水底の恋唄   作:鎌井太刀

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第六話 そんなの、さやかちゃんらしくないよ

◇◆◇◆◇

 

 

 遠ざかっていく親友の背中を呆然と見送りながら、まどかの目からは涙が溢れてしまう。

 

(さやかちゃん……どうしてなの?)

 

 未だに信じられない。親友から告げられた冷たい拒絶の言葉は、針で刺されたかのように胸が痛く、そこから血が流れているかのようだった。

 

(わたしが、ダメな子だから……だからさやかちゃんも……)

 

 もしかして、今までもずっと我慢させてたのかもしれない。

 遂に愛想を尽かされたのかもしれない。

 

 そんな風に、自分自身に対する否定的な感情が浮かんでは消えていく。

 

(ううん、弱気になっちゃダメだよ)

 

 これではあの時から何も成長していない。

 転んでもただ助けを待っていただけの幼い自分のままだ。

 

 あの時助けてくれた親友が、事故で変わってしまったのだ。

 本人は一人で大丈夫だと言っているが――見ているだけで辛そうな今の彼女の助けになれずして、一体誰が親友だと胸を張れるのだろう。

 

(ここでわたしが諦めちゃったら……もうさやかちゃんの親友だって、二度と言えなくなっちゃう。

 さやかちゃんを一人ぼっちになんか、させたくない)

 

 それだけはどうしても嫌だった。

 まどかを孤独から救ってくれた親友が、自ら孤独になろうとする姿に耐えられない。

 もしもそうなってしまえば、まどかは一生後悔するだろう。

 

 ……もしかしたらこの想いも、彼女にとっては迷惑なのかもしれない。

 それでもまどかは、美樹さやかの親友なのだと胸を張りたかった。

 

 彼女に与えられ、守られてきた自分が、今こそその恩を返すのだと。

 そう決意し、涙を強引に拭って前へ歩き出そうとするまどかの背後から、聞き慣れた声が掛けられた。

 

「――まどかさん、一体どうしたんですの? こんな所で立ち止まって……さやかさんはご一緒ではないのかしら?」

「あ……仁美ちゃん」

 

 それは友人である『志筑(しづき)仁美(ひとみ)』だった。

 

 彼女とは中学に入ってからの付き合いで、去年からさやかも含めて同じクラスに所属している。

 さやかとも仲が良く、一学年の時は三人でよく遊びに出かけたりもしていた。

 

 さやかが事故で入院してからの半年は、まどかとは席が隣同士だった事もあり、グループで受ける授業は専ら仁美と組んで受けていた。

 

 クラスで唯一、さやかの事について相談できる相手でもあった。

 これまでに何度か相談に乗って貰っていた事もあり、まどかは意を決して仁美に訳を話した。

 

「あのね、仁美ちゃん。実はさやかちゃんの事なんだけど――」

 

 仁美はまどか達とは違ってかなり成績が良く、去年はよく勉強を見て貰っていた。

 そのお嬢様らしい佇まい通りに実家も格式高い名家の出であり、日々の習い事をさらりとこなす彼女に、まどかは密かに尊敬の念を抱いていた。

 

(仁美ちゃんなら、さやかちゃんが変わっちゃった理由もわかるのかな)

 

 どこか縋るような気持ちで、まどかは打ち明ける。

 そして一連の出来事を聞いた仁美は、考え込む様に視線を空へと向けた。

 

「そうですね……さやかさんにしてみれば、事故から目覚めたら急に半年も経っていたんです。

 その気持ちは想像する事しかできませんが……きっと戸惑っていらっしゃるのではないでしょうか?」

「そう、なのかな?」

 

 まどか達との半年のズレはそんなにも大きな物だったのだろうか。

 何か、違和感のような物を覚えてしまう。

 

(多分、違う理由がある、と思うんだけど……仁美ちゃんの言った事くらいしか、わたしにもわからない)

 

 何故急に、まどかを拒絶するようになったのか。

 否、まどかだけではない。上条恭介やそれ以外の者達との間にも、さやかは距離を置いていた。

 

 少し話をすれば分かってしまう。

 さやかはきっと、周りの人間全てを遠ざけようとしている。

 あるいは嫌悪している節すらあった。

 

