「《万象に希う・我が手中に・十字の剣を》」
アルザーノ魔術学院の
すると魔力が紫電となって爆せると共に、テラスの手中に十字の短剣が瞬時に生み出される。
「凄い! リィエルの錬金術が使えるようになったんだね!」
「…………よく真似できたわね」
テラスの錬金術に自分のように喜ぶルミアの隣ではやや呆れた表情を浮かべるシスティーナはもはや、驚きはしない。
リィエルが得意とする高速武器錬成。それを実現させたテラスなのだが、本人は溜息が口から出る。
「でも、これで限界だよ。どうやってもリィエルの劣化バージョンにしかならない…………」
リィエルから教わった高速武器錬成の魔術式は一歩間違えれば脳内演算処理がオーバーフローして、廃人確定なのだが、テラスはそれを改竄、改良してようやく実現可能状態にまで完成させた。
しかし、ここで限界。
出来ても短剣が精々で、大剣を錬成しようとしたら強度が低下して脆くなる。
リィエルが使う錬成よりかは簡略化された分、精度に変化が生じてしまった。
「それでも凄いわよ。まったく貴方の才能が羨ましくなるわ」
「私からしてみたら、二人とも凄いんだけどな…………」
システィーナから見てテラスは天才と思っているが、ルミアからしてみたら二人とも自分では足元にも及ばない天才だ。
それに気付かないシスティーナにルミアは苦笑いするしかなかった。
「そういうルミアだって最近は成績の伸びがいいじゃない? やっぱりテラスと一緒に勉強しているからかしら? ふふ、愛の成果ね? ルミア」
「もう、システィ! からかわないでよ!」
「あはは! ごめんごめん」
仲睦まじい二人を見ていると、
「あそこにいるのはグレン先生と、リィエルだね?」
「え? あ、そうね。………何をしているのかしら?」
頭を下げているグレンにそれに頷いているリィエルは石を拾って呪文を唱えると、その石は黄金色の光を眩く放ち始める。
「あれって…………」
何をしているのか、何を頼んでいるのか理解したテラス。その隣ではルミアは苦笑。
「あいつ…………ッ!」
そして、システィーナはグレン達の下に駆け寄って――――
「《何考えてるのよ・この・お馬鹿》――――ッ!?」
即興改変による【ゲイル・ブロウ】の呪文が、局所的に収束する突風に轟、と巻き起こし、グレンを吹き飛ばす。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!?」
女のような悲鳴を上げて空高く舞い踊り、グレンは
「さ…………最近のお前の呪文改変力はマジですげぇな…………先生は嬉しいぞ…………」
「ですよね…………《あ・服を・乾かしますね》」
「おう、サンキュー」
風の魔術による呪文改変でグレンの服から水気を飛ばす。
どっちもどっちだな…………とルミアは思った。
「リィエルに金を錬成させて、一体、何を企んでいるんですか!?」
「売るんだよ!」
何の臆面もなく、グレンは真顔で最低最悪なことを言ってのける。
「だから、それは犯罪ですって!? リィエルを巻き込まないでください!」
「うっさいやかましい!
そして、いつものように侃々諤々、説教とみっともない言い訳合戦が始まり、テラスとルミアもいつものように苦笑しながらそれを見守っていた。
「あ、相変わらずだなぁ…………二人とも」
「本当、金の錬成はもっと…………したらいけないのに」
「テラス君? 今、なんて言いかけたのかな?」
「…………うん? なんのこと?」
視線を逸らして誤魔化そうとするが、ルミアがテラスの両頬を掴んで強引に目を合わせる。
笑っているけど目は笑っていないルミアの視線から逃れられない。
「私の目を見て言える? ちゃんと正直に話して欲しいなぁ」
「う…………」
付き合い始めてからいつの間にかルミアに尻を敷かれている気がしてならない。
何故か逆らえないルミアの微笑みにテラスはいつも負けてしまう。
「…………ごめんなさい」
「はい、よろしい。もうしたら駄目だからね?」
「……………………」
「テラス君?」
「はい、もうしません」
人々は怪物を恐れるもの。だが、怪物が恐れるのはなんなんだろうか?
