それはあまりにも異質だった。
グレン達はセリカの足跡を頼りに迷路のような通路を進み、襲いかかってくるミイラ達もルミア達のおかげで倒せて、そして死霊達が津波のように襲いかかっているセリカを見つけた。セリカはその死霊達を消し去り、グレン達は無事にセリカと合流を果たせた。
そこでセリカの口からこの場所がアルザーノ帝国魔術学院の地下迷宮、それも地下89階という衝撃の事実を聞かされた。
ここまではよかった。
ここで強引にでもセリカを連れて撤退すればそれには会わなかっただろう。
闘技場の奥にある巨大な門。
その門に近づかなければ、それを見ることはなかったと思う。
『愚者や門番がこの門、潜る事、能わず。地の民と天人のみ能う―――汝等に資格無し』
地獄の底から響くような声と共に闘技場の中央に現れた。
緋色のローブで全身を包んでいる謎の存在。そのローブは丈長で、フードの奥は無限の深淵を湛え、その表情は窺えない。眼光一つ差さない。
その全身から立ち上がる、闇色の
その魔人を目の当たりにした瞬間、グレンだけではなくシスティーナとルミアも魔人の異質性を感じ取り、リィエルすら警戒心を剥き出しに深く低く身構え……………その剣先を震わせていた。
まずい、と根本的な存在としての規格外に気付いたグレンは即時撤退が脳裏を過った。
だが、セリカだけは違った。
普段の冷静さを捨てているかのように魔人に門の開け方を訊いた。
『………………ついに戻られたか、
「………………は?」
『だが…………かつての貴女からは想像も付かないほどのその凋落ぶり…………今の貴女に、その門を潜る資格無し…………故に、お引き取り願おう……………』
「何を……………何を言ってる……………ッ!? お前は私のことを知っているのか!?」
『去れ。今の汝に、用無し』
そして、セリカを完全無視し、魔人は戸惑うグレン達に向き直る。
いつの間にか、手にしていたのか―――魔人はその両手に二振りの刀を構えていた。
左手に紅の魔刀。右手に漆黒の魔刀。
その二振りとも、見るからに禍々しい呪詛と魔力が漲っている。
『愚者の民よ。この聖域に足を踏み入れて、生きて帰れると思わぬ事だ……………汝等は只、我が双刀の錆に為れ。亡者と化し、この《嘆きの塔》を永久に彷徨うがいい――――』
明確なる敵意と殺気が、グレン達へと叩きつけられていく。
グレンはなんとか生徒達を逃げる隙を作り出そうとセリカへ目配せするが――
「聞けよ……………人の話をなッ!」
それに気付かず、セリカが据わった目で魔人へと突進していた。
話す気がないのなら強引に聞き出そうと得意に高火力の魔術で放つが――
『……………まるで、児戯』
魔人がゆるりと振るった左手の魔刀が、セリカの魔術を斬り裂き―――かき消した。
現象だけを見れば、セリカの
とある一定の
そんなことにも気づかない程に頭に血が昇っているセリカは
その剣の持ち主である、かつては《剣の姫》と謳われた英雄の剣技を白魔改【ロード・エクスペリエンス】。物品に蓄積された思念・記憶情報を読み取り、自身へ一時的に憑依させる術を施して、無双の剣士と化した。
だが、魔人は左手の魔刀でセリカの剣を受け止めた瞬間、セリカは狼狽えた。
『……………我が左の赤き魔刀・
そしてセリカの持つ剣の本当の主に敬意を表し、セリカに失望と憤怒を抱いた魔人はセリカの背後に瞬時に回り込み、右手の魔刀を稲妻の如く打ち下ろす。
「ちぃ――ッ!?」
間一髪。辛うじて掠り傷程度で済ませたセリカだが、全身を魂が抜け落ちるような感覚が襲った。身体に力が入らず、そのまま四肢を投げだすように、無様に倒れ伏した。
『……………我が右の黒き魔刀・
無防備に倒れるセリカへ歩み寄り、魔人は右手の魔刀をその首筋に当てた。
力を失ってしまったセリカとは裏腹に、魔人が纏う闇色の
「…………………ぅ…………ぁ…………」
自分の首筋に感じる冷たい感覚に、セリカはおおのく。
指一本動かすことすら一苦労する今のセリカには、最早成す術がない。
『見込み違いだったか…………今の汝に我が主たる資格無し…………神妙に逝ね』
「………………………………ッ!?」
セリカは自分の首のすぐ側にある刃を呆然と見る。
この魔人がそっと刀を引くだけで、セリカの首はころりと綺麗に落ちるだろう。
……………終わる。
その瞬間、魔人の胸部から腕が生えた。
『………………ぬぐっ!?』
「やっと隙を見せた」
魔人の背後から姿を現したのはテラスは手刀で魔人の心臓を貫いた。
「テラス……………………ッ!? セリカを!!」
「はい」
