ロクでなし魔術講師と吸血鬼   作:ユキシア

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怪物と人間

テラスは転送法陣がある転送塔の螺旋階段を延々と上がっていた。

ルミアの血を匂いを辿り、辿り着いた転送塔には侵入者を迎撃する為のゴーレムがいたが、テラスの敵ではなかった。

容易に突破して螺旋階段を上がって行き、最上階の大広間―――転送法陣のある部屋に辿り着く。

「ルミア、いるかー?」

緊張感もないいうもの声音で扉を開けるテラス。

「テラス君!? その声はテラス君!」

大広間の中心にルミアがそこにいた。吸血鬼だから暗闇でも昼間のように明るく見える視力で唇に僅かに血がついていることも確認できる。

(やっぱり、死んだとは思ってなかったんだね…………)

足跡として血を体外に出していたルミアに納得するように頷いた。

「それで、貴方が黒幕ですか?」

「ええ、そうです」

ルミアの隣にいる二十代はんばくらいの優男。柔らかい金髪、涼やかに整った顔立ち、ダークブルーの深い瞳を持つ美青年は動じることなく穏やかに応えた。

「何を企んでルミアを攫おうとしたのかは知りませんが、この中途半端な法陣を見る限り、白魔儀【サクリファイス】―――換魂の儀式。ロクでもないことを考えているのはわかります」

「おや、凄いですね。これだけでそこまで言い当てる生徒がいるとは思いませんでした。教育者として優秀な生徒がてくれて嬉しく思います」

微笑みを崩さず、感心するように褒める。

「大人しくルミアを返して頂けるのなら命までは奪いません。拘束して眠って頂きます」

「ええ、そうします」

投降するように促したテラスに青年は素直にそれに頷き、ルミアを解放した。

「僕の負けです。君みたいな生徒を計画に入れなかったのが敗因でしたね」

「ヒューイ先生…………」

テラスの傍まで駆け寄るルミアは苦笑しているヒューイを見据える。

「随分と素直に負けを認めるのですね」

「はい、僕ではどう足掻いても君には勝てる気がしません。それに…………」

ヒューイはルミアに視線を向けて小さく笑みを見せる。

「不思議ですね。計画は頓挫したというのに…………どこか、ほっとしている自分がいる」

「そうですか」

テラスはヒューイを拘束しようと【マジック・ロープ】で動きを封じ、【スペル・シール】で魔術を封じてから【スリープ・サウンド】で眠りにつかせて動きを封じようした。

「…………最後に一つだけ」

「どうぞ」

ヒューイはとつとつと胸に内をテラスに問いかける。

「僕は一体、どうすればよかったんでしょうか? 組織の言いなりになって死ぬべきだったのか…………それとも組織に逆らって死ぬべきだったのか? こうなった今でも僕にはわからないんです」

