水底の恋唄   作:鎌井太刀

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 推敲が足りな過ぎてゲロ吐きそう(白目)
 とりあえず年内に完結させたいので、一先ず投稿します。


★最終話 あたし今、最高に幸せだよ

◇◆◇◆◇

 

 

 激昂する美樹さやかだったが、彼女はほむらから大きく距離をとった。

 そして腕に抱えた「まどかだったモノ」を、丁寧な所作で地面にそっと横たえる。

 まるでこれからの戦いに、大切な親友を巻き込むわけにはいかないとばかりに。

 

 その眼差しが、その思いやりに満ちた行動が、ほむらには理解できない。したくない。

 狂っているなら、いっそ何一つ理解できないでいて欲しかった。

 

 そんな……誰かを大切に想う心など、見せないで欲しい。

 まどかをあんな姿にしたのは、間違いなく彼女だというのに。

 

「――涙なんか、流さないでよ!!」

 

 さやかの目から、涙が溢れている。

 ほむらのそれと同じ――大切な少女の死を、心の底から悼んでいた。

 

 その事実が何よりも許せない。

 ほむらは彼女に対して、もはや何一つとして容赦するつもりがなかった。

 目の前の狂人が一分一秒だって息をしている事実に耐えられない。

 

 彼女の流す涙。

 それはまどかの死すらも冒涜していた。

 

(美樹さやか――お前だけは絶対に許さない!!)

  

 ほむらは時を止め、美樹さやかの周囲に回避不能なほどの爆薬を敷き詰める。

 殺傷力の高い物をありったけ使い、それでもなお足りないと銃弾で一分の隙もないほどの牢獄を作り出した。

 

 時の止まった世界で放たれた弾丸は、白い軌跡を残して動きを止めている。

 灰色の世界の中、放たれた無数の弾丸は全て美樹さやかに向かって収束していた。

 それは場違いにも雪化粧を施された針葉樹を思わせる、暁美ほむらの殺意の結晶。

 

 そして時は動き出す。

 まず初めに無数の弾丸が美樹さやかの体を粉微塵に破砕し、寸毫遅れて爆薬の信管が作動する。

 細切れになっていた肉体を塵も残さないとばかりに吹き飛ばすと――美樹さやかは、跡形もなく消滅していた。 

 

「……………………これで、終わったの?」

 

 あまりにも呆気なさ過ぎる戦いの幕切れ。

 戦いの余熱が燻る中、ほむらは偏執的なまでに怨敵の姿を探した。

 だがあれほどの火力に曝されて、いくら魔法少女といえども原型を留めていられるはずがない。

 

 時間停止の固有魔法と近代兵器による飽和攻撃を突破するには、『ワルプルギスの夜』並みの馬鹿げた耐久力が必要だ。

 どんなに狂ったイレギュラーだとしても、相手も同じ『魔法少女』の延長線上にいるのだから、いくらなんでも耐えられるはずがない。

 

 ――そんなほむらの認識は、致命的なまでに甘かった。

 

 美樹さやかの死を確信した瞬間、ほむらの足元から黒い粘液が突如として湧き上がる。

 それはほむらの四肢を拘束し、一切の身動きを封じてしまう。

 流体でありながらゴムのような強靭さを持つ粘液に捕らえられ、ほむらが魔法でいくら身体能力を強化しようともその縛めから逃れる事は叶わない。

 

(なんでっ……あいつは確かに殺したはずなのに!?)

 

 魔法少女は契約時に願った祈りによって、得られる能力に違いが生じる。

 例えば癒しの奇跡を願えば、回復の魔法に適正を得るなど。

 個人の資質と併せて唯一無二の固有魔法(マギカ)へと変わった。

 

 だからこそ、ほむらには理解できなかった。

 たとえ美樹さやかが今回も『癒しの奇跡』を願っていたのだとしても、目の前で起きたそれは、もはや回復力などという次元ではない。

 

 いくら魔法少女といえどもここまでの再生能力など有り得ない。

 そもそも彼女のソウルジェムごと砕いて吹き飛ばしたはずだ。

 

 美樹さやか――彼女は明らかに魔法少女の理から逸脱していた。

 

 だがほむらは、この期に及んでも知らなかった。

 外宇宙からやってきた異形の姫君――沙紀の正体を。

 彼女が契約の際にさやかへと施した、過保護なまでの愛情を。

 

