水底の恋唄   作:鎌井太刀

11 / 19
 大変お待たせしましたー(SAN値回復)


★第十一話 世界だって救えるんじゃないかって

◇◆◇◆◇

 

 

 懐かしい夢を見た。

 

 それは寒さに震える冬の日の事。

 しんしんと雪が降る灰色の空を、ただ一人見上げていた。

 

『ねぇキュゥべえ。もしもあたしが魔女を狩るのをやめたら……あたしも、みんなと一緒に死ねるのかな?』

 

 傍らにいる白い妖精は、何も答えてはくれなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『――冗談に決まってんじゃん』

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 ホテルの一室で目覚めた<佐倉杏子>は、自らの頬に手を当てる。

 そこには冷たく湿った跡があった。

 

(……昔の夢を見るのなんざ、久しぶりだな)

 

 瞼を擦り大きな欠伸をすると、ぐぅっと腹の虫が鳴った。

 

 

 佐倉杏子は歴戦(ベテラン)の魔法少女だ。

 魔女と戦い、魔女の種子(グリーフシード)を集め、生きる為の糧を得る。

 そんな毎日を過ごしている。

 

 そこにかつて夢想していた正義はなく、ただ自分が生きていく為の都合だけが存在していた。

 妙な拘りや下らないプライドさえなければ、大抵の物事は魔法で解決できる。

 

 欲しい物は金だろうが食べ物だろうが盗めば良いし、住む場所だって今いるホテルのように不自由する事はない。

 

 魔法という力はそれを容易にする。

 それが見知らぬ誰かの迷惑になっているのだとしても、顔も知らない他人がどうなろうが杏子の知った事じゃなかった。

 

 何の後ろ盾もない少女が生きていく上で、魔法は非常に便利な手段だ。

 だからいつでも魔法が使えるように、魔女を狩って魔力の源である魔女の種子(グリーフシード)を蓄えておく。

 

 それが杏子にとっての生きる術で、そこに魔法少女として誰かを守ろうなどという意識は欠片も存在しなかった。

 

 杏子は下着姿のまま洗面所へと向かった。

 そこで顔を洗い、寝癖でぼさぼさになった頭を慣れた手付きで梳かしていく。

 赤色の長髪を、頭の後ろでざっくりとポニーテールに纏めた。

 

 鏡の中の自分は、寝起き特有の不機嫌そうな釣り眼でこちらを睨んでいる。

 何となくにっと笑ってやると、鏡の中の自分も獲物を見つけた猫の様な顔を浮かべた。

 

 世間一般から見ればかなりアウトローな生き方をしている杏子だったが、身嗜みにはそれなりに気を使っている。

 

 家族もなく、学校にも行っていない身の上だが、わざわざ汚い格好をするほど酔狂じゃない。

 魔法があるとはいえ、大衆の中に紛れて生活するにはそれ相応の格好でいた方が色々と都合が良いのだから。

 

 部屋の中に昨夜から干してあった服を着て、確保してある食料の中から適当な朝食を見繕う。

 

 暇潰しで遊ぶための金と、食うに困らないだけの食糧、寒さに震えずに済む寝床。

 それさえあれば特に不満はないし、困る事もない。

 

 取り立てて幸福だと言えるような境遇でもないが、不幸だと絶望するほどでもない。

 

 将来の展望だとか、魔法少女としてのこれからだとか、そんな賢しげな事は考えるだけ無意味だ。

 刹那的な生き方だが、杏子の性には合っていた。

 

 ――たとえ、いつか魔女に殺される日が来るのだとしても。

 

 それもまた自分に相応しい自業自得の結末だろうと、杏子は割り切っている。

 

 過去の出来事から「自分の為だけに生きる」と誓った杏子は、今を面白おかしく生きられればそれで良かった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 杏子が縄張りにしている<風見野市>は、見滝原の隣に位置している。

 風見野の魔法少女は杏子の他にも存在しているが、今ではそれぞれの縄張りで住み分けが出来ている為、魔女が枯渇するような事態には早々ならない。

 

