アルザーノ帝国魔術学院伝統行事『社交舞踏会』。
何かと狭いコミュニティに納まりがちな生徒達のために、生徒同士で交流を深めることを目的として開催される行事、その来賓として、魔術学院卒業生やクライトス魔術学院などの他校生徒、時には帝国政府の高官や地方貴族、女王陛下すら顔を出すこともある、意外と大規模なパーティーなのである。
その社交舞踏会には伝統的な催し物としてダンス・コンペ、男女のカップルで参加して、社交ダンスの技量を競い合う催しがある。
そのコンペの優勝カップルの女性には、特典として一夜だけ『
そして『
それは”『
だが、このジンクスには何の根拠もない。
それだけ仲がいい男女なら必然的に将来、結ばれる可能性が高いだけの話。
テラスも社交舞踏会の準備の際にちらほらとそういう噂話は聞いたが、そんなジンクスは別に信じてはいないのだが――――
「《バン》」
「ああああああああああああああああ――――――っ!?」
「はい。次」
「《大いなる――――」
「《バン》」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――っ!?」
「はい。次」
下心満載の男子生徒達は信じているのであった。
そして、ルミアとダンス・コンペに参加するテラスにその男子生徒達は次々と長蛇の列を作ってまで決闘を申し込んできた。
「まったく……………………」
どうしてそんな根拠もないジンクスを信じるのかテラスには理解できない。
「貴様なんかにルミアちゃんは渡せない!」
「俺達の天使を返せ! 悪魔!」
「ルミアちゃんと踊るのは僕だ!!」
見事なまでに妬みと嫉妬の嵐に巻き込まれているテラスは再度嘆息した。
男子生徒達の目的は決闘に勝ってルミアとダンス・コンペに参加すること。その為にはテラスは邪魔なのだ。天使に近づく害虫を駆除しなくてはならない。
そんな男子生徒達の決闘をテラスは渋々引き受けているのだ。
(相変わらずルミアは凄い人気だな……………………)
彼女の人気の凄さを改めて知ったテラスは次の対戦者も瞬殺していく。
「カッシュ衛生兵。お願い」
「おう、医務室まで運んでやる」
また一人、また一人と担架で運ばれていく敗北者達は一週間学院指定の女子制服を着て通うという罰を与えておいた。
最早この一連の決闘自体が作業のようになっている。
「くっ…………これが最速で
「諦めるな! 奴にだって限界はある!」
「ルミアちゃんと踊るのは俺達だ!!」
今も妬み、嫉妬、闘志を燃やす男子生徒達にテラスは告げる。
「もう面倒だから十人単位で来ていいよ? そろそろルミアの所に行きたいし」
その余裕たっぷりの言葉に男子生徒達の何かがキレた。
「「「「「「「「な、舐めるなっ!!!」」」」」」」」
「《ババババババババババン》」
【ショック・ボルト】十連射という超絶技巧を披露すると同時にあっという間に十人が地面に倒れる。
「一応二十連射まではできるけど、これ以上は手加減して貰えるとは思わないでね?」
圧倒的な実力を見せつけたテラスに頬を引きつかせている男子生徒達に告げる。
「焼かれるのがいい? 氷漬けがいい? それとも感電がいい? 好きなものを選ばせてあげる慈悲はあげるよ?」
にっこりと微笑むその笑みは男子生徒達からはとても恐ろしく見えた。
「さて、終わった」
死屍累々(死んではいない)の男子生徒達を背にルミア達がいる学院会館の多目的ホールに向かう。
「ルミア、システィーナ。何か手伝うことは―――」
「なぁ、ルミア。今度の『社交舞踏会』のダンス・コンペで………………俺と踊れ」
ルミアに強引に詰め寄ってダンス・コンペを誘うグレンの姿がそこにいた。
「あ、あの………………先生………………? 私、テラス君ともうダンス・コンペに出るのですが……………………」
「知らん、拒否する、しなきゃ単位を落としてやる」
にこやかな笑みを見せながらグレンの誘いを断ろうとするルミアにグレンは強引に迫る。
「あ、あの、先生……………………」
システィーナと準備を進めている生徒達はグレンの後ろにいるテラスの存在に気付いたが、グレンは周囲のことをお構いなし。
「………………………………」
テラスは指先をグレンに向ける。
「せ、先生……………………あの、」
ルミアもテラスの存在に気付いてグレンに声をかけようとすがグレンは止まらない。
「まぁ、悪いようにはしないさ。お前に必ずあの噂の魔法のドレス………………『
「それが今世の最後の言葉で構いませんね? 《この・ロクでなし・講師》」
呪文改変による【ライトニング・ピアス】はグレンの後頭部に放たれる。
「ぬおっ!?」
しかしながら流石は元帝国宮廷魔導士団特務分室に所属していたグレンだけあって、紙一重で【ライトニング・ピアス】を躱した。
「てめぇ! テラス! 今の完全に俺を殺す気で撃っただろう!?」
「安心してください。ルミアや他の人達には当たらない様にしっかりと制御しましたから」
「俺が安心できる要素がねぇ!!」
完全に殺しに来たテラスにグレンは本気で憤る。
「人の彼女を強引に迫るロクでなしにはいいお灸です。それに大丈夫ですよ? 万が一に先生が亡くなったら遺体はちゃんと骨も残らず燃やしてあげますから」
「それのどこが大丈夫なんだ!? コラッ!!」
表情を崩さないテラスにグレンは拳を握りしめて怒りを露にする。
「フン、まぁいい。テラス、ルミアとダンス・コンペの相手を代われ。このグレン先生がルミアをエスコートしてやる」
「先生にしては笑えない冗談を言いますね? 何ですか? 本気ですか? どうせコンペで優勝カップルに贈られる賞金目当てなんでしょう? 嫌ですね、お金のない人は余裕がなくてもはや惨めとしか言えませんよ?」
「ハハハハ! 言ってくれるじゃねえか? テラス君。そもそも君、踊れるのかな~? 魔術しか取り柄のない魔術馬鹿に『社交舞踏会』なんて出たら恥をかくだけだぞ? ここはこのグレン大先生に任せてチミは隅っこで大人しくしてなさい」
「それを仰るのなら普段から恥ずかしくて仕方がないグレン先生の方がよほど『社交舞踏会』に出場しない方がいいですよ? わざわざ他校にまで学院一恥晒しを見せたらこちらまで恥ずかしい思いをしてしまいますしね」
「ハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「アハハハハハハハハハハハハハハ!」
「あの、先生、テラス君………………?」
互いに険悪な雰囲気な中で笑い出す二人は同時に多目的ホールの外を指す。
「ちょっと表に出ようか? ガキ」
「全く同じことを考えてましたよ。
「聞いたぜ?
「強引に授業を押し付けた上に授業料を毟り取るとは………………講師の風上にもおけませんね。一度は痛い目を見た方が先生も今よりかはまともになるでしょう」
迫力のある笑みで牽制し合う二人。当事者であるルミアはおろおろ戸惑うしかない。
二人は左手の手袋を相手に投げつける。
「決闘内容はダンスだ」
「いいでしょう。どちらがルミアの相手に相応しい踊りを見せられるか、シルワ・ワルツで勝負です」
シルワ・ワルツ。
『
「泣いて謝るなら今の内だぜ~? テラス君。グレン大先生の超絶ダンスを見ても後悔すんなよ?」
「先生こそ後で泣きべそかいても知りませんよ?」
譲れないもののために二人は衝突する。
「……………………どこかで見た光景だわ」
システィーナはぼそりとそう呟いた。