『わたしのさやかは、絶対に負けない。

 誰にも……神様にだって、傷付けさせない』

 

 沙紀は既に『魔法』に関しての解析を終えていた。

 その技術力は、既に卵孵器のそれと遜色ない領域にまで高まっている。

 

 そもそも彼ら<卵孵器(インキュベーター)>は、宇宙から失われていく熱量を補填するために創造された種族であり、その行動には様々な制約が課せられていた。

 人類に対して過度の干渉を禁じられ、『契約』という形で熱量を収集しているのもその為だ。

 

 けれども沙紀には、そんな制約など何一つ関係なかった。

 さやかの為に必要な物があるのなら、それを使う事に一切の躊躇いなどない。

 

 そして沙紀は偶然にも、鹿目まどかという『異常なまでの魔力係数を持った個体』を既に手に入れていた。

 ならば必然――()()()()()()()()()()()()()()は、全てさやかの為に使われる。

 

 それは宇宙の理さえも変えうるほどの、途方もない力だった。

 何故『鹿目まどか』のような平凡な少女が、こんなにも莫大な因果を抱えていたのか、沙紀には分からない。

 

 だがそれが利用可能な力であるならば、理由など沙紀にはどうでも良かった。

 さやか一人の為に、沙紀は余すことなくまどかの抱えた魔力係数(リソース)を使い果たす。

 

 沙紀が種族的に持っている驚異的な処理能力。

 それを限界以上まで酷使することによって編まれた超越の理。

 

 それはさやかを『希望と絶望の輪廻(魔法少女システム)』から解脱させ超人へと至らせる。

 美樹さやかは既に、魔法少女とは別の存在へ成り果てていた。

 

「……あたしは、沙紀の為なら何度だって立ち上がれる!

 お前ら肉塊(バケモノ)なんかにあの子は絶対に触れさせない!!」

 

 さやかは脈動する魔剣を構えた。

 それに対処するためほむらが再び時間を止めようにも、黒い粘液によって身動きは封じられてしまっている。

 

 さやかの魔剣から、歌声が上がった。

 それは耳朶を腐らせ脳髄を破壊する冒涜的な音階。

 魔王が作曲したと言われても納得するだろう狂気の調べ。

  

(な……に、が……)

 

 暁美ほむらは、その意識を暗転させてしまう。

 目覚めた時には、()()()()()()()()()とも知らずに。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 一度は取り逃がしてしまった肉塊だったが、さやかは今度こそ逃がさなかった。

 魔剣で串刺しにしても良かったのだが、ここは避けようのない広範囲な遠距離攻撃を選択した。

 

 流石にいきなり穴だらけになったり、爆発したのには驚いたが、沙紀と契約して魔法少女になったさやかには無意味だった。

 さやかにとって、自分の体がゾンビのようになっていたとしても構わなかった。それで沙紀を守れるのであれば。

 

 もしも今のさやかを完全に殺したいのであれば、それはきっと沙紀を守れなかった時だけだ。

 沙紀のいない世界に意味などなく、その時こそ『美樹さやか』の死を決定付けるだろう。

 

 肉塊が放った正体不明の攻撃に耐え抜くと、お返しとばかりに音響攻撃を放った。

 さやかの魔法が乗せられた<剣の歌>は、肉塊の意識を綺麗に刈り取ってくれた。

 

 これも狩りで修得した魔法だ。

 殺さずに血抜きをしたり、獲物を美味しく解体するために使い勝手の良い魔法だった。

 

(せめてこのくらいの報酬はないと……大損も良いとこだよ)

 

 さやかは肉塊共のせいですっかりと荒れ果ててしまった我が家を眺める。

 もはや荒れたというよりも、綺麗さっぱりなくなっていた。

 

 番犬代わりの魔女達も全滅してしまった様だし、また新しく作り直さなくてはならない。

 これからの事を考えて、さやかは深く溜息を吐いた。

 

「……さやか、もう終わったの?」

「沙紀……危ないから避難しといてって言ったのに」

 

 避難していたはずの沙紀が、事態が終息したのを感じ取ったのか表に顔を出した。

 母家から少し離れた場所の地下に、こういう時のための避難シェルターを予め建造していたのだ。

 

