気持ちのいい朝がやってきました。おはようございます私。
というのは嘘で、気分は最悪です。腕が痛いですし熱で身体がダルイです……。
やはり鉄棒の無理が祟ったせいでしょうかね。私はあの後倒れたらしく、結果傷口が開いて容態が悪化。倒れてから一週間も経ってしまいました。
若には怒られ、組の皆には心配され。
それに、一番心に響いたのが父上の泣き顔です。
怒られると思ったのに、父上は私に泣きながら頭を下げて謝罪を繰り返したのです。
「すまん! すまん理央! 俺があの時、あの糞眼鏡を逃さなかったら!! お前に過剰な期待をして無理させちまった! 俺は……俺はお前や若になんて償いをすればいいんだぁ!!」
もうギャン泣きです。言葉も謝罪やら後悔やらで支離滅裂なことばかり言い出しますし………。
でも、父上を悲しませてしまった。
それだけは私の心に重くのし掛かるのです。これならまだ怒られた方がマシです。
ちなみに若から聞いたのですが、千棘さんからお見舞いの手紙などが来ているそうです。
なぜ手紙なのかと言うと、流石に彼女をこのヤクザの巣窟に招待させる訳には行かなかった若が、気を利かせてくれたお陰なのだとか。
読んでみると、私の安否について心配していることや 学校の近況等が書かれています。
私に対する優しさが伝わってきてとても嬉しいです。
ただ近況については 若から手紙に書かれていること以上に聞かされるので申し訳なくなるのですがね。
最近では千棘さんがクラスメイトの女の子達に若と付き合っていると勘違いされてしまったとか。
それが原因で若と大喧嘩に発展してしまったらしいのです。
二人とも仲が良いですからね……私に送る手紙を若に渡したり、放課後の二人っきりで何かする様子が勘違いを生んでしまったのでしょう。
私が原因なのでとても心苦しいです………
早く熱を治して学校に行って、千棘さんにお礼と謝罪をしたいです……。
「もやし。今日も理央ちゃんは学校に来れないの?」
楽が教室に辿り着いて自分の席に着こうとした直後、隣の席に座る千棘が彼にそう声を掛けた。
その顔は心配と楽に対する不満そうな表情が浮かんでいる。おそらく、大喧嘩した上に話したくないと宣言した楽に話しかけるのは不満だが 理央の安否だけは気になって仕方がないといった様子が顔に出てしまったのだろう。ひどく複雑な表情をしている。
「ああ……まあな」
「そっか……はぁ。なんであんたみたいなモヤシの所に理央ちゃんが住んでるのよ。おまけにアンタはお見舞いに来るなって言ってくるし。意味不明よ」
「……うっせーな。こっちにも色々事情があんだよ」
二人の空気はとてもギスギスしていた。
元々 理央が休み始めてから楽がイライラしていたことで二人の間に不穏な空気が流れていたのだが、先日のある口論でとうとう話すらしなくなったのだ。
あの日、理央が倒れた時。真っ先に理央に駆け寄ったのは千棘だった。
急に倒れた理央を心配した彼女が目撃したのは、目を閉じていながら額にびっしりと玉の汗を浮かべ 左腕を苦悶の表情で押さえている理央の姿だった。
押さえているジャージの左袖からは赤いシミが少しずつ広がっていく。その様子を見慣れている千棘はすぐに意味を理解した。
だがそれを見て呆然としてした彼女が正気に戻るより先に、千棘に続いて駆け寄ってきた楽が理央の様子を見てすぐに対処に移った。
救急車を呼ぶと嘘をついてスマホを取り出した彼は 体育教師に断りを入れてから組に連絡。すぐに偽装された救急車でやってきた組員が理央を回収していった。
翌日は理央が貧血と熱中症で倒れたと学校側に連絡が入り、今は家で安静にしているということでこの件は収束してしまった。
クラスメイトや教師はひとまずそれで安心したのか、理央を心配しながら普段の学校生活に戻ったのだが千棘は違った。
お見舞いに行くから楽に理央の自宅を尋ねれば、彼はそれを拒否したのだ。
「なんでよ! 友達のお見舞いに行くのに何でアンタの許可がいるわけ!?」
