ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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偉大な力は

気が付いたら獲物(グレン)達が消えていた。

先ほどまでそこにいたはずのなのに、気が付いたら目の前から姿を消した。

鼻を鳴らす。匂いはある。

何らかの方法で逃げたのだろう。

それを理解して怪物は嗤った。

ああ、まだ狩りを楽しませてくれる。

逃げまとい、抗い、僅かな可能性に縋る脆弱で矮小な人間(エサ)達。

逃げるのなら逃がそう。

抗うのなら遊んでやろう。

全てを諦めて絶望の底に堕ちるその瞬間までどうか醜くも抵抗してきてくれ。

絶望すれば絶望するほどにその血は、魂は美酒に変わる。

そろそろいいだろう。

彼は再び動き出す。

人間(エサ)達は対抗手段を考えてくれただろうか?

どういう風に抗ってくれるのか見せてもらおう。

だが、少々喉が渇いた。

次に会ったら……………………そうだな、あの人間の男の血から頂くとしよう。

次に青髪の女子。

その次に銀髪の女子。

最後に金髪の女子を頂き、狩りを十二分に楽しむとしよう。

……………………そういえば、あの金髪の女子は何かを訴えていた。

何が言いたかったのだろうか?

命乞い? しかし、恐怖に怯えた目はしていなかった。

何故だろう? どうしてあの女子の顔が脳裏から離れない……………………。

匂いであの女子の血は極上だということはわかっている。

だからだろうか? 不思議なものだ。

彼は歩みを止めることなくその場所に辿り着く。

迷宮内に造られた空中庭園らしき場所。広い空間に、比較的手狭な広場が高さを変えて複数存在し、それらを無数に入り組む階段が繋いでいる。

「待ってたぜ」

そこに人間(エサ)はいた。

広場の中央で堂々と仁王立ちで立っていた人間の男だ。

その隣には青髪も女子がいて、少し離れた位置に銀髪と金髪の女子がいる。

何かいい作戦を考えたのだろうか?

それともハッタリか? ……………………どちらにしろ受けて立つ。

「たくっ、お前は優等生なのか問題児なのかハッキリしやがれ! 人の事は散々あれこれと言いやがって! 学院に戻ったらしばらく俺のパシリだ! わかったか!?」

何かこちらを指して喚いているがなんだろうか?

だが、若干苛つく。

「こっちの言葉が通じているのかわからねえが、兎に角! 俺達はお前を引きずってでも連れて帰るからな! さぁ、行くぞッ! リィエルッ! システィーナッ! ルミアッ!」

「ん。任せて!」

「援護するわよ!」

「うん!」

獲物(グレン)達が動き出す。

 

 

 

 

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――――ッ!」

「いいいいいいいいいやぁあああああああああああああああああああ――――ッ!」

グレンとリィエルは疾風迅雷の如く疾く走る。

ルミアの『感応増幅力』を予め載せた白魔【フィジカル・ブースト】で身体能力を極限まで引き上げているために、その動きは既に人外だ。

そして、魔力を付呪(エンチャント)したグレンの拳が―――

セリカから借り受けた真銀(ミスリル)の剣―――

怪物(テラス)へと迫る。

「《■■■―――》」

怪物(テラス)は呪文を口にして先ほどと同じように影で遊ぼうとするが―――

「!?」

影が操れないことにその余裕の表情が僅かに崩れる。

魔術が発動できない。それはグレンが持つ愚者のアルカナ―――グレンの固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】によって起動封殺された。