 その目に込められた感情、発せられた声の抑揚、そういった小さな違和感の積み重ねがそういった答えを導いてしまう。

 

 美樹さやかは周囲の人間全てを嫌悪し、拒絶しているのだと。

 

(でもそんなの、さやかちゃんらしくないよ)

 

 まどかの知るさやかは正義感が強く、誰かの為に一生懸命になれる女の子だ。

 

 まどかにとって彼女はいつだって格好良く、本当に正義のヒーローみたいだと思ってしまう時が何度もあった。

 そんな親友の変貌に、まどかは戸惑いを隠せない。

 

 答えが出ないまま仁美と二人で悩みながら登校していると、やがて校門までたどり着き、そこでまどかは一人の少年を見かけた。

 

 それは親友の幼馴染みであり、想い人でもある『上条恭介』だった。

 彼もまた、まどか達と似たような難しい顔を浮かべているのが遠目からでも分かった。

 

「あれ、上条くんだよね?」

「……彼も、さやかさんについて思うところがあるのでしょうね」

 

 そう呟く仁美はとても複雑そうな様子だった。

 

 

 まどかは彼について、特に印象深い出来事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 あの「サプライズイベント」での演奏を終えた後、彼の素晴らしい演奏に関係者達は心からの拍手を送った。

 

 けれども主賓であるはずの少女だけは微動だにせず、小さな声で体調が優れないことだけを告げて足早に病室へと立ち去ってしまった。

 

 残されたあの場の微妙な空気も居たたまれなかったが、何よりも演奏した彼がそんな少女の反応に傷ついているようだった。

 

「さやか……」

 

 力なく弦を下げた彼に、まどかは掛ける言葉が見当たらない。

 結果的に言えば、このイベントは大失敗だったのだろう。

 

 大人達はさやかの態度を本当に体調が悪かったのだと思っているようで、ただタイミングが悪かったとしか思っていない有様だった。

 

 そんな大人達が事務的な会話や挨拶を終えて立ち去ると、まどかはようやく彼と二人で話せる機会がやってきた。

 まどかが声を掛けると、彼は沈んだ面持ちで振り返った。

 

「上条君……」

「ああ、鹿目さん。今日はありがとう。僕に償いの機会をくれて……結果は、あまり良くなかったみたいだけど。

 それでも僕は、さやかの為に何かしたかったんだ」

 

 悔いるように、あるいは自らの無力さを嘆くように彼は言う。

 

 大人達とは違い、まどか達には分かっていた。

 自分達のしたことは、たださやかの心を遠くへ行かせただけなのだと。

 

「……僕は音楽が、ヴァイオリンが好きだ」

 

 懺悔するように呟く少年の言葉を、まどかはただ静かに頷いて聞いていた。

 彼もきっと、まどかの答えが欲しいわけではないのだろう。

 

 天才ヴァイオリニストと称えられた少年は語る。

 

「音楽は人を幸せに出来るものなんだって、そんなヴァイオリニストになりたいって……ずっと夢見てたんだ」

 

 それが罪であるかのように彼は言った。

 

「でも、さやかが事故に遭って。幼馴染の女の子一人救えない奴が、何を言ってるんだろうって……本当に、自己嫌悪だよ」

 

 力ない笑みを浮かべて、少年は顔を俯かせる。

 その笑みは、泣く寸前の顔と同じように歪んでいた。

 

 

 

「――僕の音楽は、さやかに届かなかった」

 

 

 

 少年にはヴァイオリンしかなかった。

 だから事故に遭った少女のために弾き、少女の事を想って奏でた。

 

 自分にできるだけの最高の演奏を、幼馴染の少女へ捧げるために。

 そうして積み上げたこの半年の集大成は、自分でも過去最高の出来だったと自負している。

 

 だが肝心の少女に届かなければ、それに何の意味も……価値もない。

 

 幼馴染だからこそか、あるいは少女の事を想っていたからか、彼は演奏が進む度に少女の心が遠くへ離れていく事を実感できてしまっていた。

 

 まるで今すぐこの場から逃げ出したそうな、幸せとは正反対の負の衝動を持たせてしまった事を直に感じ取っていたのだ。

 

