ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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新しい住人

フェジテの薄暗い路地裏で一人の少女は複数の男性達に暴行を受けていた。

嘲笑い、貶され、殴られ、蹴られる。

銀色の髪は泥で汚れ、身体には痣や腫れが目立つように出ている。

少女は身を丸めて、両腕で頭を抱えて暴行が終わるのを涙ながら耐えていた。

身を守ろうとするのは少女にとって唯一の防衛手段であり、僅かながらの抵抗だった。

だが、その抵抗が男性達の嗜虐心を擽らせる。

「……………こんなところで何をしているのですか?」

不意に第三者の声がこの場に響いた。

「あぁ?」

不快そうな声をと共に男性達と一緒にその声がした方に視線を向けるとそこには一人の青年がいた。

黒髪に血のように赤い目をした学生服の青年は当たり前のように歩み寄ってくると、少女に視線を向けて頷いた。

「ああ、自分よりも弱い者を貶めて憂さ晴らしですか? わざわざこんな人気のないところまでご苦労なことで」

「んだと!?」

息を吸うように男性達を煽ると、沸点が低いのか一人の男性は青年に大股で近づいていくが、仲間の一人がその男性の肩を掴んで止めた。

「おい止せ! あの制服はアルザーノ学院の学生だ!」

「なっ―――! チッ!」

魔術を教わるアルザーノ魔術学院。いくら学生といっても魔術が使える以上は一般人には勝てない。

男性達もそれは理解しているのか、素手で魔術師と戦うなんて無謀なことはしない。

「ああ、安心してください。学院外での魔術の使用は禁止されていますから魔術は使いませんよ? わざわざ魔術を使うまでもありませんし」

煽る青年の言葉に男性達の額には青筋が浮かび上がる。

「……………………おい、ガキ。男に二言はねえぞ?」

「いいですよ? もし、僕が魔術を使用したら学院でもどこへでも報告してくれても」

その言葉に男性達は顔を見合わせてにやりと笑う。

こちらは複数で青年はただ一人。

いくら魔術師の卵である学生とはいえ、魔術を使わずこの数は相手にできない。

囲んで袋叩きにしてやる。と意気込んだ男性達は青年に襲いかかる。

 

 

 

 

 

「ほら、使う必要はなかったでしょ?」

呻きながら地面に横たわる男性達の中心に青年は立っている。

「さて、と」

青年は地面に横たわる男性の腕を掴んで強引に立ち上がらせると、躊躇うことなく足を折った。

「ひぎっ!」

悲鳴が漏れる男性を無視して青年は今度は別の男性の腕を掴む。

「や、やめ―――」

ぼきり、と鈍い音が響いた。

「いぐっ、あああああああああああああああああぶっ!?」

「大声を上げるのは近所迷惑ですよ?」

男性の口を塞ぎながら周囲に迷惑をかけた子供に注意するように声をかける。

まだ無事な他の男性達は当たり前のように残虐なことを繰り出す青年に恐怖し、震える。

どうしてここまでされないといけない、と思った。

「た………助けて…………ッ」

男性達の一人が懇願するように青年に助けを求めた。

「おかしなことを言いますね? 貴方方はさっきまで自分よりも弱い女の子を貶めていたのに、自分がその立場になったら助けを求めるなんて都合がいいとは思いませんか?」

常識を語るように青年は告げ、男性達の瞳は恐怖と絶望に染まる。

――――殺される。

そう思った。

「まぁ、今回被害を受けたのは僕の知らない女の子ですし、このぐらいにしてあげましょう。次からはこのようなことはないようにお願いしますね?」

法医呪文(ヒーラー・スペル)で傷を癒すと男性達は一斉のその場から逃げ出す。

それを遠目で確認した青年は一息吐いて、少女に近づく。

「君、大丈夫? 随分手酷くやられたね?」

呪文を唱えて少女の傷を治す。

「ぁ…………ぅ…………」

身体を震わせる少女。その少女の外見を見て青年は首を傾げる。

「こんなところにいるなんて…………君、もしかして捨て子? 迷子じゃないよね」

汚れた服、体に染みついている悪臭から少なくとも迷子の子供ではないことはわかった。

「行く当てはある?」

青年の問いに少女は小さく首を横に振ると、青年は頬を掻きながら少女に手を差し伸ばす。

「ここで会ったのも何かの縁だし、一緒に来る?」

その言葉に少女は顔を上げ、青年の顔と差し伸ばされたその手を何度も見返す。

「……………………」

数秒、数十秒…………悩みに悩み、少女は青年の手を取った。

その青年の名は――テラス=ヴァンパイア。

ジャティスに動きを封じられ、全快を取り戻した彼は浮浪者と思われる少女を住処に案内する。

 

