レオス=クライトスの専門講座では『軍用魔術概論』が開設された。
レオスの専門分野が軍用魔術に関する研究である必定、レオスの開講する専門講座も当然、軍用魔術に関わるものとなったのである。
レオスは生徒達に各軍用魔術を支える根本的な理屈と概念を教えていた。
その講義にテラスも参加して受けていた。
「…………完璧だ」
「ですね…………」
「レオス=クライトス…………噂にゃ聞いていたが、確かにヤツはすげえ」
「
「うん、本当に凄い授業だったね…………」
レオスの講義に感嘆の声を漏らす。
そのレオスは生徒達に囲まれて、質問や食事の誘いなどを受けてそれを一人一人丁寧に対処している。
「グレン先生、レオス先生の授業は完璧なんですが…………」
「ああ、まだこの内容はガキどもには早過ぎる」
レオスの講義は魔術師としての戦闘能力・戦闘技術を高める一辺倒の授業。
いかに効率よく魔力を破壊力に変換するか。いかに効率よく人を殺傷するか。人殺しに特化した術をどう運用するかを、レオスは血生臭い部分を言葉巧みに美化し、強大な魔術の力に対する華々しい一面のみ高々と歌い上げていた。
レオスの講義を聞いて出来のいい生徒なら【ショック・ボルト】でもやり方次第では人を殺せることに気付いているだろう。
「力を得るとそれを試してみたくなるのは人の道理。問題が起きないといいのだけど」
下手に過ぎた力を試し、それが最悪な事態にならなければいい。
「やっぱり、先生はこういう授業、あまり認めたくありませんか?」
ルミアが曖昧な笑みを浮かべながら、囁いた。
「…………私も思ったんです。まだ、私達には…………過ぎた力だなって」
「…………」
「気をつけないといけませんよね…………大きな力には。先生は常日頃、力の意味と使い方をよく考えろ、力に使われるな、と口を酸っぱくして仰ってますけど…………今はなんとなく意味がわかる気がします」
グレンはちらりとルミアを横目で流し見た。
「大丈夫ですよ、先生。少なくとも先生の教えを受けた生徒で間違える人は、きっといません。ご不安になるのはわかりますが、もっと私達を信じてください」
「…………別に。なんかあの噂のイケメンが、俺の思った以上にやるようだから、嫉妬しているだけだし。くっそ、天は二物を与えずって格言はどこ行った…………二物どころか、あいつ四つ、五物あるじゃねーか、卑怯だぞ…………ッ!」
「格言はあくまで格言でしょ? 世の中そんなものですよ?」
「うるせー! お前にだって可愛い可愛い金髪美少女ルミアちゃんを独占している時点でお前もあいつと同類だっつーの!」
「まぁ、ルミアが可愛いのは否定はしませんが…………」
「もうテラス君、そんなにはっきりと言わないでよ」
「くっそ! なんだ!? 今は恋愛ブームってやつなのか!? 爆発しやがれ、コンチクショウ! どうせ俺は寂しい寂しい独り身ですよ!!」
二人だけの空気に完全にお邪魔虫となったグレンは嘆き叫び、そこから逃れるように後ろの席へ振り返る。
「おい、白猫、よかったな! お前の将来の婿殿は実際、大したやつだぜ。お前、マジでいい買い物したな?」
「だ、だから、違うって言っているのに…………ッ!」
グレンのちょうど真後ろの席に座っているシスティーナは握り固めた拳を震わせ、いかにも不機嫌そうにグレンを睨み返す。
「違うって…………何がだよ? あいつはお前の
「確かに形式上はそうかもしれませんけど!」
「形式上はそうかもって…………形式もクソも、両親が決めた許嫁とかガチじゃねーか」
「だから違います!」
そこでテラスが首を傾げながらシスティーナに尋ねる。
「でも、システィーナ。システィーナの家は名門なんだから御家存続の為にもいつかは婿養子を受け入れないと駄目じゃないの? それなら互いを知っているレオス先生の方がまだいいと思うけど?」
「そ、それは…………そうだけど、今は無理、なのよ…………」
「? …………まぁ、すぐに結婚は…………いひゃいよ、ふみあ」
「女の子にとっての結婚はとっても大事なことなんだよ? 御家存続も大切なことだけど、女の子にとっての結婚は理屈で決めて良いものじゃないの」
ルミアは頬を膨らませてテラスの頬を引っ張る。
「…………テラス、お前もう尻に敷かれているのか?」
「……先生、ルミアが凄く強いんですけど、どうやったら勝てますかね?」
「諦めろ。男は生まれ時点で女より弱いって決まってんだ。お前はルミアに一生勝てないのはもう決定事項だ」
「一生ですか…………」
「一生だ」
感慨深く頷くグレンにルミアはにこにこと笑みを見せる。
(………何故だろう? 勝てるイメージがしない)
というよりも、攻撃を行うという選択すら思い浮かばない以前に、顔を見ただけで負けを確定しているように思えてしまう。
「…………なるほど。相手の戦意を完全に無力化するのがルミアの
納得するように頷くテラスにグレンは呆れ、ルミアは優しい眼差しを向けている。