 天才だ何だと言われても、身近な少女一人救えない称号に果たして何の意味があるのだろう。

 

 

 

 彼の感じている無力さは、まどかの感じているそれとよく似ていた。

 

 だがそれは何の救いにもならなかった。

 傷の舐めあいをしたいわけでもなく、二人は己の無力さにただ絶望してしまう。 

 

 

 言葉少なく別れたその日以来、まどかは彼と話す事ができていなかった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 それぞれの思いを抱えながらまどか達が教室に入ると、そこには先に行ったさやかの姿もあった。

 久しぶりの登校であるはずなのに、クラスメイト達は声を掛けることもなく余所余所しい空気の中で遠巻きにしている。

 

 だがそれも仕方のないことだろう。彼女の纏う雰囲気は、明らかに話しかけるのを躊躇うくらいに張りつめた物だった。

 そこに危険を感じ取るのは、動物的な本能としてむしろ正常とも言える。

 

 まどかも声を掛けようとしたのだが、先程一方的に告げられた言葉を思い出してしまい、言葉に詰まってしまった。

 

(おかしいな……なんて声をかけたらいいのか、わからないなんて)

 

 まるで見知らぬ他人であるかのように、さやかとまどか達の間に深い溝が出来てしまっていた。

 かつては確かにあったはずの友情や絆が、所詮は一時の幻でしかなかったのだと嘲笑うかのように。

 

 立ち尽くすまどかの肩に、仁美の手がそっと置かれる。

 

「――まどかさん、いまは様子を見ましょう。さやかさんの様子が落ち着くまでは、見守った方が良いのかもしれません」

「……うん。そう、だね」

 

 さやかに聞こえないよう小声で相談を終えると、丁度朝のホームルームを告げるチャイムが鳴り、まどか達は自らの席に着いた。

 

 さやかの席はまどか達とは少し離れた場所にあった。

 最初の席決めでクジを引いたのだが、代理で引いたまどかの運が悪かったのか、離れた場所になってしまったのだ。

 

 さやかの様子を気にしているうちに担任教師の話が終わり、まどかはそこで教室の空気が一変している事に遅ればせながら気付いた。

 

「それじゃあ入ってきて――暁美さん」

 

 ガラッと扉が開き、そこから一人の少女が現れる。

 腰まで届くかという黒髪は女子達が羨望するほど麗しく、男子の誰かが思わず「すっげえ美人」と呟くほどの美少女だった。

 

 だが誰もが感嘆する中で、一人だけ異なる反応を示す少女がいた。

 

 

 ――美樹さやかだけが、周囲の感想と真逆の事を実感していた。

 

 

 転校生の少女はちらりと()()()()()を見たかと思うと、凛とした声で自らの名を告げる。

 

「暁美ほむらで――」

 

 その瞬間、事件は起きた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「オゲェエエエエエエエエエ!!」

 

 『それ』を目にした瞬間、さやかは胃の中がひっくり返ってしまった。

 我慢などできなかった。

 思考が、本能が、全身が嘔吐感に苛まれてしまう。

 

(なにあれなにあれなにあれ――!?!?)

 

 恐慌一歩手前で錯乱しかけるのを必死に抑え込む。

 アレを直視して、こんな場所で発狂してしまえば、また病院送りにされかねない。

 

 沙紀との平穏が壊れてしまう。

 それだけは何が何でも避けなければならなかった。

 

 あの肉塊は、これまでに見たどんな肉塊とも段違いに悍ましい。

 視界に入った瞬間、さやかの全感覚が悲鳴を上げた。

 

 冒涜的な化け物の外見から、鼻を突き抜ける腐臭が襲い掛かり、蛆虫の大群が肌にまとわりつく様な感覚に襲われる。

 

 その鳴き声を僅かに聞いただけで、耳朶どころか精神まで削られてしまった。

 初めて肉塊を見た時と同じか、あるいはそれ以上の衝撃だった。

 

 

 

 ――あんなの、絶対普通の肉塊(ニンゲン)なんかじゃない。

 

 

 

()魅K#サn(美樹さん)!?』

 

 教師らしき肉塊の制止に構うことなく、さやかは教室からふらふらと逃げ出した。

 あんなのと同じ空間にいるくらいなら、まだ他の肉塊共の方が万倍もマシだ。

 

