ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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練習の間際

「いったい何の用ですか? 先生」

ルミアのダンス・コンペのパートナーの座を死守したテラスはその後も一通りルミアと踊りの練習をして一区切りつけると急にグレンに呼び出されて人気のない場所までやってきた。

「……………………テラス。何も聞かず、何も言わずにルミアのダンス・コンペの相手を代われ」

先程とは違う真剣みを帯びた顔と声でテラスに告げるグレン。

「事情も教えずに代われとは都合が良過ぎませんか? 勿論断りますが」

「それには悪いとは思ってる。頼む! 事情なら後で説明してやるから!」

グレンは頭を下げてテラスに頼み込んだ。

それを見てテラスは息を吐いて人払いの結界を張る。

「『ルミア暗殺計画』ですよね? だから自然でルミアの傍で護衛ができるパートナーになる必要がある。そうですよね?」

「お前…………!? どうしてそれを!?」

予想外な言葉にグレンは頭を上げて目を見開くとテラスは名乗りを上げる。

「改めて自己紹介をしますね。帝国宮廷魔導士団特務分室執行官ナンバー15、《悪魔》テラス=ヴァンパイアです。今の僕は特務分室に所属し、イヴさんからルミアの護衛を命じられています」

「イヴが言っていた新人ってお前の事だったのか!? いつの間に、いや、それよりもお前わかってんのか!? 特務分室がどんなところか!?」

「外道魔術師を殺す仕事。そうですよね?」

「わかってんなら今すぐそんなとこ除隊しろ! 俺からもイヴに言って―――」

「どうしてです?」

「なっ――――」

何としてでもテラスを血塗られた世界から引き戻そうとするグレンだったがテラスは怪訝そうに首を傾げた。

「ルミアを守る為にも特務分室、帝国宮廷魔導士団から得られる情報と戦力は必要な手段であってルミアを守れる確率を大幅に上げることもできます。イヴさんからの誘いはよりルミアを安全かつ確実に守ることができるのですから入隊しない理由はありません」

「そうかもしれねえ…………だがな、あの女はセラを見殺しにしようとした女だぞ!? お前の事だって利用価値のある駒としか思ってねえはずだ! それに、自分の生徒を血塗られた闇の世界に行くのを黙って見過ごせれるか…………ッ!?」

グレンはきっと心からテラスのことを心配してそう言ってくれているのだろう。

普段はロクでなしな講師ではあるもその心は誰よりも熱く、優しい心を…………それこそ正義の味方としての正義感を持っているのぐらいテラスも理解できている。

「ありがとうございます、先生。ですが、除隊はしません」

「……………………ルミアの為か」

「はい」

「……………………お前が特務分室に入隊したのを知ったらあいつは自分を責めるぞ」

「そうでしょうね。ルミアは優しいですから」

容易にそのことが想像できてしまう。

私なんかの為に、とテラスを怒り、血塗られた世界に送る原因として自分を責めるだろう。

「それでも僕はルミアを護りたいのです。そして知りたい。ルミアが言っていた人間が持つ理屈ではないその感情を。ルミアが僕に抱く好意を、僕がルミアのことが好きかどうかという気持ちを。その為にもルミアはこの身を挺して護り通します」

「……………………」

「それに元より怪物は闇の世界の住人です。外道魔術師もこれまで多く殺してきましたが僕にはどうでもいいことです。ですから心配しないでください」

「……………無茶言うんじゃんねえよ。馬鹿野郎」

グレンの手に力が入る。

心配するなという方が無理だ。それでもきっとグレンが何を言ってもテラスは首を縦に振らない。

「ルミアのダンス・コンペのパートナーは変わりません。先生はシスティーナと一緒に参加してください。土下座でもなんでもすればきっとシスティーナも応じてくれるでしょう」

