仕事に疲れた司令官が、暁と響に会って癒しを得るためにふたりの部屋へと行く。

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俺は響と暁のために生きている

 艦娘を指揮する俺の、今日の仕事は海軍の会議だった。

 始めから答えは事前の打ち合わせで決まっているというのに、暖房がよく聞いた会議室で朝の9時から夜の8時までずっと意味のない話を聞いていた。

 窓から雪が落ちるのを見る余裕があるぐらいにはかなりの無駄だった。

 そんな無駄と思える会議でも意味はある。

 その意味とは、それぞれの軍人のプライドを守るためだ。

 自分はこれだけ戦争で活躍している、メディアに取り上げられるほどの人気がある、艦娘たちに好かれていて大変だとか。

 そういう個人にとっては意味がある無駄な話だった。

 俺は自慢できるようなこともなく、他の提督たちから自慢の話を聞くだけだった。

 その時間は苦痛としか言えなかった。

 もし言ってきた相手が親友なら、自慢を気持ちよく聞けることもあるだろうが、それ以外はうるさいだけだ。親しくもない相手が語ってくることなんぞ、腹が立つ。

 いつか俺も自慢返しをしてやると腹の底で強く思いながら、自分の運転する車で鎮守府へ帰ってきたときには夜の10時を過ぎていた。

 まだ若い25歳とはいえ、朝から続いた会議によって精神的疲れは肉体的疲れを凌駕している。ただ部屋で話しているだけだったのに。

 いかに健康的に体を鍛えても精神は病んでしまいそうだ。それは同僚や上司との人間関係で。

 艦娘たちの司令官という仕事自体はやりがいがあるものの、他が辛い。

 それでも俺は今までやってこれた。

 軍人でも提督という役職なら自由度があるし、かわいくもあり美人でもある女の子の姿を見ることができるのは素晴らしい癒しではないだろうか?

 特に仲のいい子ができたとならば。

 今日、1度も会えてないその子たちと会うために執務室へと行って秘書の古鷹に荷物を投げ出すようにして渡すと、艦娘たちの寮へと疲れた歩みでできうる限りの速度を出す。疲れた体と心を癒すために。

 そうして来たのは暁と響の部屋だ。

 ちょっとだけ乱れた呼吸を整えるために扉の前で深呼吸する。そうしてから帽子を1度脱いで短い髪を撫でつけ、軍服を整えた。

 さっきまでの自分の人に見せたくない疲れた顔を緩和できたと思ってから、静かに扉へと4度ノックをする。

 部屋の中から「司令官かい? そんな寒いところにいないで早く入ってくるといい」と響の落ち着きがあり、俺にとって心安らぐ声を聞いて部屋へと入っていく。

 冬の冷たい空気に晒されていた廊下から、暖房が効いて暖かく女性特有の甘い匂いに包まれている部屋へ入る。

 部屋の中にはかわいらしい猫のパジャマ姿になっている中学1年生のような外見な暁と響がいた。

 この部屋はふたりが使っていて、左右それぞれに自分のスペースを持っている。

 暁のスペースには映画やミュージカルのDVDにブルーレイがあり、シアターシステムまでもがある。

 響も似たようなもので、暁と違って大量のクラシックやジャズのCDにレコード。真空管アンプに大型のプレーヤーやスピーカーとヘッドフォンがあり、服やベッドはそれらに囲まれている。

 初めて見たときはあまりの機械の多さと、想像していた女の子らしい部屋とはかけ離れて現実を実感したものだ。

 今ではこの部屋を見ると逆に安心するようになったが。

 

「おかえりなさい、司令官!」

「おかえり。今日もお疲れ様」

 

 響のベッドの上へと座っていたふたりは俺へと元気に声をかけてくれる。

 響のふんわりとしたほほ笑み、暁の元気いっぱいな笑顔を浮かべて。

 ふたりに迎えられて、疲れた俺の心はすぐに暖かい気持ちになっていく。

 暁がベッドから降りて俺の前へとやってくると、両手を真上へとあげて万歳の姿勢になる。

 それを見て俺はいつものように暁を持ち上げると狭い部屋の中でぐるぐると回転しては最後に体を抱き上げた。

 楽しそうに喜んでいる姿、ちょっとした暁の重さとやわらかい体の感触を感じながら、長い黒髪を撫でると今日も仕事を頑張れたという実感が沸いてくる。

 

「今日はいつも以上に疲れているみたいね? ほら、早くベッドへと連れてって! この暁が癒してあげるわ!」

「ほどほどにするんだよ、司令官は疲れているんだからね」

「それくらいわかってるんだから!」

 

 俺を心配してくれるふたりに嬉しくなりながら、響がいるところとは反対側の場所にあるベッドに暁をそっと座らせると俺も横に座る。

 暁はベッド下に手を伸ばしてブラシを右手で取ると、座った俺の足の間へとやってきて俺の胸へと背中を預けてくる。

 渡されたブラシを手に取ると、暁の髪へとブラシを通す。

 つやつやとした暁の黒髪。男の俺とは違い、張りとツヤがあって見惚れてしまう。

 髪をじっと見つめながら丁寧にブラシでいじっているとクラシックの穏やかなピアノの音楽が流れ始めた。

 音の方向へ目を向けると、響がプレーヤーにCDをセットしたようだ。

 

