レントンがゲッコーステイトに入る随分と前。ムードメーカーのマシューとストナーが遭遇した黎明の一戦。スポットライトの当てられない彼の戦い。朝焼けのギグが鮮やかに刻み込まれる。

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『交響詩篇エウレカセブン』の前日譚です。レントンとエウレカは出ませんのでご注意を。


交響詩篇エウレカセブン アナザーデイ・カムズ

 トラパーの圧が濃い、とマシューは感じて操縦桿を握る手を緩めた。

 

「おいおい、急にリズム変えるんじゃねぇよ、マシュー」

 

 後部座席から聞こえてきたストナーの声に、マシューは癖のかかったアフロヘアを掻きながら、「仕方がねぇだろ」と応じる。

 

「ちょっとトラパー濃度が違うんだ。俺とお前だけならまだしも、月光号の命運がかかっているんだからな」

 

 フロントガラス越しに後部座席のストナーを見やる。

 

 ストナーは出っ張った腹を隠そうともしないだぼだぼの緑の服を着込んでおり、赤い帽子を少し傾けた。その手にはいつものように一眼レフのカメラがある。見た目は普通のカメラだが、トラパー濃度による視界の歪曲に耐えられる仕様を持った特別品だ。ストナー自身、目はいいのでレンズに頼ることはほとんどない。ストナーは鼻の下の髭を擦りながら、くしゃみを一つした。

 

「少し冷えたか?」

 

 マシューはその声に空調に視線を向ける。それと同時に、外の景色を見やった。

 

 ちぢれた雲が浮かんだ空は黎明の光を含んで今はオレンジ色の位相になっている。雲の合間から見える大地は凹凸があり、そこかしこにパイルバンカーが打ち付けられていた。

 

 近くに塔はない。ということは塔州連合軍の奇襲を受ける可能性は低いと見ていいだろう。

 

 マシューは操縦桿を握り直した。

 

 一つ、息をついて自分の駆るLFOの状態を確認する。

 

 トラパー濃度は十六パーセント。高度は三百を越えた辺りだろうか、と当たりをつける。ライダーの感覚としては、少し機体は重い。トラパーで湿って、コックピットがぐらつく。

 

 ターミナスR606はLFOでも珍しい複座式の機体だ。オレンジ色の機体色は今の天候ならば光に紛れるだろう。鮫のような形状のコックピットブロックをそのまま頭部として用いており、その形状は人型というよりは魚類に手足が生えたといったほうが近い。

 

 ボードがトラパーの波を受けて僅かに傾斜する。LFOにおける飛行に関していえば、完全な水平飛行などない。必ず、どこかしらトラパーの影響で斜めになったり、あるいは上下逆さまになったりなどの弊害を受ける。

 

 もっとも、重力に逆らって上下逆さまでいられるのは稀であり、そこまでの馬力はターミナスに限って言えばなかった。後部座席にストナーを乗せている事情もあって、無理なライディングはできない。

 

 そういう点でいえば、マシューは少し持て余していた。ストナーを乗せるのはいつだって自分の役目である。ゲッコーステイトでそういう役割分担がなされていることも理解している。しかし、たまには自分一人でトラパーの波を裂いて突っ走りたいものだ。それは普段のリフで存分に解消してはいる。だが、ゲッコーステイトが反政府組織という建前上、表立ったリフスポットに行けないのが目下の悩みではあった。

 

「どうした、マシュー。ここんとこ、皺いっているぜ」

 

 人の気も知らないストナーが眉間を指差して忠告する。マシューは、「分かってんよ」と荒っぽく返した。

 

「考えすぎんなよ。思考するのは人の一生において最上の喜びだが、最上の脅威でもある、からな」

 

「また、俺曰くかよ。ウンザリだぜ」

 

 ストナーは自身の言葉を格言のように言う癖がある。いつも聞かされているマシューからしてみれば堪ったものではなかった。マシューは高度計とトラパー濃度計を交互に見やってから、次に月光号との距離を確かめる通信をした。

 

「こちらマシュー、606。月光号、こっちが見えてるか?」

 

『いや、見えてねぇ。トラパーの濃度が濃いのか、モニターできねぇぞ』

 

 答えたのは低い男の声だった。ゲッコーステイトのリーダーであるホランドだ。マシューはガールフレンドであるヒルダか、最近入ってきたギジェットのような高い声が返ってくると期待していたので少し肩透かしを食らった気分だった。

