セレベスト! それはセレブの中でも最高峰に立つ、セレブ界の雲上人! そのセレベスト界の統一を目指す男、それが財団「第六天魔」会長・織田信長!
北海道を訪れた彼を迎え撃つは、アイヌの英雄シャクシャイン。今、北海の地にて“おもてなし”の嵐が吹き荒れる!

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【ご注意】本作は原作リスペクトとしまして、ルビ振りが非常に多くなっております。ご了承ください。


セレベスト織田信長  死闘! 北海道の夜豪祭

 セ レ ベ ス ト ! 

 

 

 それは有象無象のセレブの中でも砂漠の砂金の如く僅かにしか存在しない、一般的セレブを雲の上から見下ろす、この世の贅沢(ラグジュアリー)を呑み尽くす巨獣(ビースト)にして半神(デミゴッド)

 彼らセレベストは「おもてなし」により互いの贅沢(ラグジュアリー)さを競い、格上感(マウント)を奪い合う!

 それは命を、否! 命よりも譲れぬ矜持を賭けて戦う贅沢戦争(ラグジュアリー・ウォー)

 そのセレベスト界を統一せんと贅沢(ラグジュアリー)の覇道を突き進む男、財団法人「第六天魔」会長・織田信長!

 これは彼、信長の贅沢(ラグジュアリー)自由奔放(フリーダム)なる戦いの日々の、ほんの欠片(センテンス)を切り取ったものである!

 

 

「フゥ~~~~~~~~~~~~~」

 広々としたVIP用の最高級リクライニングシートに身を預けつつ、スーツ姿の信長は大きく息をついた。新幹線から見える景色は美しく、遠くに津軽海峡が見え始める。

 堂々たる姿の男であった。本来ならば大柄な成人男性すら十分に包み込むほどの余裕を持つはずの最高級シートですら、彼には不相応に見えてしまう。太い眉と艶やかな口髭に彩られたその面持ちは齢五十とは思えぬほど若々しく、精力(エネルギー)気力(ソウル)に満ち満ちていた。

「お、もう北海道か。流石は最新鋭の北海道新幹線。良い速さじゃ」

 満足そうに頷く。信長の七三分けに、強い風が叩き付けられる。しかしどういった神秘の整髪料が使われているのか、その強風の中においても髪型は信長の気根の如く一筋の髪の乱れすら起こしていない。

「それにしても……」

 

 新幹線の屋根に据えられたシートの上で、信長は大きく背を伸ばした。

 

「やはり新幹線は、ハコ乗りに限るわい!」

 当然ながら、この新幹線は信長の貸し切りである。

 ここでセレベストの「贅沢(ラグジュアリー)」の基準について良く知らぬ読者諸兄に誤解なきよう捕捉させていただくが、これは信長にとって「贅沢(ラグジュアリー)」には含まれない。

 我々が日常で電車に乗ったり自動車や自転車に乗る行為を特に贅沢(ラグジュアリー)と思わぬように、彼にとって新幹線とは一人でハコ乗りして移動するものであり、それが日常(ノルマーレ)なのだ。

 だが、その澄んだ空気の中で信長は僅かに表情を曇らせた。

「しかし……義昭がしくじるとは」

 

 百菱財閥総帥・“社王”足利義明。

 かつて信長に「おもてなし“偉人実物髭付き札束風呂”」を仕掛け、その果てに彼の男気に頭を下げ「社弟」となった側近である。

 確かにその贅沢(ラグジュアリー)さと器の大きさでは信長に一歩譲るものの、百菱グループ総帥として数多の社長を統べる存在だけに義昭も一角の人物の筈なのだが───

 

 

 そもそもの発端は、北海道の広大な土地を活かしたセレベスト用の避暑施設の建設計画だった。

 気候、土地柄、景観の良さ、風水、土質、地下を通る天然水の水質に至るまで様々な観点から選び抜かれた最適の場所は、北海道中心付近の森の中。通常であれば、第六天魔グループの財力で難なく買い取れる物件の筈であった。

 しかしその交渉は難航。森の所有権を有する自然保護団体の代表はこれに対し強く反対。更に交渉に向かった百戦錬磨の交渉人(ネゴシエイター)達は悉く失敗。ついに信長の側近である義昭を向かわせざるを得なくなった。

「お任せ下さい信長殿! 北海道の森にすむ田舎者如き、一晩で片づけて参ります!」

 綺麗に禿げ上がった頭部を光らせ、丸々とした布袋腹をポンポンと叩きつつ義昭は信長にそう堂々と言うと北海道に向かって行った。

 

 

 ───既に、二週間が経つ。

 

 

