フェジテの路地裏で二人の戦いの幕が開いた。
「《吠えよ炎獅子》」
黒魔【ブレイズ・バースト】を唱え、火球をジャティスに放つもジャティスの両手の手袋からきらきらと輝く微少な
「
「ご名答だ」
錬金術的に調合された特殊な
一歩間違えれば廃人確定の禁呪法をジャティスは当たり前のように使った。
手を振りかざし、
”黄金の剣を握る左手”という奇妙な姿の精霊を無数に出現し、一斉に剣を振りかざし、ジグザグと縦横無尽の高速機動でテラスに殺到する。
「《散らせ・戦風》」
一節を追加させて黒魔【ブラスト・ブロウ】を改変して風の散弾で飛来する【
すぐにマナ・バイオリズムを整えてテラスは【ライトニング・ピアス】を
「無駄さ!」
腕を振るい、ジャティスの前に現れた、天秤を下げた右手―――
テラスの【ライトニング・ピアス】は、その右手が構えた天秤に触れる直前で、不可視の力に捕まり、逸れてしまう。
その背後からテラスは凶爪を伸ばして振るうも、その前に腕が宙を舞った。
「不可視の刃ですか…………」
「ああ、
腕が再生し、距離を取ると先ほどまで自分がいた場所に血が宙を置いて垂れていた。
「まだまだ、正義の執行は始まったばかりだ!」
ジャティスは腕を振るい、新たな
”一対の翼が生えた一房の葡萄”というまたまた奇妙な姿の精霊が、テラスに飛び込んで大爆発。
だが、テラスは翼を広げてそれを回避した。
「読んでいたよ」
「!?」
だが、回避した先ではマスコット銃を構えた姿の天使――
しかし、テラスは吸血鬼の能力である『霧化』を使用して己の肉体を霧に変えてそれをやり過ごした。
「それも読んでいた」
そのテラスにジャティスは全身に炎を纏った天使の姿―――
「《氷狼は疾走す》」
黒魔【アイス・ブリザード】を一節詠唱で起動。
炎と氷が衝突し、相殺。塞がる視界。
(
こちらが攻撃を仕掛けてもジャティスはそれがわかっているかのように待ち構えている。
彼の知らない魔術か、それともジャティスの
「いやはや、大したものだ。いやそれでこそ僕が倒すべき悪と言うべきだろうね」
自身の周囲に複数の【
「…………先ほどから僕の動きが読まれているように感じるのですが、それが貴方の
「それを探り当てるのも魔術戦の醍醐味じゃないか」
「ごもっともな意見で」
はぐらかす様に話すジャティスだが、テラスは確信した。
相手の動きを先読みするのがジャティスの
どうやって、どのようにかはわからないが、それならそれでまだ対処できる。
「…………それにしても君も良く戦う。それほどまでにルミア=ティンジェルが大切なのかい? 彼女はこの帝国の王室の家系。いずれ根絶しなければならない存在だ」
「…………何故です?」
「君は知らないだろうけどね。この帝国は…………滅びなければならないんだ。この帝国は、とある邪悪な意思の下に創られた魔国なんだ。…………この世にあってはならない国なんだ。僕はその真実に気付いた」
芝居がかった大仰な手振りと共に言葉を連ね…………
「本当の悪がなんなのか…………気付いてしまったからには、それを見て見ぬ振りをするのは偽善者だ…………僕の正義が許さない。ゆえに僕は一年余前、正義を執行した」
「『
先ほどのグレンとアルベルトの話を思い返す。
「…………一つ聞きますが、その事件で多くの人間が死んだと聞きます。中には『
「いずれ、この世の全てを救う真に『正義の魔法使い』になる僕の、揺るがない『正義』を証明する礎になれるんだ。痛ましいことだが…………必要な犠牲だったんだ」
「つまり、必要なら何の関係もない人間も巻き込むのも厭わないと?」
「ああ。仮令、その歩み道がどんなに罪深く血に塗れていたとしても、辿り着く先に理想が存在するなら、それは正しい道だ」
「…………世界を救う為には多少の犠牲は仕方がないというわけですね?」
「そのとおりだ! この世全ての悪は、真の『絶対正義』なる僕の手によって裁かれ、滅殺されるんだッ! この僕がいる限り、この世界に『悪』という存在は一片たりとも許さないッ!」
全ては己が捧げた正義の為に悪を滅殺する。それがジャティス=ロウファン。
「そしてその『悪』には君もいる! 吸血鬼などという人を脅かす存在はこの世界にはいてはならない! 怪物は『正義』に相応しい僕が倒す!」
氷のような視線を向けられるテラスは小さく頷いた。
「なるほど、グレン先生とはまた違う『正義の魔法使い』だね…………」
全てを救う『正義の魔法使い』。
悪を倒す『正義の魔法使い』。
過程は違ってもどちらも誰かを助け、救おうとしている。
一人ではない。多くの人を救う為に彼等はきっと理想を追い続けているのだろう。
(グレン先生もきっと…………)
