ふと思い付いた短編。

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提督さんと川内ちゃんと

綺麗な月夜だった。

コンクリートでできた海岸から、海に少しだけ突き出した埠頭に、腰掛けている彼女の背中があった。

美しく靡く短いツインテールの黒髪に、影で黒くはためくマフラーが、改二になった彼女の特徴的なシルエットだ。

そんな彼女の隣に、自分も座り込む。ひんやりとしたコンクリートの感触が、僕をぼんやりと包み込む。

 

十年。

 

十年、戦った。

誰かが深海棲艦との戦いの中で、沈んでしまうことになりそうになったのは、一度や二度ではなかった。

大侵攻の度に、資源と艦娘達の疲労に頭を悩ませながら、それでも尚、本土に侵攻はさせまいと戦った。

 

これまでいろんな事があった。

 

夏には海水浴を開いていたら、いつの間にかイ級が近くまで来ていたことに気付かず大わらわになったり。

花火大会を開いてみたら、長門達がどれだけの高さまで打ち上げられるか競争が始まっていたり。

 

秋の月見の時には、酔っぱらった隼鷹や那智達に引っ張られて、鳳翔さんの居酒屋で膝枕を代わる代わるさせられたり。

 

冬の大侵攻の後には、皆を集めて大広間で鍋パーティーに舌鼓を打ったり。

ああ、大惨事こたつ戦争が執務室で起きたりもしたっけ。僕が明石に頼んで調達してもらったこたつを巡って、執務が全く出来ないほどに暴れ回られたり。

あの時も、隣にいた彼女に手伝ってもらって皆には自分たちの部屋に戻ってもらったっけ。その後たしか、那珂ちゃんのリサイタルに付き合わされたけど。

今思い返してみると、あれはあれでいい思い出だった。

 

春は…ああ。

始まりの季節が、春だったっけ。

秘書艦としてはあまりに頼りない、右も左もわからない状態でいた電ちゃんと一緒に、必死にやっていた頃。

そんな時に、彼女に出会ったんだ。

 

いつも夜になるとうるさくするし、口を開けば夜戦のことばかりだし。

改二になって、少しは落ち着くのかと思ったら、ますます夜戦に特化した装備を持って笑顔でこっちにやってくるし。

まあでも、それも彼女の魅力なのだと、今の僕はそう思う。

 

そして、もうこれから、彼女が夜戦しよっ!と言ってくることは、きっとないのだろう。

僕が二十四歳の時から続いていた戦いは、三日前に終息した。

まだしばらくは深海棲艦の残党が居る可能性があるから、あと一月くらいは警戒することになるだろうけれど。

それが終われば、彼女達は解体され、人間として生活することになる。

もう、海の上を進むことはなく。

きっと、砲を撃つこともないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ザァ…ザァ…と。

寄せては返す波の音だけが、僕らの間にはあった。

 

「…ねえ」

 

そんな沈黙の中、彼女の声が僕を呼んだ。

彼女の方を見ることもなく、意識だけをそちらに向ける。

ずっと一緒に居たからこそわかる、聞いている状態。

お互いが、お互いに分かる、聞く姿勢。

 

「…提督はさ、これから…どうする?」

 

そう言う彼女の声は、ひどく儚げで。

隣を見ればきっと、物憂げな瞳で彼女は僕を見ているのだろう。

僕は、その答えを持っていた。

だからこそ、彼女の問いには答えず、代わりに夜空の月を見上げた。

 

綺麗な半分の月だった。

 

「…月が」

 

そう口を開くと。

彼女はひどく落胆したような。それか、どこか怯えたような。

それでいて、どこかで期待しているような。

そんな複雑な想いが、僕に伝わってきた。

 

「月が、綺麗ですね」

 

僕は、ひどく喉の渇きでひりつく中、はっきりと言った。

とはいえ、これまでの彼女ならきっと、こういうのだろう。

 

『ーーーそうだね、だから夜戦しよっ!』

 

なんて。

 

「ーーーそうだね、」

 

自らが想い描いた一字一句違わず、想像と同じ抑揚で、同じ声の美しさで。

透き通るように、彼女は言った。

 

「だから、夜戦しよ。…なんて」

 

そう言った彼女の方を見ると、穏やかな、どこか慈しみを感じるような表情で、彼女はこちらを見ていた。

初めてみる彼女の表情に、不意に、少しだけ心が跳ねた。

 

「いつもだったらそう言うんだろうけど…」

 

そこで言葉を切り。

彼女は僕に向かって言った。

 

「『私、死んでもいいわ』…ふふっ」

 

そう言って彼女は、照れくさそうに笑った。

頬を掻くようなその仕草よりも、僕は、彼女の頬が僅かに紅潮していることに驚いた。

彼女はいつも天真爛漫で、明るい笑顔を浮かべることが多かったからーーー

だから、そんな彼女を見て、僕は、僕の言葉で言わないといけないと思った。

 

「川内」

 

そう呼ぶと、ぴくっと彼女の肩が僅かに跳ねた。

これは、僕が彼女に伝えたい、僕の想いだ。

 

「きっと…、きっと、ずっと、僕の傍に居て欲しい」

 

「…うん」

 

蚊の鳴くような声。だけど確かに、僕の想いは彼女に届いた。

そっ…と、彼女の華奢な肩を抱き締めた。

そっと、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの日々は怒涛のように過ぎていった。

結婚式の準備で、白い礼服に袖を通したり。ウェディングドレス姿の彼女を見て、思わずフリーズしてしまったり。

お世話になった中原中将に連絡しに行くと、何故か大将まで出てきて、おう家はあるのか、なに?ない?よし、なに全て任せておけ、などと、あれよあれよと言う間に邸宅を構えることになったり。

いや、家は欲しかったし、思っていたよりもずいぶんと値打ちだったから良かったけど。

 

艦娘の皆からは泣きながら抱きつかれたりした。特にひどかったのは金剛で、デイドグゥー!なんて言いながら鼻水まみれで抱きつかれたのは記憶に新しい。

あの時ばかりは霧島が迅速に対応してくれたのが仏のように見えた。ありがとう霧島。

艦娘の皆は、これから徐々に装備を外し、退役した一級軍人扱いで世に出ていくらしい。

弓道や茶道の先生になるという子もいれば、明石のように機械屋として、町の修理屋さんになるという子もいる。

女子高生として勉強したい!という子もいれば、鳳翔さんのように和食の料亭を始めることを考えている人もいる。

 

聞いた話では、轟大将は自分一人で艦娘全員を養っていくつもりらしい。なんとも豪胆な話だと思った。

名前の通り、まさしく剛の者の所業である。

ちなみに轟大将の名前は轟 剛。たけしではない。ごうである。

 

とはいえ、彼女いわく、僕の元にも少なくとも神通や那珂ちゃんは来るし、他の子たちも結局遊びに来ると思うよ?と言っていた。

今の僕が三十四。川内はおそらく、肉体年齢的には十八かそこらなので、実に十六ほど年が違う。

そうすると自然、僕の方が先に老いて、先に逝ってしまうことになるだろう。

 

それでも彼女は共に居ると言ってくれたから、なればこそ。

僕が居なくなった後も、彼女が独りにならないようにしてくれるのは、とてもありがたかった。

 

 

ふと見上げた空は、青く、蒼く、どこまでも広がっていて。

彼女が呼ぶ声に、僕は返事をしながら歩いていった。


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