「さて、と」
テロリストの二人組が生徒達を拘束し、ルミアとシスティーナを連れて教室から離れていくのを確認してテラスはむくりと起き上がった。
それにぎょっと目を見開いた生徒達はまるで幽霊でも見ているかのような信じられない顔をしていた。
「テ、テラス…………お前」
「ごめん。死んだふりをしていた」
軽く謝って生徒達を拘束している【スペルシール】を【ディスペル・フォース】で解いていく。
「これで動けるけど、ここにいて。下手に動かれたら流石に手が回らないし、僕は二人を助けに行かないといけないから」
「お前、一人で行くつもりかよ!?」
「そうですわ! 相手はテロリスト! 殺されてしまいますわ!」
同じクラスのカッシュとウェンディがテラスを止めようと声を飛ばすもテラスは心配させないように優しく告げる。
「ああ、大丈夫だよ。あれぐらいの魔術師なら何度も殺してきたから」
「は?」
「え?」
しかし、生徒達はその言葉に目を丸くする。
「だから安心して。二人は必ず連れ戻すから」
そう言って扉にかけられているロックを解いてから教室の外に出ようとした時。
「…………システィーナは、ひどく自分を責めていましたわ」
ウェンディのつぶやきに足を止める。
「ですので、ちゃんと謝ってくださいまし…………」
「平手打ちの覚悟はしておくよ」
そう答えて教室から出るとテラスは鼻を鳴らす。
「…………凄いな、ルミア。足跡を残しているなんて」
ルミアの血の匂いが僅かに廊下から漂っている。少量の血の匂い、恐らくは唇を少し噛み切って血を流したのだろう。
唯一テラスを吸血鬼だと知り、不老不死であることを知っているルミアなら。
それでもルミアの精神の強さに驚いた。
あの状況でよくもそこまで冷静な判断ができたものだ、と感心する。
すると―――不意にとてつもない破砕音で学園が震えた。
「あっちか…………」
恐らくは誰かが――いや、グレンが敵と遭遇し戦っているのだろう。
死んだとテロリストは言ってはいたが、帝国宮廷魔導師団特務分室所属に所属していたグレンがたかがテロリスト一人に負けるとは思ってもなかった。
駆け出すテラス。
そして、辿り着いたその先にはグレンとシスティーナ。それとダークコートの男―――レイクと呼ばれた男がいた。
更にはレイクの背後には五本の剣が浮いている。
「ああ、やっぱり生きてましたね、グレン先生」
「テラス!?」
「え、嘘? …………だって貴方は…………」
テラスの登場に三人が驚愕する。グレンはきっとシスティーナからテラスが死んだということを聞いていたからだろう。
「ごめんね、システィーナ。聞きたいことや言いたいことはあるだろうけど後にしよう? 今は目の前の敵に集中しないと」
死んだ、そう思われていた人物が突如現れたら驚くのも無理はないが、状況が状況の為にそれは後回しにするよう頼む。
「…………言いたいことはやまほどあるが、ちょうどいい。テラス、お前は白猫をつれてここから離れてろ!」
「何言ってるんですか? 逃げるのなら先生でしょう? マナ欠乏症の状態でどうするんですか?」
「そんなこと言っている場合か!? いくらお前でも生徒が勝てる相手じゃねぇんだ!」
「これでもですか?」
指先をレイクに向けると同時に一条の雷光が迸り、突き進む。
「!?」
死の危険を察知したレイクは浮いている剣を操作して、それを弾いた。
「【ライトニング・ピアス】だと!? たかが一介の生徒が何故軍用魔術を!?」
辛うじて防御に成功したレイクの表情から驚きを隠せれない。だが、本当に驚くのはそこじゃなかった。
「
そうテラスは呪文を唱えることなく、【ライトニング・ピアス】を放った。
予め呪文を唱えておき、後は任意のタイミングで起動する高等技法。それが
それを当たり前のように使ったテラスの技量に驚きを隠せない。
「まぁ、そこで休んでいてください。《愚者》のグレン先生」
「ッ!? お前、どうして…………!?」
「そうですね、『白犬』と先生が呼んでいた方から先生の話は聞きましたからと言っておきましょう」
「―――――――」
もう何度目かになるかわからない驚きの中でグレンは言葉を失った。
「…………いや、あいつは…………あいつは、あの時に…………」
「生きてますよ。その事も含めてこの事件が終わったら僕の住処に来てください」
「…………ああ」
小さく頷くグレン。事情が呑み込めないシスティーナは二人の間でおろおろする。
「え? ど、どういうことよ」
