指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第二十八話

 成長著しい弟子達をもう少し労ってもいいのではと八一が思ったのはあいの両親に近況の報告をした日。妙に将棋について詳しくなった女将から厳しいながらどこか優しい反応を得た後の事である。

 何の因果か16歳にして人の師となった九頭竜八一の師匠像は清滝鋼介だ。それ故師として弟子に何ができるかを考える時は自身の内弟子経験を参考にするのだがその度に師への感謝と尊敬で評価が上昇し偶に急落する。

 

「はあ…」

 

 一定期間ごとに起こす騒動さえなければとため息をつく。椅子の背もたれに寄りかかり目を手で覆うと対局の後帰ってこない師匠を迎えに行った記憶が頭に浮かんだ。続いて口止め料として様々な恩恵を受けたことがよみがえる。姉弟子と揃って子供ながらにそれを期待していたこともだ。

 

「今度の間食はぜんざいにするか」

 

 弟子達を食事に連れて行った時は普段すました一番弟子も喜んでいたことも思い出す。時に数十手先をも読む頭脳が子供らしく外食に連れて行けばいいと普通の判断を下すのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 周囲を威圧する高級車が駐車場をゆっくり旋回して止まる。運転席から黒のスーツを纏った女性が現れ後部ドアを開けると黒の少女が慣れた様子で地に足をつけた。

 

「…炭火焼き肉屋コーヤン。将棋バーもあるって聞くしまさかここも道場なの?棋士が経営してるとか」

「お嬢様。調べたかぎり普通の炭火焼き肉屋です」

「はぁ!?」

 

 少女はずかずかと己を呼び出した人物に近寄ると啖呵を切った。

 

「わざわざ大阪に呼んでおいて慣れあい?将棋を指しなさいよ、将棋を!」

「別に来なくても良いのよ」

「姉弟子…あいだけ祝うのもどうなのかって思ってな」

「お姉ちゃんはもう少しで女流棋士になれるから景気づけにって」

「ふん!仕方ないわね」

 

 実質今回の主役であることを知らされ頬を染めそっぽを向く弟子とお付。無邪気に笑うあいと不愛想に急かす姉弟子に傍を固められて八一は店の暖簾を潜る。一般客に何事かと振り返られるのはこの面子が揃うといつも起こる事象である。

 

「ところで空…先生はどうしてここにいるのよ」 

「女王戦の前祝いだそうよ」

「第2局を前にして随分余裕があるのね」

「月夜見坂さんは十八番を破られた後だからな。姉弟子の力量ならどっしり待ち構えるくらいが良い」

 

 後手番になっても姉弟子の勝利を欠片も疑わない八一に天衣の口も閉ざされる。そこに含まれる物は48戦勝ち続けているから次もそうだろうなどという軽い信頼ではない。彼女は自分も連勝しているのにと少しだけ嫉妬した。

 

「さっさと食べるわよ。八一の支払いで」

「先生!私もいいのか?」

「私達の分は交際費から…」

「勿論。そも呼んだのはこっちです」

「これが世で美味しく感じるという焼き肉のおごりだな」

「晶、多分それは間違っているわよ」

 

 お冷を持ってきた店員に即注文を伝える姉弟を後ろに人の欲望に片足を突っ込む20歳。止める側も世間から見るとお嬢様なので説得力が無い。

 注文した肉が届き始めると姉弟は次々肉を網に乗せ始めた。トングが上手く握れない小学生2人と初焼き肉のお付が見守る中隣り合って座る2人は中心に見えない線を引き自分の領分で肉を焼く。大量に肉を敷き詰めて一気に焼く姉と間隔をあけてじっくり焼く弟。過去一度だけ互いの焼き肉観がぶつかり微妙な空気になった結果生まれた協定である。

 

「焼けた肉は好きに取っていいぞ」 

「はーい」

 

 トングを置いて箸で摘んだそれの味はかなりのもの。タイトル戦で各地の高級旅館やホテルを回る銀子をも満足させるレベルだった。

 

「悪くないわね」

「ねえ。ミスジっていうの頼んでも良い?」

「何でもいいぞ。シャトーブリアンが出た時点で覚悟はできてる」

「じゃあミスジとトモサンカク、とうがらしを一人前ずつ。晶、2人で分けましょ」

「はいお嬢様!」

 

 黒い焦げがこびり付いた網を交換して慣らし第2戦。新たに頼んだ野菜、肉、デザートが乱立するテーブルを前に弟子が口を開く。

 

「そう言えば棋士の先生は対局で何を食べるんですか?」

「外に行くか出前で何か食べてるな。定食とかかつ丼とかカレーばっかり頼む人もいる」

「あの人は周りの期待に応えてたら止められなくなったとか聞いたけど」

「観客を味方に付けるのも戦術ですね!」

 

 最近はほとんどの対局がネットで配信され出前を頼むと何を食べたとかが外に筒抜けだ。隣で食べている物が美味しく見えたり勝った人の食事を真似する人もいて今はもちを追加することが流行っていたりする。

 

「間食と飲料は持ち込めるから多種多様だな」

「大半はチョコとか飴ね。変わり種ではサプリメントとか神鍋先生はフィナンシェを持ち込んだこともあるわ」

「ふぇー。結構自由なんですね」

 

 感心しながらアイスをぱくつくあい。続いて野菜をつついていた天衣が口を開く。

 

「貴方は何を持って行っているのよ」

「水だけだな」 

「味気ないわね」

「味覚に集中を邪魔されたくない。これもまた多数派だ」

「棋士って…」

 

 そのまま棋界の話半分に皿の上を片付けること一刻。一門の焼き肉会は幕を閉じた。店を出た時カードなど持たない八一の財布がかなり軽くなったのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 棋界最高位を独占する最強の一門。などと言われ始めたのは半年前のこと。その1年前兄弟子がプロ入りした時も精強一門と見做され清滝先生も鼻が高いだろうと言われていた。年下の兄は一門の名を広めようとしている節がある。そこに悪意は一切なく師への善意だけなのだろう。

 だがその一門に女流棋士にもなれていない私の居場所はあるのだろうか。

 

「こんなのじゃだめ。もっと…」

 

 普通の生活は切り捨てた。これ以上努力は出来ないという程の努力もしている。それでもC1は近づくどころか遠ざかるばかりだ。こういう時他者は陰でもっと努力しているんだと人は言う。だけど将棋しか無い生活を送ってもうすぐ2年。研修会の現役学生に最新の定跡研究で劣るはずがない。

 つまりはそういうことじゃないのか?

 

「違う!!」

 

 自分のしてきたことは決して無駄ではないはず。そんなのはあんまりではないか。もう私は外の世界で生きていけないというのに。いいや、もっと真剣に指さなければ。…強くなる為に何でもするのだ。

 背後から迫る影に突き動かされて必死に駒を動かす。夢にまで出てくる恐怖の姿は可愛らしい黒の少女を模していた。

 

「神様…」

 




遅れたのはリア充と今後の展開に悩んだからです。何とか修正しました。

あと誤字報告いつも助かってます。この場をお借りして感謝をば。
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