ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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君、クビね

血塗られた日陰の世界をとある教え子に手を引かれ、連れ戻されたグレンは眩い日向の世界――――講師として戻ってくることが出来た。

「グレン君。…………君、クビね」

だが、そんなグレンにリック学院長は処刑台に立つ処刑人のように残酷な言葉をグレンに振り下ろした。

「…………え? えぇええええええええええええええええええええ―――――ッ!?」

学院長の無慈悲な最後通牒にグレンは素っ頓狂な叫びが響き渡り、その隣にいるテラスは耳を塞いだ。

「ちょ、ちょ、ちょ、どぉいうことですか!? 学院長ぉッ!?」

動揺も露に、グレンは学院長が腰かける机に両手をついて詰め寄るなかでテラスは納得するように頷いていた。

「普段の講師態度や、たまに授業を放り出して僕にさせているからクビになるんですよ」

「は、ははは! な、何を言っているんだい!? ぼぉくがそんなことするわけないだろう!?」

目を泳がせるグレンに学院長は好々爺然とした面持ちで言った。

「さて、先ほどの物言いには少々語弊があったのう。訂正しよう」

「…………語弊?」

「うむ。より正確には『君、このままだとクビになるぞ』の方が正しい」

「そ、それは一体、どういう…………?」

と、その時である。

「…………ったく、馬鹿だ、馬鹿だと思っていたけど、まさかここまで馬鹿だとは思ってなかったぞ、グレン…………」

壁に背を預けていたセリカが、グレン達の会話に割って入っていた。その芙蓉のかんばせを引きつらせ、ビキビキとこめかみに青筋を立てているあたり、相当お冠のようだった。

「グレン…………お前、魔術論文の提出はどうした…………? ああ…………? 今期の提出期限はとっくに過ぎているぞ…………?」

「え、提出していなかったんですか?」

「…………え? 魔術論文?」

鳩が豆鉄砲をくらったが如くきょとんとして、目をぱちくりさせるグレン。

「…………なにそれ? それ、俺も書かなきゃ駄目なの?」

「《当たり前だ・この・馬鹿》ぁああああああ――――――ッ!?」

「ちょ、ま――――」

その瞬間、巻き起こる爆炎。

セリカが唱えた爆裂呪文が、グレンと進路状にいたテラスも巻き込まれて吹き飛ばされる。

「お前、学院の魔術講師だろ!? 定期的に自分の魔術研究の成果を論文にまとめて報告しなきゃダメに決まってるだろ!?」

「…………あの、僕、関係ないのですか…………?」

巻き込まれたテラスは傷を再生させながら呟くもセリカは無視してグレンの胸倉を掴み上げていた。

どうやらグレンは講師職の雇用契約の更新条件である、定期的に研究成果を魔術論文にして提出するという学院のルールを知らなかったらしい。

このままではグレンはこの学院から去ることになるのだが、運がいいことにグレンには論文に書くネタが降りて来ていた。

それは『タウムの天文神殿』。

北の街道からやや外れた場所にある古代遺跡で、探索危険度F級、有益な魔法遺産(アーティファクト)も出土されず、霊脈(レイライン)も平凡、魔術的な価値も低ければ、歴史資料的価値も低い。僻地でなければ観光名所になっているような遺跡。

今更そんな遺跡に論文になるようなネタがあるのか? という疑念が生じたが。

「今から数年前、とある魔術師の調査によって、その『タウムの天文神殿』は、古代の時空間転移儀式場である…………という説が浮上してのう…………」

「…………えっ!? ちょっ、それマジっすか!?」

思わず目を剥いて詰め寄るグレンだが、テラスも同じ気持ちだった。

時空間転移魔術…………少し魔術をかじっている者なら、一笑に付すような話だ。

とある時空間地点から別の時空間地点へと移動する………所謂、時間旅行と呼ばれるそれは、魔術理論的に不可能なのだ。

魔術の二大法則の一つ『零点収束の法則』―――あらゆる世界法則は、常に最も自然で安定した形へと収束し、世界は矛盾を許さない―――この法則に阻まれるのである。

その時空間転移儀式場が散々調べつくされた『タウムの天文神殿』にあるといわれても誰もが一笑にする与太話になるだろう。

だが、その説を提唱した魔術師があまりにも天才で優秀過ぎた為に無視することもできない。

そこでグレンに白羽の矢が立った。

グレンが調査隊を率いて、その『タウムの天文神殿』の再調査を行う。例え何もなくてもそれも一つの成果、文句はあっても乗り切ることはできる。

まさにグレンにとっては渡りに船な申し出だ。

「あの、それで僕がここに呼ばれた理由はその調査に参加してグレン先生の補佐をすればいいのでしょうか?」

グレンと一緒に呼ばれて学院長室まで足を運んだテラスは学院長に尋ねると、その疑問をセリカが答えた。

「それもある。悪いがこの馬鹿弟子の尻拭いをしてやってくれ」

「わかりました。もう一つは?」

「実は上のお偉い方からお前にも何か論文を提出するように言われているんだ。テーマも内容もなんでもいい。その辺はお前の好きにしろ」

「えっと、どうしてわざわざお偉いさん達が僕みたいな一学士に?」

最もな疑問を投げると学院長が口を開いた。

「君の噂はもうこの学院に留まらずに、他学院にも広まっていてのぅ。もう一学士では収まらない君の実力を見定める為に君にも論文を発表するように言われたのじゃ」

「はぁ…………そうですか…………」

そういえばレオスがこの学院に来た時もそのような話があったな、と思い出した。

「その論文の内容次第にも寄るが、位階を第一階梯(ウンデ)から第四階梯(クアツトルデ)まで上げるとのことだ」

「凄ぇじゃねえか!? 上手くいきゃ大出世どころじゃねえぞ!?」

驚きの声を上げるグレン。

テラスは転入してきたこともあって位階は第一階梯(ウンデ)

