水底の恋唄   作:鎌井太刀

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ほむほむ探索パート。


第十五話 まどかさえ無事なら、それでいい

◇◆◇◆◇

 

 

 志筑仁美と別れた後、ほむらは捜索ついでの魔女狩りを続けていた。

 その成果は上々であり、しばらくグリーフシードに困らないくらいの蓄えはできた。

 

 だが肝心の「まどか達の捜索」に関しては完全に手詰まりであり、続きは翌日に持ち越す事となった。

 今度は仁美から知らされた情報を念頭に、美樹さやかの周辺をもう一度最初から洗ってみるつもりだ。

 

 

 だが翌日――始業時間が近付いても、仁美が教室に姿を見せる事はなかった。

 

(……遅刻? でも昨日の今日だし、何かあったのかしら?)

 

 ほむらは嫌な予感を覚える。

 

 あの自殺未遂の後、仁美は真っ直ぐに帰宅したはずだ。

 もしかすると精神的に不安定になっていて、今日は休んでいるだけなのかもしれないが。

 

 そんな事をほむらが考えていると、仁美不在のまま担任教師が教室へ入ってくる。

 いつもより遅れて来た担任の顔には、沈鬱な表情が浮かんでいた。

 

 それを見て、ほむらの予感が確信へと変わる。

 その後のHRで語られたのは、案の定と言うべきか――志筑仁美が行方不明になった報せだった。

 

「志筑さんの行方に心当たりのある人は――」

 

(まさか、彼女までいなくなるなんて……)

 

 鹿目まどか、美樹さやかに続き、この教室だけでも三人目の失踪者だ。

 クラスメイト達は不安からか口々にざわめき、様々な憶測を交わし合っている。

 そんな喧騒の中に埋没するように、ほむらは沈思する。

 

(あれから彼女に何が起こったのかしら? ……やはりこの街には、()()()()のかしら?)

 

 仁美の性格から「真っ直ぐに帰る」との言葉を反故にするとは考えにくい。

 ならばその帰り道の最中に、彼女の身に何かが起こったのだろう。

 

 仁美と最後に会ったのは、時間的に考えてほむらの可能性が高かった。

 だがここでほむらが名乗り出て、事情を説明するわけにもいかない。

 そんな事をすれば何故ほむらが出歩いていたのか、仁美とどんな会話をしたのかなど、話せない事が多すぎて不審を買うだけだからだ。

 

 この見滝原には、正体不明の殺人鬼が潜んでいる――そんな噂がまことしやかに囁かれるくらいに、今なお行方不明者の数は無差別に増え続けている。

 明らかな殺害現場は『巴マミ』以降なくなったらしいが、それでも不審な現場は多数見つかっていた。

 

 事件の詳細が不透明な為、これまでは学校側も判断を迷っていたらしい。

 犯人の目星も、行方不明者の安否も分からず、さらには解決する目途も立っていない。

 その為学校もこれまで通り開いていたが、今朝方仁美の実家から連絡が入った。

 

 殺された巴マミ。

 安否不明の鹿目まどか、美樹さやか。

 そして新たに行方不明となった志筑仁美。

 

 恐らく四人目となる犠牲者に、学校側もついに臨時休校にする判断を下したようだ。

 担任がHRに遅れて来たのは、ギリギリまで職員会議を行っていたからだろう。

 

 くれぐれも遊びになど出かけず、自宅待機するようにと担任から告げられる。

 そして最後にもう一度、担任は新たな欠席者が誰もいない事を確認していた。

 

 教え子が三人も行方不明になったせいか、その目の下には化粧で誤魔化しきれないほどの濃い隈が浮かんでいる。 

 

(……流石にもう、悠長に登校してる場合じゃないわね)

 

 一通りの諸注意を述べ終えた担任が教室を出て行くと、どこか浮足立った雰囲気が教室内に満ちた。

 それはこのクラスだけではなく、他の教室からも同じ様な喧騒が聞こえていた。

 

 流石に大人達は落ち着いた様子どころか、この非常事態に頭を痛めている様子だ。

 しかし生徒である子供達にとっては、そんな事情など知った事ではないのだろう。

 

(呑気なものね……クラスにいる誰もが他人事って顔してる。

 クラスメイトが三人もいなくなったのに、危機感が薄いわ)

 

 現在、明確に殺害されたと判明しているのは、上級生である巴マミのみ。

 他の行方不明者である鹿目まどか、美樹さやか、志筑仁美はそれぞれ仲の良い友人達だった。

 

 だからそういう事なのだろうと、無意識に「自分達とは違う」と安心しているのだ。

 友達同士で家出でもしているのか、少なくとも自分達とは事情が違うのだと無根拠に信じている。

 