まだその夢を、理想を完全に諦めたわけではないと思う。
「ジャティス=ロウファン。僕は貴方の正義を肯定しましょう」
「なに…………?」
静謐に響き渡るその言葉にジャティスは訝しむ。
「理想を抱き、現実から目を背けず。全を救う為に一を切り捨てる。その偉業、その過程は余りにも遠く、険しい道のり。それでは貴方に救いがない。だから僕が肯定しましょう」
テラスはジャティスを指して告げる。
「悪であり、怪物である僕が貴方の正義を肯定します。周囲の人間達がそれを否定しても僕が肯定します。貴方のやっていることは紛れもない正義だ」
その人生がどれだけ血塗られていても。全ての人がその正義を否定しても。
テラスだけはそれを肯定する。
「………………………………」
俯き、しばし無言になるジャティスは肩を震わせ―――
「は、ははは…………あっははははははははははははははははは―――――――――っ!!」
天を仰ぎ、歓喜の声で笑い始める。
「まさか、まさかまさか! 僕の正義を、悪で怪物である君が肯定してくれるとは!? 僕の正義を肯定したのは君が初めてだよ!!」
「それは何よりです」
ひとしきり笑った後、ジャティスは真顔でテラスに問う。
「だが、いいのかい? 君は僕の正義を肯定した。それは君は自分自身を悪と認めたものだ。何においても僕が正しく、誰も君の行為を正当化する者はいない」
「構いませんよ。僕は紛れもない『悪』だ」
テラスは己自身を『悪』と肯定する。
「僕は世界を救うことよりも一人を選ぶ。その結果が世界を滅ぼすことになっても僕は構わない。誰もが僕を『悪』と呼ぶのなら僕はそれを受け入れましょう。その『悪』の称号を背負いましょう。最後は地獄に堕ちようとも、怪物である僕は救いを求めない。笑って地獄に堕ちましょう」
テラスは
指定――風の
「………………………………最後に一つ訊いておきたい。いったいなぜ君はそこまでして彼女――ルミア=ティンジェルを守ろうとする? 君がそこまでする何かを彼女は持っているのか?」
「………………………」
目を閉じるとそこに最初に思い浮かぶのは変わらない笑顔を見せてくれる彼女の顔だ。
屈託のない笑顔を向けてくれたのはルミアが初めてだ。
「これから先もルミアが笑ってくれるのなら、僕は喜んで『絶対悪』を背負います。そう思える人間なんですよ、ルミアは」
「…………そうか」
その言葉にジャティスは認めざるを得ない。
「テラス=ヴァンパイア。君を僕の対等の『敵』として認めよう。君を倒して僕の正義はより高めに立てる――――感謝する」
世界ではなく、たった一人の少女の為に『悪』を背負うテラスに敬意を称する。
正義が悪を認めるのはおかしな話だが、それでも認めざるを得ない。
彼は自分が倒すべき『敵』として、全身全霊を持って倒さなければならない存在だと。
だが――――ジャティスは周囲に召喚していた
「…………どうしたんです?」
「いやなに、君と僕との戦いをこのような場所でしたくはなくてね」
路地裏という汚く、薄暗い場所で敵として認めたテラスとは戦うのに相応しくはない。
「いずれ、僕は君に勝負を申し込む。その時は互いの掲げた存在をかけて勝負と行こうじゃないか――――だが、動きぐらいは封じておくとしよう」
ジャティスはパチン、と指を鳴らした。
「?」
不意に行動に怪訝しながら周囲を警戒するも魔力の波動も、それらしいものも見当たらなかった。
すると―――
「ぐっ!?」
突然その場で膝をついて倒れ込み、苦しみだす。
「半信半疑だったのだけど、吸血鬼である君には絶大の効果があるようだね」
召喚した天使の肩に乗り、宙にいるジャティスはテラスを見据えながら告げる。
「錬金術で錬成させた純銀の塵を君は知らず知らずのうちに吸い込んでいたんだよ。当初の予定ではここで弱っている君を倒す算段だったのだが、見逃そう。君との勝負はまたどこかで」
純銀―――それは吸血鬼にとって最凶で最大の弱点。
かすり傷を受けただけでも吸血鬼の能力は低下してしまう。
天使と共にこの場から去っていくジャティスに見逃されて、テラスは地面に野垂れ苦しむ。
「あ……ぐ…………」
身体が銀という毒に蝕まれて苦痛を強いらされる。
碌に身動きが取れないテラスの意識がだんだん薄くなっていく。
(このままじゃ…………)
動きを封じるというのはこの事だったのだろう。
少なくとも身体から銀が抜けるまで一週間近くは時間がいる。
不老不死だから死ぬことはないが、元に戻るまでは碌に動けれない。ジャティスはその間に何かしようとしているのだ。
(知らせ…………ないと…………)
這いずって動こうとするも、半ばテラスの意識は完全に途絶えた。