「―――以上を持ちまして。私、テラス=ヴァンパイアの発表を終わります。ご清聴ありがとうございました」
遺跡調査を終えてテラスは調査前に告げられた発表を魔術学会で行い、無事に終えた。
テラスの魔術論文を聞いた魔術学会の人達は拍手と共に感嘆の声を出していた。
「軍用魔術をあのように改竄して扱いやすくするとは思いもよらなかった」
「ですな。まだ学士だというのに見事なものだ」
この場にいる多くの人達はテラスを褒め称え、新しい魔術の発見に喜ぶ。
そんなことに耳を傾けずにテラスはさっさと帰ろうとする。
「テラス=ヴァンパイア」
「あ、ハッハッ八先生もいらしてたんですね」
「ハーレイだ! ハーレイ=アストレイだッ! なんだ、その笑い声みたいな名前は!? 貴様、何度、人の名前を間違えれば気が済むのだ!?」
学院の講師であるハーレイは物凄い形相で詰め寄るもテラスは表情を崩すことは無い。
「それで何か御用でしょうか? 僕は早く帰りたいのですが?」
「貴様は……………………まぁいい。今回の貴様の発表で
おや? 意外なお言葉にテラスは思わず驚いた。
威圧的な態度は消えてはいないが、恐らくは褒めたのだろう。
まさか、この先生からお褒めのお言葉を頂戴する日が来るとは思わなかった。
「わかりました。それでここで失礼いたします。競技祭の時に負けたショックで口から泡を吹くという芸を披露してくださったハクション先生」
「しとらんわっ!!」
額に青筋を浮かばせながら相も変わらずな態度を取るテラスに怒る。
そして、魔術学会を終わらせたテラスは自分の住処に帰還。
「ただいま」
「お帰りなさい。発表どうだった?」
「お帰りなさい……………」
セラとセラに可愛がられているヴィオロに今回の発表の成果を伝える。
「上手くいったよ。
「そっか~私と同じ階位になるんだね……………ん~嬉しいけど魔術を教えた身としては複雑だな~」
セラは
「そうかな? まぁでも階梯はあくまで階梯だしね。特に気にする必要…………………は……………………」
不意に視界が揺らいだ。
「テラス君!?」
「テラスさん!?」
セラとヴィオロの声を聞いてテラスの視界は真っ暗になった。
「凄い熱……………………」
テラスが倒れた翌日。ルミア達はテラスの住処に訪れていた。
眠りについているテラスの頭が熱く。見た感じでは風邪と同じ症状。
「原因はアレかもな……………………」
そんなテラスを見ながらこうなった原因に心当たりがあった。
遺跡調査の際に怪物と成り果てたその力の代償が今になって一気に襲いかかってきた。
タイミング的にもそれが一番原因の可能性は高い。
「先生……………………」
テラスの手を握りながら心配そうにするルミアはグレンにどうにかできないか、と視線を向けるが、グレンは乱暴に頭を掻き毟る。
「んな目すんなよ。吸血鬼だから病院に連れて行っても治る保証もねえし、魔術も効果がなかった。死ぬことはねえだろうが…………今は様子見だ」
「はい………………」
テラスの傍に寄り添るルミア。
自分を助ける為にこうなってしまったテラスに少なからずの罪悪感があるのだろう。
グレンはそんなルミアを一瞥して部屋から出て行った。
「ごめんね……………………」
息を荒げている。きっと辛くて苦しいのかもしれない。
その姿を見れば見るほどにルミアは申し訳ない気持ちになるは少しでも何かしようと顔の汗を拭う。
(私の血を吸えば少しはよくなるのかな……………………?)
