ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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二人だけの温泉

「んん~……………………はぁ~、いい湯だ……………………」

天然温泉に肩までしっかりと浸かり、満喫する。

心地良い熱がテラスの体を包み込み、疲労が抜け落ちて行く気分だ。

夜空を見上げれば満天の星空に流れる雲の中に恥じるように隠れる月も風情がある。

前世でも温泉など入ったことがない為に、今の喜びも人一倍強いのかもしれない。

「遺跡調査も明日で終わりだから今日は少し無理して長湯にしようかな……………………」

あと入浴を終わらせていないのはグレンだけ。仮に入浴してきても何も問題はない。

「それにしてもこの体………………温泉の熱は大丈夫なんだ」

改めて自分の体―――吸血鬼の肉体を見て思う。

筋肉質というわけではなく、むしろ肉体面でいえば女性寄りの細い体にも関わらず見た目に反してその身体能力は常人よりも遥かに高い。

以前の遠征学修でサイネリア島に訪れた時は太陽の高熱によって倒れたが、温泉の熱はそれほどではない。

邪神の言葉通り、ハイスペックではあるが吸血鬼としての弱点がある。

日光の下で歩けるということは日光に耐性を持つディウォーカーという種族かもしれないが、どうせなら吸血鬼の弱点も消して欲しかったと愚痴る。

しかし、あの娯楽に餓えた邪神がそんなつまらないチートをつけるわけもないか、と自問自答する。

条件付きとはいえ不老不死。それだけでも十分チートか、と内心でぼやいていると足音が聞こえた。

(先生かな…………?)

調査を書き終えて温泉にでも入りに来たのか、と思ったテラスはさほど意識することなくのんびりとしていると、湯煙から人影が見えた。

「先生、いい湯加減ですよ」

人影に向けて手を上げながら気軽にそんなことを口走ると、人影の姿がはっきりと見えて目を丸くした。

「ル、ルミア…………?」

そこにいたのはグレンではなく、タオルで体を隠しているルミアだった。

さっと視線をルミアから逸らして尋ねる。

「どうしたの? 二度風呂? それはいいけど僕が出るまで待って欲しかったよ。あ、僕がもう出るからどうぞごゆっくり」

「ま、待って!」

そそくさと出て行こうとするテラスにルミアは慌てて制止の声を飛ばした。

「………………………話がしたいの」

「話なら温泉から出て後でもできるよ?」

「それだとテラス君がさり気なく逃げるからちゃんと捕まえないと」

「僕はルミアのペットか何かですか……………………?」

文字通りに身体を張ってこの場にやってきたルミアは足を湯に入れて、テラスの傍まで行き座る。

互いに視線を相手の体に入れない様に背を預ける態勢で温泉に浸かる。

「………………………さっきね。先生と一緒にテラス君のことについて話してたんだ」

「僕のこと? ……………………あ、僕の論文のことかな? それなら何も問題はないよ。最後に少し書いて確認すればもう終わりだから」

「テラス君の心の病気のことだよ……………………」

思い当たるふしを話すもルミアのぽつりと呟いた言葉に口を閉ざした。

「先天性の精神疾患じゃないか、って先生と話してたんだ。テラス君と距離を感じるから」

「………………………そうかもね。でも、そうじゃないかもしれない」

事実テラスはそうじゃないかもしれないと思ったことは何度かはある。

■■■■だった頃は精神科の病院に行くお金もなく、金の無駄ということで行かせてはくれなかった為に詳細はテラス本人もわからないでいる。

だけど、そうじゃない可能性もゼロではない。

自分は正常である可能性も否定できる根拠もない。

第一、この世界では前世と基準が違うはずだ。それらも考慮して考えれば頭がこんがらってしまう。

「ということは、ルミアをここに来るように言ったのは先生なの? まったく、いくら僕が紳士でも男には変わりない筈なのに。ルミアの色香に惑わされて狼に変身したらどうするのなら」

