【悲報】俺氏、死体に慣れる。 作:めんたんてん困難
「頭痛ぇー……」
暖かな朝日は閉め切ったカーテンによって遮られ、部屋の中は薄暗い。灰皿の中にはまだ匂いの残る吸い殻が山のように積まれていた。部屋のあちこちにはタバコの空のケースと潰れたビール缶が散乱している。
俺は割れるように痛む頭を抑えてケースから新しいタバコを一本取り出す。あれだけたくさん買いだめしていたタバコも残りこの一箱のみになってしまった。
タバコが切れたらどうなるんだろうとどこか他人事のようにぼけーっと考えながら慣れた手つきで右手のタバコに火をつけ煙を吸い込む。
足元の新聞にはでかでかと一面に『眠りの小五郎再び事件解決!』という見出しの記事が載っていた。
あの事件から早三日。俺は毎晩眠れない夜を過ごした。
思いの外俺の心に残った傷は大きく、眠ろうとして目を瞑るとどうしてもあの遺体の姿が目に浮かんでしまう。最近なんて寝不足とトラウマの身体的&心理的なストレスで日常的に遺体の幻覚まで見てしまう始末。
どんどん体調は悪くなっていく一方でタバコと酒を飲んでは嘔吐しての繰り返しである。いつ意識を失って倒れてもおかしくない。
大学にも一度も顔を出してないし、事件の後日行われた詳しい事情聴取以降一度も外に出ていない。カーテンを閉め切った部屋で一人、ただ時間が過ぎて記憶からあの事件のことが消えてくれるのを待つだけだ。
このままでは非常に不味い事は分かっている。けどどうしようもないのだ。外に出るとコナンやコナンに関わる主要人物に会う確率が上がる。コナン達に会うと俺が犯罪に巻き込まれる確率が上がる。この世界での犯罪はすぐに人が死ぬ。そうするとまた死体を見なくてはいけなくなる。そうなるとトラウマが増えてしまう。
精神科やどっかの大きな病院に行けば解決策を教えてくれるかもしれないが、どうせ病院に行ったら爆弾が仕掛けられているに違いない。確証もなにもないけどそんな気がする。勿論そんなのは御免だ。
以上の事から俺はこの部屋から外へ出る事ができないのである。廃人と変わらない生活を送っている現状が一番マシな選択肢なのだ。絶望しかない。
しかし俺もただ時間が過ぎるのをボケーっと待っていただけではない。自分なりにこの世界のことについて考えて見たのだ。
が、さっぱりわからない。完全にお手上げ状態だ。
俺が転生者じゃないのは、周りの友人達や住んでる家が変わってないことを考えると明白だ。けど『名探偵コナン』に関する情報がこの世界から消えているのだ。友達に確認したら「なにその漫画聞いたことないよ?」の一点張りだし自分でもネットで検索したり某週刊誌を買って読んでみたりしたけど見事にその部分だけが無くなっていた。
ただ一つわかったことがあるとすれば俺はこの世界においてかなりイレギュラーな存在であるということだ。原作知識を持った人間は多分この世界に俺だけ。ネタバレサイトで見たから黒の組織のボスだって知ってるんだぜ?
