正直、ここに戻って来る気は無かった。
研究員としてのバッジを所長に取られた際にこのまま再び各地を巡る旅をしようかと考えていた。そんなことを考えていたのに現在研究所内を歩いている。
しかし嬢さんに関わる問題は俺個人では対応出来ない程の大きな問題だったのだ。だから俺はこのことを所長に相談し、様々なことを準備して貰った。…といってもタダでして貰う訳ではないのだが。
…何故嬢さんの問題に俺は関わろうとしている?…分からない。大人として見過ごせなかったのか?
…何故所長を頼った?…分からない。彼女を、この研究所を巻き込まずに自力で対応すれば良くないか?
………今度の所長は俺に何を頼むのだろうか。俺は所長の部屋の前で立ち止まり、ふと考える。
俺に面白いことを与えてくれるのか。それとも…
また俺を縛るのだろうか。
~
「…まずお帰りと言っておこうか」
「…どうも」
部屋に入ると所長が応接机と椅子の上座側に座っている。それを見て俺は空席である下座側の椅子に座る。…部屋は相変わらず小綺麗だ。研究器具や書類が整頓され、置かれている。
俺が座るのを確認した所長が席を立ち、少しすると二人分のお茶と茶菓子を手にしてそれを机に置いた。…その時に俺は持ってきたお茶を手で直接受け取ろうとしたのは何故だろうか。そういう関係でもないのに。
…相変わらず用意周到なことだ。机に置かれた見るからに高そうなお茶と差し入れで貰ったのだろうか…茶菓子を見つめる。…見つめるていると所長が食べる様に促した。それに従い、俺は茶菓子の怒り饅頭を口にする。
「で…ケイブ。悪い話と良い話があるがどうする?」
「悪い話からだ。好物は最後に食べるタイプでね」
口にあんこの甘さが広がる。
「どうでも良い情報をありがとう。…ならこっちからだ」
所長が立上がり、整理された書類の中から何枚かの紙を手にこちらに戻って来る。俺は口の中のあんこの甘さをリセットするためお茶を飲む。
「これはあんたが調べてくれた地下洞窟についての資料だ。…疑う訳ではないが、中身はかなり奇っ怪なものだね。エンジュ付近の地下洞窟内は暖かく、一般的な火山に生息する萌えもんが多数生息する…」
「…それについては書いてある通りだ。嘘は書いてないぞ」
上品な苦味を含んだお茶は俺の口の中をリセットしてくれる。
「知ってる。あんたが一度受けた仕事にはしっかり応えることはね」
「…そりゃどうも」
二つ目の怒り饅頭を口にする。
「そしてホロン地方のカンナシティ付近の地下洞窟。壁がひんやりとしており、何処か肌寒い…か。同じ洞窟の中とは思えないね」
「………これに後一つ加われば完璧だ」
「…何がだよ」
所長の口振りから俺の探索が完璧でないと笑われた様に思えて俺はぶっきらぼうに答える。口の中のあんこの甘味を味わいつつ…だ。
「地下洞窟の入口が見つかった焼けた塔の伝説は知ってるかい?」
「…大体はな。…もう焼けた塔は以前残ってた焼け残りの残骸すら地震によって崩れてしまった。今は撤去作業も進んで只の廃墟だ。たまにその光景を見に来る観光客や地下洞窟に興味を持った俺と似た人間が来るだけだな」
「そうだね。エンジュの伝説によると…百年以上前…塔は落雷で火事になって焼け落ち、突然の大雨で鎮火した」
所長が焼けた塔に関わる伝説を話し始める。俺はそれを聞きながらお茶を飲む。
「………名も無き三匹の萌えもんがこの火事で死んでしまったが、その三匹にホウオウが命を与え、三聖獣として復活させた」
所長は話続けている。それを聞きながら俺は三個目の怒り饅頭を手に取った。
「そして三聖獣の萌えもんは塔に落ちた雷、塔を焼いた炎、塔を鎮火させた雨の化身であると言われている」
手の中の怒り饅頭を口にする。…あんことそれを包む皮のバランスの取れた味に舌鼓を打つ。
「…ケイブ。ここからあんたに質問だ」
「もし…あんたの思い出の品が壊されたらどうする?」
「そりゃ…怒るな」
俺はお茶の入った茶器を手にする。中は後一口くらいだろうか。ちょっと名残惜しいが俺は残りの中身全てを飲む。
「…だろ?」
「…所長。何が言いたいんだ?…そして俺の探索に何が足りない?」
「そうだね…これは私の推論なんだが…」
「………このままじゃジョウト地方が沈むね」
お茶を吹き出しそうになる。
「…はぁ?所長もボケたか」
「………あんたより若いよ、馬鹿」
「………冗談だ、冗談!!」
…今度は所長に熱々のお茶をかけられそうになる。…ったく冗談なのに。でもこの話は…
………お茶と茶菓子を堪能しながら聞く話じゃねぇな。