「でも、さやかのこと、すごく心配だったし……わたしにも出来る事があるんじゃないかなって思って。……まどかの事は、ごめんなさい。一緒に連れていけなかったの」

 

 沙紀は隠し通路を通って、シェルターへと避難していた。

 だがあまりにも急な事態だったので、結果的にまどかを囮にする形になってしまった。

 

 沙紀としても、これは不本意な結果だった。

 微塵も意図してなかったと言えば嘘になるが、さやかに嫌われてしまう可能性のある行いなど、極力したくなかったのは本当だ。

 

「……いいんだよ。沙紀が無事なら」

「でも、さやか。まどかのこと大切だったんでしょ?」

 

 上目遣いでさやかの事を見上げる沙紀の頭を、さやかはやや乱雑に撫で回した。

 

「わわっ!?」

「もちろん大切だよ。だってまどかは、あたしの親友だもん。

 でもね、どれほど大切な親友だったとしても……沙紀の事が一番大切なんだよ。

 こんなあたしの事、沙紀はひどい女だって思う?」

「……ううん、そんなことないよ。

 それを言うなら、沙紀だって悪い子だよ。まどかを置いて一人で逃げちゃったんだから」

「それは仕方ないよ。沙紀に何かあったらあたし、どうにかなっちゃいそうだもん。だから沙紀は、自分の身の安全だけを考えていて。それがあたしの一番の望みだよ」

 

 美樹さやかは、大切なものをたくさん失ってしまった。

 

 大切な友人、両親に初恋の人。

 そして今、親友すらも失ってしまった。

 

 それでもたった一つだけ、さやかに残された希望。

 沙紀がいてくれるなら、さやかはそれ以上の幸せを望まない。

 

 沙紀を見つめる。

 彼女を見ているだけで、さやかの胸は愛しさでいっぱいになった。

 

 そんな沙紀の胸から――真っ赤な槍が生えた。

 見ればさやかが倒したと思っていた肉塊(杏子)が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 美樹さやかとの戦いの中、杏子は固有魔法による<幻術>を最後の最後で使い、上手く殺された振りをしていた。

 

 自身の願いを否定し、これまで使えなくなっていた杏子の固有魔法(マギカ)

 それをほんの一時とはいえ、再び使用したのだ。

 

 それからの杏子は、姿を隠してこれまで機会を窺っていた。

 既に杏子の身体は満身創痍であり、魔力も底を尽きかけている。

 頼みのグリーフシードなどとっくに使い果たしていた。

 

 あの『美樹さやか』とまともに戦って勝てないことは、悔しいが認めざるを得ない。

 だがそれでのこのこ引き下がれるほど、杏子は物分かりがよくなった覚えもなかった。

 

 全ては、諸悪の根源である『怪物』を仕留める為に。

 

(――『ロッソ・ファンタズマ』ってか? ……やっぱガラじゃねぇよ)

 

 へっと杏子は苦笑する。

 マミのあの手の趣味は、最後までよく分からなかった。

 

 気合が入るだとか、威力が上がるだとか眉唾な事は聞いていたが、他人の技にまで名付けるのは正直どうかと思う。

 

(だけどまあ、折角あいつが考えてくれたもんだしな)

 

「……一人ぼっちは、寂しいもんな」

 

 だからさ。

 

「あんたも死ねよ――バケモノ」

 

 最後の魔力を振り絞り、杏子は槍を投擲した。

 直前になって気付いたさやかが迎撃しようとするものの、槍は直前に蛇行して獲物を穿つ。

 

 杏子の死力を尽くして放たれた魔槍は、沙紀(怪物)の胸を確かに貫いていた。

 

「こ……の……ッ! 死に損ないがぁああああああッッ!!」

 

 笑みを浮かべ倒れ伏した杏子を、さやかは刹那の間に魔剣で串刺しにする。

 その中の一つは、杏子のソウルジェムに致命的な亀裂を与えた。

 

(結局あたしも、こいつに殺られるってわけか。

 向こうにいってもアイツのこと、バカにできねぇな……)

 

 それでも一矢報いる事ができた。

 仇をとれたとは言い難いが、そもそもこれは最初から自己満足の戦いだ。

 

(なら、まあ……いっか)

 

 これまで自分勝手に生きてきたのだ。

 だからこんな最後もまた自分らしい結末だと、杏子は笑って受け入れた。

 