 『授業が潰れてラッキー』とはしゃぐくらいならまだ可愛いもので、隠れて遊びに出かける相談をしている生徒の姿もチラホラと見かけた。

 

(……まぁ、どうでもいいわね)

 

 そんな彼らを尻目に、ほむらは早々に教室を後にする。

 一緒に帰らないかと声を掛けてくれる生徒もいたが、ほむらはそっけなく断った。

 

 こうなった以上、もうクラスメイト達に構っている暇はない。

 たとえこの後どうなろうがそれは当人の自己責任で、好きにすればいいとほむらは内心で切り捨てていた。

 

(私は……まどかさえ無事ならそれでいい)

 

 暁美ほむらはただ一人、鹿目まどかの無事だけを祈っていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 学校から解放されたほむらは、早速美樹さやかの自宅へと向かった。

 これまでのループで場所だけは把握していたものの、実際に訪問したのは初めての経験だった。

 

「…………さやかのお友達?」

 

 チャイムを押してしばらくすると、さやかの母親が家の中から姿を見せた。

 やはり母親というだけあり、娘とよく似た顔立ちをしている。

 

 だがその顔色は青白く、血の気が失せていた。

 ほむらは真面目なクラスメイトを装って、さやかの母親に探りを入れてみる。

 

「はい。美樹さんの事が私、どうしても心配で……あの、美樹さんがいなくなる前、何かおかしなことはありませんでしたか?」

「……知らないわ」

「何でもいいんです、どんな些細なことでも気付いたことがあれば。どうか、お願いします」

「……知らないわ。帰って頂戴」

 

 淡々と繰り返される返答に、ほむらは奇妙な違和感を覚えた。

 

 娘の事を無遠慮に聞いた事に憤っているのならばわかる。

 疲れ果てた諦観が籠っているのなら、それも理解できる。

 

 だが機械的に淡々と繰り返される返答には、まるで人間味が感じられなかった。

 その目も微妙に焦点が合っておらず、彼女からは意思というものが余りにも感じられない。

 

 不審に思ったほむらは、さやかの母親に対して魔力の反応を探る。

 すると不自然な魔力の痕跡を発見してしまった。

 

(なに、これは――ッ!?)

 

 それと同時に突如、さやかの母親が襲い掛かってくる。

 だが一般人である彼女と、魔法少女であるほむらでは素の身体能力が違い過ぎた。

 

 驚いたが、瞬時に変身して逆に組み伏せて気絶させる。 

 するとよりはっきりと残された魔力を感じ取れた。

 

「……これって暗示とか、そういう類いの<魔法>よね?」

 

 魔力を感じるという事は、原因は魔法――つまり魔法少女が関係しているのだろう。

 魔女や使い魔の仕業なら<口付け>があるはずだが、見当たらないという事は魔法少女の仕業に違いない。

 

 この顔色の悪さは、娘の心配だけが原因ではなさそうだ。

 ほむらには詳しく分からないが、妙に痩せ細っているのも気になった。

 組み伏せた時の体の異様な軽さ、まるで中身がスカスカの人形を相手にしているかのようだった。

 

 ほむらは人目に付かない様に、家の中に気絶している母親を運び込む。

 完全に不法侵入であり犯罪者の行動そのものだが、緊急事態なのだからと心の中で棚上げしておく。

 

 ついでに何か手掛かりが残っているかも知れないと、ほむらは若干の罪悪感を覚えつつ、美樹さやかの私室を目指して探索を行う。

 

 

 

 ――そこでほむらは、一面の赤を目の当たりにした。

 

 見る者に狂気を感じさせずにはいられない、感性の狂った異端の領域。

 魔女の結界ともまた違う、人に似ているが故に致命的に乖離してしまった、生理的な気持ち悪さを覚えずにはいられない空間だった。

 

 とても人間が生活できるような場所とは思えないのに、まるでつい先日まで普通に生活していたような痕跡が多数残されている。

 果実の腐ったような甘さと、吐瀉物のような饐えた臭いが部屋中にこびり付いていた。

 

 ほむらは確信する。

 最早疑惑などではない。

 

 消えた鹿目まどかと、志筑仁美。

 魔法で操られた美樹さやかの母親。

 そして目の前の、赤で塗り潰された狂気的な部屋。

 

 今回の騒動、その中心人物は間違いなく『美樹さやか』だ。

 犯人か、それでなくても近い場所に彼女はいる。

 

「美樹さやか、あなたは一体……」

 

 早々に部屋を出たほむらは、額に冷や汗を流して独白する。

 既に完治したはずの心臓がうるさいくらいに脈打っていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回辺りにまどかとの再会です()

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