 アレが居ない場所なら、もうどこだっていい。

 

「……うぅ」

 

 口内に残る胃液の酸っぱさに、いい加減枯れそうな涙が滲む。

 ここが学校の中である事を忘れそうなくらい、さやかの見ている景色は地獄だった。

 

 窓の外は相変わらず赤黒い腐肉の世界で、魔界や地獄といった表現が相応しい光景が広がっている。

 廊下は歩く度に肉を踏みつける感覚がし、自分が血管の中を行き来する細胞の一つになったかのように錯覚してしまう。

 

 そして癌細胞とも言うべき肉塊共がすし詰めにされた教室からは、キチキチとした鳴き声が幾重にも連なりさやかの脳味噌をかき乱していた。

 

 挙げ句の果てには<アレ>の登場だ。

 生命の尊厳の全てを冒涜し、見る者すべてに狂気を植え付けるような、邪神が丹念に仕上げたとしか思えない悪魔的な造形。

 

 アレを正視するだけでさやかの精神は軋みを上げた。それは壊れる前兆を告げる音だったのだろう。

 後少しでも離れるのが遅ければ、さやかは『美樹さやか』という自我を保てなくなっていた。

 

(なんであたし、こんなとこにいるんだろ?)

 

 退院したからには学校に来なくてはいけない。

 それは今となっては滑稽なほど場違いな<常識>だった。

 

 精神的にはともかく、肉体的にはどこも異常なしと太鼓判を押されてしまっているのだから、義務教育の名の下に登校しなければならない。

 沙紀との日常を守るためにも、出来る限り平凡を演じなければならない。

 

 でなければ肉塊共にさやかの異常を知られてしまうかもしれない。

 それが巡り巡って沙紀の存在にたどり着いてしまえば、その時こそさやかの運命は終わってしまう。

 

(だけどアレは、アレだけは無理だよ……)

 

 強くなれたと思っていた。

 沙紀がいれば、この醜悪な肉塊共が蠢く世界でも何とかやっていけると思っていた。

 

 とんでもない勘違いだった。

 まさか肉塊以上の化け物が紛れ込んでいるだなんて、さやかには想像すらできていなかった。

 

(ごめん、ごめん沙紀……あたし一人じゃ、まともに立つ事すらできないよ……)

 

 だがそれも仕方のないことだろう。

 単なる肉塊ですら、正気を削られるような悍ましさなのだ。

 

 人類の想像できる領域を越えた異形を、事前に予想しろというのが無理な話だ。

 

 絶望の底には果てがないのか、さやかの精神は狂気の深淵の一端を覗いてしまった事で、必死に取り繕っていた外殻が吹き飛んでしまっていた。

 

 

(沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀沙紀――)

 

 

 

「――――沙紀に、あいたい」

 

 

 さやかにはもう、彼女だけが唯一の救い。

 沙紀の存在だけが、さやかの正気を保つ唯一の道標となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 美樹さやかが去った後の教室で、くすくすと忍び笑いがクラス内の至る所から漏れ聞こえてくる。

 

「うわぁゲロ子ゲロ子」「絶対やばいってアレ」「なんなのいきなり」「暁美さん転校早々かわいそー」

 

 囃し立てるように無邪気に笑う彼等彼女等の声は、まどかの心を漣のようにざらつかせた。 

 

 その時、バンッ! と机を叩く大きな音が鳴る。

 見れば仁美が憤懣やるかたない思いを顔に浮かべて立ち上がり、クラス中を見渡していた。

 

「……誰にだって体調の悪い時はありますでしょう? 何がそんなにおかしいんですの?」

 

 その鋭い視線に、陰口を叩いていたクラスメイト達はバツが悪そうに顔を逸らす。

 普段は大人しく、お淑やかな印象のある彼女が初めて見せる激怒に、間違っても反抗するような愚者は一人もいなかった。

 

「まどかさん、確か保健委員でしたわよね? さやかさんの事をお願いします。こちらの方はわたくしが処理しておきますので」

 

 机の上に散乱した吐瀉物の掃除をするのは、誰もが嫌がりそうなものだ。

 それを率先して行う彼女に、まどかは申し訳なさを感じてしまう。

 