 使い魔を放っておけば人間を喰らい、やがて魔女へと成長し、それを魔法少女が狩る。

 そうして魔女から得られた魔女の種子(グリーフシード)は魔法少女の魔力の源になった。

 

 魔女に成長する前の使い魔を殺した所で、魔法少女にとっては魔力を浪費するだけで何の成果も得られない。

 あるとすれば、人を襲う前に倒せたという僅かな自己満足のみ。

 

(ヒーローごっこやってるんじゃないんだからさ、タダ働きはごめんだよ) 

 

 少しでも損得を計算できる頭があれば、成長した魔女だけを狩った方が良い事は明白だ。 

 

 使い魔を意図的に放置して魔女に育てているような物だが、安定して魔女の種子(グリーフシード)を手に入れる為には、このやり方が一番効率が良かった。

 

 生真面目な魔法少女ならば、使い魔も魔女も同じく人を襲うのだからと無差別に狩るのだろうが、杏子にしてみればそれはド素人のやり方だ。

 

 心得のある釣り師ならば稚魚を逃がすのに、何も知らない素人は手当たり次第に持っていくのと同じこと。

 

 わざわざ飯の種となる使い魔を殺す真似は避けて当然。

 なのに卵を産む鶏を殺し、実を付ける前の作物を焼くような真似は馬鹿がする事だ。

 

 偶にそれを勘違いした新人魔法少女が現れたりもするが、杏子が何度か実力で説得してやれば素直になった。

 強情な奴だろうが何度か適当に痛めつけて追い払ってやれば、少なくとも杏子の縄張りが荒らされることはない。

 それでも懲りないような馬鹿とは、幸運にも今まで遭遇した事がなかった。

 

(遊び感覚でうろつかれるのが一番腹立つんだよな……)

 

 弱いくせにちゃらちゃらしたお題目を掲げて、いかにも自分は正しい事をしていますという態度が一番癪に障る。

 その癖、杏子に倒されると負け犬の様に怯えた顔を見せる軟弱者。

 

 誰も彼も、()()()みたいに強くなれない。

 いるのはどうしようもない紛い物ばかりだ。

 

 所詮この世は弱肉強食。

 弱い奴が食い物にされる世界だ。

 

 それを救おうなどと勘違いした馬鹿から身を滅ぼしていくのだと、杏子は知っていた。

 

 

 

 平日の昼間という時間帯のせいか、行きつけのゲーセンの中はガランとしており客の姿は殆ど見えない。

 それでも複数の筐体から発せられるBGMが反響して混ざり合い、静謐とはほど遠い空間と化している。

 

 同年代の少女達が学校に通っている時間帯にも関わらず、杏子は堂々と遊び歩いていた。

 だがそれを咎める者もいなければ、罰する者もいない。

 

 何故なら<魔法少女>である彼女を縛る事など、同属である魔法少女以外の誰にも出来はしないのだから。

 そんな風に自由気ままに過ごしていた杏子は、不意に現れたキュゥべえから、とある魔法少女の訃報を知らされた。

 

 

「――<巴マミ>が殺された」

 

 

 それまで彼の話を適当に聞き流していた杏子だったが、その一言だけは喧騒の中、やけにはっきりと聞こえた。

 

「……っかしーな、あたしの聞き間違いか?」

 

 ほんの僅かに手元の操作が狂い、クレーンゲームのアームが景品である特大菓子を空しく掠るだけに終わる。

 小さく舌打ちすると、杏子はそれまでのおざなりな態度とは打って変わり、険しい顔でキュゥべえを見下ろした。

 

「おい、もういっぺん言ってみなよ。――誰が、くたばりやがったって?」

「何度聞かれても答えは変わらないよ。巴マミが殺された事実はね」

 

 杏子の問いに、キュゥべえは苛立たしいほど冷静に答えを返した。

 相も変わらず得体の知れない小動物を睨み付けると、杏子はポケットの中からスナック菓子を取り出し、一本口にくわえる。

 

「……はんっ、マミの奴、とうとう逝っちまいやがったか。

 で、相手はどんな魔女か判ってんのか?」

 