すごく嫌な匂いしかしない。モブキャラどころの騒ぎではなかった。本当にやめてほしい。
更に絶望的なことに俺が住んでいるこの街、米花町と言うらしい。なぜ今まで気がつかなかったんだろう。気づいてたらこんな物騒な町に住んでない。一日に数件殺人事件や爆破テロ、強盗事件が起こるあの有名な米花町だぞ。犯罪都市や日本のヨハネスブルグとも言われるレベルで治安が悪いあの町だ。
しかもこれまた最近になって気がついたんだが俺の家の前をひっきりなしに黄色のビートルが走っていくのだ。これは確実にご近所さんフラグですどうもありがとうございました。
引っ越したい。いますぐにでも遠くの方のどこか小さな田舎に引っ越したい。
これから先本当にどうするべきなんだろうか……。米花町に住むには命がいくつあっても足りない。
「嘘だろ……」
ついにタバコが底をついてしまった。ケースを逆さにして上下に振っても中身は出てこない。
この状態でタバコが無くなるのはきつい。心なしか頭痛も酷くなり始めた。
確か歩いて数分でコンビニがあった筈だ。この距離なら流石にコナン達にエンカウントする心配もないだろ。パッと行ってパッと戻ってこよう。
俺は急いで財布と家の鍵を持って上着を羽織り部屋の外に出る。
「うわっ眩しっ」
朝の太陽の光ってこんなにキツイものだったか。三日も薄暗い部屋に引きこもってたので降りかかる白い光が眩しくてしょうがない。なかなか目も慣れないしサングラスでも取ってくるか。
「あれ?」
サングラスを取りにもう一度部屋の中に戻ろうと扉の取手に手をかけた時、急に視界がぐにゃりと歪み、体の平衡感覚を保っていられなくなった俺はそのまま背中から地面に倒れこんだ。
体は言うことを聞かず視界が霧がかかったようにぼんやりしてくる。
あ、やべぇ。
目の前に黒い幕が降りるように見えなくなり、俺はそのまま意識を深い闇の中に手放した。
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「目が覚めたら知らない天井……?」
「おお、気がついたか」
真っ白な壁に蛍光灯が数本取り付けてある。煙を感知して警報を鳴らす火災探知機も完備。この天井は知らんな。俺の家ではない。
さらに俺の右手には管が繋がれている。管の先には透明な液体の入ったパックが繋がれ、俺の血管の中にその透明な液体が入っていくのがわかる。
状況的にここは病院の入院施設かなんかだろう。病院特有の消毒液のような臭いが鼻をくすぐる。
取り敢えず監禁された訳では無かったので一安心。
それでさっきから俺の顔を覗き込んでいる御仁は一体?
「あのー、」
視線を天井から横に動かせば、学者が着るような白い上着を羽織り、真っ白なヒゲを蓄えたビール腹の中年男性の姿が目に入った。この人は確実にアレだ。一時期ネット上で黒の組織のボスと噂されていたあの人だ。
「すまんすまん。自己紹介をしておこうかの」
いや、名前は知ってるんですけどね。
男はわざとらしく咳払いをして続ける。
「ワシは
うん知ってた。
コナンや灰原哀の事情を知る数少ない人物でコナンを影から支える天才科学者。絶対ノーベル賞取れんだろってくらいの発明品の数々で小さい体になってしまったコナンを何度も助けた。寒いダジャレクイズが大好きで、面倒見もよく少年探偵団の引率者としてよく彼らと一緒に行動している。
つかやっぱりご近所さんだったよ。阿笠邸の近所ってことは必然的に工藤邸の近所になるわけで。
まさかこんなに早く主要キャラと関わることになるとは思わなかった。もっと他に人いないのかな。この世界狭すぎな。
「貴方が俺を病院に?」
「家の扉の前で倒れているところを見つけての。すぐにワシの愛車に乗せてこの米花中央病院に連れてきたってわけじゃ」
米花中央病院……。よりによって中央かー。米花総合病院とかあっただろ。なんで中央。まあ助けてもらった分際で言えたものではないが。
もう米花中央病院というだけでフラグが立った。なんてったってこの病院一度爆弾が仕掛けられているのだ。松田刑事が殉職した事件だったか。当時は彼の素晴らしい活躍により難を逃れたのだが、今回もし爆弾が仕掛けられたら誰が解除するのか。松田刑事は死んでしまっているしコナンに複雑な爆弾の処理はできない。あ、安室透がいるか。どこかの場面で昔松田刑事に爆弾処理の方法を教えてもらったとか言ってた気がする。これは安室透登場フラグ。
けど俺が入院してる期間中にコナンがこの病院に来なければ事件が起こらず無事何事もなく退院できる可能性もある。ワンチャンあるぞ、俺!
「まあ実際君を見つけたのはワシじゃなくて別の子なんじゃが……はて、なかなか帰って来んのぉ」
ちょっと今聞き捨てならない事言わなかったかなこの人。
「え、えっとその人って……」
「小学生の男の子なんじゃが、さっき急にトイレに行くと言ってここを出たっきり帰って来ないんじゃよ」
バーロー、そいつはコナンだ! やっぱアイツ来てんのかよ! まじ勘弁してくれよ!