「ふむ、ここか」

 新函館北斗駅からチャーターした大型ヘリに乗り換え、飛ぶ事数時間。

 信長は広大な森の手前に立つ、二階建てのウッドロッジを前に立っていた。看板には『カムイの森保護協会』との文字が筆文字で堂々と書かれている。

 ここに義昭が到着した事までは信長も把握していた。そして、ここで彼は音信不通となったのだ。

「おーい! 誰かおらぬか!?」

 空気を震わせる程の大声で信長は建物に声をかけた。その大音響に驚いたのだろう。建物の背後の森がざわめき、鳥たちが飛び立ってゆく。

「……大声を上げるな。(チカプ)が怯える」

 ロッジの木製の扉が重々しく開き、そこから人影が現れる。

 するとどうした事か森のざわめきは途端に治まり、乱れ飛んでいた鳥たちは安心するかのように人影の周囲に降り立った。

 

 一見して只者ではない風情の人物であった。歳は信長と同じ50歳ほどであろうか。身の丈は裕に2mを越え、足には太い藁で組まれた藁草履。下半身はゆったりとした白い厚手の下履き。上半身は裸で、その逞しい胸板には動物の爪痕とおぼしき物が幾つも刻まれている。

 ごつごつとした岩めいた四角い顔の下半分は黒々とした髭で覆われ、その上から覗く大きな瞳は澄みながらも鋭く、まるで大空を支配する鷲のような強さをたたえている。

 髪型は分からない。それは、彼が被っている巨大な熊の被りものが肩と頭、背中を覆っているからだ。

 

 ──被り物? 否! 良く見ればそれは被り物ではない!

 

 被り物の筈の熊の目が動いた。何とそれは、生きている熊がまるで彼の背を守らんとするかのように覆い被さっていたのだ!

「ほォう。お主がここの管理人か? なかなか良い美意識(センス)してるじゃねえか」

 常人であれば既に会っただけで腰を抜かすであろうその人物に、信長は愉快そうに問いかけた。

「否、和人(シサム)よ。吾は管理人にあらず」

 どん、とその太い足が踏み出される。

 それを合図にするように熊が吼えた。森は怯えない。それは森を護るための叫びだからだ。

 

よくぞ来た(イランカラプテ)! 吾は神威観光グループ総帥兼北海道森林保護組合永年名誉会長、シャクシャインである!」

 

 シャクシャイン。17世紀の北海道において幕府の蹂躙に立ち向かったアイヌの英雄の名。

 その名を冠するに相応しい偉丈夫に、信長は顎を摩りつつ尋ねた。

「代表なら話が早い。オレぁ『第六天魔』会長の織田信長。ここに俺の部下が来とるんだが、知らんか?」

 そう言いつつ信長は笑った。「ホッコリ」という表現が最も似合う、どんな人間であれ警戒心を解いてしまいそうな微笑みである。

「ふん、あの馬鹿者(エパタイ)か。奴ならば、我らの森を小切手ひとつで奪おうとした報いを受けてもらった」

「……ほォウ?」

 しかし、シャクシャインの表情は全く変わらなかった。信長の瞳が細まる。

「だが信長、お主の持つ力をもってすれば最終的にこの森は奪われよう。それは吾も分かる」

 意外な事に、シャクシャインはその事実を素直に認めた。謙虚(クレバー)だ。そして厄介(クール)だ。信長は思った。自身を冷静に省みる事ができる人物ほど、駆け引き(ビジネス)において厄介な存在はいない。

「故に、吾は汝を“おもてなす”! 吾の挑戦、受けぬとは言わさぬぞ!」

「なるほどォ……最初から俺をここに来させるつもりだった訳か」

 不敵な笑みを浮かべつつ、信長はシャクシャインの視線を受け止めた。

 

 なるほど、確かにシャクシャインは信長が過去に戦ったセレベストのような経済的な豊かさは無いかもしれぬ。

 しかし彼の佇まいを見て、信長は彼がそこらのセレブどころではない、セレベストとしても相当な強さを秘めている事に既に勘付いていた。

 例えば彼の身体の筋肉。通常、ジムトレーニングなどで鍛えられた筋肉にはどうしても僅かばかりの偏りが生まれる。それはもともとの筋肉のバランスやトレーニングの得手不得手、骨の成長などによって歪みが発生するからだ。

 しかしシャクシャインの身体には、見る限りその歪みが全くない。大自然の恵みを余すところなく摂取し、大自然の中で鍛えられ、また大自然と共に生きてきたからこその肉体だろう。

 

 言わば──有機(オーガニック)セレベスト!