 口では死んだ巴マミの事を嘲笑いながらも、杏子の腹の底にはムカムカとした苛立ちが燻り続けていた。

 

(いつかこういう日が来るってのは……分かってたはずなのにな。

 それでもアイツだけは特別なんだって、どこかで思ってたのか)

 

 過去の因縁もあり、杏子は<巴マミ>に対して複雑な感情を抱いている。

 ある意味ライバル関係ともいえる相手の突然の死去に、杏子も無関心ではいられなかった。

 

 佐倉杏子は自身の事を、極めて利己的な魔法少女だと認識している。

 巴マミみたいに「誰かの幸せのため」だとか「他人の命を救うため」だとか、そんな理由で魔法は使わない。

 

 自分が手に入れた魔法は、ただ自分の為だけに使う。

 だからこそ、どこまでも「正しい魔法少女」である巴マミとは相容れなかった。

 

「マミを殺したのは魔女じゃない。正真正銘のイレギュラーだ」

「はぁ? イレギュラー? ……どういうことだよ」

 

 キュゥべえは巴マミが殺された一連の出来事について、その概要を杏子に語った。

 

 見滝原市に潜む【世界を滅ぼし得る怪物】の存在。

 そしてそれを守護する【規格外の魔法少女(イレギュラー)】が現れた事を。

 

「僕も予想外だったよ。まさか人類でアレを守護する存在が現れるなんて、想像だにしていなかった。とてもじゃないが、正気とは思えないね」

 

 怪物を守る少女。

 杏子にしてみれば、誰かの為に戦うだけでも馬鹿らしいのに、怪物を守っていると聞かされても理解不能だ。

 理解したくもないし、そんな奴の事情などどうでも良かった。

 

「マミを殺したイレギュラーの名前は<美樹さやか>。

 彼女は通常の契約とは全く違う、いわば非正規の手段で魔法少女になった、君達とは似て非なる存在だ」 

「なんだそれ。魔法少女ってんなら、そいつもアンタと契約したんじゃないのかよ?」

「いいや、彼女に関して僕は一切干渉してないよ。

 恐らくだが、彼女の側にいた<怪物>が自分の身を守るために、その場にいた彼女を作り替えたんだと思う。

 アレの能力を考えるなら、そのくらいの芸当はやってのけるだろう」

 

 怪物の手によって生まれ落ちた規格外(イレギュラー)の魔法少女。

 姿形こそ他の魔法少女と似通っているが、その本質は最早別物だとキュゥべえは語る。

 

 それは魔法少女としてド素人であるはずの少女が、契約直後にベテランである<巴マミ>を殺害した事からも明らかだ。

 

「つまりマミの奴は、そのトチ狂ったイレギュラーに殺されたってわけか?

 怪物退治にのこのこ出て行って、同じ魔法少女に殺されてりゃ世話ないぜ」

 

 杏子は巴マミの実力をよく知っている。

 魔女が相手ならば、彼女が負ける姿を想像する事ができないくらいに。

 

 彼女の持つ知識と経験は、ただ闇雲に戦うだけの魔法少女達とは一線を画している。

 だが同時に、どんなにイレギュラーだろうが魔法少女になったばかりのド素人相手に負けたと聞いて、どこか納得もしていた。

 

 甘ちゃんのマミの事だ。

 同じ魔法少女を相手に殺意のない攻撃でも仕掛けて、致命的な隙でも晒したのだろう。

 怪物を守るような狂人相手に手加減するなど、自殺行為でしかないというのに。

 

 誰かを救おうなどと勘違いした馬鹿から死んでいく。

 それはあの巴マミも例外ではなかった、という事だ。

 

(にしても、世界を滅ぼす怪物ねぇ……コイツが今までこの手の下らねぇ冗談を言った事はねぇし、マジだとするとかなりヤバいか?)