それがなんなのか、テラスはわかってきた気がする。
「へーんだ、うっさいわい――――――っとぉ!」
「あっ!? こら、待ちなさいッ!? ら、《雷精の紫電よ》―――ッ!」
「ふぅ――――はっはっは! 当たらなければどうということはない!」
いつもの光景に生徒達は呆れたように騒ぎを眺め始める。
最早、この学院ではすっかりとお馴染みで、見慣れてしまったその光景。
…………と、そんな時だ。
背後から追ってくるシスティーナをあしらうことに集中するあまり、前方不注意だったグレン。ふと前を見れば、目の前には馬車は停留しており…………
「どぉわぁあああああああ―――――ッ!? 馬ぁああああああ――――ッ!?」
グレンは馬車に繋がれた馬に顔面から衝突しそうになって尻餅をついていた。
「もう、先生ったら何をやっているのよ!? あやうく人様に迷惑かけるところだったじゃない!」
駆け付けたシスティーナは御者台に腰かけている御者に、ぺこりと頭を下げる。
「すみません! この人には後できつく言っておきますので―――」
「……………………」
だが、システィーナの謝罪に御者は無反応。その表情すらも窺い知れない。
気まずいシスティーナはさらなる謝罪をかけようとした…………その時だった。
「ははは…………この学院に着いて早々、真っ先に君に会えるなんてね…………」
馬車の客室の脇に据えられていた扉が開き、新たな第三者の声が響き渡る。
「これには流石に、私も運命というものを信じてしまうかもしれない」
客室から一人の男が姿を現し、優雅に地面へと降り立った。
緩くウェーブのかかった柔らかな金髪。すらりとした身長。
服装や立ち振る舞いから貴族のそれである。
「久しぶりですね、システィーナ。君は相変わらず元気がいい。…………まぁ、そこが貴女という女性の魅力的なところでもあるのですが…………」
「あ、貴方は――――」
現れた男の姿を前に、システィーナは目が丸くなる。
男も優しげにシスティーナを見つめる。
「ルミア、知ってる?」
「ううん」
歩み寄ってきたテラス達は二人の様子を見て、ルミアに尋ねるも首を横に振った。
「………………え? 何? 何なの? この空気? そもそも、アンタ…………誰?」
その問いは、一連の騒ぎを遠巻きに眺めていた全ての傍観者達の胸中を代弁したものだった。
「…………私ですか?」
すると、成り行きを見守る一同の中、その男はこう答えた。
「私はレオス……レオス=クライトス。この度、この学院に招かれた特別講師…………そうですね、有り体に言えば…………そう、そこの娘――――システィーナの
一瞬の沈黙の後。
「「「「「えええええええええええええええええええ―――――ッ!?」」」」」
学院内に、男女多数の素っ頓狂な叫びが響き渡るのであった。
「ちょ、ちょっとレオス! 貴方、何言ってるの!?」
レオスの突然の爆弾宣言に、システィーナは思わず顔を真っ赤にして叫んでいた。
「そうつれないことを言わないでください、システィーナ。事実、私達は互いの両親が決めた許嫁同士ではありませんか?」
ひそひそざわざわと、どよめく観衆達。
「お、親同士が決めた…………って、ま、マジかよ…………?」
はたで聞いていたグレンも、ごくりと唾を飲む。
「だが、お前…………いくら親が決めたからって…………それマジで言ってんの? 馬鹿なの?」
「いや、グレン先生が何言ってんですか?」
システィーナの
「いや、だってよ…………考えてみろよ、テラス。マジでこのヒス女と結婚するって。…………こいつとくっついたら、人生の墓場入りどころか冥界第九園入りだぞ? ロクなことにもならないぞ?」
