【悲報】俺氏、死体に慣れる。 作:めんたんてん困難
自称唯の大学生、小々波漣斗。彼は突然僕の元へ現れた。
最初に出会ったのは確か、米花中央病院ですれ違い様に名前を呼ばれた時だったか。その時の彼はまさに満身創痍と言った感じで、点滴を打たれている腕は骨張っていたし顔には生気が全く感じられないような状態で足元もおぼつかない感じだった。
当時こちらは全く彼のことを認識していなかったのに彼は僕のことを知っていたようだった。理由を聞いてみれば、度々ポアロでバイトしている僕を見かけていたらしく、気になった彼は丁度隣に住んでいる共通の知人であるコナン君に僕のことを聞いたらしい。何故僕に興味を示していたのか尋ねてみれば、どうも彼はちょっとアッチの趣味をお持ちの方らしく、僕は自らの身の危険を感じて(決してそういう人たちに対して偏見があるというわけではない)彼から距離を置いた。
そしてそこで事件が起こった。
米花中央病院に爆弾が仕掛けられていたのだ。僕とコナン君で仕掛けられている爆弾は全て無事解除したのだが、それを知った犯人が直接病院内に乗り込んできたのだ。
そして入院中自室から出てたまたま病院内を歩いていた彼は、逆上した犯人の人質にたまたま選ばれてしまった。
全く関係のない一般人の、しかも病人の彼を人質に取った犯人へ怒りを感じながらも、余計な刺激を与えて人質の彼へ無駄な被害が及ばないようにと慎重に交渉を始めるつもりだった。
しかし僕はとんでもない勘違いをしていた。小々波漣斗は
あろうかとか彼は急に、風が強くヘリコプターのプロペラが回る音など周りが喧騒としている中、その場にいた全員に聞こえるほどのよく通る声量で犯人に対する不満を叫び出したのだ。
勿論そんなことをすれば犯人の
しかし彼のお陰で犯人の注意は完全にこちらから逸れたのだ。そしてそれを見計らったかのように彼は
彼はコナン君が唯の小学生でないことをすでに見抜いていたのだろう。これに関しては以前から二人は交友があったらしいので別段疑問に思うこともない。
結果、コナン君とその場でたまたま人質になった小々波漣斗の活躍で誰一人として犠牲者が出ることなくこの事件は幕を閉じた。
しかし僕はこの事件をきっかけに彼に少し興味が湧いた。(決してアッチの意味ではない)
自分が人質となり、命の危険にさらされている場面で、全く臆することなく堂々と犯人から
正義感の強い者なら出来るのかも知れない。彼は正義感に駆られ自分の命の危険を顧みず犯人に喧嘩を売った一般人。確かにそれで片付ける事は出来る。
しかし僕は思い出したのだ。病院のロビーですれ違う前、彼が焦ったように病院内で誰かを探していた事を。
多分彼は知っていたのだろう。病院内に犯人が紛れ込んでいた事を。そして病人でありながら、他の一般人を助けるべく、体に鞭を打って犯人を捜していたのだろう。
そして犯人を見つけた彼は自ら人質になったのだ。こちらが付け入る隙を作るために。
流石にここまで動ける一般人は居ないだろう。彼は警察関係者か、もしくはそれに順ずる組織に属している者なのだろう。最悪犯罪組織に関わっていてこういった場面には慣れているという線もある。
しかしそうなると彼がコナン君に僕のことを訪ねていたという事が引っかかる。スパイとは言え例の組織に所属している僕の情報を何処からか入手したのか、それとも公安警察としての僕に接触したかったのか……。犯罪組織に関わっている線を考えるとなるといずれ脅威になるかも知れない僕をマークしていたという可能性も捨てきれない。
この事件を機に僕は彼を警戒するようになり、少し距離を置いて様子を見ることにした。
すると今朝、ニュースで彼の名前を観た。それもちょっとではない。ご丁寧に顔写真までついて大々的に報道されていたのだ。
なんでも、警察ですら見破れなかった自殺に見せかけた殺人トリックを見事に解決に導いたらしいのだ。まだ大学生という事もあり、例の工藤新一による学生探偵ブームのような物も後押しして彼は一夜にして世間やマスコミの間で大学生探偵として有名人となった。
—————とのことらしい。
やはり彼は唯の一般人ではなかったようだ。大胆な行動力に加えて頭もキレるらしい。
ますます彼の素性が気になる。部下に調べさせるか。