 

 唐突にそんな怪物が登場したと言われても、杏子にしてみれば「だから?」としか言い様がない。

 

 そんな簡単に世界を滅ぼせるものならやってみなよとも思うし、もしも本当に可能ならば、そんな怪物の相手は杏子の手に余る。

 

(まだ怪物が<覚醒>するまでの時間はあるらしいが、コイツの言ってる事、いまいち信用できないんだよなぁ……実際、コイツが唆したせいでマミの奴が死んだとも言えるわけだし)

 

 八つ当たりだと分かっていても、キュゥべえを見る目が険しくなるのを抑え切れない。 

 とはいえ、イレギュラーが現れた事はキュゥべえにとっても本当に想定外だったのだろう。

 

 世界を滅ぼす怪物と、それを守る魔法少女。

 どちらも杏子の理解を超えている生き物だ。

 

(……ほんとに死んじまったんだな、マミの奴) 

 

 

 

 

 思い出すのは過去の記憶。

 苦しくも確かな幸せがあった、今よりも少しだけ幼かった頃の自分。

 

 佐倉杏子と巴マミは、かつてコンビを組んでいた。

 当時から既にベテランの魔法少女だったマミと、契約を結んだばかりで魔法少女としては新人だった杏子。

 魔女との戦いの中で二人は出会い、そして杏子はマミの弟子となった。

 

『あたしを、マミさんの弟子にしてもらえないかな?』

 

 巴マミは他の魔法少女達とは違う。

 魔女との戦いを分析したり、魔法の使い方を研究をしたり、戦いにおいての心構えもしっかりと持っている。

 

 何より、実戦においても強くて頼りになる。

 こんなにもすごい魔法少女がいた事に杏子は驚いた。 

 

『あたしとマミさんのコンビだったら、向かうとこ敵なしだよね!』

『もう……油断は禁物よ』

 

 突然弟子入り志願した杏子を、マミは快く受け入れてくれた。

 それから二人は魔法少女の先輩と後輩として組む様になった。

 

 彼女はどこを取っても杏子の理想だった。

 戦いに対する姿勢も、魔女と戦う姿も、杏子が憧れた<魔法少女>の姿そのものだ。

 二人で戦えば、どんな魔女が相手でも負ける気がしなかった。

 

『今のあたし達ならさ、<ワルプルギスの夜>だって倒せるんじゃないかな』

『ワルプルギスって、あの……?』

『そう、魔法少女の間で噂されてる超弩級の大型魔女』

 

 ――<ワルプルギスの夜>。

 

 それは全ての魔女達の頂点に君臨する規格外の災害。

 通常の魔女とは異なり、結界の奥に身を潜めることもなく、周囲に破壊の嵐をもたらす。

 魔法少女達にとって最悪の強敵だ。

 

『こう言っちゃ大袈裟かもしれないけど、あたし達だったらそんな大物魔女だろうと目じゃないって』

 

 まだ未熟だった頃の杏子は、ニカリと笑って言った。

 

 

 

『――世界だって救えるんじゃないかって、そう思うんだよね』

 

 

 

 思い返すほど何とも青臭く、現実の見えていない台詞だった。

 けれどもあの時は確かに、世界だって救える気がしていたのだ。

 

 それは杏子の家族がまだ健在で、隣には頼れる先輩がいて、未来には希望があった頃の話だ。

 

(他人のため戦ったって一銭の得にもなりゃしねぇってのに。その挙げ句に死んじまったら、一体それに何の意味があるんだよ)

 

「…………バカ野郎が」

 

 杏子はゲームセンターを後にする。

 目指すは風見野を越え、見滝原市へ。

 

 誰かの為に戦うなんて真っ平ごめんだ。

 いつも通り、自分が生きる為にその障害となる敵を排除する。

 だからこれは自分の為だけの戦い。

 

 赤の魔法少女は、怪物とイレギュラーの巣食う魔境へと向かう。

 

「要はさ、全部ぶっ潰しちゃえばいいんだろ?

 そのイレギュラーって奴も、世界を滅ぼす怪物だとかも――あたしが纏めて瞬殺してやるよ」

 

 ついでに世界とやらを救ってみるのも悪くない、と杏子は酷薄な笑みを浮かべる。

 

 

 

 そんな杏子の後ろ姿を、卵孵器(キュゥべえ)はガラス玉のような目で見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回、ほむサイド。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。