【悲報】俺氏、死体に慣れる。 作:めんたんてん困難
盗んだバイク(白バイ)で走り出したら逮捕された。
カーテンの隙間からは朝の光が洩れ、外からは一日が始まったと感じさせる音が聞こえる。小学生達の元気な話し声やパトカーのサイレン、上司に電話で平謝りする会社員の声やパトカーのサイレン、立ち話でもしているのか近所に住む主婦達の笑い声やパトカーのサイレン、朝刊を投函する音にパトカーのサイレン、さらにはパトカーのサイレンが聞こえる。
俺はマグカップになみなみと入ったインスタントコーヒーを片手に、最近の日課になりつつあるニュースチェックを始める。テレビにはニュースを流し、卓上のノートPCではニュースサイトを開く。カフェインで眠気を飛ばしつつ、朝から元気な声で原稿を読み上げる美人アナウンサーの声を聞き流しながら、マウスのホイールを人差し指でなぞる。
『誘拐犯逮捕。警察とカーチェイスか【動画有り】』
目当ての見出しにカーソルを合わせてクリックするとPCの画面全体に記事が表示される。
『昨日、都内の小学校に通う女子児童を誘拐した無職の男(34)が逮捕された。男は女児を車に無理矢理連れ込み、睡眠薬で眠らせた後そのまま車で逃走。通報を受けた警察が検問を敷き、一時は犯人の車を捉えたが、犯人に一瞬の隙を突かれ逃走される。その後数分にわたる警察とのカーチェイスが行われたが、白バイに追いつかれた犯人はそのまま逮捕された。【動画】
激しいカーチェイスの中、女児は車にいたが怪我は無く特にこれと言った被害は見受けられていない。』
記事内に添付されている動画をクリックすると、画質の荒い縦長サイズの15秒の動画が再生された。百二十キロ程で走る黒いワンボックスカーを追いかけるサイレンを鳴らしたパトカーを追い抜くノーヘル私服姿の男の乗った白バイが映っている。
動画はやけに不自然なところで切られており、元の動画を無理やり15秒に切り抜いたかのような印象を受けた。これ多分白バイの後ろを走ってる白のRX-7が映らないようにするために編集したな。
やってくれたなオイ。ふざけやがって。自身がアナウンサーでもあり、報道関係者と強い繋がりのある
記事の下の方にはユーザーのコメントが書かれている。『三万件』と表示されているがこれはこの記事に寄せられたコメントの数である。多い。多すぎる。この事件がいかに注目されているかという事がわかる。
『白バイに乗ってる奴警察なの?』
『俺この時あそこ運転してたけど白バイサイレン鳴らして無いから全然気づかなくて引きそうになった』
『警察がノーヘルってw』
『いくら犯人追いかけてるからっていっても危なすぎる』
『せめてサイレン鳴らせよ。ノーヘルもどうなん? てかなんで私服?』
『おいコイツも逮捕しろよwww』
犯人や事件について触れているコメントはごく少数で、大半が動画に出ている謎の白バイ隊員についてだった。
テレビで流しているニュースでも、美人アナウンサーこと水無玲奈を映していた画面から切り替わり、同じように縦長で画質の荒い15秒の動画が流されていた。
件の白バイ隊員はマグカップ内の液体を一気に飲み干し、タバコを咥え火をつけた。煙を肺一杯に吸い込み、長いため息と共に吐き出していく。
またやってしまった。大学生探偵の次は謎の白バイ隊員か。二日連続ニュースデビューである。あっという間に有名人になってしまった。最高だ。ちっとも嬉しくない。何が『眠り姫を助ける白バイに跨った王子様』だ。好き勝手書きやがって。ぶっ飛ばすぞ。
テレビを見る。例の動画は終わり、また画面には水無玲奈が映っていた。動画について一言ほどコメントを述べた後、すぐに別の事件の記事に移り変わった。
米花町で起こった殺人事件について話す水無玲奈を画面越しにぼーっと眺めながら、俺は昨日起こったことについて思考を巡らしていた。
白バイをパクって犯人の車を足止めして逮捕&無事被害者救出にまで持っていく事が出来たのは良い。趣味のツーリング、サーキット通いがこんなとこで役に立つとは思わなかった。カーチェイスが野次馬に撮られていてニュースに取り上げられたのは全然良くないが、今はそれは置いておくとしよう。問題はそこからだった。
警察は事件解決の救世主とも言える俺の事を逮捕しやがったのだ。普通に手錠かけられてパトカーに押し込まれて警察署まで連行された。パトカーに乗るなんて小学校の職場体験の時以来だった。ちょっと懐かしい感じがした。じゃねーよ。