グレンの指示にすぐさま腕を抜いてセリカを抱えるが―――魔人は心臓を貫かれたはずなのにそれがなかったかのように右の魔刀をテラスに振り下ろす。
「させるかよクソがぁああああああああああああああああ――――ッ!」
咆哮する六連の銃声と共に、空間を過る六閃の火線。
グレンの
『ぬ―――――ッ!?』
テラスという存在に意識が移り、不意を打たれた魔人の心臓部に一発の弾丸が射貫き―――。
その刹那、神速旋回する双刀、踊る剣線。
まさに超反応、電光石火の絶技。魔人は飛来する残りの五発の弾丸を全て弾いた。
『なんだ、その妙な武器は……………………? 爆裂の魔術で鉛玉を飛ばす魔導器か? 猪口才な………………二度はないと思え………………』
魔人は健在。注意深く刀を構える。
その間にテラスは無事にセリカをグレン達のところに抱えてきた。
「二度も心臓をやられて生きているなんて……………………」
「畜生、まさかあいつも不老不死とかじゃねえだろうな!?」
一度はテラスの手刀で心臓を貫き、二度はグレンの弾丸が心臓部を射貫いた。
確実に二回は殺したはずなのに魔人は健在だった。
テラスはグレンにセリカを渡して前に出る。
「僕が時間を稼ぎますので先生達は逃げてください」
「なっ! お前、一人であんな化物と戦う気か!? さっき見てただろう!? セリカだってやられたんだ! お前一人残ったところで勝ち目なんかねえだろうが!?」
「ですけどこの中で最も生き残れる可能性が高いのは僕です」
グレンの拳銃は警戒され、二度目は通じるかはわからず。
リィエルの錬金術も魔術には変わらず、魔人の左の魔刀で壊される可能性が高い。
システィーナとルミアでは単純に力不足。
全員で逃げても魔人は必ず追いかけてくる。
なら、誰か一人が囮となって残るしかないとするならテラスが一番の適任者だ。
「安心してください。本当にやばいと思った時は即座に逃げますから。それまでは同じ不死身同士仲良くしておきますよ」
「………………………なら―――」
「なら俺が残るなんて言わないでくださいよ? アルフォネア教授の様子がおかしかったその原因は僕達よりもグレン先生の方がわかるはずです。それが解決して、戦えるのなら逃げられる可能性だって高まるはずです。先生、全員が生き残れる最善を尽くしてください」
「……………………………………………………絶対に後から追いかけて来いよ」
「はい」
苦虫を噛み締めた顔で、声音を震わせながら絞り出すような声でそう言ったグレンにテラスは頷いて応じた。
「行くぞ、皆」
「先生!? テラスを置いていくことなんてできません! それならここで皆で一緒に――――」
「システィーナ。今は勝つか勝てるかの問題じゃなくて死ぬか生き残れるかだ。全員で戦ったところで余計な死人が増えるだけ。誰一人死人を出さない現在で考えられる最善手はあの魔人と同じ不死身である僕が囮になって皆が逃げる時間を稼ぐ。それだけだ」
「………………………………そういうことだ。行くぞ、白猫」
「でも―――」
「僕は大丈夫だよ。だから行って」
唇を噛んで堪えるシスティーナはグレン達の後についていく。
「テラス君……………………」
ルミアはテラスの傍まで歩み寄ってその手を掴む。すると、莫大の魔力が溢れてくる。
「私にはこれぐらいしかできないけど……………………お願い、無理だけはしないで……………」
ルミアはテラスに自身の異能を施して魔力を超増幅させ、悲しい瞳でその手を強く握りしめる。
「無理はするけど………………ちゃんと戻るよ。でも、ちょっとごめん」
ルミアの首筋に顔を近づけるテラスにルミアは察して首を傾げる。
「ん………」
噛みついてルミアの血を少しばかり啜る。
「これでよし。それじゃルミア、行って」
「………………………………うん」
血を吸って体の調子を良くしたテラスはルミアがグレン達と一緒にこの場から離れるのを確認して魔人と対峙する。
「待っていてくれるなんて意外と紳士ですね」
『地に堕ちた人外の身である汝を殺してからでも遅くはない。後に始末するまで』
「まぁ、そうですよね。見逃してくださいと土下座すれば見逃してくれますか?」
『答えは否。聖域に足を踏み入れた以上、汝も先の愚者達も平等なる死を与える』
答えは変わらない。
なら、テラスがすることも変わらない。
「なら殺します。ルミア達に害を与える者は容赦はしませんので」
不死身だろうが関係ない。
ルミア達を殺すというのなら
『ならば足掻くことだ。人外よ、我を殺し尽くしてみせよ』
「ええ、もちろん」
怪物と魔人。二人はぶつかり合う。