グレンとリィエルは魔術を封じた怪物(テラス)真銀(ミスリル)の剣と拳を叩きつける。

リィエルの剣は怪物(テラス)を斬り裂き、グレンの拳は怪物(テラス)に直撃するが、瞬時に再生した。

その再生能力はグレン達が知っている範囲を大きく上回った再生能力。

この再生能力の前では相手の攻撃を避ける必要もない。

だが、それでは芸はない。

爪を伸ばす。迫りくるリィエルの剣を爪で受け止め、グレンの拳には素手で対処し始めた。

先程よりかは確かに速く、力強い攻撃だ。

「《拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを》―――ルミア!」

「うん! 《送り火よ・彼等を黄泉に導け・その旅路を照らし賜え》!」

ルミアの異能を載せたシスティーナの風の呪文で怪物(テラス)の動きを封じ、ルミアがその風に香油を垂らし、聖炎をのせる。

「!?」

それは本能による回避行動。

己の両足を斬り裂いて翼を羽ばたかせて空を舞い、暴風に煽られた聖炎が燃え上がり、広場を聖炎で埋め尽くす。

「そうだよな! お前は苦手だとそう言っていたよな!」

吸血鬼は聖なる力が苦手。問題はなくても本能的に避けてしまうと本人がそう言っていた。

空を飛ぶ怪物(テラス)に向けてグレンは発砲。

シリンダーに装填されているのはテラスから渡された対吸血鬼用の銀の弾丸。

グレンの超絶な銃技巧によって銀の弾丸は真っ直ぐと怪物(テラス)の心臓に向かう。

だが、怪物(テラス)は避けた。

本能がそれを受けていけないと警報を鳴らして強引に回避した。

「……………………悪いな、テラス。少しばかり弄らせてもらったぞ」

避けた瞬間。不意に銀の弾丸は破裂した。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――ッ!!」

至近距離で銀の礫を浴びる怪物(テラス)の悲鳴。

肉を灼く音と共に地面に落ち、悶えるように地面に転がる。

グレンはテラスから渡された銀の弾丸に細工をした。

発砲とすると途中で弾丸が破裂するように術式を込めたその一発は確かに怪物(テラス)損傷(ダメージ)を与えた。

己の抑止力の為に渡したその一発の弾丸はどれほど強烈なのかを身を持って体験した。

「やぁああああああああああああああああああああああああああ――――ッ!」

怯んでいる怪物(テラス)にリィエルは烈風の如く駆け抜けて、怪物(テラス)を吹っ飛ばす。

「グゥゥゥウウウウウウウウウウウ――――ッ!」

吹っ飛ばされながらも態勢を立て直して苛立ちを露にする怪物(テラス)の瞳は瞋恚を宿して二人を睨み付ける。

「チェックメイトだ!」

グレンが指を鳴らすと同時に怪物(テラス)の頭、胴、足に三つの光のリング刑法陣で魔術的に拘束された。

グレンが予めにそこに組み上げておいた黒魔儀【リストリクション】――封縛の結界。

これに捕らわれた怪物(テラス)はもう指一本動かすことは出来ない。

「ふぅ、上手くいった……………………」

先の戦いでグレンは怪物(テラス)は完全にこちらを格下と見て油断していることは既にわかっていた。なら、その油断を利用した。

怪物(テラス)はグレン達をすぐに殺すつもりはない。恐らくはゆっくりと嬲ってから殺すだろうと推測して短期決戦での捕縛作戦を行った。

戦って吸血鬼の苦手な聖なる力と純銀を用いて最後には組み込んでおいた黒魔儀【リストリクション】で動きを封じる。

簡単そうだが、全て怪物(テラス)が慢心して油断していることが前提とされる。

少しでもグレン達を警戒しているか、殺すつもりがあるのなら今頃グレン達は死んでいた。

「先生!」

「おー、ご苦労だったな。白猫、ルミア」

駆けつけてきた二人に労いの言葉を送る。

「上手くいきましたね……………………正直私も驚いています」

「ふ、教師に勝てる生徒などいないのさ。…………………まぁ、今回はお前らがいてくれたのが大きいがな」

いつもの調子に戻るグレンは唸り声を出して暴れているテラスに視線を向ける。

「さて、捕縛できたのはいいが、どうすっかな……………………?」

「先生、どうにか元に戻す方法はないのでしょうか?」

ルミアは怪物(テラス)の傍に寄って心配そうにグレンに尋ねる。

「どうにかできるのならするが……………………正直わからん。そもそもこいつからこんな危険な状態になるなんて聞いたこともねえ。もしかしたら魔人の戦いがキッカケに何かに目覚めたせいか……………………ああクソ! 流石にこいつをこのまま地上には――――」