 

「……リーダー。なんで通信担当してるんすか」

 

『女連中は揃って朝食だとよ。ブリッジにいるのは俺とムーンドギー。それにハップにケンゴーじいさん』

 

 それを聞いてマシューが吐きそうな顔をした。

 

「野郎ばっかりじゃねぇか。むさ苦しいブリッジに残らなくってよかったぜ」

 

『その代わり、てめーは密室空間でむさ苦しいオッサンと一緒だがな』

 

 皮肉たっぷりに返されたその声に、マシューはストナーへと顔を向けた。視線を受けて、ストナーは肩を竦める。

 

『まぁ、あと少し偵察してくれれば航路に確証が持てる。もうちょっとの我慢だ。頼んだぜ、マシュー』

 

「あいよ」

 

 その言葉を潮にして通信を切った。マシューはキャノピー越しに見える外の景色を見やった。

 

 遥か低空で扁平なスカイフィッシュが群れを作って飛んでいる。ざっと百か、五十ぐらいだろう。その辺りまで見えるのが、LFOライダーとしての素質だった。LFO搭乗時にはキャノピーに囲まれた視界が全てだ。センサーの類はあるものの、一番信頼できるのは自分の眼である。ターミナスは頭部とコックピットが同一のために、視界の確保が難しい機体だったが、そのための複座でもある。しかし、収まっているのはむさいオッサンのカメラマンだ。いざという時にはお荷物にしかならない。フロントガラスに映った自分の視線がいつの間にかそういう色を含んでいたのか、ストナーが煩わしそうに眉をひそめた。

 

「……そんな顔はねぇだろ、マシュー。非常時にはちゃんとシートベルトすっからよ」

 

「非常時にはそんなこと言っている暇ねぇと思うけどな」

 

 雲間に渓谷が見えてきた。

 

 赤茶けたスカブの大地だ。菌類のように広がったスカブの積層が濃い陰影を落としている。

 

 マシューは少しだけ機体を右に傾けさせた。ターミナスの視野では、右側に落ちるような感覚を味わうことになる。ストナーは眼下のスカブに向けてシャッターを忙しなく切っていた。右腕とボードの下で弾け跳ぶ緑色のトラパーが垣間見える。

 

 マシューはすぐに機体バランスの維持に努めた。LFOの操縦は精密機器並みだ。少しの操縦ミスが命取りになる。ライダーは常に緊張に晒され続けることになるのだが、それを分かっているのかいないのか、ストナーは、「もうちょい、右にやってくれ」と注文を寄越す。

 

「これ以上右にやると、バランサーが不調を来たす。そうじゃなくっても606は前傾姿勢なんだ。落ちたいんだったら、てめーで操縦しろよ」

 

「ちょっと右にやるだけだろうが。けちくせぇ」

 

 唇を尖らせて抗議するストナーにマシューは言葉を返した。

 

「そのちょっとが危ねぇっての。気づいてくれよ、オッサン」

 

「頼りにしてるんだよ、お前の腕を」

 

「オーライ。頼りにしてるんなら、俺の操縦にいちいち文句つけないでくれよ」

 

 片手を振って、マシューはそれで話は終わりだという合図をする。ストナーは渓谷へとカメラを向けたまま、「知ってるか」と口を開く。

 

「現状に満足している者は不満を語り、満足していないものは希望を語る。そういうもんなんだよ」

 

「てめーの格言はもういいっての。こちとら運転中だから静かにしてくれよ」

 

 その時、ストナーの声色が変わった。カメラのレンズを渓谷に向けたまま、「ん?」と首を傾げる。

 

「ちょっと待て。何だ、ありゃ」

 

「今度は操縦妨害かよ。頼むから静かにしてくれ。音楽でも聴けたらいいんだけどなぁ……」

 

 マシューが呆れた様子で操縦桿を握る手を緩める。欠伸をかみ殺しかけた時、「おい!」とストナーが大声を出してシートを叩いた。マシューは胡乱そうに、「何だよ」と首を向ける。ストナーの動揺した表情が視界に映った瞬間、激震が機体をなぶった。ストナーがキャノピーに押し付けられ、低い呻き声を上げる。マシューはシートに頭をぶつけた。けたたましい警報が鳴り響く。

 

「接近警報? どこからだよ」

 

 発した声に反応するように、直下から突き上げる振動があった。一拍遅れて操縦桿を持つ手に緊張を走らせたマシューは、次の瞬間には呻いていた。

 