「システィーナは先生を頼むよ。僕はあいつを倒してルミアを助けにいかないといけないから」
「《炎獅子―――」
「《消えろ》」
黒魔【ブレイズ・バースト】の超高速起動させようとしていたレイクの魔術を
「不意打ちとは卑怯ではありませんか?」
「抜かせ。戦闘中に敵に隙を見せた方が悪い」
「ごもっとも」
レイクの言葉にわざとらしく同意し、二人の前に立つ。
「貴様、何故生きている? 確かにあの時、貴様はジンに殺されたはずだ」
「さて、何故でしょう? 《貴方は・どう・思いますか》?」
呪文改変による黒魔【アイス・ブリザード】。この呪文によって発生した吹雪を有効射程内で魔術的防御なしで受ければ、あっという間に全身の血が凍りつき、心臓の鼓動すら止められ、さらに続く無数の氷の礫弾に凍りついた身体が粉々に破壊される軍用魔術。
息を吸うように呪文改変を行ったテラスだが、敵も一筋縄で勝てる相手ではなかった。
「《光の障壁よ》」
黒魔【フォース・シールド】。レイクの眼前に展開される光の六角形模様が並ぶ障壁で防御した。
しかし、それは承知済み。
テラスの狙いは宙に浮いている剣に
(【ライトニング・ピアス】も通さず、【アイス・ブリザード】でも凍らないところ見ると【トライ・レジスト】が
熱・電気・冷気の耐性を付与する【トライ・レジスト】。
ただ剣を操作するだけならそこまでする必要はない。それが
「…………なるほど、一介の学生とはもう呼べんな。俺は貴様を敵として認めよう」
氷のような笑みを浮かばせ、浮遊している剣を操作し、攻撃に移るレイク。
「《戦風》」
「なっ!?」
剣がテラスに向かっていく中でテラスは風の軍用魔術【ブラスト・ブロウ】を超高速起動。剣を無視して攻撃を行うとは予想していなかったレイクは圧搾凝集された風の破城槌をその身に受ける。
だが、攻撃を受けたのはレイクだけではない。
敵の攻撃を無視して攻撃を行った代償にテラスの身体に剣が突き刺さり、左腕は切断された。
「テラス!?」
それを見て悲痛の叫びを上げるシスティーナだが、その光景に自分の瞳を疑った。
切断されて床に落ちた左腕が消えて、新しい左腕が生える。
剣が突き刺さった身体も剣を抜くと、その傷も瞬く間に塞がる。
「うそ…………治癒魔術…………ううん、ちがう」
「お前、もしかして…………異能者だったのか?」
異能者。
ごく稀に産まれる魔術に依らない奇跡の力をその身に宿す者。だが、異能者は悪魔の生まれ変わりとも呼ばれ、今でも迫害の対象となっている。
【感応増幅者】【生体発電能力者】【発火能力者】など様々な異能がある。
その中でテラスは確認されている異能【再生能力】をその身に宿した者だと思ったグレン達だったがテラスは首を横に振る。
「違いますよ。僕はそんな人間の枠内にいる存在ではありません」
す、と立ち上がろうとしているレイクに手を伸ばして呪文を唱える。
「《数多の大気・颶風の刃・顕現せよ》」
三節の呪文を完成させるとこの空間に数十本の風の刃が出現する。
「【エア・ブレード】!? それを三節で複数出現させたのかよ!?」
本来、黒魔【エア・ブレード】には節数がかかる大呪文。それを三節で複数出現させたテラスにグレンは驚きの声を上げる。
風を操る魔術は弱い、というのは通説だ。重力、流体制御ベクトル、気体状態、気圧、気温、密度…………操作しなければならないパラメータが多すぎるために弱い。
しかし、彼にはそれがどうしたといわんばかりの常識外れな技法を見せつけた。
「敵とはいえ、敬意を表して僕のできる最大限の技で貴方を殺しましょう」
「舐めるな!」
吠え、五本の剣を操作してテラスが風の刃を発射する前にその命を奪おうとするレイクだが、相手は最悪だった。
「恥じる必要も悔やむ必要もありません。何故なら」
―――人間が怪物に勝てる訳がないのですから。
一斉攻撃される風の刃はレイクの剣を砕き、レイクの身体を細切れにしていく。
しばらくしてパチンと指を鳴らして風の刃を消すと、レイクがいた場所には肉片しか残されてはいなかった。
「見るな、白猫!」
咄嗟にシスティーナの視覚を手で覆い、奪う。
見れば心に傷を負いかねないこの光景にテラスはいつものように二人に声をかけた。
「二人は休んでいてください。ルミアは僕が助けに行ってきますから」
「…………ああ」
そんなテラスに表情を強張らせながらも頷くグレン。
二人を置いてテラスはその場から離れていく。
まるで何もなかったかのように平然とした顔で。