「おい、ルミア。この魔術馬鹿の面倒は任せるぞ?」
「はい、任せてください。先生」
笑顔で了承するルミア。
と、その時だ。
「やぁ、システィーナ」
「あ、…………レオス…………」
「私の講義、聞きにきてくれたのですね?」
生徒達から解放されたレオスは柔和な笑みを浮かべ、システィーナの下へ歩み寄ってきていた。
「私の講義はどうでしたか? 貴女の忌憚のない意見が聞きたいですね」
「その……とても素晴らしい講義だったわ…………正直、文句のつけようがないくらい…………」
「それは良かった。貴女の夫に相応しい授業ができたようですね」
「だ……だからそういう事を人前で言うのは…………ああ、もう! どうして貴方はそう昔から…………」
「ふふ、それは貴女のことを愛しているから。別に隠し立てする必要なんてありません」
レオスに主導権を握られてシスティーナはたじたじだ。
「…………あれ?」
不意にテラスは鼻を鳴らして首を傾げた。
「システィーナ。少し、外で一緒に歩きませんか? 貴女と話したいことがあります」
「そう言って、真摯な目をシスティーナに向けるレオス。
「うぅ…………それは、今でないと駄目なことなの…………?」
「別にいまでなくても構いません。でも、いずれ話さなければならない需要なことです」
システィーナはレオスに伴われ、ルミアの前から去って行った。
「あの、テラス君、それに先生にも一つお願いがあるんです。その…………大変、申し訳ないことですが…………」
「どうしたの?」
「…………なんだ?」
システィーナ達の後方十数メトラ先にある庭園の茂みの中に。
「なーんで、俺が他人の恋路を覗き見せにゃならんのだ…………」
「言動が一致していませんよ?」
ジト目でぶつくさ、ぶーたれるグレンの今の恰好は頭に木の枝を括り付け、両手にも木の枝を持ち、いかにも怪しい迷彩姿だ。
更には自身の中心に音声遮断結界まで張っている周到ぶりである。
「ご、ごめんなさい、変なことを頼んでしまって…………」
「システィーナが心配なんでしょ? なら、気になるのも無理はないよ。それに僕も少しレオス先生が気になっていたんだ…………」
今、システィーナ達の近くにはグレンとテラスの召喚した鼠と蝙蝠が放たれている。
「なんだ? ルミアという可愛い彼女がいるのに、白猫まで狙ってんのか?」
ふざけた口調でからかいの言葉を投げてくるグレンにテラスは首を横に振る。
「そんなんじゃありませんよ。ただ、レオス先生から以前に嗅いだことのある匂いが僅かにしまして…………なんだったかな? あの不味そうな匂い…………」
「野郎の血なんて可愛い女の子に比べたら残飯以下に決まってんだろ? おお――――ッ!? あのお男、やるなッ!? 今、いきなり結婚を申し込みやがった!? 見かけによらずなんて大胆なヤツ!? さぁ、盛り上がって参りました――――ッ!?」
使い魔と聴覚同調を通して聞こえてくる会話にグレンは全力で集中し始める。
「さぁ、一体どんな返答をしてくれるのかなぁ!? 白猫ちゅわぁ~んッ!?」
「グレンが一番、張り切ってる」
「あ、あはは……」
グレン同様、木に変装しているリィエルが眠たげに呟き、ルミアが曖昧に笑う。
「あー、システィーナ戸惑っているね」
「だな! 柄にもなく顔赤くしちゃって…………初々しいねぇ…………ぷっ、これでまた一つ、からかうネタが増えたわ…………しかし…………」
ひとしきり邪悪に笑い、グレンはふとルミアに振り返る。
「ルミア…………お前、何がそんなに不安なんだ?」
グレンとテラスはルミアに頼まれてこの出歯亀行為をしている。
「確かに、俺個人には気にくわんやつだが……レオスはそれなりに信頼できる男だとは思うぞ? あいつが何か不名誉なことをやらかせば、家名が傷つくわけだしな」
押し黙るルミアに、グレンは肩を竦め続ける。
「古参な貴族にとって家名は命同然だ。だから、あの野郎が白猫に対して力ずくで…………とか、そういうことはするわけがねぇって、正直、俺は思…………」
「嫌な、予感がするんです」
はっきりと言い放つルミアの言葉に、今度はグレンが押し黙る番であった。
「ごめんなさい、テラス君、先生。こんな曖昧な理由で二人の手を煩わせてしまって…………でも、レオスさん…………あの人からはなんとなく嫌なものを感じるんです…………先の遠征学修先で……初めてバークスさんと会ったときに感じたような…………」
「…………」
「なるほどね、納得したよ」
不安げに目を伏せるルミアの頭に手を置いて力強く頷く。
「ルミアの勘を僕は信じているよ。何事もないのが一番だけど、警戒しておいた方がいいというのはよくわかった」
「テラス君…………」
「彼女の言葉を信じるのも彼氏の務めだと思うし、任せて」
「うん、お願いするね?」
不安の色が消えていつもの笑みを見せるルミアにグレンは二人の様子に肩を竦めてシスティーナ達の動向を再び気を配り始める。