「いやいや、流石に酷過ぎませんか?」
「その心底、哀れむような顔は何!? 一体、どういう意味よ!?」
ふかーっと、システィーナはグレンに食ってかかる。
「ははは、冗談でこんなことは言いません……」
対するレオスは、そんなグレンの超失礼な物言いを軽く受け流し…………
「それよりも、私の将来の伴侶を侮辱するような言動は慎んでいただけませんか? 彼女に対する侮辱は、私に対する侮辱と同義です」
微かに鋭くなったレオスの双眸に、グレンは思わず気圧される。
「うっ…………す、すまん…………」
気圧され、謝るグレンにレオスは帝国紳士として物言いをしようと思ったが―――
「…………グレン先生? なるほど…………となると、貴方があのグレン=レーダスさんですか」
テラスの言葉にグレンのことに気が付いたレオスは穏やかな表情でグレンと向き直った。
「な、なんで俺のこと知ってるんだよ…………?」
「私が講師を務めるクライトス魔術学院でも、貴方と貴方の後ろにいるテラス=ヴァンパイアのことは噂になっていますので」
「え? 僕も…………?」
思わないところで名を呼ばれ、驚いた。
「ライバル校に突如現れた、期待の新人講師。魔術理論の根本的な理解を重視した、実践派の魔術講師…………取得呪文を競う昨今の詰め込み魔術教育の場には、中々いないタイプの人です。貴方の講義、是非とも一度拝聴してみたいと思ってました」
続けてレオスは。
「そして同じく期待の転入生。二年次生からの転入にも関わらず、並みはずれた魔術の造詣と技量を持ち合わせ、その実力は
「いや…………別にンな大層なモンじゃねーんだが…………」
「まぁ、あまり期待はしないでください」
レオスの完璧な紳士っぷりにグレンは調子を狂わし、テラスは遠慮がちで告げる。
この学院、アルザーノ帝国魔術学院の特別講師として派遣されたレオス。
そのレオスとシスティーナとの関係は
その馴れ初めを聞いたグレンは妙に納得したように頷くと、システィーナが慌てて、グレンに弁解し始めた。
「だ、だから違うんですって! 誤解です! 婚約っていうのは、その―――」
「良かったじゃねーか、白猫ッ! 見事な玉の輿じゃねーか!」
燦然と輝く太陽のような笑みでデリカシーの死滅した台詞。
「クライトス伯爵家っつったら有力貴族でお金持ち! お前、そんなとこに嫁げるとかマジ幸せモンだな! 一生、遊んで暮らせて超うらやましいわ!」
ぴくぴくと、システィーナの頬がひきつる。
「あっはっは、実は先生、お前のこと、とぉっても心配してたんだぜ? なんせ『お付き合いしたくない美少女』、『説教女神』、『
「ルミア、リィエル、ちょっと下がっておこう」
システィーナのこめかみに青筋が立てるのを見てグレンから距離を取る。
「正直、将来、お嫁の貰い手いんのかなって心配だったんだが…………いきなり解決ッ! しかも、およそ考えられる限り最高の条件! 先生は素直にお前を祝福するッ!」
ぶるぶると、システィーナの肩や握り固めた拳が震え始める。
「いやぁ、たで食う虫も好き好きとはよく言ったもんだ! 良かったな、白猫! あっ、そうだ、この話が上手くまとまったらテラスとルミアと一緒に結婚式なんてどうだ!? 俺が結婚披露宴で祝辞を述べてやっても―――」
「《この・馬鹿ぁああああああああああああああああああああああ―――――ッ!》」
「ぎゃああああああああああああああああああ―――――ッ!? ナンデ!?」
システィーナが唱えた【ゲイル・ブロウ】に風に舞う木の葉のように、高々と空へ舞い上がる。
「よく飛ぶな、グレン先生は…………」
「あ、はは…………な、なんか大変なことになってきちゃったなぁ…………」