なんで俺が逮捕されなきゃいけねーんだよ! 確かに白バイパクって道交法ガン無視して暴走運転したけど、それは犯人を捕まえるためにした事であって、今回は見逃してくれても良くない? それになんで同じようなことした安室透はノータッチなんだよ! え? 安室透は白バイ盗んでない? 確かに。
と、パトカー内でいろいろ考えていたが、その時の俺はどうやら少し勘違いをしていたらしい。
端的にいうと別に逮捕でもなんでも無かった。留置所にも入れられてないし勿論前科もつかない。警察署に着いたら普通に手錠外されて佐藤刑事に怒られただけだった。
なんでも、一応逮捕の形だけでも取る必要があったらしい。もしあのまま俺を帰していたらマスコミどもに捕まって晒し上げられ、有る事無い事書かれて大変なことになっていたかもしれないとのこと。確かにニュースでは謎の白バイ隊員で完結してる。私服ノーヘルノーサイレンという怪しさ満点だが警察関係者ということで処理してもらっている。動画でも画質が悪かったりブレてたりで上手いこと顔はわからず、俺だと特定されていない。よって俺の個人情報が漏れたり晒されたりしていることも無い。
逮捕というより保護してもらったという方が正しいだろう。
佐藤刑事には無茶をするなと怒られた後、犯人逮捕に協力してくれてありがとうとめちゃくちゃ感謝されたし、形だけとはいえ手荒な真似をしてすまなかったとも謝られた。白鳥刑事には尊敬の目で見られたし、高木刑事からはめっちゃ称賛された。
まあでもこれは俺が悪いな。あの時は切羽詰まってたからあんな行動を取ってしまったけど、後々考えてみれば俺がバイクで追いかけなくても安室透に全部任せれば解決してたし。誘拐された少女の安否をどうしても確認したいという自分勝手な考えで色んな人に迷惑をかけてしまった。結局少女は無事だったから、死体を見て気を失うなんてことにもならなかったし。
—————アレ? じゃあなんであの時安室さんは俺を少女に近づけさせないようにしたんだ?
解放された後、目暮警部から変なこと言われたし。何? 君ならまだ間に合うぞって。君のそばには素敵な女性がいるんだから子供だけは辞めなさいって。私も君を逮捕なんてしたくないって。何を言ってるんですか警部は。
閑話休題。
誘拐された少女の事なども考え、この事件には情報規制が掛けられた。少女の名前は勿論、年齢や小学校名、学年も伏せられ、俺の情報も公開されることは無かった。安室透に関しては、メディアの悪質な編集により事件解決に関わった事すら報道されていない。
動画は撮られてしまったが、先も言った通り、個人を特定できるものでもないし、規制をかけたところで一般人やネットでは簡単に出回ってしまうため放置。警察からの公式発表で、件の白バイ隊員は警察関係者という事にしてもらった。
しかし逆に今回のこの事件のお陰で助かった事がある。マスコミや世間の興味が大学生探偵から謎の白バイ隊員に移ったのである。
……まあどっちも俺なんだが。
昨日まではあんなに大学生探偵で盛り上がっていた世間も今では謎の白バイ隊員の話で持ちきりだ。大学生探偵なんてたった一日しか経ってないのに、はるか昔の存在扱いだ。米花町は事件が多すぎるせいで、似たようなニュースが次々と出るから、一つの記事なんてすぐに人々の記憶からは薄れていくのだろう。米花町サマサマすぎる。この世界で有名になるの相当難しいのでは? 今だに世間から忘れられてない眠りの小五郎ってやっぱすげーわ。主に事件遭遇率が。
そんなこんなで、昔の人扱いになってしまって世間からの関心が一切無くなってしまった大学生探偵の俺は、元通りただの一般人に戻った。家に報道陣が押し掛けてくることは無いし、道を歩けば盗撮されることも無いし、個人情報をばら撒かれることもない。
安室透に事件を解決させて世間の注目の的を彼に押し付けようとしていた当初の目的とはかなり違った物になってしまったが、結果オーライである。警察署で再会した安室透からの視線は相変わらずキツかったが。
そう言えばあの後警察署内で誘拐から保護された東尾マリアちゃんに会い、ありがとうと言われ抱き付かれた。彼女との微笑ましいやり取りの間、何故か安室透と目暮警部からガン見されていたが。
さて、タバコも吸い終わり目当ての記事もチェックし終えたのでそろそろ外出の準備をしなくては。