「下からかよ!」

 

 ターミナスの機体がトラパーの波を蹴って後ろへと跳躍する。

 

 追いすがるように、先ほどまで機体のあった空間を高出力のレーザーが貫いた。マシューの反応速度が少しでも遅ければ今頃、ターミナスのどてっぱらに穴が空いていただろう。

 

 マシューは操縦桿を引き上げる。ターミナスがボードを斜めに突き上げ、トラパーの波に逆らって機体を起き上がらせる。この機体の仕様上、下を確認するためにはコックピットごと斜めにならなければならない。ふわりと浮遊感が襲い、トラパーの風が荒っぽく機体を打ち据える。

 

 マシューは渓谷の合間からトラパーを棚引かせてやってくる三機の機影を目にした。青いカラーリングが施された扁平な装甲を纏う機体には見覚えがあった。

 

 塔州連合軍のKLFだ。機体名がウィンドウに表示される。マシューは三機の装備を瞬時に見据え、ウィンドウの情報を読み取った。二機はミサイルを装備した重量型モンスーノ、先行する一機が背中から黒光りする砲門を一対、突き出している。軽量のレーザー装備型と知れた。マシューは舌打ちをして、月光号へと通信を繋いだ。

 

「こちら606! 軍のKLFとの戦闘に入った。相手は三機、こっちでできるだけ押さえるが、応援を頼む!」

 

 通信機は、しかしノイズまみれだった。既にジャマーが張られているのだろう。マシューは通信機を殴りつけた。

 

「待ち伏せかよ、くそっ!」

 

 悪態をついても何かが変わるわけではない。マシューはすぐに戦闘の頭へと切り替える。

 

「ストナー! シートベルトをしている暇はねぇ! ラフにいくから舌噛み切んなよ!」

 

 操縦桿を握る手に力を込める。掌が汗ばんでいるのを感じる。三機は想定外だ。一機ならばターミナスでも乗り切れる自信がある。しかし、長距離と中距離で攻められてはこちらの分が悪いのは歴然だった。

 

「装備は、ブーメランナイフだけか……」

 

 ターミナスは普段ならば腕の下にレーザーライフルを装備しているのだが、偵察任務とあって軽装だった。近距離に秀でたブーメランナイフが二本のみ。いけるのか、と問いかけた頭へと再び接近警報が差し迫る。後衛のモンスーノ二機のうち、片割れがミサイルを弾き出した。マシューは歯噛みしながら、全神経を操縦に費やす。不可視のトラパー波がバンと渦を巻いてボードの真下で爆発する。

 

 ミサイルが尾を引きながらターミナスへと接近する。

 

 ターミナスはトラパーの飛沫を飛行機雲のように棚引かせながら、急降下した。ミサイルはトラパー濃度の濃い場所では追尾できないはずである。だからこそ、接近兵装であるブーメランナイフを装備しているのだ。

 

 ターミナスは真っ逆さまに落ちていった。ミサイルが追いすがるが、どれもトラパーの波に呑まれて標的を見失い、あさっての方向に流れた。

 

 強烈なGが腹の底から内臓を引き上げていく。視界が一瞬暗転したが、すぐに持ち直した。

 

 ターミナスはスカブの渓谷へと入っていく。後衛の二機が惑ったような挙動を見せる中、レーザー装備型がターミナスの後を追ってスカブへと降りていく。挑発に乗るかどうかは五分五分の賭けだったが、どうやら相手は広域指名手配の機体を逃がすつもりはないらしい。

 

「若いねぇ。いいぜぇ、来いよ。最高のギグにしようや」

 

 乾いた唇を舐め、マシューは呟いた。後部座席のストナーのことなど構ってはいられない。ターミナスは後ろのモンスーノよりも軽量な分、速度に乗るのは早い。その代わり、装甲が犠牲になっている。だが、それを補うのがライダーの技量だった。

 

 モンスーノが腕に携えたアサルトライフルを構える。ロックオンの警報が鳴り響いた刹那に、マシューは操縦桿を倒した。

 

 ターミナスの機体が右に流れ、トラパーの波を捉えたボードが揺れ動く。モンスーノの発した弾丸はスカブの断崖に小さな傷を作った。スカブの粉塵が視界を一瞬覆い隠す。マシューは舌打ち様にボードを回転させた。轟、と風が巻き上がり、茶色がかった空気を裂いた。