「ドビュッシー、アラベスク第1番だよ。今日はいつも以上に疲れていると思ったから、これでよかったかな?」

「ああ。さすがは響だ。ここにいたのがウォースパイトだったら英国擲弾兵やバグパイプの曲になっただろうね」

 

 あれらの曲も昼間に聴くのはいいけれど、疲れているときには逆に精神に負担を強いられるような気がする。

 クラシックの音に耳を澄ませていると、響の不満げな視線を感じる。

 

「ここにいるのは私と暁。それ以外の女なんてどこにもいないさ」

「それは悪かった。疲れた頭だとそこまで気遣いが回っていなかったみたいだ」

 

 響の視線が心に痛いために目をそらし、暁の髪だけに集中する。

 小さなため息が聞こえたかと思うと、俺の方へと歩いてきてすぐ隣である左側に座ってくる。

 俺の空いている左腕を掴むと胸に抱きかかえるようにしてきた。

 

「響も暁みたいに素直に甘えればいいのよ!」

「その点においてはすごいと思えるけれど、それは1人前のレディと言えるのかな」

 

 響が不思議そうに言うと暁は一瞬だけ動きが固まるも、俺へと首を回して上目遣いのかわいいポーズで見上げてくる。

 俺はブラシを動かす手を止め、暁とお互いに何も言わずに見つめあう。

 それで何かに満足したのか、暁は頷くと響へと向き合う。

 

「甘えるのも女として大事なのよ。男の人はそういう女の人が大好きなんだから。今だって司令官は嫌がる雰囲気はなかったし。それにいつの時代の映画やミュージカルでもそういう人は人気があるのよ」

「……私と違って暁の場合は妹としてじゃないかな」

 

 不機嫌そうに言っては俺を見上げてくる響。

 俺からしてみれば、ふたりとも外見も精神も幼くて妹のようだ。

 だから、姉妹でのささやかな争いさえもかわいく見える。これが大人の女性だったら胃が痛くなる展開になるだろうから。

 そのかわいい姿を見て、暁の優しく頭を撫でてあげ、響には抱き着かれたままの腕を強引に動かしては銀色の輝く髪をぐりぐりと雑に撫でまわす。

 ふたりに好意の差なんてのはないが、雑に撫でまわすのが好きな俺としては怒られない響のほうが気楽だ。

 撫で方の差で、暁は響へと自慢するような表情を向けるが響はそれを気にするふうでもなく俺へと抱き着いたままだ。

 

「さて、今日はもう時間も遅いし帰ることにするよ。ふたりとも明日の朝から遠征任務だったろう? 俺といて夜更かしされては困るからな」

 

 そう言って暁を抱き上げて帰ろうとしたが、強く響に腕を掴まれると同時に体を反転させた暁に押し倒された。

 3人一緒にベッドの上へと倒れた俺たち。こんなにも俺に構って欲しいのは嬉しいが、これ以上一緒にいるとこのまま同じベッドで夜を明かしてしまいそうだ。

 

「ふたりは寝る準備ができてるが、俺はまだシャワーにすら入ってないんだ。それとパジャマもね。あれがないと寝れないんだ」

 

 自宅へと帰るのが面倒な時は仮眠室で寝ることが多い。だから仮眠室には俺専用の物がとても充実している。

 このことはふたりには当然のごとく知られている。俺の秘書と仲のいい暁と響だけに。

 響に掴まれている左腕に思い切り力を入れて俺の胸へと抱き寄せてから体を起こし、強引に暁と響をベッドの上へと振り落とす。

 

「えー、けちー」

「たまには海のような広い心を見せてもいいと思うんだ」

「一緒に夜を明かしたとなれば、古鷹に怒られるからね。今ここにいるのだってよく思われてないだろうし。節度が大事だよ。穏やかな古鷹が怒ったら、大和の46cm砲よりも強い蹴りが出そうだ」

 

 そう言うと暁はすぐに起き上がり、部屋に据え付けている鎮守府内用の電話を手に取ってどこかへとかけていた。

 暁が電話している間に帰ろうかと思い、立ち上がるが視線を感じてベッドを見ると響が俺へと両手を伸ばしていた。

 その意味するところは抱っこだ。滅多にしない響の甘え。珍しいその要求に対し、俺はそれ以上の対応をする。

 普通に抱き上げるだけでなく、お姫様抱っこというものをする。

 両手で響の頭と膝を抱き抱えると、響は俺の体へと腕を回して嬉しそうにほんのりと顔を赤くして微笑んだ。

 暁が電話しているあいだに静かに響へのベッドへと響を降ろして帰ろうとするが、響に指先をそっと掴まれた。

 振りほどけば、すぐに離れる程度の力。それを優しく振り払うと、1度だけ響の髪、頬と優しく撫でた。

 離れる時は寂しそうな表情を向けてきたが、理性の力を持ってして部屋を出ようとする。

 が、それは暁の体当たりじみた腰への抱き着きによって阻止された。

 

