ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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出発

それから――――一週間。

通常授業をいつも通り進める傍ら、遺跡調査計画の立案、スケジュール調整、必要物資の手配、参加生徒達を集めてのミーティング、生徒達への野外活動時における生存(サバイバル)術の指導……………出発前にやるべきことは山のようにあった。

そして、慌ただしい日は過ぎ―――遺跡調査前日の夜。

テラスはテレサに頼んでいた物を受け取り、その調整を行っていた。

「こんなものを本当に用意してくれるなんて……………」

本音では本当に用意してくれるかは半信半疑だったが、本当に注文通りに用意してくれただけではなく、採算度外視で安くしてくれたテレサの実家に頭が下がる思いだ。

「さて、まぁ…………明日の準備もこれぐらいでいいだろう」

遺跡調査の準備も終えたテラスは、自分が発表する論文を書き上げて行く。

発表は遺跡調査が終わればすぐというあまりにも時間がないこの状況でもテラスは既に八割は内容は完成させている。

軍用魔術の改竄、呪文改変、簡易化。

それがテラスが発表しようと考えている内容だ。

通常の軍用魔術よりも威力などは落ちるも、魔力消費を減らし、より短く切り詰めた詠唱で簡単に扱えるようにする。

既にある魔術を改良するのはテラスの得意分野だ。

論文を仕上げて行くと、不意にノック音が聞こえた。

「どうぞ」

「お、お邪魔します……………」

部屋に入ってきたのは義理の娘? となっているヴィオロ=シャンヴルは一冊を本を抱えていた。

「どうしたの?」

「えっと、本を読んで欲しくて……………」

遠慮がちにそう言ってくるヴィオロにテラスは首を傾げる。

「僕でいいの? いつもはセラ姉さんに頼んでいるのに」

「その…………お、おおか……………」

「ああ、無理にお母さんでなくていいよ。呼びやすいように呼べばいいから」

セラのことを頑張ってお母さんと呼ぼうとしたヴィオロだが、まだそう呼ぶには抵抗があるのか、淀ってしまう。

「いつもセラさんばかりだと、迷惑かと……………」

言葉を濁らせながらヴィオロはそう呟いた。

毎回だと流石に迷惑だと思い、たまにはとテラスを選んだというわけか。

その言葉に納得するテラスは椅子から立ち上がってヴィオロが持っている本を手に取る。

「いいよ。今日が僕が読んであげる」

ヴィオロのしたいことを出来る限りはさせてあげるつもりでいるテラスだが、明日からはしばらく住処を空けるのだから忙しくてもそれぐらいの我儘ぐらいは聞いてあげようと寝台(ベッド)に腰を下ろしてヴィオロを手招きすると、ヴィオロはテラスの膝上にちょっこんと座る。

「タイトル『メルガリウスの魔法使い』…………」

この国の子供なら一度は誰もが読むその童話をテラスはヴィオロに読み聞かせる。

 

 

 

 

 

 