「知りませんよ。最終的には貴方は流されるがままに行動したのですから今更そんなことを悔いても仕方がないでしょう? でも、あえて言わせてもらうとしたら」

一呼吸置いてテラスは告げる。

「人間は常に後悔する。言いなりになろうと、逆らおうとね。なら、自分自身が望む道を選んだ方がまだ自分を納得させられる。要は自分の道ぐらい自分で決めろってやつです」

「…………そうですか、なるほど、その通りだ。生徒に教わるなんて教師、失格ですね」

「それではお休みなさい」

魔術を発動させてヒューイの意識と動きを封じる。

「さて、戻ろうか。システィーナ達が心配していると思うし」

「テラス君…………」

捕えたヒューイをつれてシスティーナ達がいるところに戻ろうとするテラスにルミアは言葉を詰まらせる。

「…………ごめんなさい。私のせいで皆に迷惑かけて」

「別にルミアは悪くはないと思うけど? どう考えてもテロリストの方が悪いし」

「でも、私のせいでシスティやテラス君に酷いことを…………ッ!」

「自分を責めるのはお門違いだと思うよ?」

自分がテロリストに狙われたからクラスの皆やシスティーナ、テラスにまで酷い目に合わせてしまったと自分自身を責めるルミアにテラスは困ったように頬を掻く。

「じゃあさ、ルミアはどうしたいの? 皆に謝りたいの? それとも皆の前からいなくなりたいの?」

「それは…………」

「少なくとも死ぬのは止めた方がいいと思うよ? もし、そうなったら今度がシスティーナが自分を責めるだろうし」

「う…………」

その光景が容易の想像できる。

きっと私のせいで…………と呟きながら心に酷い傷を負わせてしまう。

「どうしてテロリストがルミアを狙ったのか、ルミアが何を抱えているのかは僕は知らないけど、これだけは言える」

向かい合い、対面する。

「世界中の誰もが君のことを嫌っているのなら僕が君を助けてあげるよ」

「―――っ!?」

その言葉はかつてテラスがルミアに告げた言葉だ。

「ど、どうして…………そこまでしてくれるの…………?」

「…………まぁ、ルミアになら話してもいいか。僕は元々は人間だったんだ。あの日、ルミアと出会った日に僕は吸血鬼になった」

「え…………?」

「人間だった頃の僕は両親からでさえ気味悪がれ、恐れられた。周囲からもあいつはおかしい、あいつは異常なの言われた。僕は産まれた時から孤立していた」

生前の事を語る。

「僕はそんなことに微塵も気にも止めていない。人間は自分とは違うものを恐れ、怯え、孤独においやる。そういう生物だと理解しているからだ。だから怪物に、吸血鬼になることを受け入れて正真正銘の怪物になった」

ばさっ、と背中から翼を広げて人間ではない証を見せつける。

「世界中から嫌われた存在、殺害するべき対象、それが怪物。もう僕は世界中を敵に回している存在なんだよ」

「それなら…………どうして?」

―――私を助けてくれるの?

その疑問にテラスは苦笑しながら話した。

「…………初めてだったからかもしれない。三年前の口約束を信じ、尚且つ僕を怖がらなかったのは産まれてからルミアが初めてだったからだと思う。おかしいよね、こんな理由で人間であるルミアを助けようなんて。所詮怪物は嫌われ者―――」

「そんなこと言わないで!」

テラスの言葉を遮って急にルミアが大声を出した。

「…………おかしくない、おかしくないよ。私なんかより、ずっとずっと辛くて、苦しんでいるのに、それでも自分のことを置いて助けてくれるテラス君が怪物なわけがない!」

「ル、ルミア…………?」

「だから、怪物なんて、嫌われ者なんて言わないでよ! 私は、私は…………そんな貴方に救われた! 助けられた! あの時も、今も!」

「お、おい…………」

声を荒げているルミアを宥めようとするも瞳に涙を溜めているルミアに声が出なかった。

「世界やテラス君自身が怪物と認めるなら―――私はそれを否定する! 人間だって何度も言うよ!」

「…………それは無理だよ」

怪物であるテラスの否定。

だが、それは不可能だ。

今はいいかもしれない。だけど、数年、数十年経てばどうなる?

不老不死で歳を取らないテラスとは違い、ルミアは人間だ。成長し、歳を取り、最後は寿命が尽きてこの世を去る。

ルミアが寿命で亡くなってもテラスはそのままの姿だ。

正真正銘の怪物であるテラスを否定することなど誰にもできない。

「…………無理じゃないよ。きっと、この世界のどこかにテラス君が人間に戻れる方法があるから」

「それは何の根拠もない」

「魔術はこの世界の真理を追究する学問。なら、その真理の中に人間に戻る術があっても不思議じゃないよ」

ルミアの言葉に確かにと思う自分がいる。

この世界にはまだ解き明かされていない謎が多く存在している。『メルガリウスの天空城』がそのいい例だ。

ルミアの言葉を空論だと断言することはできない。

「私はそれを絶対に見つけるよ。そして、テラス君と一緒に歳をとっていきたい」

「…………う」

思わずたじろぐほど、ルミアの瞳からは強い決意が感じられる。

その可能性は無いに近い。それはルミアもわかっている。

それでもルミアからは一切の諦念がない。

本気でテラスを人間に戻そうとしている。

「私は諦めないからね」

どうしてそこまで躍起になるのかテラスにはわからない。

この身体に不満などない。吸血鬼になったことだって後悔などしていない。

それなのにどうしてルミアはそんなにも強い眼差しで見てくるのかわからなかった。

 

こうしてアルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件は幕を閉じた。

表向きでは一人の非常勤講師の活躍とされたが、その裏では一人の学生が活躍したことは本人の希望により伏せられ、事件の真相は闇に葬られた。


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