どうする?
「な、何をしておる。まだ動いたらいかんぞ」
阿笠博士の制止の声を無視して俺は腕に繋がれている点滴を乱暴に引き抜く。意図せず外されたことで点滴に備え付けられてある機械からブザーが鳴り響くがそんなもん知らん。幸い病衣ではなくもとから自分が着ていた服のままだったので着替えで時間をロスする事なく、窓際に掛けてある上着を羽織るだけで準備は完了。
「助けていただいてありがとうございました」
博士にしっかり頭を下げ感謝の言葉を送る。できればもう僕に関わらないでください。
困惑した表情の博士を良心が痛むのを感じつつもガン無視し入り口の扉をスライドさせて俺は廊下へ出た。後ろでひっきりなしに耳障りなブザーが鳴っている。
ここからが勝負だ。病室を出てからこの病院を出るまでの間にコナンに出会う可能性は極めて高い。奴は今トイレに行ってるらしいから俺がここから出口までのルートでトイレのありそうな場所をうまく避けながら進んでいけば勝機はある。いける、自信を持つんだ小々波漣斗!
「あ、もう目が覚めたんだね!」
突然の背後からの声に俺は背筋を凍らせた。まさか。そんな馬鹿な。
もう声をかけられた時点で俺の負けは確定した。ここで逃げようが逃げまいがこれから起こる事件には確実に巻き込まれるだろう。
俺は恐怖に身を震わせながらも観念して恐る恐る後ろを振り向く。
「もう歩いて平気なの? 小々波さん」
死神の再来である。
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「あれ、俺はまた……?」
「お、おお目が覚めたぞコナンくん」
さっきと同じように俺の顔を覗き込む阿笠博士。右手には再び点滴がつなぎ直されていた。
「小々波さん大丈夫? 僕のこと見た途端急に意識を失って倒れたんだよ」
博士の隣からひょこっと顔を覗かせるコナン。
俺はコナンの顔を見るなり、絶望のあまり再度気を失ってしまったらしい。
「詰んだ……」
「え? ていうか顔色悪いけど大丈夫?」
君がいる限り俺の顔色は良くならないよ。なんて口が裂けても言えない。
本気で心配してくれているし、家の前で気を失ってた俺を見つけて助けてくれたし感謝はしている。人の顔を見て絶望ばかりしていては失礼だな。ちゃんとお礼は言わなくては。
「君が俺を見つけてくれたんだってね。助かったよありがとう」
「気にしないで。無事で良かったよ」
そんな風に年相応の笑顔で言われるとやっぱりいい子なんだなあと思う。
そんな俺とコナンのやりとりを見ていた博士が口を開いた。
「ワシはちょっと先生を呼んでこようかの。コナンくん少し彼のことを見ててくれんか」
え、ちょ。
「うんわかった!」
コナンの元気のいい返事を聞いた博士は満足そうに頷き、病室から出て行ってしまった。
待て待て待て待て。二人きりにするのだけはマジでやめて! 死神と二人きりとかヤダー!
「……………」
「……………」
気まずい。
博士が部屋を出てから急に室内が閑散としてしまった。俺もコナンも黙りこくっている。
こういう時どうしたら良いんだ? 天気の話でもすればいいのか?