 

 ヌルい仕事と思ってきたが──なかなかどうして、熱い奴がいるじゃねえか。

 信長はそう思い、自身の中の血を滾らせた。

 

 

 

 ホーホーとふくろうが鳴く。満月は星空に高々と上がり、森の木々に静かに月光を送る。

 ロッジの扉が開き、そこからシャクシャインと信長が姿を現した。

「おいシャクシャイン、『夜まで待て』と言うから待ってやったが……ここから町までは相当にあるぞ? 俺のヘリを使うか?」

「不要。安心せよ。そこまで遠くはない」

 そう言うとシャクシャインは重々しい足取りで歩きだした。よく見れば、その手にはトランシーバーが握られている。誰かと連絡でも取っているのだろうか。

 信長はあえてそれについては尋ねず、別の事を聞いた。

「さて……そろそろ、俺に何を“おもてなし”するのか、教えて貰おうか」

 

 

 “おもてなし”

 セレベストにとって、この五文字には無限の意味が込められている。

 三ツ星シェフの料理、最高級ブランドの服、大粒の宝石──そんなものは“おもてなし”の入り口にすら立てぬセレブの世界でしか通用しない一般人の“おもてなし”である。

 社会的地位も、財力も、名誉も備えたセレベストにとってそれらは日常の延長線上でしかない。一般人にとっての朝食の食パンと、セレベストにとってのキャビアやフォアグラは同じなのだ。

 故に彼ら、彼女らはそんな常識的な“おもてなし”とは文字通り『次元が違う』戦いを繰り広げる。1本3,000万円のワインで風呂を沸かし、街中に半日で運河を造り、国家予算級の予算を投入して自身の身体を物理的に輝く程に磨き上げる。

 重ねて言うが“おもてなし”とは戦いである。“おもてなし”を仕掛ける側は己の持ちうる最大の贅沢(ラグジュアリー)賓客(ゲスト)に提供し、もてなされる側はそれに心を蕩けさせられぬよう全てを受けきり、耐えようとする。

 そして、もてなしが終わった時に『格上感(マウント)』を取った者が勝者となるのだ。

 審判もいない、ただ挑戦者と王者だけの戦いである。だがそれ故に、逃げる事も、また自分を騙す事も許されぬ。仮に格上感を感じながらそれを偽れば、嘘を吐いた者は生涯、敗北感に苛まされるのだ。それは死より恐ろしい運命である。

 そしてその“おもてなし”は、人間の根幹的欲求ほど激しい戦いとなる。では、シャクシャインが仕掛けようとしているものは──

 

 

「夜に“おもてなし”するものの中でも最も原始的(プリミティブ)な物。汝に供したいのは……“性”よ」

 シャクシャインの口元が歪む。笑ったようだ。その足は迷う事無く森の中の奥へと進んでゆく。

「……ハァ?」

 対して、信長はそれに続きつつも失望を露骨に露わにした。

 通常であれば、夜の接待ともなれば余程の清廉潔白でない限り嫌がる者はいない。

「つまらんのォ! わざわざ数時間待たせてそれか」

 しかし、この世のあらゆる楽しみを謳歌するセレベストにとって安易な性接待など無粋の極み。生半可なサービスではむしろ失礼にあたる行為なのだ。

「安心せよ。お主のその不満は吾への感謝の言葉へと変わる」

「フン……北海道で性と言えばアレか? ススキノのお店のNo.1(レディ)百人でも集めたか?」

「否」

「ならば……ロシア人か。海を越えた金髪美女を多数ご用意とかだな?」

「否。汝を倒すのにロシア人(フレシサム)の手は借りん」

「ほォう? それなら……(おとこ)か? まあオレも相手は出来なくないが……」

「否。そのような安易なものではない」

「だとすれば……人間以外か?」

「………」

 シャクシャインは答えない。信長はニヤリと笑うと言葉を続けた。

「図星か。だったら残念だったのう、それもオレは経験済だ……絶滅危惧種のメス・アムールヒョウの嫁がいてな、今度そいつの実家(くに)に行かなきゃならん」

「……クク」

 そこで初めてシャクシャインは、はっきりと笑った。

「何じゃ、図星を突かれて堪えたか?」

「否……随分と、つまらぬ経験ばかりしてきたものよな」

 首だけ曲げ、信長を振り返るシャクシャイン。その瞳には憐憫めいた感情が浮かんでいた。

「何ぃ?」

「如何な絶滅危惧種とはいえ、人に囲われた獣は既に獣にあらず。その程度しか知らぬ事を、吾は哀れに思う」

「言うたな。ではオヌシは何をオレに見せてくれると言うのだ?」

「直に分かる」

 そう言いつつシャクシャインは歩を進め、やがて木々の隙間からある場所が見えてくると信長に振り返った。

「……ここだ」

 