 

 

 

「お帰りー、どうしたの? その子」

「ちょっとね。セラ姉さん、悪いけどこの子を綺麗にしてきてくれる?」

「そうだね。それじゃ、いこっか」

セラは少女の手を掴んで浴室に連れて行こうとすると、顔だけ振り返る。

「覗いちゃダメだよ?」

「覗かないよ。それぐらいの常識は弁えている」

悪戯笑みを浮かばせながらセラは少女を連れて浴室に赴き、汚れきったその身体を清め、服も綺麗なものに変える。

「うん、すっごく綺麗になったね。こんなに可愛いなんて」

セラと共に再びテラスの前に姿を見せる少女は別人のようだった。

汚れがついていた銀髪も光に反射して淡い輝きを放ち、泥がついていた肌も雪のように白い。しかし、黄金色の双眸はどこか昏く印象を残している。

「ちょっと座って待っていてね。今、ジュース持ってくるから」

セラは少女を椅子に座らせて台所からジュースを持ってきて、少女の前に置くもそれに手をつけようとはしなかった。

「テラス君、この子はどこで見つけたの?」

「前にジャティスさんと戦った付近で。ジャティスさん対策として何かヒントでもと思って行ったら見つけた」

テラスは何も少女を助ける為にあの路地裏に行ったのではない。

次にジャティスと戦う為に何か対策のヒントでもと思って足を運んだら偶然にも暴行を受けていた少女を見つけただけ。

あの場ではない路地裏だったらテラスは関わろうともしなかっただろう。

「行く当てもないみたいだから拾ってきた。名前も聞いていないよ」

「そんな…………犬猫じゃないんだから」

犬や猫を拾ってきたかのようにあっさりと答えるテラスにセラは苦笑していた。

「こういう時はちゃんとした公共機関に預けるのが―――」

「それは無理だと思うよ? 多分、その子は異能者だから」

「っ!?」

不意に放たれたその言葉に少女は肩を震わせた。

それを見逃さなかったセラは一層に真剣な顔つきになる。

「何の理由もなくにこんな子供に大の大人が寄ってたかって虐めるのはおかしいとは思ってかまをかけてはみたけど、やっぱりそうだったんだ」

少女の反応に疑念から確信へと変わったテラスは納得した。

嫌悪の対象とされている異能者なら差別も迫害も成り得る。

それが小さな子供でも例外は無い。

仮にこの少女を公共機関に連れて行き、異能者だということがバレたら最悪はバークスがしてきた実験道具のように脳髄だけの存在にされていた可能性もゼロではない。

「………………………………ッ」

異能者だとバレて自分を抱きしめる少女の身体は小刻みに震え、怯えた眼差しを見せる。

「大丈夫」

怯えている少女をセラは優しく抱きしめ、頭を撫でた。

「私達は君の事を虐めたりはしないから。もう、怖がらなくていいの」

「僕達も似たようなものだしね」

ばっ、と背中から翼を出すとそれを目撃した少女の瞳が丸くなる。

「それに僕の知り合いにも異能者がいるから別に君だけをとやかく言うつもりはないよ?」

「魔術も異能も似たようなものだもんね。君さえよければ私達と一緒に暮らさない?」

「……………………いいの?」

ここで初めて少女の声を耳にした二人は首を縦に振る。

「私の名前はセラ=シルヴァース」

「僕の名前はテラス=ヴァンパイア。君の名前は?」

「……………………ヴィオロ。ヴィオロ=シャンヴル、です」

こうして、この住処に新しい住人が一人増えた。


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