(本当なら、わたしがさやかちゃんのフォローをしなくちゃダメなのに)

 

 病み上がりの親友の力になると決めたのなら、先程の仁美のように毅然とした態度で臨むべきだった。

 そして仁美に言われて初めて親友を追いかける自分は、酷い卑怯者だ。

 

 申し訳なさそうな顔を浮かべるまどかに、仁美はどこか寂しげな笑みを浮かべて言う。

 

「……わたくしが付き添うよりも、まどかさんが傍にいてあげてください。これは貴女にしかできない事ですわ」

「うん……ごめんね、仁美ちゃん。ありがとう」

 

 まどかは教室を後にすると、いなくなった親友の後を追いかけて行く。

 卑屈に自分の無力さを嘆いている暇などない。今はさやかの傍にいるべきだ。

 

 まどかは立ち上がると、騒然とする教室を後にする。

 

「僕も手伝うよ」

「……申し訳ありませんが、殿方はご遠慮していただけると。さやかさんもその方が――」

 

 背後からそんな会話が聞こえたが、後の事は二人に任せて、まどかは親友の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 ――教室を後にする<まどか>が見えなくなるまで、『暁美ほむら』は視線で彼女の背を追いかけていた。

 

(美樹さやか……病気かしら? こんなこと、今までのループにはなかったわね)

 

 暁美ほむらは<時間遡行者>である。

 同じ時間軸を何度も繰り返し、「鹿目まどかを救う」為に幾つもの世界を超えて来たイレギュラーだ。

 

 彼女は<魔法少女>と呼ばれる存在であり、魔法少女になる際に交わした契約の対価として、この時間遡行の能力を得ていた。

 全ては、死の運命にある鹿目まどかの救済の為に。

 

 今回の時間軸において、ほむらは先ほど起きた一連の事象について思考する。

 「馬鹿は風邪を引かない」と言うと少々失礼かもしれないが、平行世界のさやかを知るほむらにとって、『美樹さやか』は正にそんなイメージの相手だった。

 

 精神的にはともかく、肉体的に彼女は非常に頑丈な印象がある。

 だからこそ彼女が突然嘔吐するまで体調を悪くしている事が意外に思えた。

 

(まぁ、このまま大人しくしてくれるなら、これからの事も多少は楽になるかもしれないわね)

 

 美樹さやか。

 彼女はほむらにとって何かと邪魔な存在だった。

 

 現状でのまどかの一番の親友であり、これまでのループにおいては高確率で<魔女化>している。

 

 ほむらの知る『美樹さやか』は、交通事故で左手が満足に動かせなくなった上条恭介の怪我を癒すために<魔法少女の契約>を結んだ。

 

 だが魔法少女の正体がいわゆるゾンビであり、人間ではないことを知ったさやかは恭介に想いを伝える事ができず、結局想い人を友人である志筑仁美に取られてしまう。

 

 自暴自棄になったさやかは『正義の魔法少女』である事に固執し、その果てに<魔女>と化した。

 

 細かな違いはあれど、どの世界においても『美樹さやか』は似たような結末を迎えていた。

 

 改めて考えてみると、彼女もかなり悲惨な運命の下にある。

 それでもほむらは、同情こそすれど助けようなどとは思わなかった。 

 

 時間遡行を始めた当初こそ、彼女の運命を変えようと色々手を尽くしたものの、その全てが徒労に終わってしまっている。

 そして幾度目かの試みの後、ほむらはある結論を下さざるを得なかった。

 

 

 ――暁美ほむらに、美樹さやかは救えない。

 

 

 ほむらの手はまどかを救うためにしか存在せず、それ以外の者に伸ばせるほど大きくなかった。

 いつしかほむらは「どうせ救えないなら――」と、さやかの運命については諦めるようになる。

 

 だがほむらのそんな思いとは裏腹に、まどかは親友であるさやかを救うため、高確率で魔法少女の契約を結んでしまう。

 まどかの性格からして、美樹さやかが魔女化してしまえばそれを救おうと願わずにはいられないのだろう。

 

 だからほむらにとって、美樹さやかは疫病神以外の何者でもなかった。

 『巴マミ』や『佐倉杏子』のようなベテランの魔法少女というわけでもないから、対<ワルプルギスの夜>の戦力としても非常に不安定であり、諸々の要素を考えれば存在自体がマイナスでしかない。