『なあ、マミさん。あたし達二人なら――』

『ええ、そうね。どんな敵だって倒せるわ!』

 

 そんな懐かしい思い出を走馬灯に見ながら。

 杏子のソウルジェムは砕かれた。

 

 

 

『あたしにとってのマミさんは、友達っていうのとはちょっと違うっていうか……ううん、やっぱやめとく!』

 

 マミさんが、本当のお姉さんみたいだなんてさ。

 

 ……笑われそうで、言えないよ。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 肉塊共が倒れ伏す中、さやかは荒い呼吸を繰り返していた。 

 本当なら塵も残さず細切れにしてもなお足りないが、肉塊共よりも大切な事がまだ残っている。

 

「沙紀! 沙紀ぃッ! 今すぐ治癒を!」

 

 地面に魔法陣を展開し、水色の魔力が沙紀の体を包み込む。

 魔法で傷跡を塞いでも、沙紀はぐったりとしたままだった。

 

 まるで徐々に生命力を失っていっている様で、このまま儚く消えてしまいそうな予感に、さやかは恐怖で震えた。

 

「そっか……これが<(しるし)>なんだ。こんな時にくるなんて……」

 

 沙紀は愛おしそうに自らの下腹部を撫でている。

 

「……貫かれたのがお腹じゃなくて、本当に良かった」

 

 沙紀が何を言ってるのか、さやかには分からない。

 分からないが、沙紀からは明確な死の匂いを感じてしまう。

 

「そんな、沙紀……血も止まったし、傷だって……」

 

 さやかの魔法によって、沙紀の体には傷跡すらなくなっている。

 それなのに、沙紀の体からは刻一刻と生気が失われていく。

 それはあたかも、花が枯れ落ちるかのように。

 

「大丈夫だよ、さやか。これはね、悪い事なんかじゃないよ?

 わたしが生まれて来た意味、さやかと出会えた奇跡の結晶なの」

 

 沙紀は幸せそうに微笑む。

 

「ねぇ、わたし達の愛で世界を綺麗にしましょう。

 とびっきりの景色を、さやかに見せてあげるね?」

 

 

 それは世界を穢す愛の流出。

 

 それは星を変革し、常世の理を歪ませる。

 

 沙紀の愛が世界を満たす。

 

 

 神々しさすら感じられる沙紀の笑みに目を奪われながらも、さやかは喪失の予感に震えてしまう。

 

「沙紀のいない世界じゃ……それがどんな景色だって同じだよ!」

 

 この臓物色に腐り果てた世界で、彼女だけが色鮮やかに輝いて見えた。

 彼女さえいれば、そこがどんな地獄だったとしても、さやかは幸せだった。 

 

「ずっと一緒にって――約束したじゃない!!」

 

 沙紀は約束してくれた。

 ずっと、さやかの傍に居てくれると。

 決してさやかを一人にさせないと。

 

 子供の様に泣き喚くさやかを、沙紀は困ったような笑みで見上げていた。

 

「ねぇさやか。沙紀の夢のこと、覚えてる? 恋を知りたいって。

 あの時のさやか、子供っぽい夢だって呆れてたでしょ? わたし覚えてるんだからね。

 でもね、うふふ……まさか、さやかが沙紀の王子様だったなんて、あの時は想像もしてなかったなぁ……なんて、嘘。

 ほんとは初めて会った時から、ずっと惹かれてた。

 わたしの事を見つけてくれて、天使だって言ってくれた、あの夜からずっと。

 ねぇさやか、沙紀ね。いま、すっごく……しあわせだよ?」

 

 その透き通った笑みを前に、さやかは何も言えなくなってしまう。

 涙を拭う事すら忘れ、さやかは沙紀の姿を目に焼き付けた。

 

 この一瞬、この刹那を、永遠に留める為に。

 

「わたし達の子供が世界に満ちるわ。わたし達の愛の結晶が。

 ……だから、ね? 泣かないで」

 

 沙紀は純白の翅を広げる。

 

 それは透明感のある光を放ち、幾つも折り重なって伸びていく。

 その翅からは光の鱗粉のような粒子が無数に放出され、空へと飛び立った。

 

 それを見上げたさやかは、かつて沙紀から聞いた恋物語を思い出していた。

 砂漠に咲いたたんぽぽの花は、旅人の為に種を飛ばし、その身を枯らした事を。

 