「古鷹さんがパジャマとタオル、それと洗面器にお湯を入れて持ってくるんだって! 古鷹さん公認の外泊許可よ!!」

「さすが私のお姉ちゃん。いい仕事した」

 

 喜ぶ暁に、ベッドから嬉しそうな顔で起き上がる響。

 響は部屋にかけていた曲をクラシックから、眠るのにいい感じの穏やかなジャズの曲を流し始めた。

 

「……もう癒し成分はもらったから、寝させてくれ」

 

 精神の疲れはだいぶ取れたが、まだ体の疲れがある。

 それを取るには肩までゆっくりと風呂に入り、そのあとに冷たい缶ビールを飲まなきゃいけないんだ。

 そう思っているあいだに、暁に体を押されて今度は響のベッドへと連れていかれる。

 強引に部屋から出るのは簡単だけど、こうまで一緒にいて欲しいと思われてまでいなくなるのは辛い。

 もうここで寝てしまおうかと思う。

 暁や響のベッドの上では一緒に寝られないだろうから、古鷹に枕と布団でも持ってきてもらおう。そうしよう。

 疲れと眠気に負けつつある俺はもうされるがままにすることと決めた。

 響のベッドの上でふたりに挟まれるように抱き着かれていると、部屋の扉にノックの音が響く。

 すぐに暁が立ち上がり、部屋の扉を開けると両手いっぱいに物を持った古鷹が笑顔で立っていた。

 持っている物は暁の言っていたパジャマと下着にタオル、お湯の入った洗面器。それに俺が欲しがっていた枕と仮眠室に置いてある布団一式だ。

 さすがは俺の秘書。優秀でかわいくて力持ちで素敵な古鷹だ。俺の考えることなんて全てを見通しているに違いない。

 お湯が入った洗面器を古鷹から受け取った暁は俺のところまでやってくると、響と一緒になって服を脱がせてくる。

 誰かに脱がされるというのは恥ずかしいが、ふたりの好意は受け取ることにしよう。

 ただ気になるのは古鷹の存在だ。

 古鷹は俺たちのことを微笑ましく見たあとに布団を綺麗に床へと敷いていく。それが終わると俺へと笑みを浮かべながら手を振って部屋から出ていった。

 俺はそれを見送り、パンツだけは死守しつつ暁と響に体を拭かれることに恥ずかしさと世話をしてもらえる嬉しさを感じている。

 すっかりと体を拭かれたあとは、ふたりにタオルによる目隠しをつけてから下着を履き替えてパジャマへと着替える。

 脱がされた服と脱いだ下着を部屋の隅へと片付けると、そわそわと落ち着かないふたりのところへ行って目隠しを取る。

 その途端、軍服ばかり着ている俺の姿が珍しいのか、ふたりとも顔を押し付けては匂いを味わうかのように深呼吸をし始めた。

 危ない姿に響をベッドへと投げると、暁を肩に担いでは暁用のベッドへと寝かせる。

 

「もう寝るぞ」

「えー、全然話してないよ。夜はこれからなんだよ?」

「暁の言うとおりさ。たまには夜更かししてもいいと思うんだ。古鷹さんだって、許してくれるさ」

「川内のようなことを言うな、暁。響、曲を止めてくれ。俺はもう寝る。誰がなんと言おうとも寝る」

「暁的には好きな人と一緒に夜明けのコーヒーを楽しんでみたいのだけれど?」

「私も似たような気分だね。気になる人とはいつまでも一緒に話をしたいものさ」

「……寝るぞ」

 

 ふたりの不満めいた言葉を無視し、古鷹が用意した布団へと入り込む。

 それからすぐにジャズの曲は止まり、部屋の明かりは黄色い小さな明かりだけになる。

 

「おやすみ。暁、響」

 

 そう言っても部屋は静かにならず、暁と響から不満の声が漏れ出る。

 その声に対し、構ってやりたい気もするが布団に入ってしまうと眠気がいっぱいで意識が段々と沈んでいってしまう。その時にはふたりからの「おやすみなさい」という声を聞いて安心して寝始めた。

 

 ―――ふと、眠りから目が覚めた。

 ぼんやりとした意識で見えるのは、薄暗い見知らぬ部屋。

 ここはどこだったかと考え、ゆっくりと暁と響の部屋だと認識する。

 その時に両隣から温かい温度を感じる。

 暁と響がそれぞれ自分たちの羽毛布団を持ってきてはすぐ隣にいて、すやすやと寝ていた。

 わざわざ俺のところまで来たことに驚くが、こうまでして一緒に寝たいと思ってくれるのは嬉しいものだ。

 誰かが自分を必要としてくれている。それがしっかりとわかるのは幸せだと思う。

 充実した生活があるからこそ、辛い仕事だってやっていける。

 だから、これからもどうか仲良くやっていける日々が続いていきますようにとふたりの寝顔を見ながら、そんなことを願う。

 そうして暁と響の頭を大事に撫でて、安心してからまた眠っていく。

 明日も仕事を頑張ろうと思いながら。



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