 

 かつて魔法少女の真実を他の少女達に打ち明けた時も、真っ先にほむらの言葉を否定したのが彼女だった。

 あの時は確かに自分も性急過ぎたかもしれないが、彼女の頑なさによって幾つもの世界線が失敗に終わった事を考えれば、とてもではないが好意的になれそうもなかった。

 

(何にしても、少し予定が狂ったわね)

 

 これは今までのループにはない現象だ。

 『鹿目まどかを救う』為に幾度も世界線を回帰してきたが、これは初めての出来事だった。

 

 これは好機なのだろうか。

 あるいは、新たな厄介事の種なのか。

 

(次の休み時間に仮病でまどかを連れ出そうと思ったけど、その手は使えなさそうね)

 

 念のためまどかに魔法少女の契約を結ばないよう忠告しておこうと思ったのだが、タイミングが悪そうだ。

 

(まぁいいわ。邪魔者が大人しくしているうちに、まどかの安全を確保しないと)

 

 美樹さやかの体調が思わしくないのならば、余計な邪魔も入らず、まどかに近付きやすくなるだろう。

 まどかだけなら、ほむらもあまり警戒されずに接近できるし、忠告も素直に聞いてくれる筈だ。

 

 そんな風に内心で今後の計画を組み立てながら、自己紹介など有耶無耶のままに朝のHRは終わり、何事もなかったかのようにその日の授業は進行していった。

 

 

 

 

 

 

 ――この時の判断を、未来の『暁美ほむら』はかつてないほど後悔する事になる。

 

 目の前に明らかな異常があったのに、自身の感情によって「大した事のない出来事」と見過ごしてしまった。

 

 それまでの時間遡行によって、世界の全てを理解した気になっていた傲慢さが【あの結末】を招いたのだと。

 気付いてしまった時には全てが手遅れで、致命的なまでに歯車が狂ってしまった事を。

 

 もしもこの瞬間に戻れたのならば、何を置いても教室を飛び出して、まどかの元へと駆け付けただろう。

 そして彼女の無事が確認できたらそのまま――美樹さやかの額に風穴を開けるべきだった。

 

 銃はベレッタでもデザートイーグルでもレミントンでも何でも構わない。

 そうして速やかに射殺した後はそのまま美樹さやかの自宅へと向かい、ありったけの爆薬と砲弾で悍ましき異界の化け物諸共、跡形もなく吹き飛ばすべきだった。

 

 勿論そんな事をすれば無関係な人間が大勢死ぬだろう。だがアレよりはマシだ。

 世間から見れば悪魔の様な狂人にしか見えないだろう。だがアレよりはマシだ。

 まどかからは仇のように思われるだろう。だがあんな結末よりはよほどマシだ。

 

 

 ――あの瞬間にこの狂気があれば、確かに世界は救われたはずなのだ。

 

 

 所詮は過去の事象しか知らないほむらが、未来の出来事など予知できるはずもなく。

 坂道を転げ落ちるような、取り返しのつかない恐怖劇の幕が開こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――翌日、ほむらは『美樹さやか』と『鹿目まどか』が行方不明である事を知らされる。

 

 二人が学校に姿を見せる事は、二度となかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.作者は、ほむほむの事が嫌いなのかい?
A.好きやで(ニッコリ)
 クールビューティ―なんだけど結構詰めが甘いっていうか、どこか抜けてる。そんなクーほむが私は好きです(`・ω・´)ゞ
 ちなみにこの時点では、恭介の存在にも気付いていません()
 面識そのものが少ないのと、クラスメイトへの関心のなさ(まどか以外は眼中になかった)、あと思い込みなどもあり、すぐには気付けませんでしたね。(目星失敗)

Q.さやかちゃんをゲロイン化させるなんて絶許。
A.さやかちゃん(^ω^)ペロペロ。スタッフが後で美味しく頂きました(何がとは言わない)。

Q.どうせみんないなくなるんやろ?
A.この物語は、ハッピーエンドです(盛大なネタバレ)。

Q.これ、SAN値直葬なんですが。
A.生きて。
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