 そうして沙紀の母親は――沙紀を産んで、死んだのだと。

 

「あ、ああっ……沙紀、沙紀ぃ!」

 

 喪失の予感が確信へと変わる。

 それはさやかにとって、我が身を切り刻まれる事よりも恐怖だった。

 

 縋るように、さやかは手を伸ばす。

 けれどもその手は届かない。

 

 沙紀の身体は重力に逆らい、ふわりと浮かび上がる。

 その背に翅を纏い、周囲に光の環を広げるその姿は、神話に語られる<天使>そのものだった。

 

(ああ……やっぱり沙紀は、本物の天使だったんだ……)

 

 茫然と見上げるさやかに、沙紀は告げた。

 

 

 

「こんなわたしを愛してくれたあなたに、この惑星(ほし)をあげます」

 

 

「大好きだよ、さやか。

 沙紀は永遠に、あなたを愛しています」

 

 

 

 芽吹いた種子は花開き、番いを得て種を残す。

 それは宇宙に刻まれた神秘。

 

 空から生命の詩が聞こえる。 

 新たな命の息吹を祝福する声が。

 

 空から、

 大地から、

 無数の音階を紡いで、一つの詩へと変わっていく。

 

 

 ――その日、世界は変革を告げる聖歌に満たされた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 ――気絶から目覚めたほむらは、そこで地獄が生まれる瞬間を目の当たりにした。

 

 それは全ての元凶である『怪物』が孵化した光景だった。

 それを目撃してしまったほむらは、無我夢中で逃げ出した。

 

 時を止め、結界から抜け出し、ただひたすら遠くへ遠くへと向かう。

 

 既にあれをどうにかしようなどとは考えられなかった。

 あれは最早人間の……魔法少女の手に負えるような存在なんかじゃない。

 

 最低最悪の<災厄>そのものだ。

 あれと比べてしまえば『ワルプルギスの夜』が子供の玩具に思えてしまう。

 少なくともあれは、人の世にあっていい存在ではない。

 

 こんな狂った世界などあってはならない。

 一刻も早く時間遡行を果たし、こんな惨事を引き起こす要因全てを排除しなければ。

 

 暁美ほむらは、またも失敗したのだ。

 致命的なまでにこの世界は失敗してしまった。

 

 美紀さやかとあの穢らわしい化け物が、全てを滅茶苦茶にしてしまった。

 彼女がどうしてあそこまで狂ってしまったのか、あの化け物の正体は一体何だったのか。

 

 ほむらの知らない不明な点は多い。

 だけどそれも今更の話だ。

 

 まどかを失ったこの世界に、もはや用などない。

 

 故に、繰り返す。

 何度でも繰り返す。

 

 鹿目まどかを救済するその日まで、暁美ほむらは何度でも時を遡行する。

 

「……私の戦場は、ここじゃない」

 

 それでも決して忘れはしない。

 この悪夢のような地獄があった事だけは。

 大切な少女をまた、この手で殺めた事だけは。

 

「……美紀さやか、私はあなたを決して許さない」

 

 そしてほむらは、時間遡行の魔法を発動させた。

 現出した地獄によって世界が変質していくのを尻目に、暁美ほむらは平行世界を横断する。

 

 

 

 ――だが、彼女は未だ知らなかった。

 

 何もかもが、既に手遅れとなっていたことに。

 暁美ほむらがその事実に気付くまで、今しばらくの時間遡行を繰り返す事になる。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 epilogue

 

 

 

 そこは美しい世界だった。

 

 肉塊と腐泥塗れだった世界が、瑞々しい生命の美しさを感じさせる深緑に覆われている。

 沙紀が生んだ種子は世界中へと散らばり、肉塊だらけだった世界は一週間を待たずして変革された。

 

 テレビはどのチャンネルも砂嵐を映しており、ラジオはどの周波数に変えてもノイズだらけ。文明的な活動はとうに見かけなくなって久しい。

 窓の向こうには、緑に覆われた建物が幾つも見えた。

 

 人類の文明は終焉を迎えたけれど、それは絶望を意味しない。

 むしろこれは新しい時代の幕開けであり、未来には希望があった。

 

 

 

 ――()()()は、今日も元気に生きていた。

 周りには沙紀そっくりの子供達が集まっている。

 

