ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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心の病気

『タウムの天文神殿』へと足を踏み入れたグレン達は順調に遺跡内を探索…………ということもなく、探索危険度F級――初心者向けの遺跡のはずなのに遺跡内に湧いている狂霊という霊脈(レイライン)の影響で存在が変質した妖精や精霊―――荒ぶる自然の体現に手荒い歓迎を受けた。

しかしながら、それらを撃退しつつ奥に進む。

すでに完成している遺跡内の地図を確認しながら、ルミアがナビゲーションを務める。

時折、遭遇する狂霊を撃退しつつ…………一行はその場所へと辿り着いた。

「…………………さて、あそこが第一祭儀場か」

通路の奥にアーチ型の出入り口があり、広間があるようだ。

グレンは背中のベルトに差した魔力が付呪(エンチャント)している装填済みの弾丸がある己の愛銃を確認する。

「ま、何もねーとは思うが…………一応、俺が先に入って安全を確認してくる。お前らは、ちょっとここで待ってろ」

「僕が行きましょうか?」

「いや、このくらいやらんと、マジで俺が一番の役立たずだからな…………」

ここまで碌に役に立てていないことに気にしていたグレンは歩を進める。

「先生、大丈夫かな…………?」

「大丈夫だよ。一応、索敵結界を展開しているけど中には人一人どころか虫一匹もいない」

テラスの袖を抓みながらグレンのことを心配しているルミアの不安を追い払う様に告げる。

ちらり、とセリカがテラスに視線を向けてはいるが、テラスはそんなこと気にしてもいない。

「おーい、グレン。どうしたー? 何かあったのかー?」

しばらくしてセリカが呑気な様子でグレンの下にやってくる。

それに連ねるようにテラス達も続いて第一祭儀場に足を踏み入れた。

「へぇ~」

第一祭儀場に足を踏み入れてテラスは感嘆の声を出す。

この空間そのものが象徴的に宇宙空間を顕しているかのようなこの場所は三次元的星図を模しているのがわかる。

古代宗教の一種、星辰信仰、星辰祟拝という古代人が空を大いなるものと神格化して畏怖を抱き、信仰と祟拝の対象とした。そのご神体の名は――――天空の双子児(タウム)

別にテラスは宗教や信仰に関心を抱いているわけではないが、この祭儀場には少しばかり目を奪われてしまう。

「………………………謎の少女ぉ~?」

感心を抱いているテラスにセリカの呆れた声が聞こえた。

「お前、疲れてんのか? それとも欲求不満か? 息が荒いのは、そーゆーことか?」

「ばっ…………ッ!? ち、違っ……………………ッ!?」

「やれやれ……………………その若い衝動のままに女子生徒達を襲っても困るし……………仕方ないなぁ、今夜、私が相手をしてやろうか? ……………………ん?」

「冗談でも、おっぞましいコトぬかすなぁああああ――――――っ!?」

わざとらしくしなを作るセリカに、グレンが目を剥いて吠えかかる。

なにやってんだが、と二人の話を耳にしたテラスは呆れていると、隣にいるルミアがチラチラと見てくる。

「どうしたの? ルミア」

「え、あ、ううん!? 何でもない! 何でもないよ!!」

顔を赤くして両手を振るルミアは次第にぽつりと言う。

「わ、私以外の人を襲っちゃ嫌だよ……………………」

「僕は怪物だけど獣になった覚えはないよ?」

心外だといわんばかりに肩を竦めるテラスにルミアは安堵しつつもどこか残念そうに複雑な表情を作る。

そんな二人のやり取りの最中、グレンは生徒達に指示を飛ばしてこの部屋の調査を開始する。

 

 

 

 

 

……………遺跡調査開始から三日が経過する。

調査自体は、何事もなく順調に進んでいった。

時折、一行の前に現れる狂霊達を始末しながら、所定の各調査ポイントを念入りに調査しつつ、最深部を目指すグレン達は、日が沈む頃、遺跡前に敷設した野営場へと帰還して、生徒達は古代文明に関する独自の説や議論を展開し、魔導考古学者気分になっていた。

「あ…………皆………………夕御飯できたよ……………………?」

「おお―――――っ! リンちゃん、待ってましたぁ――――っ! 俺、もうお腹ぺっこぺこ!」

そして、いつものように一行の中で一番料理上手なリンが、今晩の食事の配膳をし始め、焚火を囲む生徒達もにわかに色めきだっていった。

因みに今晩の食事は温かいシチューだ。

調査結果をまとめた束をめくりながらやる気のない発言をするグレンに説教を始めるシスティーナの二人のやり取りに苦笑しつつ、配膳を行っているテラス。

「ずずず……………………ずずず……………………ずずず…………ん、おいしかった……………」

「え…………? あ、あの、……………リィエル? そ、それは、システィと先生の分だよ!? 食べちゃ駄目――――――ああ……………もう、空になっちゃってる……………」