 そこは、自然が作り出した広場だった。

 まるで測られたように綺麗に森の中に広々とした草原が広がっている。月明りが頼りの暗い中ではあるが、草花は信長の膝下まで生い茂り、草の青々しい香りと花の芳醇な匂いが鼻孔をくすぐる。

「信長、汝は運が良い。この“おもてなし”は年に数度出来るかも怪しいもの。時期も最良だ」

 シャクシャインはそう言うと、トランシーバーを口元に近づけた。

「さて、では賞味(テイスティング)させてもらうとしようじゃねえか!」

 信長は大きく胸を張り、彼の仕掛けを待つ。夜風が吹き、信長の口髭を揺らす。

 

「その心意気や良し! 吾が“おもてなし”楽しんで頂こう! 信長、汝の相手はこの『大自然』そのものよ!」

 

 そう叫ぶとシャクシャインは口元にトランシーバーを当て、大きく息を吸った。

「……?」

 信長は怪訝な表情を浮かべた。何も聞こえない。

「……!?」

 否! 僅かだが、高い音が聞こえる! 人間の可聴範囲外の音を、口笛のように鳴らしているのだ!

「これは……動物呼びの笛?」

「左様! 我が神威観光グループと森林保護団体の尽力により、この森の中には密猟者避けのスピーカーがあらゆる所に配置されておる! そして……!」

 突如、地響きが鳴り響いた。否、これは足音だ。無数の動物たちが奏でる足音だ!

「お、おお……!?」

 森をかき分けて飛び出してきた大小の無数の影、シャクシャインと信長はそれに呑み込まれた。

 

「吾が大自然の中で培った“動物呼びの口笛(キンナカムイ・シナッチャ)”は、この森の全ての動物を誘導させることができる!」

 

 既に広場には、数百頭以上の森の鳥や動物が群れ集っていた。

 大きなものではヒグマや猪、中くらいのではシカやエゾシカや猿、小さいのではキツネやタヌキやイタチやテンやリス、鳥ならばタンチョウや鷲や鷹。それらが信長の周囲を埋め尽くしている。

「こ、これは!?」

 

 そして──それらの動物たちは、その場で一斉に交尾を始めたではないか!

 

「本来、個々の動物では微妙に異なる発情期! それが極めて稀に完全に重なる夜がある! それが今宵よ!」

 

 大木に押し付けられ、鋭い爪痕をつけつつ悶えるヒグマ!

 草陰で、奥ゆかしく腰を動かすキタキツネ!

 もはや種族の枠さえ超え、互いを慰めるタヌキとテン!

 たちまち広場は動物たちの猛々しい嬌声に満ちた!

 

「む?」

 その時、信長はその動物たちの中に妙に色の白い何かが動くのを見た。ゴリラ? 否、北海道に野生のゴリラなど居る筈が……

「……義昭!」

「ウホッ! ウッホホウ!」

 それは、確かに連絡の途絶えた足利義明であった。全裸で周囲に雌猿を侍らせ、人の言葉も発さずに雄たけびをあげている。

「それがそ奴の本来あるべき姿よ! 大自然に抱かれ、野生へと返ったのだ!」

 もはや姿も見えないシャクシャインの声だけが届く。

 しかし、信長は未だに彼の意図が見出せなかった。確かに森の動物が一斉に交歓する様は壮絶ではあるが、それで興奮するかと言えば余程のマニアでも無ければ……

「……何!?」

 そこまで考え、初めて信長は己の魔羅(ドリル)が既に天を向いて激しく熱を発している事に気付いた。

「ようやく気付いたか! この場には催淫作用がある草花や、強力な精力剤であるギョウジャニンニク(キト)が密集しておる! それを食った動物たちの交合によって分泌される愛の雫(サマンペ・ワッカ)により……」

「う、うおお!」

 体内が焼けるように熱い。信長はその熱を放出するようにスーツを、ズボンを、下着を脱ぎ捨てた!

「この場の空気自体が、医療用の勃起改善薬の数百倍の催淫効果を発揮する! これぞ神威観光裏接待奥義! 伝説の龍さえも交わりに加わると称された“龍夜(ドラゲナイ)”よ!」

「お、おお……!」

 生まれたままの姿になったからだろうか。今、信長は心身ともに完全に解放されていた。

 その瞳に映る景色は、同じの筈なのにまるで変って見えた。月明りしかない夜の森にも関わらず、まるで昼間のように明瞭だ。

 そして──目に映る全てが、今の信長にとって淫猥であった。

 

 ヒグマの逞しき尻とは、あんなにも魅力的だったろうか?