「ねぇねぇ、遊んでー!」

「ママ、お話聞かせてー!」

「だっこ!」 

 

 さてさて、あたしと沙紀のどっちがパパで、どっちがママなのか。あるいはどっちもママでいいのか。

 そんなどうでもいい疑問。

 

 そういえば昔、沙紀とそんなしょうもない掛け合いをした事もあったっけ……と懐かしく思う。

 

 少し前までは、沙紀の事を思い出すだけで涙が止まらなかった。

 だけど今は、とても穏やかな気持ちになれている。

 

 あたしの腕の中には一人の赤ん坊がいた。

 周りの子達も沙紀が生んだ大切な我が子だけど、この子だけは特別だ。

 なにせ自分がお腹を痛めて産んだ、唯一の子供なのだから。

 

 他の子達は生まれてすぐに十歳児程度にまで成長したのに比べ、この子は普通の人間のようにゆっくりと成長している。

 だからその分手間がかかるし、愛着も一入だ。

 

 昔は、子供が出来れば自然と親になるもんだと思っていたけど、それは少し違っていた。

 子供を育てていくうちに、親になっていくんだって、そう思えるようになった。

 

 子供と一緒に、親として成長して初めて母親になれるんだと、苦労した分だけ実感した。 

 その点、早熟過ぎる他の子供達も手伝ってくれたので、普通の子育てよりは幾分か楽だったのかもしれない。

 

 沙紀の子供達は総じて頭が良く、廃墟から集めた資料で学習した成果なのか、今では自分なんかよりもずっと物知りになっていた。

 沙紀そっくりの小さな愛し子達が、わいわいと戯れる姿はとても微笑ましく思える。

 

 いつかこの子達も旅に出るのだろうか。沙紀の様に。

 少女らしく恋に憧れて、愛を知り、そして何よりも幸せになるために。

 

 それは砂漠の中で花を咲かせるような、辛い旅路かもしれない。

 だけど沙紀が、その母が、旅路の果てにあたし達のような存在と出会えた奇跡は、決して偶然なんかじゃない。

 

 笑顔で幸せだと言って、世界と溶けて混ざり合ってしまった彼女。

 

 彼女は決して侵略者なんかじゃなかった。

 心優しい、愛情深い一人の少女だった。

 

 だから彼女について語るならば――『惑星(ほし)の花嫁』と呼ぶべきかも知れない。

 

 ……うん、その方が何倍もロマンチックだろう。

 沙紀の遺してくれた世界で、あたしは今日も生きていく。

 

「ねぇ」

 

 そよ風に乗せるように。

 あるいは、腕の中のあなたへ囁くように。

 口ずさむ。

 

「――あたし今、最高に幸せだよ」

 

 一陣の風が吹いた。

 それは伸ばし始めた髪へ、絡む様に戯れる。

 

 不安も、後悔も、今は感じない。

 この星中に広がる愛が、あたし達の絆を証明している。

 

 いつだって、どこだって、隣には彼女がいる。

 風の囁きに彼女の声を聞き、太陽の光に彼女の温もりを感じる。

 

 

 ――どうか忘れないで欲しい。

 

 

 この世界は、彼女が遺してくれた宝物である事を。

 あなたは決して一人じゃないのだから。

 

 いつかあなたへ語り継ごう。

 二人の恋の物語を。

 

 水底の向こうには、確かな希望があったのだと。

 

 

 

 ――それはきっと、世界に満ちる愛の唄。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

   『水底の恋唄』 ―― Fin ――




○あとがき

 これにて『水底の恋唄』完結です。
 大多数の者にとってはバッドエンドになりますが、さやかちゃんにとってはハッピー(トゥルー)エンドになります。
 本作は一先ず完結しますが、まだまだ外伝(ほむほむのその後+αなど)は投稿する予定です。
 推敲もまだまだやっていきます(白目)

 拙作は少しでもさやかちゃんの魅力が伝えられればと思い、筆を執りました。その為には悲しいことや辛いことも避けては通れませんでした。
「世界を呪わなかった者に、世界を愛することはできない」
 虚淵先生のこの言葉が、拙作のテーマでもありました。個人的にすごく気に入ってます。

 ここまでお読みくださり、本当にありがとうございましたm(__)m

 by『愛戦士3838号』改め『鎌井太刀』
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