「い、いい天—————」
「さっき」
俺が気を利かせて話を振ろうとしたら被せられた。どうしても天気の話がしたかったわけじゃないので俺は黙ってコナンの次の言葉を待つ。
「なんで病院から抜け出そうとしてたの?」
やっぱその話題来ますよねー。
「家の、その、そう、洗面所の水が出しっ放しだったような気がして……。いてもたってもいられなくてつい急いで帰ろうとしちゃったんだよ」
理由としてはかなり無難だ。無難すぎて逆に怪しまれるかもしれない。
「え、本当? なんなら博士に行って確認して来てもらおうか?」
「あ、いや大丈夫。多分俺の気のせいだよ。そこまで迷惑はかけられないし」
嘘はバレなかったが危うく博士が俺の部屋に上り込む事になるところだった。今の俺の部屋は色々ヤバイからな。あんまり見られたくない。
「小々波さんがそう言うなら良いんだけど……」
コナンはここの病室の備え付けのソファーに飛び乗り足をぶらぶらと動かす。視線は自分のつま先の方を見つめている。その姿はどっからどう見ても小学一年生の男の子にしか見えない。
自分を子どもっぽく見せるための演技という事か。それとも小学一年生としてもう何年も過ごして来たから意図せずともそういう行動を取る癖がついたのだろうか。小学一年生として何年も過ごすとか日本語として最高におかしいな。
うーむ、それにしてもそろそろつっこむべきか。
「えーっと、ところでさ」
「?」
「どうして俺の名前を?」
俺自己紹介してないと思うんだけどな。
「え? やだなー、僕のこと覚えてない? この前旅館で会ったじゃない」
コナンは心外だと言わんばかりにそう言った。
「え、あ、ああ。なるほど」
俺のこと覚えてたのか? 一日に何件も同じような事件を解決してるからてっきり三日前の事件の第一発見者の男の名前なんてすっかり忘れてると思ったんだけどな。さすがは工藤新一、記憶力がいい。
—————とか言ってる場合じゃないな。
俺の立てた目標はなんだ? コナン達主要キャラと極力接触するのを避け一生モブキャラとして平凡で平和な人生を続行させる事だろ。主人公に名前覚えられてんじゃねえか! いよいよヤバイぞコレ。
するとコナンは俺の顔を見て一瞬何か考えるような仕草を取り、ぴょんとソファから飛び降りて俺の寝ているベッドの近くまでやって来た。
「あんまり覚えてなさそうだから自己紹介しとくね」
「え、あ、コナンくんでしょ! 阿笠はか……さんから最初目が覚めた時に聞いたよ!」
なんだかわからないけど彼に自己紹介をさせるといよいよまずい気がする。お互いに名を名乗り会った的な感じで彼の記憶の中にはっきりと俺がインプットされてしまう。もう遅いような気がするが。
妙に慌てる俺を見て不思議そうな顔をするコナン。俺を見て不思議そうにするのは構わん。幾らでも不思議に思え。けど俺のことを見て怪しそうな顔をするのだけはやめろよ。心臓に悪いからな。
俺が自己紹介を遮ってしまったから微妙な沈黙が流れる。気づけばコナンは俺の顔をじっと見つめている。だから心臓に悪いからやめろや。
俺、なんか怪しいところあるのか……?
「…………」
「…………」
沈黙が辛い。ここはやはり天気の話題でも振ってこの静寂をぶち破るべきなのかな。
「いい天き—————」
「こ、コナンくん!」
すると博士が戻ってきた。うん、良いタイミングだ。
そんなに思いっきりドアを開けなくてもいいと思いますけどね。
息を切らしているところを見ると多分走って戻ってきたんだろう。病院内は走っちゃいけませんよ。あれ、先生呼びに行ったんじゃないの?
どうにも博士は先生を連れてきたような様子ではない。途中で本来の目的を中断してまで戻って来なきゃいけない理由でもあったのだろうか。
いや待て。嫌な予感がする。
「た、大変じゃよ」
「博士!? どうしたんだよ。取り敢えず落ち着けって」
乱れる息を整えるように促すコナンに博士は手でジェスチャーをして心配ないことを示す。額には汗が滲んでいる。
「さっき病院の先生達の会話を耳に挟んだんじゃが……」
マジで嫌な予感しかしない。それ以上先は聞きたくないな。
コナンもただならぬ博士の雰囲気に顔がマジモードになっている。いつもの江戸川コナンフェイスではなく滲み出てくる工藤新一感。
博士はコナンの目をはっきり見ながらゆっくりと続けた。
「この病院に爆破予告が届いたらしいんじゃよ」
「なッ!? ………って小々波さん!?」
博士のその絶望的な言葉を聞いた途端、俺の意識はまた深い闇の中へと落ちて行った。