「あいつは俺ん家に住んでいるからだ。しかも理央は今、絶対安静。お前に会わせるわけにはいかねえ」
楽の言い分は千棘を騙すための方便だが、決して意地悪で言っているわけでは無かった。ただ自分はともかく、千棘に理央がヤクザであることを今の状態で教えたくなかった楽の心が、彼女のお願いを断ったのだ。
しかし千棘はそれに納得がいかず、楽に詰め寄った。
「貧血と熱中症? ふざけないでよ……私は見たのよ! 理央ちゃんが腕から血を流してたのを! 痛みを我慢した様子であんたに腕の傷がバレないようにしてたの、私は知ってるんだから! アンタ、何を隠してるの!?」
「うるせー! オレだって今後悔してるところなんだよ!」
そこからはいつものように口喧嘩に発展して、いつものように最後は千棘の暴力でうやむやになってしまう。
ただ喧嘩しようとも千棘は理央の事については楽に一応の一定な信頼があった為、そこまで強くは聞かなかった。
だが二人はある出来事をきっかけに明確な亀裂が走った。
その日、今にも雨が降りだしそうな程天気が悪い日の事だ。
放課後、いつものように千棘が楽のペンダントを探す手伝いに行こうとしたところで、二人の女子のクラスメイトに声を掛けられたのだ。
「ねぇねぇ、桐崎さんって一条君と付き合ってるの?」
「………hぁ!? ないない絶対ない! なんで私がよりにもよってあんなモヤシと!?」
そう千棘が否定すれば、二人の生徒はとても安心した様子を見せたのだ。
なんでも放課後、千棘と楽が二人で一緒にいるのをよく見かけた女子たちがそう勘違いしてしまったらしい。だがそれも千棘の言葉を聞いて違うとわかり、満足したのだとか。
「それが聞けてよかったよ。だって、もし二人が付き合ってたら、理央くんが可哀そうなんだもん」
「ね。理央くんがいない間に二人が急接近とか、ほんとシャレにならないもんね」
「へ? なんで理央ちゃんが可哀そうなの?」
二人の誤解を解けたことにひとまず一安心した千棘であったが、何故か理央の話題が出てきたことで興味と不安が加速し 二人に尋ねてしまう。
すると、千棘からは予想だにしない言葉が二人から飛び出た。
「だって理央くん。一条君のことがずっと前から好きなんだよ? しかも片思い」
「それなのに突然自分がいない所で好きな人が付き合ったとか、ショックすぎるよ」
「……………えええええ!!? 嘘!?」
あまりの衝撃的すぎる事実に千棘は驚愕した。
別に男が男に好意を寄せている、という点に彼女は驚いたわけでは無い。なぜなら千棘もまた理央が女であると思っているから。
ただ自分の友達に好きな人がいるという事実と その相手がモヤシモヤシと侮辱している楽であるとは思わなかったからだ。
ただそれをどう勘違いしたのか、二人は懇切丁寧に説明し始めた。
「桐崎さんも知ってるよね? 理央くんって男子の制服着てるけど、ホントは女の子なんだってこと。実はあれって意味があってね?」
「なんでも一条君の家が良いところの家らしくてさぁ。それで理央くんの家は一条君のボディーガードの娘らしくて、彼女の家訓で男装して一条君を警護してるんだって」
「そ、そうなんだ。なるほど、だから…………でもなんでその事とモヤ…一条君が好きって事に繋がるの?」
話ながら自分の知らない理央の情報を脳内ノートに埋めていく千棘。
話を聞いている限りで彼女も何となく怪我の理由と 理央と楽の関係性にある程度納得してきた。
ただ、そうなってくると乙女の心を持つ千棘は、ラブロマンスの予感がビンビンに反応してしまう。
理央に悪いと思いながら出歯亀根性丸出しで聞いてしまった。
「だって、一条君の警護って男の子がやるものなんだよ? 本当ならやらなくてもいいのに、一条君のために男装までしてやってるし」
「しかも理央くんってさ。一条君の事になると警護とか関係なく、自分を省みないで何かしようするからさぁ………多分クラスの皆全員が知ってる暗黙の了解みたいなものだよ」
「ね。まあそこが理央くんの魅力でもあるんだけどねぇー。」
