「私が若を必ず護ります」
そう話す彼女に対して、俺が引け目を持ったのはいつの頃だっただろう。
俺は小さい頃にある約束をした事とは別に、一人の少女が誓いをしたのだ。
『必ず護る』
いつの間にか竜に拾われた幼い頃の彼女は、その約束を守るために血の滲むような訓練を行っていた。とはいえ俺が彼女を知ったのは、彼女がウチに来てから三年くらい経った後だ。確か……8年前だったか。
ある日親父に呼ばれて親父の部屋に行ったら、そこには親父と竜と知らない女の子がいた。今とは違って髪は短かったけど、とても可愛い女の子だったことは覚えている。
その時に初めて彼女が俺に言った言葉が、『必ず護る』だったんだ。
▽
「さっきはごめんなさい! 私本当に急いでたの!!」
そう勢いよく頭を下げる桐崎さんが私の目の前にいて、私は今とても困っています。
あの後は結局何だかんだあって、先生が復活した若と桐崎さんを仲が良さそうだからと隣同士の席にしていたらしいのです。
らしいというのは、本日2度目の若が吹っ飛ばされる事態に私の心が保たず、意識が遠くへと逝ってしまっていたからで。HRが終わるまで私は遠い世界へと旅立っていました。
そして私が覚醒するや否や、若の隣つまりは私の後ろの席になった桐崎さんが私の前にわざわざやってきて、冒頭の頭を下げるに事態へと発展したのです。
「あ、頭を上げてください桐崎さん……私は怪我も無かったので大丈夫です。ただ…………私だから良かったですが、もしこれが他の人だったら大惨事になっていたかもしれないので、今度からは塀を乗り越えたりしてはダメですよ」
「うぅ………ごめんなさい」
とりあえず私は気にしていないこと。後は私が庇っていなかったら若が危なかったことを考えて彼女に注意すれば、彼女は反省してくれました。
どうやら根は素直なようで、落ち着いて話せば怒鳴ったりせず、自分のした危険行為を顧みたりできる人物でした。
少々手が出やすいのかもしれないけど、一般人が持つ常識の枠を出ないので、若の命を脅かす人物と危険視しなくてもいいでしょう。
それに……
「はッ、怒られてやがる。これだから猿は」
「なんですって!?」
「ゴハッ! て、てめぇいい加減すぐ手を出すのはやめろこの脳筋ゴリラ!」
これは若の自業自得です。
あらかた若と口論していた桐崎さんですが一度落ち着くと再び私の所に戻ってきました。が、何でしょうか? 私の前に来たのは良いのですが、何故か躊躇ったようにモジモジと手を擦っています。
あざとい……けど可愛いですね。
「どうしたんですか桐崎さん?」
「えっと……ね? その………さっき貴女に酷い事したので今更なんだけど……名前教えてもらってもいい?」
そういって意を決したように告げる彼女。なんだか、どこかで見たような姿を幻視してしまうのは……気のせいでしょうか?
……っとそんなこと考えている暇ありませんでした。桐崎さんが私の返事を中々貰えなくて不安になっています。
「私の名前は佐々木理央といいます」
「佐々木さんね! ささき、ささき……よし! 覚えたわ!」
とても元気があって見ているだけで微笑ましいですね。無邪気と言うか……でもそこが彼女の魅力のようです。
最初は若に手をあげた人だからと少し警戒していましたが……大丈夫そうですね。
「佐々木ではなく、理央と呼んでいいんですよ? 他の皆さんからも理央と呼ばれていますし」
「ほんと!? じゃあ私のことも下の名前で呼んでほしい!」
「わかりました。千棘さんですね」
こうやって笑顔で話す千棘さんに私は和みながら話していると、斜め後ろの席で若の叫び声が聞こえてきました。
敵襲!? と慌てて振り返れば、そこには絶望したような顔で若は立ち上がっています。
「無い!俺のペンダントが無くなってる!!?」
そう叫ぶ若の声を聴いてどうやら敵襲ではなかったことがわかり、こっそりホッと息を吐きだす私。
いくらビーハイブとの抗争があるとはいえ過剰反応になっているかもしれませんが、さっきから千棘さんに吹っ飛ばされる若を見ていたから張りつめているんです。
だから若。そんなことで叫ばないでくださいと一瞬思ってしまった私を許してください。……本当に、ごめんなさい。
その後、ペンダントを無くした原因が今朝の彼女の襲来に因るものだと気づいた若が、千棘さんに手伝ってもらう約束を取り付けて。
放課後に喧嘩しながら探しているだろう二人を想像しながら、私は若の手伝いをせず屋敷に向かって先に帰っています。
本来なら若の手助けを私もするのですが、今はビーハイブの者達と交戦中。
戦力を求められている私が行かないわけにはいかないのです。
若の送り迎えを護衛したいのですが、あちらには既に私の顔もバレてしまっています。だから屋敷の中か学校以外では、あまり若と接しないようにしないといけないのです。
そういうわけで、私は一人屋敷への帰路をトボトボと歩いています。
ああ……帰りに可愛らしく手を振って別れを告げる千棘さんが遠い世界の住人に思えます…………。
私が屋敷に着けば、そこには既に戦闘準備を終わらせている組の皆がいました。
すると、その中心にいる父上が私の気配に気付いたようで、私に声を掛けてきます。
「おう帰ったか理央。これから巡回じゃけぇ、お前も準備しろ」
「はい父上」
いつもと様子の違う、ドスの利いた声で私に話し掛けてくる父上。彼の様子が、この後に起こる血みどろの戦争が起きる事を如実に理解させられますね。
組の下の者が私に近付いてきて、大振りな刀を私に渡してきます。私はこれを脇に差し、次いで制服に忍ばせていた短刀も脇に差します。
本来なら私も皆と同様に和服を着るのですが………今はそんな余裕も無さそうなので諦めます。
ビーハイブの彼等がいると思われる場所は廃墟の工場だったり、人気の無いビルの裏道。
先日交戦のあった場所には多分、かなりの戦力が投入されているでしょう。当然私もそこに行きます。
明日をも知れぬ我が身。ですが、捨てられたあの日から私の覚悟は既に出来ているのです。
であれば、私は命を賭してでも…………賭けたくは無いですが。できれば生きたい。それでもって恋人が欲しいです。
我ながら締まらないですね…………
▽
「ふぅあ~……」
洋風の屋敷のとある部屋。女の子らしい装飾で彩られた室内で、可愛らしく欠伸を洩らす少女。桐崎千棘が机に向かって椅子の上に座っていた。
机にはペンとノートが置かれている。ノートには人の名前とその人の特徴が書き綴られていた。
「あんまり埋まらなかったなぁ友達ノート。それもこれもあのモヤシのせいよ。アイツのせいで理想の友達作り計画が台無しになったじゃない!」
そう文句を呟く彼女は、転がしていたペンを手に取ると再びペンを走らせる。ノートに書かれた一条 楽という文字の下に、綴られた特徴が悪口で埋まっていく。
しばらく悪口を書いて満足した彼女は、ペンを止めて再び欠伸を洩らす。
(ふぅ………まあ、いいわ。こっちに来て初めて友達になってくれた理央ちゃんとも仲良くなれたし。滑り出しは順調!)