遺跡調査へと出発する当日の早朝にテラス達は屋根上に二階席もある大型の貸し馬車に搭乗し、フェジテを発った。

「風が気持ちいいわね…………」

「うん」

吹きさらしの二階席の一角に陣取ったシスティーナが、緩やかにそよぐ風に流れる髪を撫で押さえながら、しみじみと呟き、その隣にいるルミアがにこにこと応じていた。

フェジテの城壁北門から外に出たシスティーナ達を迎えたのは、まず辺り一面に広がる広大な農地、そして自然の息吹を感じさせる冷たく澄んだ空気であった。

「この光景も久しぶりだね…………」

「あら? テラスは以前にも見たことがありますの?」

「まあね。学院に入る前はあちこちと行っていたから」

「そう、なんだ……………」

同じく二階席に搭乗したテラス、ウェンディ、リンはテラスの話に興味を示していたが、それはテラスがこの世界に吸血鬼として転生してからセラと出会うまでの事だ。

見聞を広げようとあちこち動いていた。

テラスが二階席に搭乗しているのは当然ルミアの為。いつ、どこで天の智慧研究会が襲ってくるかわからない以上は極力共に行動している。

恋人同士ということもあって何かと動きやすいのはありがたい。

「それにしても……………」

チラリと視線を下に向け、馬車内にいるグレン達は仁義なき死闘を繰り広げている。

自称賭博師(ギャンブラー)であるグレンや他の生徒達相手はテレサの圧倒的な天運・剛運の前に絶叫を上げている。

騒がしい馬車内は置いておいて、二階席も二階席でシスティーナの古代文明の熱弁が始まり、仕方なしにそれに付き合うテラス達。

その熱弁の途中でテラスは『魔法』と『魔術』の違いについて思考を耽らせる。

現代、テラス達が使用している魔術を『近代魔術(モダン)』。古代人が使っていた謎の魔術を『古代魔術(エインシャント)』。

魔術、いや、魔法とはいったいどのようにして生まれたのか。

その根源には何があるのかと、頭を働かせていると。

「…………ちょ、ちょっとお待ちくださいませ!」

ふと、ウェンディの言葉に我に返る。

「わ、わたくし達…………今、どこに向かっているんですの?」

その指摘に周囲を見渡すと、鬱蒼と深く茂る森沿いを進んでいる。

振り返れば、遥か後方の地平線、なだらかな丘と丘の狭間に、小さく見え隠れする街道。

馬車はいつの間にかあらぬ方向へと進んでいた。

「ちょ、ちょっと御者さんっ!? こんなルート、私達、予定してませんよ!?」

システィーナが慌てて前方の御者台へ駆け寄り、覗き込むも例の御者は相変わらず黙々と馬を操縦している。

(おいおい、無茶苦茶ですよ……………)

既に匂いで御者の正体を看破しているテラスは半ば呆れながら内心でぼやく。

街道は国策で軍が定期的に街道整備と魔獣掃討を行い、魔獣除けの魔術を施している為、比較的に安全だが、ここは既に人が安易に立ち入りを許さない領域――魔獣が我が物顔で跋扈する魔の領域だ。

すると、薄暗い森奥から複数の何かが駆け寄って、馬車を疾風のように取り囲む。

それに驚いた馬は天高く嘶き、足を止める。

「シャ、シャドウ・ウルフ!?」

馬車は、十数匹のシャドウ・ウルフにすっかりと囲まれてしまった。

影のように真黒な毛並みを持つ、狼型の魔獣。

決して珍しい魔獣ではないが、人には真似できないその圧倒的敏捷性は、攻性呪文(アサルト・スペル)にしろ、銃にしろ、並みの腕では捉えきれない。

更には『魔』の名を冠する獣なだけあって只の獣にはない特殊な能力がある。

それは『恐怖察知』。

シャドウ・ウルフ達は、標的が自分達に対して抱く恐怖の感情を敏感に察知する能力を持っている。その恐怖で、標的が自分達の襲ってよい獲物かどうかを判断する。

「皆、怖がっちゃだめよ! 怖がったら―――」

システィーナが警告の声を上げるも、もう遅い。

「あ、ぁ…………う…………ひぃ……………魔獣……………あんなにたくさん……………ッ!」

「うう………どっ、どうして、わたくしがこんな目に…………ッ!?」

リンやウェンディはすっかりと青ざめて、震えながら傍にいたテラスの腕を掴んでいる。

「大丈夫だよ、二人とも。怖がることないって」

当の本人はいつのもように変わらない態度で平然と二人を宥めている。

むしろ、落ち着いてくれないと身動きが取れない。

しっかりと腕を掴まれて離してくれないのだ。

(仕方がないよね……………)

二人共温室育ち(システィーナ達もだが)であり子供が野生の獰猛な魔獣に囲まれて、平静さを保つのは難しい。

テラスから言わせればどうしてそんなに怖がるのかわからないが、二人にとってはシャドウ・ウルフは恐怖の対象なのだろう。

(しょうがない……………)

テラスは身動きが取れない為に目線だけをシャドウ・ウルフ達に向ける。

その目線に気付いたシャドウ・ウルフ達はぞくりと背筋を凍らせた。

 

――喰らうよ?

 

自分よりも圧倒的上位にいる怪物の存在に気付いたシャドウ・ウルフ達は目線で語られたその言葉を本能的に察知し、退いた。

あのままでは死ぬ。それに気付いたシャドウ・ウルフ達は諦めて森奥に姿を消していく。

「え…………?」

突然にシャドウ・ウルフ達が去っていたのを見たシスティーナは啞然とするもテラスはいつものように自分の腕を掴んでいる二人に声をかける。

「ほら、二人とも。魔獣は自分達よりも怖い怖い凶暴な化け猫に怯えて消えていったから

大丈夫だよ」

宥めつつ落ち着かせるように優しく声をかけるテラスの言葉に二人は周囲にシャドウ・ウルフ達がいないことを確認して安堵し、テラスから手を離した。

「も、申し訳ありませんわ……………」

「ご、ごめんなさい……………」

「大丈夫だよ。これぐらい気にしてないから」

二人の謝罪を気にも止めずに軽く受け流したテラスにシスティーナは憤慨する。

「ちょっとテラス! 化け猫っていったい誰のことよ!?」

「さぁ? 誰でしょう?」

「こっち見てから言いなさいよ!」

憤るシスティーナから視線を逸らして誤魔化すテラスにシスティーナはくどくどと説教した。

 

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