 

 直後に反転を促す。

 

 機体内部の骨格を構築するアーキタイプが軋みを上げる。

 

 ――ああ、痛ぇよな。

 

 エウレカではないが機械の声が聞こえるようだった。

 

 ターミナスがボードを左手で立てて、トラパーの波を真正面に受ける。右手で機体を流し、軽やかにターミナスは反転した。既に右手には抜き身のブーメランナイフがある。急にターミナスが真正面に来たものだから、モンスーノは少し怯んだようだった。その隙を見逃すような男ではない。

 

「隙だらけだっての!」

 

 マシューは推進剤の起動ボタンを押し込んだ。

 

 ターミナスの背面に配置されている補助ブースターが点火され、ターミナスを前へと押し進める。

 

 ブースターは基本トラパーの流れに沿うしかできないLFOにとって流れに逆らうことのできる唯一の武器だ。しかし、そう何度も使えるものではない。トラパーの流れのほうがLFOのブースターによる推進よりも上だからだ。

 

 だが、トラパー濃度の低い渓谷で、さらにほとんど速度を殺した状態となれば話は違ってくる。ターミナスはボードの裏でトラパーを蹴った勢いも借りて、モンスーノへと真っ直ぐに向かった。咄嗟に構えられたアサルトライフルが火を噴き、ターミナスを狙おうとするが土壇場で照準を合わせられるはずがない。

 

 弾丸はターミナスの肩を掠め、ターミナスの振るったブーメランナイフはモンスーノの腹腔を切り裂いた。青い重量体がバランスを崩し、前へと傾ぐ。ターミナスはすれ違い様にバレリーナのように回転した。

 

 ボードの裏でトラパーが弾け飛ぶ。モンスーノが単眼の頭部を向けようとしたが既に遅い。左手に携えたブーメランナイフは吸い込まれるようにリアユニットのコックピットへ突き刺さった。ずぶり、と深い手応えを感じる。モンスーノは生き物のように一瞬だけ痙攣したが、やがて動かなくなった。ターミナスはブーメランナイフを抜き取り、血を拭うように振るった。実際に血が付いていたのかもしれない。KLFも人間も生きているものだ。生きているものには血が通っている。

 

 ただその命に頓着していたらこちらの身が危うい。だから喰らうのだ。相手がこちらの命を喰らってしまう前に。一瞬でも早い反応と、牙が交叉する刹那に賭けるしかない。

 

 マシューは荒い息をつきながら、額の汗を拭う。すぐに損傷を確認する。右肩に弾丸を一発もらったかどうかというところだった。軽微である。マシューはフロントガラスで後部座席のストナーに目を向ける。ストナーはいつの間にかシートベルトをつけており、頭がくらくらするのか額を押さえていた。

 

「た、頼むぜマシュー。こういうのはやる前に言ってくれ」

 

「そんなことしてたら、こっちがやられちまうよ」

 

 軽口を叩けるということは生きている証だ。マシューは頭上を仰いだ。二機のモンスーノはすぐにリーダー機のシグナルが消えたことに気づくだろう。さすがに二機をさばくのは辛いな、とマシューは感じていた。左手のブーメランナイフをランチに仕舞い、右手だけに意識を集中する。通信機にもう一度声を吹き込もうとするが、スカブの渓谷のせいで通信が取れない。

 

「頭押さえられる前に、やるっきゃないってことかよ」

 

「おいおい冗談だろ」とストナーが悲鳴を上げる。マシューは息を詰め、フットペダルを踏み込んだ。ターミナスの機体が弾かれたようにブースターを点火させ、ボードを左手で斜めに保持する。右手にはブーメランナイフをいつでも振るえるように持っておく。

 

 二機のモンスーノが渓谷へと降りてこようとするところだった。ターミナスがモンスーノとすれ違う。波と速度に乗ったターミナスがモンスーノを見下ろす形で振り返った。

 

 KLFはダイレクトにライダーの脳波を機体に叩きこめる機能が付いているわりには反応が鈍い。今なら、と思ったマシューは背中を向けて上昇した。推進剤を軽く噴かせて、トラパーに逆らう。

 

 波を刃のように切り、それを繰り返して反転する技――カットバックドロップターンである。木の葉のように舞い、トラパーの波を段階的に切り裂いていく。

 

 一段上がるたびに、ずん、ずんと腹に響く上昇感が襲った。

 