どうにか元に戻そうと思考を働かせるグレンはソレを見て表情が固まった。

ソレは見覚えがある。

ついさっき見たばかりだ。

だが、それは本来は怪物(テラス)が持っているものではないはずだ。

怪物(テラス)の左手に握られているのは―――――紅の魔刀。

魔人が持つ魔術師殺しの魔刀だった。

「逃げろ! ルミア!!」

「え?」

封縛の結界は霧散して、自由の身となった怪物(テラス)は凶笑を見せてすぐ傍にいたルミアの首筋にその牙を突き刺す。

「「「―――――――――――ッ」」」

三人は言葉を失った。

怪物(テラス)の動きを封殺して勝利したと思った。

それが予想外の力を取り出して無力化し、勝利の喜びを絶望に変わった。

「あれ……………………?」

だが、おかしなことにルミアは自分が平気だったことに呆けた。

自分でも噛みつかれたと思った。

だが、違った。

怪物(テラス)の牙がルミアの肌に当たる寸前で止まっていた。

「あ…………が…………」

「テラス君……………………?」

止まる動きに何かに耐えるように唸る。

「テラス、お前……………………」

「テラス、貴方……………………」

「…………………………?」

全員(今すぐにでも斬りかかろうとしているリィエルを除く)は何となくだが、分かった気がした。テラスは抗っているんだ。己の中にいる怪物からルミアを守ろうと必死に戦っている。

(お前、どれだけルミアが大切なんだ…………………)

大切な人を守る為に彼は今も必死に戦っている。その強い想いが伝わってくる。

「テラス君………………」

ルミアはそっと怪物(テラス)の頬に手を当てる。

「大好きだよ」

そして口を塞いだ。

なぜそんな蛮行に及んだのかはルミアでもわからない。気が付いたら怪物(テラス)と唇を重ねていた。

そっと触れただけの軽いキス。されど初めてのキス。

私は大丈夫。もう戦わなくていい。ちゃんと私を見て。私の声を聞いて。

そんな想いを込めてキスをした。

「リィエル! お前は見るな! まだ早い!」

「グレン…………何も見えない。ルミアはどうなったの?」

「ルミア…………ッ! 貴女……………………ッ!?」

三人は突然のことに驚き、困惑するも二人の耳には届かない。

テラスがこうなったのも全てはルミアのことを想ってだ。

本人はその自覚はないかもしれないけど、それでも自分の為にここまでしてくれる彼の優しさがルミアは大好きだ。

(私のせいで貴方が誰かを傷付けるのなんて見たくないよ…………………)

相手を傷付け、自分も傷付き、自分だけが安全な所で守られているだけなんて嫌だ。

(貴方だけを傷付けたくない。私も一緒に貴方の傍にいさせて………………)

その想いが伝わるかのように四翼の翼が消えて、狂気に迸らせていた瞳から狂気が消えていく。

そして―――――

「……………………逃げ、てよ……………………ルミア…………僕なんか、放って……………………」

「できないよ」

テラスは元に戻った。

自分なんか放って逃げて欲しかったのに、本当にルミアは無茶をする。

ルミアに体重を預けるように倒れ込むテラスをルミアは抱きとめる。

「なんでだろう…………………? 自我なんてもうないと、思ってたのに………………ルミアの顔だけが頭から離れなかった……………………」

自我を失くしてもう何もわからないと思っていた。

それなのにルミアの笑顔だけは覚えていた。

「不思議だね…………どうしてだろう? これが人間でいう愛なのかな…………?」

「さぁ、私も愛なんてよくわからないよ」

「人間なのに…………?」

「人間だから、かな?」

互いに苦笑する。

「………………………………ルミア、ありがとう」

「うん、どういたしまして」

お礼の言葉を告げて眠るテラスにルミアは笑顔で応える。

その光景を見ていたグレンは肩を竦める。

「やれやれ、愛の力は偉大ってか……………………?」

苦笑交じりにそう言った。

 


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