 猪の唇とは、あんなにも艶やかだったろうか?

 猿の乳房とは、あんなにも母性を感じるものだったろうか?

 キタキツネのモフモフは、あそこまで蠱惑的だったろうか?

 リスの丸まった尻尾には、何と言う豊満さが秘められていた事か!

 タンチョウの雪の如く白い毛並みは、何と嗜虐心を煽るものであった事か!

 

「うっ……うおおおっ!」

 ついに堪らず、信長は動物たちの群れの中に裸で飛び込んだ!

「こ、これは堪らぬ! 堪らぬぞおぉっ!」

 

 

 ああ……俺は今、大自然(グレート・ナチュラル)と交わっている……

 

 これが……大地母神(ガイア)か!

 

 

「……吾が事、成れり」

 動物たちの中に飛び込み、姿も見えなくなった信長にシャクシャインは背を向けた。

 大自然に日々鍛えられたシャクシャイン(とその上の熊)の身体はこの空気に耐性を持つが、それでも長時間居るのは堪えた。

「誇るがよい、信長。常人ならばひと息で狂う所をここまで耐えたのは汝が初めてだ」 

 会長が失踪したのだ。これで東京の「第六天魔」本社も森の買収どころではなくなるだろう。

「汝に恨みがある訳でも、セレベストの覇権とやらに興味があるでもない。全ては森を護らんがため。許せ……」

 シャクシャインは静かに手を合わせ、その場から歩き出した。

「状況が落ち着けば森から帰してやろう。それまでに人間のままで居られればだが……」

 

 

「おーい!」

 

 

「……!?」

 突如呼びかけられた背後からの声に、シャクシャインは身を凍らせた。

 

 

「おーい、シャクシャイン!」

 

 

「馬鹿な!?」

 それは間違いなく信長の声であった。

「(有り得ぬ! 一度理性を失ったならば、人の言葉すら忘れた獣となるはず!)」

 シャクシャインの頬に汗が浮かぶ。喉を鳴らし、思い切って彼は振り向いた。

「ちょっと電話のある所まで案内してくれんか? 動物(ヨメ)たちを運ばにゃならん!」

 そこには、様々な動物の体液──おそらくは本人のも含まれているのだろうが──に塗れた全裸の信長が、動物たちに囲まれながら堂々と立っていた。そして、魔羅(おとこ)も勃っていた。

「な……」

 言葉を失うシャクシャイン。対して信長はホッコリと笑いつつ言った。

「こいつら、オレが『仕事があるから東京に戻らんといかん』と言ったら『だったら付いて行く』と言って聞かんのだ!」

 そう言いつつ、信長は傍らのヒグマの喉を撫でた。

「クゥン……」

 するとヒグマは甘えた声をあげ、信長の手にスリスリとその濡れた毛を擦り付けた。

「ば、馬鹿(エタラカ)な……何故、動物たちを……」

「何故?」

 シャクシャインの問いかけに、信長はきょとんとして答えた。

(おとこ)(おんな)にゃ言葉は要らねぇ。だろォ?」

 

 シャクシャインの身体が震えていた。

 大自然に返すどころでない。既に信長は森の動物たちどころではない野生を秘め、それでいてセレベストとしての姿を保っていたのだ。

 それは人間に達せられる領域ではない、(カムイ)の領域だ。

 正に、焼ける程の熱さを持つ──火の神(モシリコルチ)

 

「おお……吾は、何という事を……!」

 シャクシャインの瞳から涙が溢れる。流れるように彼は背中の熊共々、信長に土下座した。

「貴方を神と知らず、何と言う無礼を働いた事か……神の決断ならば、この森の全てを差し上げます。何なりと、自由にお使いください」

 身長2mの巨大な背中が震えていた。横の熊が「せめてもの慈悲を」と信長に嘆願の視線を送る。

「………」

 

 信長は無言でシャクシャインに手を差し伸べ──

 

 その背を、優しく撫でた。

「計画は白紙だな」

「え……?」

 顔を上げるシャクシャイン。

 信長は彼にホッコリと笑いかけた。

動物(よめ)(じっか)は、壊せねえよ」

「信長、様……!」

 シャクシャインは涙を流しつつ、深々と頭を下げた。

 

 

 かくして、北海道の大自然を征した信長!

 しかし、世界には未だに数多のセレベストが虎視眈々と牙を磨いている!

 彼らの全てを包み込み、セレベスト界を統一するまで信長の戦いは続く。

 信長はゆく! 熱く、雄々しく、そしてホッコリと!



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