グッと拳に力を込める彼女。その様子はいくら転校初日に友達ができたとはいえ、並外れた彼女の嬉しさが伝わってくるようだ。
(でもなんであの子、男子の制服着てたんだろ? それに妙に男子の姿が似合っているっていうか……)
彼女が思い出すのは、今日彼女が起こした不注意がきっかけで出会った理央の姿だった。
中性的でスッと目鼻立ちの整った美貌。身長は平均的な女子より高いが男子よりは確実に低く、身体の線も細い上に女の子らしい体の丸みを帯びている。髪は複雑に編み込まれたアップスタイルに纏められていて、うなじから見える白い肌は女の子である千棘ですら色気を感じてしまうほどだ。
とはいえ理央は明らかに男子には見えず、制服姿はまさに男装している女の子と言っていい。洗練されたように美しい姿勢やそのしぐさは、男子の制服を着ているのに女性特有のらしさが浮き彫りにされてしまっている。
(もったいないな……そういえば鶫も男の子の格好ばっか着てるし………ん?)
しばし千棘が理央について思考に耽っていいると、部屋の外からドタドタと騒がしい声が部屋の中に届いてくる。
その声の量は一人二人ではなく、何十人と男の声が聴こえてくるのだ。
「はぁ……またあいつ等何かしたわね」
千棘は少し憂鬱そうに溜息を吐きながら立ち上がった。そのまま部屋を出て広く空いた廊下を渡り歩けば、下の階に続く階段が見えてくる。
どうやら階段下の広間に男たちはいるようで、階段に近づいて行けば騒ぎの音がどんどん千棘の耳を強く震わせる。
「あんた達さっきから何騒いでるのよ」
「あ、お嬢!」
千棘が階下に降りて近くにいた男の一人に話しかければ、彼女に気付いた男たちが頭を下げて千棘に挨拶する。
彼らは皆マフィアのような風貌をしており、千棘が見る限り男たちは皆傷を負っていた。まるでどこかの勢力と戦争をしたかのようである。
「いやぁ~さっきまで俺等、集英組のヤクザ共とドンパチやって来ましてね。ちょうど今帰って来やしたんですよ」
「またか……それはそうと、今日は一段と怪我してきたわね」
「ああ、それは―――――」
「そいつらが未熟者だからですよ、お嬢」
男の声を遮り、千棘にそう話しかけてこちらに向かってくる男がいた。
ピンクのスーツと黒いワイシャツを羽織り、銀髪にメガネを輝かせたその人物は千棘に笑顔で近づくと、恭しく跪いて頭を垂れた。
「お嬢。不肖クロード、ただいま帰りました」
「はいはいおつかれー………でも珍しいわね? あんたは別にしても、皆がこんなに怪我するなんて」
千棘はクロードと名乗る男の大袈裟な振る舞いを適当に流しつつ、疑問になったことを素直にクロードに尋ねる。すると彼は先ほどまでの笑顔が一転して無表情になり、中指でメガネの位置を調節しながら忌々しい物を見たかのように声を出した。
「少々面倒な
「フーン……」
「ですが安心してくださいお嬢。奴はこの私が直々に相手をして左手を撃ち抜いたので。しばらくそのガキも満足に動けないでしょう」
千棘はクロードの話を聞いていて少しばかり顔を顰めた。
話を聞く限り、クロードは千棘と年の近い少年の腕を撃ったのだ。そういう世界だと彼女自身も知っているが、それに対して思うところがあるのも事実。
特に彼女も、先ほどクロードが発言していた誠士郎という知り合いがこの世界で殺し合いをしているのを知っているだ。それを思うと心中穏やかではいられない。
気分が悪くなった千棘は彼らがいる空間から早々に離れ、自分の部屋へ戻る。
ベットに倒れこんだ彼女は天井を見上げてポツリと息を吐きだした。
「はぁ……私がマフィアのボスの娘だってバレたら、また皆怖がるよね………今度こそバレないようにしなくちゃ」
脳裏にこの一日で不愉快になった男の顔と新しくできた友達の顔を思い出しながら、彼女はゆっくり瞼を閉じるのだった。