見事に事件を無事解決し、大学生探偵という肩書きを貰った彼だったが、どうも注目されるのは好まないらしく、あの量の報道陣の追跡を振り切って一人でこの喫茶ポアロに逃げ込んできたのだ。
バイクに乗ってきたらしいが、なるほど。逃走ルートの見極めやドライビングテクニックもかなり優秀らしい。
最初のうちは警戒していることを彼にもわかるようにあからさまな態度を取ってみたのだが、それでも彼には全く意味がなかったらしく、そんな態度の僕をみても彼がこちらに対して態度を変える事はなかった。
彼の素性が全くの不明であり、ここまで優秀な人材が一体何処の組織に所属しているのかわからないまま接触し続けるのは危険な気がするが、どうも彼は本当に困っていたので取り敢えず話だけは聞いてみることにした。
話を聞く限り、彼は事件を解決したのは自分の力ではなく一緒に居合わせたコナン君の力だと言う。確かにコナン君は優秀だし彼の発見や発想には何度も驚かされてきた。しかしそれと同様に小々波漣斗がかなり優秀である事もここ数日でわかっている。それに彼はコナン君が優秀な子であることを気がついているような素振りをしていたし、それを利用して手柄を擦りつけようとしたかったようだ。
自分が優秀である事実が世間へ出回る事を嫌い、それを回避する為ならば自分の敵対する組織に所属しているかもしれない僕の元へ助けを求めに来る(————いや、利用すると言ったほうが正しいか)彼の肝の座り具合はなかなかのものだ。
『安室さん、俺を助けてください』
こちらを真っ直ぐ見つめながらそう言った彼の目は、『お前ならこの状況をどう打破する?』と言っているようだった。
面白い。ならば逆にこちらが利用してやろう。アッチ系だと偽って僕に近づいてきた本当の理由、彼の能力、真の目的全て暴いてやる。
覚悟しろよ小々波漣斗!
助手席から降りた彼はニヤリと口元を歪ませボソリと零した。
「責任は取ってもらいますよ、安室さん」
——————え?
———————————————————————————
という事で安室さんのせいで俺まで誘拐事件の捜査に協力しなくてはいけないことになってしまった。
場所は変わらず、俺たちが検問された大通り。周りにはパトカーが数台と白バイが一台。俺の目の前では相変らず交通整理がされていて、一台ずつ車を止めては検問をしている。ここの他に五箇所ほど検問を敷いているらしいがなかなか成果は得られていないようだ。
今回の事件は安室さんがチャチャっと解決してくれるかなと思って適当にボケーっとしていたら、何故か刑事さんたちが俺の周りで意見交換を始めた。
刑事さんたち平然と事件の詳細を教えてくるし、なんなら俺にめちゃくちゃ意見を聞いてくる。勿論俺自身に謎解きをする力や推理力があるわけないので、適当な事を言えば「なるほど」や「そう言う考えもありますね……」などと言う始末。一般人に頼りすぎだし素人の俺の適当な意見をなんの疑問も持たずに取り入れるなよ……。米花町からなかなか事件が減らない理由を垣間見た気がする。
というか安室さんがめちゃくちゃこっちを見てくる……。
安室さんからの視線に気づかないふりをしつつ、何だかんだで刑事さんたちの意見交換に参加していたせいで今回の事件の大まかな情報が分かってしまった。
誘拐されたのは帝丹小学校に通う一年生の東尾マリアという女の子。友達の家に遊びに行くと言って家を出たがそれきり行方がわからなくなったとのこと。約束の時間になっても中々家に来ない彼女を心配したその友達が東尾マリアの家に電話をかけたところ、もう何時間も前に家を出たと言う。その電話を受けた東尾マリアの母親が不審に思い警察に連絡。それを受けた警察が聞き込みや防犯カメラを調べたところ、黒のワンボックスカーに無理やり連れ込まれている東尾マリアが防犯カメラに映っていたため、誘拐事件として捜査を始めたらしい。
……なるほど、東尾マリアとな?
ツインテールに眼鏡をかけた関西弁が特徴の大人しめの少女とな? 帝丹小学校1年B組とな?
はいアウト。原作キャラです。どうもありがとうございました。
刑事さん達の話を聞いている途中で察してはいたけど、この子原作の漫画やアニメに何回か出たことある子じゃないか。確か大阪かどっかの関西圏から転校して来たせいで関西弁が抜けずクラスに馴染めてなかったらしいけど、家に遊びに行くような友達が出来てることを考えると、原作の五十何巻あたりの怪人二十面相の話は終わってるって事?
