全部、食われた。
空になった怒り饅頭の箱を部屋に置いてある何も入っていないごみ箱に突っ込む。
…どうやら彼のがめつさは健在みたいだ。用意した茶菓子を一人で食べるだけでは飽き足らず、一つお持ち帰りしたいなどと言い出した時は耳を疑ったものだ。
「…足りないとでも?」
六つ入りでは少なかったか?………いや、何個入りだろうと、彼は自身が満足するまで口にし、手に入れるのだろう。
彼からは何も渡さない癖に。
今回もきっとそうだ。私の忠告を無視し、彼は自分が満足する様に動くだろう。…分かりきっていた。しかし、私の立場の都合上、釘を刺しておかねばならなかった。だとしても…もう少し待ってくれたって良いじゃないか。
それすらも許さない地震のタイミングに苛立ちを覚える。もう少しだけいてくれたら…
「はい、ここで大丈夫。ありがとう」
部屋の窓から微かに聞こえた一声により、外から発されていた翼が羽ばたく音が止む。その聞き覚えのある一声が聞こえた時、私は部屋を重い足取りで後にし、そのまま研究所を出る。
もう少しだけいてくれたら…
彼女…彼女達の相手をしなくて済んだのに。
~
「お待たせしました。オムスター、只今到着しました」
「………お疲れ様。大変だっただろう」
…研究所の外で彼女は待っていた。
この時間に着いたということは、かなりの長い距離を、恐るべきスピードで駆けたのだろう。そんな様子をおくびにも出さずに、身にしているクリーム色のコートの埃を払う彼女を労る。その動作の際に水色の作業服が垣間見える。
「大丈夫ですよ。皆さん協力的でしたから。…あの子を除いて」
…彼女はニコニコしながら答えているが、僅かにゆらゆらと揺れてる水色の長髪が彼女の苛立ちを物語っている。…揺れが僅かにしか見えないのは頭を覆っている被り物のせいだろうか。
「………で、主様は?」
………早速私が一番避けたかった質問が来た。どうしようか?………正直に答えるよう…ここにいない責任は彼に取らせるべきだ。
「いないよ。あんた達を呼び出した件とは別の問題でここをさっき出て行った。…多分ここから西のエンジュシティにいる」
本来彼女達…オムスター達を呼び出した目的はあのホロン地方の姫さんとそれに関わったトレーナーの護衛だったのだが…。彼はそのことを覚えているのだろうか?
「………そうですか。どの様な御用件で?」
彼女は笑みを絶やさない。
「私の研究所が担当してる地下洞窟の件だ。…恐らく伝説級が関係している」
「………あぁ、良かった」
彼女は笑みを絶やさない。
「…良かった?」
「主様が悪党狩りなんかより、楽しそうなことをしていて」
彼女は笑みを絶やさない。
「変わらず、いてくれて」
………やっぱりこの子は彼の萌えもんだ。私は改めて実感する。『楽しそう』などといったふざけた理由で動く危うさは彼と重なるものがある。
「では私達も彼に従い、伝説級狩りでもしましょうか。そっちの方が…」
「楽しそうですから」
彼女は笑みを絶やさない。
「…待ちな。今回は力でどうにかなる問題じゃ…」
「………あらら、分かりました。では主様の考えに従いましょうか」
彼女は私の言葉に表情を変えずに飄々と答える。その主様の考えがきっと自分の考えと同じだと分かっているからだ。
「折角なので、可愛い後輩達にも会いたいですし…」
そう言って彼女が懐に閉まっていたモンスターボールを空に投げる。その動作は淀み無く、洗練されたものだ。まるで一流のトレーナーの様な…いや、気のせいか。
空に投げられたボールから光が放たれ、そこから灰色の翼を生やした萌えもんが現れる。すると彼女は跳躍し、その萌えもんの足に掴まる。
「…ではプテラちゃん。西のエンジュシティまでお願いね」
「了解。…楽しみだな」
またもう一体の萌えもん…プテラも頭が痛くなる呟きを残して、西へと飛び立っていった。
…だから嫌だったんだ。彼女達の相手をするのは。
だって彼と考えが同じなら私の言うことなんて聞かないから。こうなってしまったら彼が少しは大人になってくれていることを願うばかりだ。…彼が何もしないと彼女達に言えば間違いなく従うだろうからね。
…だから彼には少しは落ち着いて欲しいものだ。
………それはそれで少し寂しい気がするけれど。