があんまり人と関わろうとしないのはどうして? 人間じゃないから、じゃないよね?」
「……………………」
「時々だけど、まるで自分を戒めているような、そんな目をしているから…………」
一瞬、息ができなかった。
何を言っているのかわからなかった。
「上手く言葉にできないけど…………どこか線引きされているような、そんな気がするの。深く関わらない様に距離を置かれているみたいな…………」
「それはそうだよ? 僕は男でルミアは女性。男女間を気にして距離を取るのは普通で―――」
「嘘だよね?」
ルミアと目が合う。まるでそんな嘘などお見通しといわないばかりに真っ直ぐに向けられる。
「…………どうして嘘だって言えるの?」
「だってテラス君が男女間を考えるような殊勝な人じゃないもん」
「失礼な…………」
思いも寄らない失礼な発言にテラスも本気でそう思った。
「多分だけど…………誰かを傷付けないように距離を取っているんじゃないかな? 自分を怪物と口にするのも、自分に近づけさせない様にするために」
「僕が怪物だということは正真正銘の事実だよ。それはルミアも知っているでしょ?」
「…………うん。でも、それ以上にテラス君が優しい人だってこともわかるよ」
「僕は優しくなんかないよ。優しいやつが人間を平然と殺すようなことはしない。必要であれば僕は人を殺す手段も容易に取る怪物だよ」
■■■■だった頃、人を殺しても何も思わなかった。
この世界で生まれてからも多くの人間を殺して、その返り血を浴びてもテラスは何も思うことはなかった。
周囲から見ればテラスは紛れもない―――怪物だ。
「…………テラス君は自分のことが嫌い、だよね?」
確信染みたその言葉に僅かにテラスの目元が動く。
「わかるよ、私も自分の事が嫌いだから。私のせいでクラスの皆を巻き込んで、システィやグレン先生を傷付けて、私なんかいなくなったらいい。そう思っていたから。でもね」
柔和な微笑みを浮かべながらルミアは言った。
「テラス君が変えてくれたんだよ? 傍にいてくれて、守ってくれて、救ってくれた。私は三年前のあの日からテラス君のことが好き。私は貴方の事をお慕い申し上げています」
「ルミア…………」
「私の事はどれだけ傷つけてもいい。だから、テラス君。私を貴方の傍においてはくれませんか?」
思いも寄らなかった。
ルミアがこんな気持ちを抱いていたなんて、想像もしていなかった。
真意あるルミアの言葉は本当だろう。
本当に心から自分の事を慕い、寄り添ってくれようとしてくれている。
「ごめん、ルミア。僕はその気持ちを受け取ることは出来ない」
だからこそはっきりとテラスは言い切った。
「僕は怪物。君は人間。この境界線は決して交わることはない。僕の事を慕ってくれる気持ちは嬉しいけど、それでルミアを悲しませる気はない」
断り、己の立場を考えて物事を言う。
「僕じゃない、人間の別の誰かを好きになるべきだ。だから、これからも友人として接して欲しい」
そう、それが一番の最善の案だ。
なにより、それは残されるルミアの為にならない。
「それにね、ルミアにはまだ話してはなかったけど、実はと言うと不老不死である僕を殺せる方法が一つだけあるんだ」
「…………え?」
「”愛”だよ。恋愛、家族愛、友愛。そこに愛があればいい。心から愛し愛されることを僕が理解し、納得して幸せに満たされたら僕の肉体と魂は灰へと変わり、この世を去る。それが、僕を殺せる唯一無二の方法だ」
「そんなのって…………」
その方法を聞いたルミアはあんまりだと思った。
孤立し、孤独で生きてきたテラスが生まれてから一度も与え、与えられなかったもの。
その愛を知った時にテラスの命は尽きる。
怪物として永遠の生を味わうか。
愛を知って、それを成就しないまま命が尽きるか。
それが邪神がテラスに与えた条件だ。
「セラ姉さんはこれを承知の上で僕を家族として愛してくれる。それを僕が納得すれば僕は死ぬ。眷属であるセラ姉さんと一緒にね」
セラは自分の命をかけてテラスを愛する。
それが自分も破滅になったとしてもセラに後悔はない。
だけど、ルミアは違う。