てかなんで誘拐されてんのよ。この子が誘拐される話なんて無かっただろ。それともあれか。もう俺の原作知識の範囲外のストーリーが進んでるのか?
確かに今まで俺が巻き込まれてきた事件も原作では無い話だったけど、今回みたいにほぼモブキャラとはいえ原作のキャラクターが被害者になってしまうケースは無かった筈だ。
原作に無い話で原作のキャラクターが危険な状態になる可能性があるって事なのか……?
「どうなってんだよ、全く」
なんだかよくわからなくなってきたので、とりあえずタバコを咥えて火をつける。肺いっぱいに吸い込んで深々と煙を吐くと、頭も心もスッキリしたような気がする。やっぱタバコは体に良いね。
スパスパしている俺を見て佐藤刑事が嫌そうに顔を歪めていたので俺は一旦刑事陣から距離を取ることにした。やっぱタバコは体に悪いからね。
「どうもすみませんね、昨日の今日で捜査に協力してもらって」
一人タバコを吸っている俺の元に目暮警部がやってくる。
もう安室さんは良いんですか? できればもう少し安室さんと喋ってて欲しいんですけどね。ほら警部が会話切り上げてこっち来ちゃったから安室さんめっちゃ俺のこと見てくるじゃん。目合っちゃったよ。気まず。取り敢えずウィンクでもしとこうかな。あ、おい露骨に目を逸らすなよ!
「少し小々波さんにお聞きしたいことがありまして。ちょっとよろしいですかな?」
「? まぁはい。全然良いっすよ」
急に改まって何だろうか。捜査の助言とか頼まれても困るんですけど。今回はマジで何の役にも立たなそうなんで。原作の話にあれば犯人も動機も全部わかるんですけどね。いやまあ仮にそうだとしても教えたりはしないんですけど! 目立っちゃうから!
俺は取り敢えず、断腸の思いで半分は残る吸いかけのタバコの火を消し、携帯灰皿に捨てる。目暮警部はスーツの懐を弄り、———タバコでも出すのか? 俺が途中で火を消したのに? ————メモとペンを取り出した。
「誘拐された被害者の子とはどこかで会ったことがお有りで?」
「いや別に会ったことは無いですけど?」
まあ容姿も出身も性格も喋り方も声も知ってるけどな。何故なら原作知識があるからです。こんな事目暮警部には口が裂けても言えないけど。
「なるほど……会ったことは無いと。確か小々波さんはコナンくんとも仲良くしていますよね?」
「仲良いかはわからないですけど、まあ顔馴染み程度じゃないですかね?」
不本意だけどな! てかなんで急にコナンの話? せっかく死神が居ないんだからわざわざ話に出さなくても良いでしょうに。どこからともなく本人現れちゃいますよ、話題に出すと。
「……。他に帝丹小学校の生徒で知ってる子はいます?」
え? 何なの急に? それこの事件に関係あるの?
……まあ知ってる子は結構いるけど、それは原作知識あっての事だからなぁ。ここは知らないって言っておいた方が無難な気がするな。一方的に俺が知ってるってだけだし。
「……いやぁー居ないと、思いますけどねぇ」
「なるほど、他にもいると」
「ん? ちょっと? 話聞いてました警部さん?」
警部はさっきから意味のわからない質問をしながら、俺がその質問に答える度に神妙な面持ちでメモに何かを記していく。
え? 何? マジでなんなの? この会話のメモる要素どこ? 事件に全く関係なくない?
てか警部さんのその目は何なんです? 何でそんなジト目で俺を見るんですか? 中年のジト目とかどこにも需要無いんでやめた方がいいですよ!
もしかして俺が嘘ついてるのバレた? 確かに少年探偵団や同じクラスのB組メンバーは話に出てくるから知ってるけどそれ言ったところで何て説明すればいいの? こっちが一方的に知ってるだけだし。こっちは知ってるけどあの子らはこっちのこと知らないなんて説明したらいよいよヤバい人認定されるだろ。
「小々波さん……「目暮警部!」……高木君?」
しかし俺と警部の全く生産性の無いやりとりは、焦った様子の高木刑事がやって来たことにより幕を閉じた。
「警部! 例の犯人のものだと思われる車が検問に引っかかりました!」
「なにぃ? すぐに行く!」
どうやら例の犯人が検問に引っかかったらしい。高木刑事からの報告を聞いた目暮警部が形相を変えて現場に向かって行く。
「小々波さん、取り敢えずこの話は事件が片付いたらということで」
訂正、幕は閉じてなかった。
———————————————————————————
高木刑事に案内されて検問の現場に来てみれば、そこには話に聞いていた通りの黒のワンボックスカーが。ナンバーも一致してるし、運転手も……うん、見るからに怪しいな。
マスク、サングラス、ニット帽装備の全身黒コーデ。さらに手袋までつけている。
—————まさか、黒の組織!?
