また、体に傷が出来た。
瀕死直前の萌えもんを担ぐトレーナーの背を見ながら私はそんなことを考えていた。
今回は右腕か。自分自身の傷なのに他人事のような感覚で考えている。
この虫取り大会では多くのトレーナーが現れ、私を捕まえようと挑んで来る。今まで私はそれを全て返り討ちにしていた。
…最早この虫取り大会とは私にとって腕試しの場でしか無かった。
別にトレーナーの萌えもんになるのが嫌ということは無いが、私を倒す程のトレーナーでなければ下に着くつもりはない。
そうして戦っている内にいつしか私は『傷だらけのカイロス』と呼ばれ、この虫取り大会の名物になっていた。
周りの虫萌えもんからは尊敬と畏怖の念を受け、大会に出るトレーナーからはレア萌えもん中のレア萌えもんの様な存在…らしい。私の数少ない友人がそう教えてくれた。
………そう考えているとガサガサッと私の近くの草むらから音がする。その音で私は戦闘体勢を取る。
…すると目の前に少年が現れる。服装を見る限りでは彼もトレーナーなのだろう。少年は私を見ると驚いた表情でこちらを見ている。私の存在に気づいたのだろう。
そして少年は慌てて背中のリュックを探り始める。その様子に対して私は『ボールをすぐに出せない所に置くとは…』と敵ながら指摘しそうになる。
このまま襲って追い返してしまおうとも考えたがそれでは腕試しにならない。最もこんな少年の萌えもん相手では腕試しにもならないだろう。
すると少年はリュックから…
薬箱を取り出し私に近寄ってきた。
~
「これで大丈夫。でも急に動かしたりしないでね」
「何のつもりだ、少年」
私はこの萌えもんも出さずに私に近寄り、治療を施した少年に問う。
「私は野生の萌えもんだ。何も備え無しで近付くとは愚かだな」
「ご、ごめん…」
「…っ、私は敵だぞ。謝る馬鹿が何処にいる。…まぁ傷を治してくれたことは感謝しよう。だがバトルとは話が別だ」
私はこの萌えもんを出しもしない情けない少年に警告する。こいつは悪い奴では無いがとんだ甘ちゃんだ。このままでは一向にバトルが始まりそうにもないから私からバトルを促す。
「あ、いやその実は…今萌えもんがいなくて…」
「………ん?少年、お前はトレーナーだろう?」
「そうなんだけど今つー…えっと僕の萌えもんが拗ねててね。僕一人で探してくればー?ってね…」
…どうやらこの少年は自分の萌えもんのコントロールすら出来ていないようだ。…呆れたものだ。仕方ない…
「…少年、中央噴水の北側に壊れかけの柵がある。分かるか?」
「あ…うん」
「その付近の草むらだ。そこなら力量の低いキャタピーやビードル達がいる。それならお前にもチャンスはあるだろう。精々頑張るんだな」
「え…?あ、ありがとう」
「気にするな。傷の件の礼だ、さっさと行け」
私がそう言うと少年は礼をし、そちらの方向へと走り出す。そんな少年を目の端に捉えながら、私は次の腕試しの相手を探し始める。
右腕の傷はもう癒えつつあった。
~
聞きなれた虫取り大会終了のアナウンスが聞こえる。今回も私は勝ち残ることが出来た。まずはそれを喜びながら私の友人はどうなったのかを確認する為、トレーナー達が捕まえた萌えもんを表彰をする噴水広場がよく見える秘密の草むらまで赴く。そこには既に私の数少ない友人がいた。
「お、カイロスちゃん!大丈夫だった?」
「愚問だ。貴様も無事だったか」
「まぁねー。…ちょっとヤバかった時もあったけど」
そんな他愛もない話をしていると表彰開始前の噴水広場付近が騒然となる事態が起こる。
何事だろうか。その騒々しさに私は警戒体勢を取り、隣の友人も警戒体勢を取っている。…彼女も流石の対応の早さだ。
…いきなりで申し訳無いがここで虫取り大会のルールについて説明しなければならない。虫取り大会において捕まえられる萌えもんは一人のトレーナー辺り一匹である。そんな規定が決められているらしい。
中には複数体捕まえようとするトレーナーもいるらしいがそんなトレーナー対策にここでは虫取り大会専用のボールが使われる。詳しい仕組みは野生の私には分からないがそれにより虫取り大会中は萌えもんを一匹しか捕まえられず、不正を防止している。
…長々と説明したが要は『一人一匹までしか捕まえられない』だ。
なら何故騒動の中心にいる…
あの少年とその連れの萌えもんは数十匹のキャタピーとビードルを率いているのだ。
「…あれ?どゆこと?」
「………」
隣の友人も疑問に思ってるようだ。いつもの私なら同じ様に疑問に思うだろうが私は今少年の手に持っている薬箱と先程の治療の手捌きから一つの結論に辿り着く。
『傷付いたキャタピーやビードルを治療し、ボールを使わずに慕われる関係まで持っていった』
あの少年なら可能かもしれない。そんなことを考えているとその騒動の中心の少年は何か周りに話すとキャタピーとビードルは一斉に草むらに戻っていった。残ったのは仲直りしたのだろうか…連れの萌えもんだけだ。
その行動に周りのトレーナーや審査員は驚きながらも、何処か安心した表情をしている。
…それはそうだ。数十体のキャタピー、ビードルの群れは審査員からしたら異例の事態で採点のしようが無いし他のトレーナーからはどう評価されるかも分からないダークホースだ。
それの結果を少年は放棄し自身を『捕まえた萌えもん、なし』という評価に身を置き、大会が荒れることを避けたのだ。…連れの萌えもんに小突かれながらも周りに謝る少年の姿が見える。
そして騒動は収まり…表彰発表、閉会式と続き虫取り大会は幕を閉じた。
~
「…で、どーすんのよ。カイロスちゃん」
「何がだ」
いきなり友人は私に話しかけてくる。そしてとんでもないことを言い出す。
「付いてくの?あの子に」
「滅多なことを言うな。何故私が…」
「ちょっと頼りなさそうだけど主を支えるって点なら戦い甲斐あるでしょ。あの子は」
「………成程。確かに頼りないな」
「だからさ、早く行ってやりな」
「ふ、ふん。確かにあの少年は見てられんな。不本意だが少し力を貸してやるか」
私は友人の言葉に従い、閉会式後公園を後にする少年の姿を追う。
…そんな私の後ろから友人の声が聞こえる。私は離れている為聞き取れなかったが恐らく別れの挨拶だろう…。
~
「…ようやく行ったか。意地っ張りだねー、あいつ。面倒臭いったらありゃしない」
「…何があったのか知らないけど噴水広場であの子見た時からベタ惚れって感じの顔だったし」
「…さて、ウチはどうするかなー。ま、なるようになるか」
そう言って彼女もその場を離れていった。