使える。
一瞬でもそう思ってしまった。
そんな自分を戒めるべく自身の頬を力強く叩く。…それにより頬がじんじんと痛む。…っ、力み過ぎた。
「痛っ…」
「…ど、どうしたんですか?」
「や…何でもねぇ。ちょっと力を入れ過ぎた」
心配してくれた嬢さんに対して俺は軽く笑いながらそう答える。…すると嬢さんもその様子が可笑しかったのだろう、…僅かだが口角が上がっている。
………そんな仕種が一層自分の思考の醜さを自覚させてしまう。嬢さんは純粋に俺のことを心配してくれているのに、俺は…。
情けない大人…
…いや、情けない人間だ。
~
「………開いてっかな?」
俺は嬢さんをエンジュシティの萌えもんセンターまで連れた後、この町の中では近代的な外装の大きな建物の前に立つ。さて、こんな状態でもここ…萌えもんジムは空いているのだろうか?
試しに自動ドアの前に立つ。…ドアは普段と変わらず開いた。………そのまま中へと俺は入っていく。
「お邪魔しまーす…」
「…邪魔する気なら来ないで欲しいですね、…今は忙しいんですよ」
「…だろうな。でもその割りには話をする気満々じゃねーか…」
「マツバの兄ちゃん」
…入って早々の軽口に対して俺も同じく軽口を返しながら目の前の金髪に紫のバンダナとマフラーが映える青年の名を呼ぶ。
「…招かれざる客でも貴方は応対せざるを得ないでしょう。ケイブさん…いや、チョウジ萌えもん研究所地下洞窟捜索部職員ケイブ殿………の方が良いですか?」
「…普通に呼んでくれ。その名前は長くて嫌になる」
よく研究所にいた時の職名を覚えてるものだ。というかその名前は一応捨てたつもりなんだが…
「分かりました。ならケイブさん、こんな時に何の御用ですか?」
「ったく…分かってる癖に。まぁいいや…」
「地下洞窟の件だ。…どうなる?」
普通ならばこんな曖昧な質問はしない。しかし彼にはこれで充分だろう。現に彼は俺が投げかけた質問に対して疑問は持っていない。なぜなら…
「その落ち着きっぷり………見たんだよな?」
「…見えるものはあります。それが見たいものかはともかく…ね」
そう、このマツバという青年…ジムリーダーとしてのキャッチコピーにもある様に『千里眼』を持つ男なのだ。
『千里眼』………普通の人間が目視不可能な遠くの物事を、精細に見ることが出来るという能力。…これなら百歩譲って納得出来る。しかしこの彼の能力における『遠く』は距離のみならず時間のことも表す。
柄にもなく長々と詳しくない知識をひけらかしたが要は…
彼には未来が見える。
………といっても絶対に当たるという訳でも無いが。
そして現在、彼はこの二度に渡る非常事態に立ち会っても、いきなり来た俺を迎える程には落ち着いている。つまりはそこまでこの件は大事にはならない…かもしれない。
………正直その彼の様子を見ただけでもここに来た価値はある。…一先ずは胸を撫で下ろす。
「…なら教えてくれ。地下洞窟は…ジョウト地方はどうなる?」
さて…改めて核心となる話を聞こうか。すると彼は答えるのを一瞬躊躇したものの口を開いた。
「………ジムリーダーとして情けない話ですが」
「若きトレーナー達により三聖獣は鎮められ、ジョウト地方は救われます。だから…」
「………」
………色々掘り下げたい話の内容だが、彼の言葉が続いているのに気づいた俺は黙ってその先の言葉を待つ。
「貴方は何もしなくていい」
「………そうか」
その後の彼の言葉は、以前所長に言われたものとほぼ同じだった。…いや、所長のよりも極端な内容だな。所長はライコウの手がかりを探して戻れだったのに彼のは何もするなだ。なら俺にはライコウの手がかりの捜索すらするなってことか…
つまんねぇな。
俺は以前、所長に言われた時と同じく不貞腐れる。こんな面白そうなことに顔を出すなって言われるのは腑に落ちない。
…ま、それはいいや。問題はそこじゃない、前半の話だ。
「分かったよ。で…若きトレーナー達ってのは何だよ?」
「…言った通りです。正確には少年と少女…後、女性ですかね」
…まだだ、まだ慌てる様な内容じゃない。俺は更に話を掘り下げる様に促す。
「詳しく…見えたか?」
「誰だとは分かりませんが、少年は大きなリュックに薬箱…少女は活発な服装、女性はザ・トレーナーという服装です」
「…悪いな、マツバの兄ちゃん。この件、俺も動く」
…彼の千里眼は分かりやすすぎた。間違いなく坊主、嬢さん、ねーちゃんだ。………なんつー縁だよ本当に…
「!…いえ、貴方は…!」
彼の続きが分かりきった言葉が出る前に俺は話を続ける。
「…俺が三聖獣を鎮める。それともマツバの兄ちゃん…俺が負けるとでも?」
流石にアイツらにこんなことをやらせる訳にはいかない。…今のアノプスとリリーラだけなら流石にキツいがここから俺のフルメンバーがほぼ全員来るのだ。………それならやれる筈だ。
「………確かに貴方なら伝説級の萌えもん相手に打ち勝つのも不可能では無いでしょう」
俺の戦力と三聖獣の力の分析でもしたのだろう、黙っていた彼が俺の発言を肯定した………かのように見えたが…
「でもそれでは駄目です」
「…あ?」
何だよ、鎮めるってのはバトルで勝つとかゲットとかでは駄目なのか。…面倒臭いもんだ。
「…三聖獣を力で捩じ伏せてはいけない」
「三聖獣を欺き、手を取り合い、救わなければいけない。それが出来るのは若きトレーナー達です」
…何だそりゃ。手を取り合う、救うは分かるが欺くは響きが穏やかじゃねぇな。それをアイツらがこなすのか?
…その一人は?
「………しつこい様ですがもう一度言います。…貴方は何もしなくていい」
「…ん、分かったよ。ありがとな」
これ以上何もするなと言われるのに耐えられなくなった俺は強引に話を切り上げる。…本当にアイツらに頼るしか無いのか?
「…本当に何もしないで下さいね」
「…しつけぇな、分かってるよ」
彼に対してちょっと怒気を含んで言い返してしまったのを俺は言ってから後悔する。…彼がそこまで念を押すなら間違いないのだ。でもよ…
「…じゃあな。落ち着いたら今回の千里眼の報酬に怒り饅頭でも持ってくるわ」
「…ふ、一箱なんてケチなことはしないで下さいよ」
「…前向きに検討させて頂きまーす」
俺がそう言うと彼は微かに笑った。良かった…実はさっきの彼への当たりが強かったのではないかと気にしてたのだ。でも彼にそれを気にしている様な感じはない。
…これで気にしていたことが一つ減ったがまだ気になることは一杯だ。…ジムを出る俺の足取りは重かった。
~
「…マツバ様、あれで良かったのですか?」
…ケイブさんが出ていくといつの間にボールから出たのだろうか、僕のゲンガーが語りかけてくる。
「…分からない。もし本当のことを言ってもあの人は行くんだろうね。…でも流石に言えないよ」
「あの人が洞窟の奥深くで横たわり、倒れる姿が見えたとはね」