「ふふ、テラス君はそんなことしないよ。それにここに来たのも私がテラス君と二人っきりで話したいって言ったからなんだよ?」

可笑しそうに笑うルミアはグレンに非がないことを弁明する。

「それに万が一の時はテラス君が責任を取ってくれれば何も問題はないよ?」

「…………………………重いな、その言葉」

責任という誰もが目を背けたくなるその言葉を聞けば襲おうにも襲えなくなる。

冗談で言っているとわかっていてでも実際に口にすることでその意味は増す。

「それで我が麗しき王女様は怪物の身である私にどのようなご用件でしょうか?」

「うん。ちょっと将来の事について話そうかなって」

「…………………ルミアさんは気が早いですね」

「そ、そっちの将来のことじゃないよ!? 卒業してからの話だからね!!」

二人の将来についてではなく、卒業後はどうするかという話を持ち掛けられた。

「卒業って言われても所詮は不確定要素の多い未来のこと考えてもねぇ……………………」

「だから楽しいと思うよ。未来のことを考えると少しだけ楽しくならない?」

「そんなものかな……………………?」

特にそうは思えないテラスは現在の自身の状況などを一考して答えを出す。

「そうだね…………先生からはよく講師に話を振られるけど、僕的には研究室を開発して魔術の研究でもしようかなって思ってるよ」

「えー、テラス君ならグレン先生みたいに講師の方が似合ってるよ。なんだって学士講師なんだから」

「……………………久々に聞いたね、その二つ名」

今では『偽講師』『天使堕とし』『怪物』という二つ名が定着している。

既に講師と同等以上の実力を有していながら学士であり、ルミアという学院の天使を手に入れたからということで気が付けばそのような二つ名が定着してしまった。

最後の三つ目にしたら本当にその通りだ、と感慨深く頷いたものだ。

あとは『リア充』『淫魔』『天使泣かせ』などという悪評もあるが、これは主にルミアを奪われた男子生徒達からの嫉妬の叫びだ。

「僕は先生ほどに上手く教えられないし、第一に怪物が人間に物事を教えるなんて馬鹿げているよ」

過小評価しているわけでも、卑下しているわけでもない。ありのままの事実を述べる。

テラスの授業は優秀ではあるが、グレンほどではない。

仮にどちらの方が上手く教えられているかというアンケートを出したとしてもグレンの方が上だろうと自負している。

「そんなことないよ。だって実際に教わっている凡才の私でもわかるからね」

放課後は今も変わらずに共に魔術の勉学に励んでいる。

確かにルミアはシスティーナのように才能があるというわけではなく、悪いというわけでもない。

それでもルミアは一生懸命に魔術に向き合っているのは隣にいるテラスが一番よくわかっている。

それが、自分の為ということも……………。

「……………………ルミアは、どうしてそこまで誰かの為に頑張れるの?」

不意に自然とその言葉が出た。

前世の自分以外の周囲の人間は常に自分の為に動いている。

安全、保身など、我が身の可愛さを案じて他人よりも自分のことを優先して努力している。

別にそれを責めることはしない。誰だって我が身は可愛いものだ。

だけど、この世界は違う。

ルミアにしろ、セラにしろ、他にだってグレンやシスティーナ達だって誰かの為に何かをしている。

それがテラスにとって一番理解出来ないことだ。

その問いにルミアは微笑みながら答えた。

「ありがとうって言って欲しいから、かな?」

「……………………そんな確証もない言葉の為に頑張れるものなの?」

「うん。だってその方が私も頑張った甲斐があったなって思えるからね」

わからない。

どうしてそんな事の為に頑張れるのかがテラスにはわからない。

これまで周囲もそして自分自身も自分の為に何かをしてきた。

誰かからお礼を言って欲しいからではない、そんなのは二の次三の次だ。

だけどルミアはそんな一言のお礼を言って欲しいが為に頑張っている。

「………………………………僕にはわからない答えだね」

夜空を見上げながらぼやく。すると、不意に背中越しに暖かくて柔らかいものが当たる。

「…………………………ルミアさん?」

背後からルミアが抱き着いている事に思わずさん付けを呼ぶと―――

「テラス君だってわかるよ。だって私は何度も貴方に救われた。例えテラス君が意識して助けたわけじゃなくても、自分の目的の為に救ったつもりでも、私が貴方に救われたことには変わりないから」

「………………………………」

「大好きだよ」

耳元で囁くように呟かれたその言葉が耳朶から離れない。

暫くの間、二人は密着したまま動かないでいた。

 


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