あれこれと弁明しながらきっと最後には了承する光景が目に浮かぶ。

「では。ルミアとの練習がありますから。今夜、遅れないでくださいね」

特務分室が集まって行う任務の確認と内容。それとテラスにとっては他の特務分室と顔合わせとなる。

そこにグレンが参加するのは既にイヴから知らされている。

そう言ってテラスはグレンを置いてルミアの元に戻る。

「あ、お帰り。先生は?」

「今月の食費が…………って嘆いていたよ。システィーナ、先生を助けると思ってダンス・コンペに出てあげてよ。もう憐れ過ぎて…………」

「しょ、しょうがないわね…………先生が倒れて貰っても困るものね。仕方なく、そう仕方なく出てあげるわよ! その代わりこっちも優勝する気で参加するから覚悟しなさいよね!」

「ふふ、お互い頑張ろうね。システィ」

素直じゃない親友に暖かい眼差しを向けるルミア。

後はグレンがシスティーナを誘えばルミアの安全は一層に増す。

「さて、ルミア。もう一通り練習しておこうか」

「うん」

一休憩してからもう一度ダンスの練習をする二人の姿に生徒達は羨ましさと嫉妬を交ぜた視線を向ける。

「はぁ、ルミアが羨ましい…………」

「魔術だけでなくダンスまであの技量とは………」

「二人の息もぴったり…………優勝はほぼあの二人で確定でしょう」

「ちくしょう…………俺達の天使が…………」

「おのれぇ…………この恨みで人を殺せれるのなら…………」

「死ね………もがき苦しめ…………」

嫉妬と共に恨み言までテラスの背中に突き刺さるも当の本人は完全無視(スルー)

痛くもかゆくもない。

「ふふ」

「どうしたの?」

練習中に不意にルミアが笑みを溢した。

「テラス君の事だからてっきり誘ってくれないかと思ってたの。だってテラス君そういうの疎いし」

(うん、正しい…………ルミア、正解です)

ルミアの言う通り、本当は誘う気などこれっぽちもなかった。

ルミアから誘われれば参加する程度のことしか考えていなかったが、イヴから『ルミア暗殺計画』のことを聞かされてテラスはルミアの誘ったのだ。

それがなければきっと今のように踊りの練習もしていないだろう。

「私ね、今、凄く嬉しいよ? 好きな人とこうして踊ってみたかったから」

「まだ早いよ。その嬉しさは優勝した時に取っておいた方がいいと思う」

「そうだね、一緒に優勝しよう」

「もちろん」

柔和な笑みを見せるルミアに応じるように頷くとルミアはその笑みから一転して真剣な顔に変わる。

「…………ねぇ、テラス君。お願いがあるの」

「なに?」

「私に、軍用魔術を教えてくれないかな…………?」

「ルミアには必要ないよ」

不意に告げられたその言葉に即答で返す。

「でも、私はずっとテラス君や皆に守られてばかりで…………私も皆の力になりたいの」

「ルミアがいなかったら僕はこうしてルミアの手を握っていないよ?」

「それでも私は皆の、テラス君の力になりたい。その為にはやっぱり力がいると思うから」

哀しい笑みを作りながら必死に懇願するルミアにテラスは悩む。

正直、ルミアに軍用魔術が扱えるとは思えない。

才能云々以前に相手を傷付ける類はルミアには向かない。

それよりも白魔術に磨いて法医呪文(ヒーラー・スペル)に魔力を回してくれた方がいいとさえテラスは思っている。

だけどそれでルミアが納得するとは思えない。

了承すればルミアは根を上げることなく軍用魔術を覚えようとするだろう。

それが容易に想像できる。

「まず拳闘、軍用魔術は防御呪文だけ。それを約束してくれるなら教えるよ」

「うん、ありがとう」

笑顔で頷くルミアにテラスは嘆息する。

ルミアと出会えて本当に変わったと自分自身でも思う。

出会わなければ今だってルミアには軍用魔術なんて意味がないと言い切っていただろう。

(これが人間の感情でいう甘さなのだろうか?)

テラスはそんなことをふと考えてしまう。

「今日の夜に迎えに行くから」

「うん。よろしくお願いしますね、先生」

冗談交じりにルミアはそう言ってきた。

 

 

 

 


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