ルミアは人間。吸血鬼でもなければその眷属でもない。
万が一に、テラスとルミアが愛し合う関係になった時、残されたルミアは一生テラスの死を嘆き、悲しむだろう。
「わかってくれた? 僕達は決して幸せにはなれない。だから、互いの為と思って諦めて――――」
「簡単に言わないでッ!!」
諦めさせようとしたが、ルミアは大声を張り上げて遮った。
「簡単に言わないでよッ! 簡単に諦めきれないよ…………ッ! 私は、私はずっと…………ッ」
地面に落ちる雫はルミアの頬を伝って落ちていた。
「…………嫌ってもいい。辛いだろうけど、諦めて欲しい」
踵を返してルミアの傍から離れようとする。
嫌われても、恨まれても、憎まれても。テラスはそれを全て受け止める。
それが、ルミアを最悪な形で振った最低限の義務だ。
(これでいい…………ルミアは僕とは違う……)
怪物と人間の愛はいつだって悲劇を生む。
恐らく邪神はその悲劇を見たいが為に、テラスを怪物にする後押しをしたのかもしれない。
そう思っていた時。ルミアが抱き着いてきた。
逃がさないといわないばかりに力の限り、強く抱きしめてくる。
「…………諦めて」
「諦めきれないよ…………」
「僕と君とでは何もかも違う。これは互いの為にはならない」
「そんなこと関係なく、私はテラス君と一緒にいたいの…………」
「そんなの後悔するだけだ。君は人間としての幸せを成就するべきだ」
「…………なら、私も吸血鬼になる」
思い掛けないその言葉に目を丸くするもテラスは首を横に振る。
「それは駄目だ。君には皆やグレン先生…………なりよりシスティーナがいる」
「システィも皆もきっとわかってくれる。その上できっと受け入れてくれる」
「それはあくまで可能性があるだけであって確定じゃない」
「それでもいいの。私が吸血鬼になることでテラス君を愛せて、傍にいられるのなら私は喜んで人間を捨てるよ」
「…………僕を人間にするんじゃなかったっけ?」
「うん。だから私も吸血鬼になったら一緒に人間に戻る方法を探そう? ふふ、長生きできる分可能性も増えたね」
「それはそうだけど…………」
人間よりも遥かに長い時間を生き続けられるのなら確かに可能性は増える。
だけど、それは―――
「理屈じゃない? そうだね。でも、女の子の本気の恋も理屈なんかじゃないんだよ? 相手がどんな人でも、それが怪物でも関係ないの」
心を読んでいるからのように話したルミアは力を緩める。
テラスは振り返ってルミアと対面する。
そこにはいつもの優しい笑みを見せるルミアがいた。
「貴方の傍に居させてください。ううん、どんなにテラス君が突き放そうとしても私が勝手に傍にいるから覚悟してね?」
ウインクするルミアにテラスは言葉を詰まらせる。
告白のはずが、何故か妙な宣言を受けてしまう嵌めになったことに呆れればいいのか、ルミアが意外にも根が強いと諦めればいいのか。
どちらにしろ、ルミアがテラスの事を諦めるという選択肢はないというのはわかった。
「…………ルミアがこんなに強いなんてね」
「ふふ、恋する女の子は強いんだよ♪」
「身をもって知りました…………」
苦笑しながら降参するように両手を上げる。
「でも、僕はルミアを吸血鬼にする気はない。例え人間に戻れる手段があったとしてもそれをしない」
「うん」
「僕は誰かを愛したことも愛されたこともない。知らず知らずのうちに君を傷付けるかもしれない」
「うん」
「心に一生消えない傷を背負わせるかもしれない。苦痛を強いらせる生活を送らせるかもしれない」
「うん」
「僕の傍に居ることが幸せになれるかわからない。それでも、それでもルミアは僕の傍にいるの?」
「はい。私をテラス君の傍においてください」
「…………わかった」
ルミアの強い覚悟にテラスも頷いて応じる。
「こういう時はここで愛の言葉を言うと思うけど僕は愛を知らない。代わりに一つ約束する。僕はこれからも君を守り続ける。だから、僕の傍にいて欲しい」
「うん。私はテラス君の傍にいるよ。どんな時でもずっと…………」
背中に手を回して抱きしめるルミアにテラスもルミアを抱き返す。
朝日はそんな二人を祝福するように穏やかな光を差し込む。