ってそんなわけあるか。アホか。見るからに挙動不審だし。検問って結構手前で気付くのに怪しい格好したまんま来るし。ナンバープレートも偽造してないし。防犯カメラに映ってたし。
どう見ても素人の犯行なんだよなあ。あの極悪犯罪組織にこんなのいてたまるか。
全身黒尽くめの男————これだと変に誤解しそうなので言い方を変えよう、もう犯人で良いか————は佐藤刑事に車内を確認させて欲しいと迫られているが一向にそれを受け付けない。プライバシーの侵害だなどと喚いているが、それで突破できると思っているのだろうか。
車から降りることすら拒否しているが、警察側が強行して拘束するのも時間の問題か。
犯人はアホなのだろう。検問敷いただけであっさりと逮捕できてしまいそうだ。これなら安室さん居なくてもよかったじゃん。やっぱ帰ればよかった。
安室さんの方を見てみれば、キリッとした表情で犯人の車を観察している。次に運転手本人に視線を移し、数秒観察した後に目黒警部に耳打ちをしている。
このほぼ勝利が確定している様な状況でも一切気を抜かずに仕事を全うしようとする姿は流石プロだと言えよう。俺なんかもう気緩みまくってるからな。気持ちが既に事件から帰宅のことにシフトしている。
でも安室さんは何をそんなに気にしてるわけ? ずっと怪訝そうな顔してるし。いやまあ被害者の安否はまだ確認できてないけども。多分無事でしょ。だってコナンって基本ハッピーエンドだし。 正義が勝ち、悪は滅びるのだ。
確かに外から見た限りでは東尾マリアちゃんの姿は確認できていない。大方トランクに乗せられているんだろう。車内がやけに静かな気もするが、きっと眠らされているか、ロープかなんかで拘束されていて口もガムテープでふさがれて声が出せない状態なのだろう。
流石に殺されては……ない、よね? トランク開けたら死体が入ってましたなんて事にはならないよな?
ねぇ、安室さん……? 何でそんな怖い顔してんの? ねぇおい嘘だろ?
安室さんは表情をこわばらせたまま、また目暮警部に耳打ちをした。ウンウン頷いていた目暮警部が今度は安室さんに耳打ちをした。なんだか二人でコソコソしている。
それ気になるなぁ! 何で普通の声量で話してくれないかな! 目暮警部もどんどん表情険しくなってるし! そして時々二人してチラチラ俺の方を見てくるのは何なん?
あ、安室さんがこっち来た。
「小々波さん」
「はい?」
「もうご存じかと思いますが、奴が犯人です。外から見てもわかる様に攫われた女の子も無事でしょう。トランクで眠らされているんだと思います」
「あ、そう……っスよね!」
良かった。女の子無事らしい。てか外から見ただけで解るものなの? さっき犯人の事めちゃくちゃ観察してたけどあれってプロファイリングしてたのかな。犯人の言動を見て、攫った女の子に危害を加える様なタイプではないと判断したんだろうか。流石はZERO所属の公安刑事。
「そこで、今から犯人を拘束して女の子を救出するんですが……その、」
「?」
なんだろう。安室さんの歯切れが悪い。
「小々波さんには、なるべく離れた場所にいて欲しいんです。端的に言えば救出や犯人拘束に参加しないで欲しいなと……」
「え……?」
いやしねーよ!? なんで俺が進んで参加すると思ってんの? 俺ただの一般人だからね? 参加しそうな雰囲気出てたかな俺。心外だなあ。さっきコソコソ話してたのってコレのこと? んな無駄な時間使ってないでとっとと犯人捕まえなさいよ! それと安室さんは当たり前のように参加するのね。あなた一応ここでは私立探偵だから、ただの一般人扱いなんじゃないの? まあ安室さんがいれば100%犯人拘束できるから、刑事さん達が認めたんなら全然それで良いんだけどね。この世界の警察に意地とかプライドってものは無いのかな。
「参加すると危ないですから(少女が)」
「まぁ、そりゃ危ないですからね(俺が)」
「?」
「?」
なんか話が噛み合ってなくないか? そりゃ元々参加する気は無かったけど、なんだこの違和感は。わざわざ念を押してまで俺の事を遠ざけようとする理由があるのか? さっきの安室さんの険しい表情と言い、何か引っかかるんだよな……。ちょっと探ってみるか。
「いや、やっぱり俺も参加しようかなーなんて……」
「ダメです! 絶対に参加しないでください! 貴方はまだ間に合う!」
メチャクチャ拒否られてしまった。え、何? 俺ならまだ間に合うって。この拒否の仕方、俺に何か見られたら困るもんでもあんの?