今日は両親の命日なので墓参りに行くつもりだ。ここ最近事件に巻き込まれるせいで俺のスケジュールはめちゃくちゃだった。だから、ちゃんと命日に墓参りが行けるとは思ってなかったので、今日は何も起こらなくてラッキーだった。
コナンも居ないしマスコミも押しかけて来なくなったのでやっと気軽に外出する事ができる。久しぶりに訪れた平穏な日常、最高だ。
テレビとパソコンの電源を切り、外出用の服に着替え、ヘルメットとバイクのキーを取ろうとし……。
「やべ、ポアロにバイク置きっぱだ」
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自分のデスクに座り、部下に入れて貰ったコーヒーを飲み、カフェインで朝の眠気を飛ばす。程よい苦味と微かな酸味を感じたところで、目の前の書類に意識を向けた。昨日の事件の報告書であり、上に提出するための最終チェックをするところだ。
———————うむ、特に問題はないな。
しっかり目を通し、記入漏れやミス等がないことを確認し、警部と書かれた欄に「目暮」の印鑑を押す。
これで昨日の事件についてはあらかた片付いただろう。
「……ふぅ」
自然とため息が漏れる。勿論理由は昨日の出来事、目の前の報告書にある事件の事であり、その中心人物に対してだった。
——————小々波漣斗くん、か。
脳裏に浮かぶのはあの青年の姿。線が細く色白で目の下の隈が目立つやけに不健康そうな見た目の男の事だ。
最近事件現場で良く遭遇するが、実に不思議な男だ。初めて出会った時は殺人事件の第一発見者としてだった。最初の印象はごく普通の男。多少挙動不審な所はあるが、刑事というフィルターを外して関わってみれば、物腰の柔らかい今時の好青年だった。しかし普通、悪い言い方をすれば凡人。そんな印象だった。少なくとも安室さんや沖谷昴さんのような曲者達が纏うあの独特なオーラや鋭い雰囲気は感じられなかったし、事件や荒事に慣れているようにも見えなかった。なんならそう言った事を避けているような印象を感じたほどだ。
しかし米花中央病院では敢えて人質となり、命の危険をものともせず犯人の隙を作って逮捕に協力。スーパーでは我々警察でも気が付かなかったトリックを見破り事件解決。挙げ句の果てには昨日、本来の白バイ隊員ですら絶賛するほどの運転技術で白バイを操り犯人の逃走を阻止する始末。ここ数日で三件も事件解決に協力してくれている。
まさかここまで優秀な人間だとは思ってもみなかった。
正直、自分の人を見る目やそういった勘には自信があった方なのだが……。彼に会ってからはその自信も無くなってきている。
そんな彼だが、最近妙な一面を見せる時があるのだ。
昨日の事件の被害者である東尾マリアちゃん。彼女は帝丹小学校に通う一年生なのだが、勿論小々波君とは事件当時まで面識は無い。これは彼女本人にも確認している。しかし小々波君は、誘拐されたのが東尾マリアであると知った時、激しく動揺したのだ。あれは東尾マリアという少女を元から知っているといった反応だった。
さらに「コナンくんの他に帝丹小学校に知っている子はいるか」と言うこちらの質問に対し、彼は明らかに動揺しながら「知らない」と答えた。あの反応はどう考えても嘘をついている者の反応だった。帝丹小に顔と名前を知っている子が他にもいるだろうことは明らかだった。
なぜ彼はそれを隠そうとするのか。別に知っているなら知っていると正直に言えば良いだけのこと。コナンくんと関わっているのだから他の少年探偵団の子達と関わりがあっても何も不自然ではない。
しかし彼は隠した。自分が知っているという事を他の人に知られたくなかったのだ。
理由として考えられるのは、自分は一方的に知っているが、相手は自分のことを知らないから。なぜ一方的に知っているのか。それは帝丹小を時折覗いているからではないだろうか。
だから一方的にしか知らなくて、その事を警察の私に知られたくなかったために嘘をついた。
あまり信じたくはないが、そういうことなのだろう。だから東尾マリアを救出することに異常な執着心を見せ、無茶な方法を取ったと思えば昨日の彼の行動にも合点がいく。
流石に知り合いから犯罪者を出すわけにはいかないので、昨日署で彼を説得したがどこまで響いていたかはわからない。すぐ隣に目を向ければ素晴らしい女性がいるだろうと何度も言ったのだが……あの反応はあまり伝わっていなかったんだろうなぁ。
江口さん、どうか小々波くんを正しい道に戻してあげてくれ!