 カットバックドロップターンがLFOの操縦で敬遠される要因は単純に難易度の高さもあるが、この感覚も大きいのだろう。

 

 トラパーがボードの下で弾け、飛散粒子がコックピットを撫でる。細切れになったトラパーが太陽の光を遮り、マシューに勝利への活路を見出させる。上昇しきったターミナスへと反転を促す。

 

 急加速からの制動による振動がアーキタイプの骨格を震わせる。操縦桿越しに、アーキタイプの鼓動を感じるかのようだった。減速と同時にターンし、距離が一気に詰まる。

 

 胃の腑へと下降感が押し寄せ、ぎりと奥歯を噛んだ。右手のブーメランナイフを振りかざし、ターミナスの機体がミサイルポッドを開け放とうとしていたモンスーノの右手を掻っ切った。

 

 吹っ飛んだ右手が回転しながらスカブの大地に吸い込まれていく。モンスーノのライダーはそれに気を取られたようだった。それとも、右手だけならばと高をくくったのだろうか。ガラ空きの背中へと投擲されたブーメランナイフが突き刺さる。ターミナスは右手を振るった姿勢のまま、爆発の光輪に呑み込まれるモンスーノを睨み据えていた。

 

「残心って言葉、知っているかよ、塔州連合のルーキー!」

 

 ハイになった頭から弾き出された言葉に呼応するかのように、ターミナスがボードを突き上げる。トラパーを蹴ってターミナスのオレンジの機体が残り一機のモンスーノに向かって猪突する。モンスーノは手に持ったアサルトライフルの照準をターミナスへと向けた。

 

 ぐっと息を詰めて、マシューはターミナスへと指示を飛ばす。

 

 操縦席前面のソケットに挿入されたコンパクドライヴが、マシューの思惟を受け、緑色の光を強く投げかける。その光に応えるかのようにターミナスがボードを左手で引き上げた。アサルトライフルから凶弾が弾き出され、ボードの裏に穴を穿つかに見えた。しかし、弾丸は全て物理攻撃力を奪われたようにボードに当たる直前で減衰した。当たってもボードには傷一つつかない。

 

「トラパーの流れってのはこうやって読むんだよ!」

 

 ボードを九十度回転させて翻ったターミナスが左手を振るい上げる。その手にはすでにブーメランナイフが握られている。モンスーノとの距離はすでに至近だった。

 

 モンスーノが近距離兵装に切り替えようとするが、その動きはスローモーションよりも遅い。ストップモーションと言ったほうがマシューの感覚には近かった。

 

「遅ぇ!」

 

 呼気一閃。

 

 黎明の光を受けた刃がモンスーノを頭部から袈裟斬りにする。ショートの火花を煌めかせ、モンスーノが傾いだ。しかし、まだアサルトライフルを構えようとしている。ロックオンの警報が煩わしく響く。

 

「しつけぇんだよ!」

 

 ターミナスは振るい落した刃を返す刀で振り上げた。モンスーノの機体に十字型の傷が刻み込まれる。青白いスパーク光が前面で瞬き、次の瞬間には爆発の光を膨れ上がらせていた。

 

 ガスが滞留する爆風の波を裂いて、ターミナスは跳ね上がった。その様はまさしく魚のようである。

 

 戦闘状態に置かれた脳を落ち着かせるために、マシューはキャノピーの保護モードをオフにした。CG補正されていない黎明の光が戦闘にあった眼には眩しかった。何度か深呼吸をしていると、後部座席から声が飛んできた。

 

「戦闘狂だな、まるで」

 

「悪いかよ。たまには本能で戦ってみるのもいいじゃん」

 

「こっちはいい写真が撮れた。その点では礼を言うぜ」

 

 皮肉めいたその言葉にマシューは鼻を鳴らした。雲の合間からトンボを思わせるシルエットをした巨躯が身じろぎしながら現れる。薄緑色と白を基調としたその船体は月光号のものだった。

 

「ようやく追いついたか、我らが家は」

 

 ストナーの声にマシューはまだ興奮状態から抜け切れていないわが身を顧みた。ストナーはそういう部分ではとても冷静だ。見習いたいとは思わないが、そういう性分が羨ましいと思うことはある。

 

 マシューはキャノピーから望める地平へと目を向けた。赤茶けた大地を焦がすかのような太陽の輝きが一日を告げる。

 

 まだ朝は始まったばかりだった。

 



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