いつの間にか、ちゃっかりグレン達のシチューの皿もさらっていたリィエルは、よほどお腹が減っていたのか、あっという間に平らげてしまった。

流石に可哀想なのでテラスは自分の分を二人にあげた。

(後でルミアから血を貰おう……………)

吸血鬼は後で食事を行うことにした。

 

 

 

 

そんな単調ながら、和やかな遺跡調査の日々は何事もなく緩やかに続いていき…………そして、遺跡調査開始から五日の真夜中。

遺跡前の野営場から、北に少し歩いた岩山の陰に隠れるように、それは―――あった。

岩に囲まれた天然温泉。

セリカが見つけて入浴できる温度に調整された温泉はこれまで濡れタオルで体を拭いて済ますしかなかった女子生徒達はセリカを信仰と崇拝の対象と化した。

「それじゃ、先に温泉に入ってきますね」

男子生徒、女子生徒が入浴を終えて次は自分の番かのようにテラスはグレン達にそう告げて温泉に向かった。

どうしてテラスはカッシュ達と一緒に入浴を済ませなかったのかというと、それは覗き防止だ。

女子生徒達が入浴の間はテラスが見張りをする必要があった。

先日も一人の男子生徒(カッシュ)が勇敢にも楽園(エデン)を目指して怪物と対峙したが、完全敗北して天幕(テント)に放り込まれたのはまた別の話だ。

「…………………………やっぱ、どうすっかな…………?」

後頭部を掻きながら判断に悩まされるグレンの悩みは遺跡調査のことではなく、テラスのことについてだ。

テラスは聞き分けのいい生徒だ。

何事にも文句を言わず、システィーナ達が危なければ即座にフォローに入り、頼まれれば断ることなくそれをしてくれるし、頼まれなくても夜番などして安全を確保してくれる。

魔術馬鹿で時折魔術に関して饒舌になることはあるが、それは愛嬌と思えばいい。

自分も論文があるというのに手伝ってくれる辺り、グレンからしてみても非常に助かっている。

だけど、あれは―――――。

「あの、先生………………? どうかしましたか?」

ルミアが心配そうに顔を覗き込んできた。

「ああ、いや、なんでも―――――」

心配させないようにはぐらそうと思ったグレンだが、そこで不意に気付いた。

テラスは唯一ルミアだけは特別視しているふしがある。

「……………………なぁ、ルミア。お前、テラスの事どう思ってる?」

「え? テラス君の事ですか…………? えっと、す、好きです……………………」

頬を朱色に染めながらも答えるルミアにグレンは苦笑い。

「あ~お前らが熱々なのは知っている。そうじゃなくて、あいつ自身のことお前はどう思ってる?」

「えっと、凄く優しいですよ?」

グレンにはもう惚気にしか聞こえなくなった。

はぁ~と息を吐いてグレンは深刻な顔で話す。

「俺はあいつが病気だと思う」

「心の………………ですか?」

「ああ」

表情に影を作り、俯くルミアにグレンは頷く。

「テラスの事は俺も粗方聞いたし、あいつの態度や行動を見て思った。多分だがあいつは心が空っぽだ。何もないのかもしれない。俺があいつと距離を感じるのは表面上しか付き合えないからだと考えてる」

それにはルミアも同意した。

どこか距離を感じているのはルミアも一緒だからだ。

「医術は専門外だから詳しくは調べねぇーとわからねえが、産まれた時からとなると先天性の精神疾患かもしれねぇ。だからあいつは俺達と気持ちや考えが理解できないのかもな」

少なくともグレンはいつもの態度で人を殺すことは出来ないし、その後も何事もなかったかのようなすまし顔もできない。

それにいくら不老不死で再生能力があると言っても平然と自身の首を斬るなんてしたくもない。

普通の人間なら恐れることをテラスは顔色一つ変えることなく平然とやってのける。

それが人間(グレンたち)怪物(テラス)の違いかもしれない。

「先生…………………それでも私は彼を信じたいと思います」

優しい笑みを浮かべながらその瞳はどこまでもテラスを頑なに信じている。

「テラス君はただわからないだけだと思うんです。だから距離を取って接しているだけだと私は思います」

「………………………………たくっ、羨ましいね。こんな美少女にここまで言わせるなんて」

いつもの調子で物言うグレンは密かに微笑む。

(案外、お似合いなのかもな……………………)

人間(ルミア)怪物(テラス)。この二人はグレンの思っていた以上にお似合いのバカップルかもしれない。

 


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