……待てよ。とてつもない最悪の可能性が脳裏によぎる。
俺が死体に耐性が無いのは警部も安室さんも知っている筈。そして急に俺を現場から遠ざけようとする安室さん。参加すると危ないから、貴方はまだ間に合うという発言。
—————まさか、そんなまさか。少女はもう……!!
あの安室さんの、見ての通り少女は無事だと言う発言は嘘だったのか? 俺を安心させるための? いや、でも……。
ダメだ。やっぱり自分の目で確認してみないと。この様子だと安室さん、俺に少女の安否を確認させる気無いぞ。
「安室さん、やっぱ俺も—————、」
突然、耳をつんざく様な音があたりに鳴り響いた。その後「待てぇ!」と言う叫び声が耳に入る。さっきの音が、車が急発進した際に起きた音だと理解した時には、既に犯人の車はスピードに乗って逃走を開始していた。
「クソ、逃げられる! 追え! 追うんだ!」
急発進の衝撃で倒れていた佐藤刑事がすぐに立ち上がり、高木刑事とともにパトカーに乗り込む。サイレンを鳴らし逃走車を追跡し始めた。
けど多分そのパトカーじゃ追いつかないぞ!? 現に逃走車がどんどん離れていっている。
安室さんが自分の車で追いかけようとしてるが、あの人がカーチェイス参加して大丈夫か? 余計な被害出ない?
———どうする、俺。多分最終的には安室さんが警察が犯人を捕まえるのだろう。でも安室さんや警察が犯人を捕まえても俺が少女の安否を確認できるとは思えない。それにカーチェイスを始めたら余計な被害も出かねないし、もし少女が生きていたとして、彼女が余計な怪我を負うことになるかもしれない。
けど俺なら、俺なら被害を出さずにあの車に追いつくことができる。その術を俺は持っている。
でもこれ以上目立つのは……ッ。
チラリと白バイを見る。鍵はついてる。
俺が一番に逃走車に追いつけば、刑事や安室さんに邪魔されることなく少女の安否を確認することができる。この機会を逃して少女が生きてたか死んでたか分からないままこの先悶々と過ごすのか? それに犯人確保の指示を出すのに時間が掛かったのは、目暮警部と安室さんが俺に気を使ってくれていたからでは? だとしたら犯人が逃走したのは間接的に俺のせいだ。
イレギュラーな存在のせいでイレギュラーが起きたのなら、その責任は誰が取る?
———————俺が取るしかねぇだろうがッ!
ゴチャゴチャと考えるのは後だ。
白バイに跨りエンジンをかける。白バイは運転したことないが、見た感じベースはCB1300SFだから多分大丈夫だ。そのバイクならなら何度か乗ったことがある。
アクセルを捻ってエンジンを唸らせる。よし、いける。
「ちょっと!? 何やってるんですか!?」
白バイ隊員が気付いて止めようとしてくるがもう遅い。
唖然とする目暮警部や物凄い顔でこっちを見てくる安室さんを尻目に、俺は白バイを発車させた。
流石に白バイに起用されることだけあって速い。もう既に高木刑事の運転するパトカーを追い越してしまった。
「さ、小々波さん!?」
「うっそぉ!?」
ヘルメットをしてなかった事を後悔するが、死ぬ事はないから多分大丈夫。この
若干不安になりながらもスピードを落とす事なく、完璧なシフトチェンジでドンドンと加速させていく。体勢を低く保ち空気抵抗を極限まで減らす。奇跡的にスピードリミッターが無いタイプだった。時速はそろそろ200キロを越えようとしている。
勿論サイレンの鳴らし方なんてわかるわけがない。
ノーヘル私服の男が白バイに跨り、サイレンも鳴らさず、爆速で車と車の間をすり抜け、赤信号を突っ切って、時には逆走するその姿は、側から見れば暴走運転以外の何物でもなかった。あたり一面クラクションの大合唱である。
アレ? 俺これもしかして後で普通に捕まるのでは?