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バイクを取りに歩いてポアロに行くと、ちょうど梓さんがいたので少々話し込んでしまった。俺のバイクを見た梓さんが「カッコいいバイクですね!」なんて言うもんだから、嬉しくなってしまった俺はそれはもう水を得た魚のようにペチャクチャとこのバイクについて語ってしまったのである。
専門用語とか使っちゃって早口で語り尽くしたわけなんだが、梓さんは絶対わかんないはずなのに笑顔で最後まで俺の話を聞いてくれていた。なんて優しいんだろう。そして俺はなんて恥ずかしい事をしてしまったんだろう。
「キモいとか思われてたらどうしよう……」
いや、梓さんはそんなこと思わない。何故なら優しい天使だから。うん、きっと、大丈夫。
しかし俺のこのおしゃべり癖は治した方が良い気がする。テンションが上がるといらんことベラベラ喋ったり、うっかり思ったことそのまま口から出しちゃったり。後者に関してはそのせいで二回も事件に巻き込まれている。良くない。これは実に良くない。
よし、これからは口数少ないクールキャラでいくか。
これからの自分の立ち位置について真剣に考えている内に、気がつけば目的地付近まで来ていた。取り敢えず思考を一時中断し、目的地———月参寺の近くの駐車場にバイクを停める。
この寺に来るのも一年振りか。両親が亡くなった年は毎月欠かさず来ていたが、だんだんその頻度も減り、留年とか色々あって顔向けできないとか思いっていたら、気がつけば命日にしか墓参りに来なくなっていた。
家から近いんだし、もう少し墓参りの頻度上げよようかな。
小々波家の墓に向かう道中、一年ぶりにお坊さんに会い「お久しぶりです」と声をかけたら、「お、小々波さんとこの。いつもありがとうね」と言われた。はて、誰かと勘違いしているのだろうか。俺の他に親族なんて居ないから墓参りする奴なんて俺くらいだろうし、他と間違えるなんて事は無いと思うけど。それとも墓参りのサイクルは一年おきが「いつも」なのだろうか。
—————アレ? 誰かがうちの墓で参拝してる?
見間違いかとも思ったが、しっかり「小々波家之墓」と書かれた墓石の前で手を合わせている。黒髪の女性で、年齢は30歳くらいだろうか。わざわざ喪服で来てくれたのか、上下共に真っ黒だ。
俺は今まで俺以外の人間が両親の墓参りをしているところを見たことも聞いたこともなかった。まあ、美奈ともう一人の幼馴染は俺と一緒に何回か墓参りに来てくれたことがあったが、それくらいだ。それこそ両親の友人だとか同僚だとかが墓参りに来ているのを俺は見たことがなかった。
「あら、あなたもしかして漣斗君?」
参拝の終わった女性が振り返り、俺のことを見てどこか懐かしそうな表情を浮かべる。
いや、この人どっかで見たことあるような……。
「はい、小々波漣斗です。あの、うちの両親のお知り合いの方で……?」
「ええそうよ。昔、貴方のご両親に少しお世話になってね。お線香あげさせてもらったわ」
「あ、そうだったんですか。ありがとうございます」
「それにしても大きくなったわねぇ。昔あなたにも会ったことあるのよ、私」
「すいません、あまり覚えてなくて」
「良いのよ。ずいぶん昔だもの。覚えてなくて当たり前だわ」
なるほど。だからどこかで見たことあるような気がしたのか。それにしてもこの人、見た目上品で綺麗な人ではあるんだけど、なんか目が怖い。いや、ほぼ初対面の人にこんなこと思うのは失礼なのはわかってるんだけども。今も笑顔なんだけど、目は笑って無いというか、なんだか不気味な雰囲気を感じる。
「あら、ごめんなさいね。立ち話させてしまって。早くご両親とお話ししたいでしょうに」
気を遣ったのか、早々に話を切り上げる女性。最後に俺の顔を一瞥してフッと微笑み、「それじゃあね」とだけ言い踵を返す。
しまった、せっかく両親の知人を見つけたんだ。何かもうちょっと情報を……。
「あの、お名前を聞いても?」
「そういえばまだ名乗ってなかったわね」
その真っ黒な瞳が、また俺の顔を捉える。
「弁崎素江よ。よろしくね——————小々波漣斗君」
彼女の微笑みは、何故か俺の背筋を凍らせた。