そう考えるが今の意識のないテラスに血を吸わせることはできない。
自分の血で少しでもよくなるのならいくらでも吸わせてあげられるのに。
「………………………………ん……………………」
テラスの瞼がゆっくりと上がり、瞳を覗かせる。
「ルミア…………?」
「テラス君、良かった……………………意識が戻ったんだね」
目を覚ましたテラスに安堵する。そんな彼はルミアと周囲に視線を泳がせてはぼーとしている。
「吸血鬼も風邪引くんだ……………………人間だった頃以来だな」
ようやく自分の状態を理解したテラスにルミアは尋ねる。
「大丈夫? 私の血を飲んだら少しは良くなりそう?」
「今は食欲ないから……………………」
「うん。でもいつでも言ってね」
呆然として答えるテラスにルミアは頷いて応える。
ぼー、と天井を見上げるテラスは不意に自分の手が握られている事に気付いた。
「手、握ってるの?」
「ごめんね、嫌だった?」
「ううん、そんなことはないよ。こうされるのは初めてだから」
「初めて………………?」
「人間の時は自分で薬を飲んで御粥を作っていたから。誰かに看病されること自体初めてなんだ……………………」
彼は淡々と何事もないかのように平然とそう言った。
風邪を引いても病院に行く体力もなく、近場の薬局で薬を買って飲んでは、お腹に何かを入れようと思った時は自分で御粥を作っていた。
その時、両親は何もしなかった。心配することもなくただいつも通りにしていただけ。
彼の存在が見えないかのように扱っていた。
「………………………………」
その話を聞いたルミアはテラスの手を強く握った。
幼い頃、ルミアは風邪を引いた時は使用人だけでなく、母や姉だって心配してお見舞いに来てくれる。フィーベル家に引き取られた時だってシスティーナが看病してくれた。
病気の時、心細くなる。そんな時に誰かが傍にいてくれるだけで凄く安心する。
でも、彼には自分を心配してくれる人なんていなかった。
一人、病気と闘いながら眠りについている。それが彼にとっての当たり前。
仮にルミアがそのような生活をしていたらきっと耐えられない。ううん、耐えること自体がおかしい。
誰もが与えられる当たり前のことさえも彼は与えられなかった。
両親の愛情も、温もりも何もかも……………。
絶対的な孤独という闇のなかで生きることが当たり前だと彼は思っている。
「だから、こういう時はなんて言えばいいのかわからないんだ……………………」
いつものように話す彼の声が心なしか寂しそうに聞こえる。
気のせいかもしれないが、そんな彼をルミアは放っておくことはできない。
「………………テラス君、ちょっとごめんね」
「ルミア…………?」
ルミアはテラスのベッドの中に潜り込み、テラスの隣で横になるとテラスの頭を自身の胸元に誘導して抱きしめた。
「どうしたの…………………? 流石に今は狼にはなれないよ?」
ルミアの柔らかな双丘が顔に当たる。吸血鬼とはいえど一応は年頃の男の子にとっては刺激が強いが、冗談を言うぐらいの余裕はまだある。
「こういう時はたくさん甘えていいんだよ……………?」
慈悲と慈愛に満ちた声音がテラスの耳に届く。
「甘え方がわからないからいいよ」
「なんでもいいよ。して欲しいこととかを言えばいいの。私は何かしてあげたいな」
顔を上げるとそこには天使の微笑みを見せるルミアの笑顔があった。
天使とかそういうのを信じる宗教的な考えは持ち合わせていないテラスだが、ルミアがある日突然に純白の翼を広げる時が来たらルミアこそが天使だったのかと思えるほどに今のルミアは天使だった。
なら、自分は空に舞う天使を地獄の底に引きずり込もうとする悪しき怪物か?
思考が碌に働かないせいか、そんなことを考えてしまう。
ルミアはテラスの頭を優しく撫でる。
子供をあやすかのような優しい手つきで撫でられるテラスはどこかこそばゆい感覚だ。
鼻を鳴らすとルミアから香るいい匂いが至近距離で嗅げる。
「………………………………エッチなことでもいいの?」
「ちょ、ちょっとだけだよ?」
それでも許すあたり、本当の貴女は天使ではないのですか? と思った。
それだけ心が広いルミアの器量には感無量の極みだ。
「冗談。そんなことしないよ。万が一でもそれをしたらシスティーナの拳か蹴りか【ゲイル・ブロウ】の嵐を受けることになるしね」
「あはは……………………」
苦笑するも否定はしない。
「だから、ルミアの気が済むまででいいからこのまま寝かせて」
「うん、ゆっくり休んでね」
ルミアに包まれながら重くなっていく瞼に身を委ねる。
抱きしめてくれているおかげか、凄く暖かい。
「ルミアちゃん。テラス君の様子は……………………むぅ~」
テラスの様子を見に来たセラは扉を開けるとその光景に頬を膨らませた。
そこにはルミアに抱きしめられながら共に眠りについている二人の姿が。
それに嫉妬を抱くもセラは静かに扉を閉めた。
「先を越されちゃったな……………………」
この嫉妬をちょっとグレンにでもぶつけようとセラはグレン達のいるところに向かう。
余談だが、吸血鬼は吸血した際に相手の体調も本人以上に知ることが出来る。