ここで成功したら一気に三つも位階が上がり、第四階梯(クアツトルデ)となればアルザーノ学院で歴史上初めての存在となる。

学士で、それも二年次生でその位階となればグレンの言う通り大出世どころではない。

「ん~まぁ、頑張ります…………」

「おいおい、もっと喜べよ! こんなチャンス滅多にねえぞ!」

「グレン君の言う通りじゃ。不安が生じるのもわかるが、君の論文を楽しみにしとる教授もいるじゃろうし、ここは是非とも君に頑張ってもらいたい」

「…………わかりました。未熟な身ではありますが、努力させていただきます」

論文のネタを何にしようか、と思いながらテラスはそう答えた。

こうしてグレンはクビを、テラスは位階の為に『タウムの天文神殿』の調査に向けての準備に取り掛かる。

 

 

 

 

「凄い、凄いよ! 頑張ってね!」

学院長室での話をテラスはセラに伝えると自分のこと以上に喜んでいた。

「ネタは何にするか決まったの? テラス君の事だからどんな論文でもいい成果を残せれるよ」

「とりあえず、軍用魔術に対する何かにしようと思っているけど、その前にグレン先生と一緒に行く『タウムの天文神殿』の調査を考えないと」

深いため息が出る。

グレンは調査員に対する人件費を削減する為に自分のクラスの生徒を使い回すつもりらしい。おまけに懐が寂しいせいか、事情を知っているテラスまでも自腹。

自分が論文を提出していないというだけで、巻き込まれるこちらの身にもなって欲しい。

「遺跡調査か…………私も行ってみたいな。そう思わない? ヴィオロちゃん」

「え…………? あ、あの、その…………はい…………」

不意に話を振られた銀髪の少女―――ヴィオロ=シャンヴルは困惑しながらも首を縦に振った。

フェジテの路地裏でテラスが拾った異能者であるヴィオロは二人と一緒に生活している。

まだ、生活に馴染めていないせいもあるのか、戸惑いが見られる。

「セラ姉さん。ヴィオロが困ってるよ?」

「えー、そんなことないよね?」

こくこくと首を縦に振るヴィオロにテラスは嘆息する。

「ところで、どうしてヴィオロにセラ姉さんと同じ紋様があるの?」

拾ってきた日はなかったセラの部族に伝わる呪的な紋様が描かれている。

同じ銀髪のせいか、セラ同様に不思議と違和感がない。

「だってヴィオロちゃんは私にとって娘みたいなものだもん。あ、その場合だとテラス君がお父さんかな?」

「…………まぁ、ヴィオロがよければ父親の代わりぐらいは務めるよ? 拾ってきたのは僕なんだし」

拾ってきたからにはその責任と義務がある。

だからヴィオロにとって必要なら父親の代わりぐらいは務めるテラスだが、セラは冗談で言っただけで、真面目に受け取ったテラスに苦笑を浮かべる。

「お母さん…………お父さん…………?」

「うん。私達は君の本当の両親にはなれないけど、家族にはなれる。だから、いっぱい甘えてもいいからね?」

セラは優しい眼差しでヴィオロの頭を撫でると、ヴィオロは顔を赤く染め、もじもじする。

銀髪で紋様もあるためテラスから見たら本当の母娘に見える。

「ほら、お父さんも」

「ヴィオロ。僕は父親とは何をすればいいのかわからないけど、して欲しいことがあれば言って欲しい。出来る範囲でするよ」

セラに促されて言葉を紡ぐテラスは父親とはなにをすればいいのかわからない。

■■■■だった頃、父親は挨拶も碌にしないどころか、存在していないかのように扱われて、仕事で家を空けることもよくあった。

父親と遊んだ記憶すら持ち合わせてはいないが為に、子供にとって父親はどんな存在なのかわからない。

だから、ヴィオロが何かを望み、言ってきたのならそれに対応しよう。

「えっと…………一緒に寝たい、です…………」

囁くような声でそう言ってきたヴィオロに二人は首を傾げて尋ねる。

「それは私達三人で、ってこと?」

親子三人で川の字で寝たいヴィオロの要望にセラは微笑みながら頷いた。

「うん、いいよ。テラス君もいいよね? あ、寝ている時に変なことしたら駄目だからね」

「しないよ。うん、わかったよ。今日は皆で寝よう」

テラスも同意してヴィオロを挟む形で今日は眠りについた。

「ねぇ、テラス君…………」

「なに…………?」

寝息を立てて夢の世界に旅立っているヴィオロを見ながらセラはテラスに言う。

「家族っていいよね…………」

「…………そうかもね」

その言葉の意味をテラスは知らない。だけど、これが家族というものならそうなのかもしれない、そう思えた。

 


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