「俺が見事、白猫とくっついて逆玉の輿、夢の無職引きこもり生活をゲットするために―――今からお前らに魔導兵団戦の特別授業を行う!」
「「「「ふっざけんなぁああああああああああああああああああ―――――ッ!?」」」」
教壇に立つや否や、突然の授業内容変更を宣言したグレンに、クラス中が非難囂々となるなかで、テラスは溜息を吐き、ルミアは苦笑を浮かべていた。
あの日、レオスとシスティーナの会話を覗き見していた日に、レオスはシスティーナに結婚を申し込んだが、システィーナはそれを断った。
その理由は祖父―――レドルフ=フィーベルが求めた『メルガリウスの天空城』の謎を解くという夢を叶えるために。
だが、レオスはその夢を否定した。
魔導考古学―――古代遺跡を探索し、
それ故に無意味で不可能な夢。それでシスティーナの人生を無駄にして欲しくなく、自分を支え、女としての人生を歩んで欲しいと告げる。
これを聞いていたテラスは互いの価値観の違いと思っていると、そこにグレンが割って入った。
ここまでなら、まだ良かった。
これはクライトス家とフィーベル家の問題。ここでグレンが割って入っても部外者で終わるのだから。
だけど、ここでシスティーナがグレンと恋仲という真っ赤な嘘をついた。
その嘘が大きくなってグレンはレオスに決闘を申し込み、システィーナを賭けての決闘が始まり、その内容は魔導兵団戦とって今に至る。
そしてシスティーナは顔を怒りで真っ赤に染めてぶるぶると震えていた。
「…………それでグレン先生。決闘もその内容も別にいいのですけど、どうして僕は参加禁止なんでしょうか?」
そう、テラスは今回の魔導兵団戦の参加は一切禁止されている。
テラスの実力を知っているクラスの何人かはそれに同意するように頷く。
明らかな戦力低下。それもこれはレオスがテラスに参加禁止を言い渡したのではなく、グレンがテラスを参加禁止にした。
二組はごく一部を除て、どんぐりの背比べ。
だが、レオスが臨時で担当している四組は成績優秀者が集まっている。
わざわざ自ら戦力を低下するような行為にテラスは少し納得できなかった。
「決まってんだろう? お前は強すぎるんだよ。白猫ならともかく強すぎるお前はこいつらを歩幅を合わせらんねぇ。集団戦に尖った戦力はいらねえの」
それがグレンがテラスを参加禁止にした最もな理由だ。
テラスの実力は少なくとも学士では圧倒的に群を抜いて最早、他の生徒達と足並みを揃えて戦うのは不可能と言ってもいい。
仮に足並みを揃えて戦わせたとしても、それは味方の足を引っ張るだけだ。
「ま、安心しろ。お前の可愛い可愛い彼女はうちの白猫が守ってくれるさ」
「先生ッ!?」
「ルミア、ほら落ち着いて。可愛いのは事実なんだから」
「テラス君まで!? もう! 二人で私をからかわないでよ!!」
顔を赤くして叫びルミアを宥めると、男子生徒達は羨ましい眼差しを向けられ、女子生徒達からは黄色い声が教室に響き渡る。
「…………さて、バカップルをからかうのはこれぐらいにしてさっそく魔導兵団戦…………戦場における魔術師の戦い方、心得ってやつを教えようかと思うんだが…………まず、始めに。お前らは多分、盛大に勘違いしてる」
生徒達の注視の中、グレンが肩を竦める。
「魔術師の戦場に――――英雄はいない」
そんな宣言から、グレンの特別授業は始まった。
「ねぇ、少しいいかしら…………?」
「どうしたの?」
魔導兵団戦の練習の時に使い魔を使っての四組の偵察と二組の練習の見学をしているテラスに不意にシスティーナが声をかけてきた。
「えっと、どうしても貴方に聞きたいことがあるの」
「僕に? なに?」
「…………どうしたら貴方のように恐怖を感じることなく戦いに挑めるの?」
「…………」
「悔しいけど、貴方の実力は本物よ。知っていると思うけど、私も先生の教えを受けてかなり魔術師として上達したと思うの」
「…………」