二人といつ会話が終わっていたのか、千棘はあまり覚えていなかった。だが気付いたら彼女は走り出していて、今もペンダント探しを行っている楽の下に向かっていた。
千棘が楽の下に辿り着けば、彼女は力強い足取りで楽へと近付き声を上げた。
「モヤシ!」
「やっときたか。おせーよ桐崎。早く手伝って…」
「アンタいつまでこんな事してんのよ!」
楽に詰め寄った彼女はその顔に怒気を浮かばせて楽の襟首を掴んだ。
目の前に迫る彼女の顔がいつもの怒色に染まっている事に対して、身に覚えの無い楽は困惑した様子で彼女の顔を見た。
「……ったく、いきなりなんだよ!」
「色々アンタに言わないと気がすまないのよ! 私達が付き合ってるとか勘違いされるのもあるけど! その前に理央ちゃんよ!」
「…………は、はぁ? 俺と桐崎が付き合ってる!? つーかなんで理央も出てくるんだよ……!」
捲し立てるような千棘の言葉に付いていけず目を白黒させる楽だったが、彼女はそんな楽に構わず疑問を投げつけた。
「アンタは知ってんの? 理央ちゃんがアンタをどう思ってるのか。どうして男子の制服を着ているのか。モヤシは知ってんの?」
「………どういう意味だ? だいたい 何でお前がその事を知ってるのか知らねーけど、桐崎には関係無いことだろ」
楽は彼女の言葉が全くわからない様子で戸惑うことしかできない。
彼にとってみれば、理央の事情など幼い頃から嫌と言うほど知っているのだ。
『楽を護るのなら男装しなくてはならない。』そう理央に告げたのは親である竜で、それを受け入れたから理央は楽の側近をしている。
そんな当たり前の事を今更千棘にどうこう言われる筋合いは無い。そう伝えるつもりで言った言葉に、千棘は何を思ったのかスッと身を引いて楽から離れた。
「……そう。アンタは知らないのね。まあいいわ。私はもう
「おまっ。まてまてまて! なんなんだよ さっきからいきなり! お前のせいでこんな事になってんだから最後まで付き合えよ!」
今度は先程と比べて雰囲気が冷たくなるような様子の千棘が 突然ペンダント探しを止めると聞いて、それに楽が黙っている筈もなく。
少しの怒りと焦りが彼女を引き留めようとするのだが、次の千棘の言葉に楽は平静を失ってしまった。
「もう一週間も探してるのよ? いい加減諦めなさいよ。だいたい何よ、大の男がペンダント無くしたくらいでギャーギャー騒いでさあ?」
「ぁあ!?」
「どーせ昔好きだった女の子に貰った物とかなんじゃないの? あーやだやだ、昔の事ズルズル引きずって女々しいったら無いわ」
「ッッ!!?」
それは楽にとって安直に触れてはいけない話だ。
今の彼が向ける恋心と、曖昧であれ昔の約束を忘れられない想い。
その葛藤は従者である理央すら話題に出さない話。
どんどん余裕が失っていく楽に気付かないまま千棘は楽の心を無意識に踏みつけていく。
「どうせ渡した相手もアンタの事なんか忘れてるわよ。こんなんじゃ理央ちゃんが可哀想。なんでこんなモヤシなんかに理央ちゃんが―――――」
「うるせぇ!!!」
とうとう我慢の限界を迎えた楽が拳を強く握りしめて怒鳴るように叫んだ。
「…………」
その剣幕に千棘は口を閉じて ただ黙ったまま楽を見つめる。
静まり返る二人の間に、ポツリと水滴が落ちた。それが引き金となったのか、曇天の空から雨が降り始める。
ザーザーと鳴り響く地面を見下ろしていた楽は絞り出すように千棘に告げた。
「だったらもう、お前に手伝って貰わなくていい………さっさと俺の前から消えてくれ」
「………そう。ならそうさせてもらうわ、根暗モヤシ」
そう言って千棘は雨が降り注ぐ中、楽に背を向けてその場から去っていった。
彼女がいなくなった道の端っこで、楽は独り悔しそうに呟く。
「わかってんだよ………でも、仕方ないだろ。理央が約束を何年も護っているのに、男の俺が他の約束を護らないなんて………そんなの、もっとダセーじゃねーか……」
その声は 未だ強くなり続ける雨の音によって誰にも聴こえること無く 消えてしまった
最近、スランプっす