チラリとミラーを見ると、俺のすぐ後ろを安室さんが同じように暴走運転して追いかけて来ているので、俺がもし捕まる様なことがあれば安室さんも道連れにしよう。
そんなこんなで気づけば逃走車は目と鼻の先だ。そのまま横に並び運転席を見れば犯人と目が合う。その表情は焦りと驚愕で染められていた。
俺はそのまま逃走車を追い抜く。俺が今からやろうとしてる事は相当危険だしかなりの賭けだ。この世界のルールが俺の想像通りであればこの作戦は成功する。もし外れていればきっと大惨事になるだろう。俺はおろか、犯人も誘拐された少女も死ぬかもしれない。無責任かもしれない、頭がおかしいと言われるかもしれない。けど俺が今取れる最善の選択肢はこれしか無いんだ。
逃走車の走行ルートの直線上数百メートル前でバイクを急停車させる。道は一本しかないしあの車幅では避ける事は不可能だ。
俺は自分の体を壁にしてあの車を止める。
何度も言うがこれは俺が死なない前提で組んだ作戦だ。この世界で俺がただのモブキャラでなく物語の主要キャラの一人として存在していると
しかし、猛スピードで近づいてくる車を目の前に、段々と不安になってくる。
これで死んだら相当アホだな。美奈は悲しむよな。いや、怒るのかな。やり残した事いっぱいあるんだけどな。でも死んだら父さんと母さんに会えるかな。などと考えてしまう。
いや、いかんいかん悲観的になるな! きっと大丈夫! あの車はきっと手前で止まる!
このストーリー上に俺と言う存在が組み込まれているので有れば俺は、
—————死なないッ!
鳴り響く急ブレーキの音。たまらず目を瞑る。車が止まりきれずにこっちに向かって来ているのが気配でわかる。死の恐怖に今更激しく後悔する。今から避ければ間に合うか? しかし足がすくんで動かない。あぁ、もうダメだ。
……。
……………。
しかしいつまで経っても身体に衝撃が来ない。死ぬってこんなに一瞬なのか? 痛みとか感じない物なのだろうか? そんな馬鹿みたいな考えが頭に浮かぶ。
まさかとは思い、恐る恐る目を開けてみると、目の前にはコンマ数センチ、文字通り目と鼻の先に黒のワンボックスカーが止まっており、横では追いついた安室さんによってボコボコにされている犯人の姿があった。
あの子は? 誘拐された少女は!?
自分の身の心配よりも先に少女の事が頭に浮かぶ。俺の足は勝手に動いていた。
死体があるかもしれない、そんな可能性がある事はすっかり頭から抜け落ちていた俺は、トランクを開け中を確認する。
そこには、今まで自分の身に起きていた事なんて全く知らないといった様子で寝息を立て、ぐっすりと眠る東尾マリアの姿が。
その小さな身体を抱き抱えれば、当たり前のように暖かく、俺に生を実感させてくれた。
「ハ、ハハ……良かった……生きてた……ッ!!」
俺のこの言葉が己に向けられたモノなのか少女に向けられたモノなのか、自分でもよく分からなかった。
ただこれだけはわかる。こんな俺でも誰かを救う事ができるんだと。ぐだぐだと理屈を並べて行動しないより、なりふり構わず諦めないで立ち向かえばこんな素晴らしい結末もあり得るんだと。
そう思うと柄にもなく目頭が熱くなった。
少女の髪を撫でる。俺はさぞ慈愛に満ちた笑みを浮かべている事だろう。
「確保ぉぉぉぉっ!」
やっと追いついた刑事陣が目暮警部の一声で、安室さんにボコボコにされた犯人を数人係で取り押さえていた。
もう何もかもが最高だった。俺の活躍で全てが上手くいったのだ。もうマスコミに取り上げられても良いのでは? そんな考えまで浮かぶ。素晴らしい実績を残した者を世間が知る権利はあるわけだし。
あ、まずは安室さんにお礼を言わなくちゃな。俺をこの事件の捜査に関わらせてくれてありがとうってね。貴方のその選択で尊い命を助ける事ができましたよって伝えなきゃな。
俺は盛大な達成感に包まれながらそんな光景を見ていると、複数の刑事さんがこっちにも向かって来た。
「フッ……。この子のこと、よろしくお願いします。あんまり煩くすると起きちゃいますから」
超絶爽やかなスマイルを浮かべウィンクをしながら佐藤刑事にマリアちゃんを託す。
すると次の瞬間、
「か、確保ぉぉぉぉっ!」
俺は確保された。