「でも、前に遠征学修の時にリィエルと対峙した時…………怖くて震えて、何もできなかった。戦いの技術が上達しても…………いざという時にちっとも戦える気がしないの」
「…………」
「今の私が、リィエルと対峙しても…………きっと、私はあの時と同じように震えて何もできない……いくら力を研鑽しても、私は本当に必要な時に、きっと怖くて戦えない」
「…………」
「どうしたら、貴方や先生のように戦えるの…………?」
真っ直ぐと真意ある意思で告げるシスティーナの問いにテラスは答える。
「先生がどうしているのかはわからないけど、僕にその質問は意味がないよ」
「どういう意味よ…………?」
「僕は恐怖とか感じたことが、いや、感じられないが正しいかな?」
「…………え?」
その予想外な言葉にシスティーナは目を丸くする。
「僕はね、人間を殺しても何も思わないんだよ。それこそ自分が死ぬ時でも別に怖くもなんともなかった。ああ、死ぬんだな。…………って思っただけ」
「う、嘘よ…………そんなことあるわけ」
「はいこれ」
テラスの言葉を否定しようとしたシスティーナにテラスは錬成した短剣をシスティーナに持たせて、ナイフを持たせた手を自身の首元にくっつける。
「な、なにして―――――」
「どう? システィーナの手元が少しでも狂ったら僕の首から血が大量噴出するはずなのに、僕は別に何とも思わない。…………ああ、それとも試しに人を殺す練習でもしてみる? どうせ僕は死なないから人を殺すいい練習になるよ?」
ぐっと力を入れて自ら首を斬ろうとするテラスにシスティーナは慌てて短剣を手放す。
「はぁ……はぁ…………」
震える手を押さえて呼吸を乱すシスティーナとは対極にテラスは首筋から血が流れているにも関わらずにいつものように平然としている。
だけど、システィーナは理解した。
あのまま短剣を持っていたらテラスは間違いなく自分の首を斬っていたことを。
「それが人間の正しい反応だよ、システィーナ。君が人間でいたいのならその感覚を忘れない方がいいよ。それを忘れたら最後、外道魔術師に堕ちてしまうからね」
いつものように、日常会話のように話すテラスにシスティーナは少し怖かった。
彼はいつものように話をしているのに、それが異常に感じられた。
「僕は人間の枠外にいる存在―――怪物だ。生まれ持って人間の感覚を持ち合わせていない僕にシスティーナが参考になるアドバイスは与えられない。こういうことはグレン先生の方がシスティーナには向いているよ? 少なくても僕なんかよりもずっとね」
「……………………」
黙り込むシスティーナは初めて気付いたのかもしれない。
彼は強い。だけど、それはシスティーナの知っている強さではない。
強い決断、強い覚悟、戦う為に必要な強い力。
それがシスティーナの知っている強さという概念だが、彼が持っているのは強い力のみ。
圧倒的強さを持って、敵を倒す。
それこそ、彼がよく口にする怪物のように。
「システィ! 先生が呼んでるよ!」
「ルミア…………」
不意に駆け寄ってきたルミアがシスティーナの手を取る。
「ほら、一緒に行こ? テラス君も勝手にいなくなったりしたら嫌だよ?」
「了解。ここで待ってるよ」
「うん」
いつものように会話をする二人。
ルミアはシスティーナを引っ張って皆のところに戻る途中―――
「ごめんね、システィ」
ルミアがシスティーナに謝ってきた。
「怖かった………よね? それでも怖がらないであげて欲しいの。…………テラス君にはまだ時間がいると思うから…………だから…………」
「ルミア…………」
哀しげな眼差しで告げる彼女の言葉はどれだけ彼の事を大切に想ってあげているのかがわかる。
「これからも、変わらずにいてあげて…………」
切なくて儚い声で必死に親友に懇願するルミアにシスティーナは頷いた。
「…………ええ」
ルミアが心から信じているテラスをシスティーナも信じる。