「・・・おい、鏡間。
父からの問いに慌てたそぶりもなく資料を持った鏡間が首を傾げて言った。
父親・・・扉間の視線は息子・・・ではなく、その首と両脇でがっちり固定された手足。
牽いてはそのおんぶの様な格好で息子にへばりついている黒い毛玉に向けられていた。
「?先日の調査の際に拾った者だ。名前はミギワ。」
父上もその場にいただろう?と平然と言う息子の姿に扉間は頭を抱えそうになった。
「そんな事は分かっておる。儂が聞きたいのは、確かそいつは忍で、捕虜として牢に入れていた筈だが、何故ここにいるのかと言う事だ。」
「いや、それがなあ・・・我以外の者が出した食事も手をつけずお手上げ状態だからどうにかしてくれと牢番に泣き付かれてな。」
こうして制限をつける事で俺が連れ歩く様引き取った。と言って鏡間、正確にはその指示を受けたミギワは扉間に向かって封印式の描かれた四肢と、同じく封印式を描かれた目隠しをした顔を見せつける。
・・・とは言っても、顔そのものは長すぎる前髪に覆われていて確認できないのだが。
「・・・はあ。お前と言い兄者と言い甘過ぎる。」
こんな七つに届くかどうかの童でも、お前と同じように死線を潜り抜けてきたのだぞ。と内心で扉間がひとりごちる。
このくらいの幼子に対して柱間も鏡間も手心を加えることが多々あった。
その気持ちそのものは悪いものだとは言わない。実際、扉間だって子供が死ななくていい世を目指しているのだ。傷つけなくてよいのならその方がいい。が、今はその夢の途中なのだ、此処で今を背負う兄か、未来を担う息子がその凶刃に倒れることはあってはならない。世に絶対などというものはありはしないのだから。
何度か口を開閉した後、扉間は鏡間への信頼故に、奴にも何か考えがあるのだろうと思い直して口を閉じた。
「心配しているところ済まないが、こやつは我を傷つけたりはせんぞ?」
なあ、ミギワ。というとその毛玉はブンブンと思い切り首を振って頷き、鏡間にスリスリとすり寄って尚更強く抱き着く始末である。危険因子寄りの不確定要素を大切な息子の傍に置いておくというのは扉間としてはこの上なく面白くないことなのであった。
―――まあ、儂が表面上の監視役として立ち回っておけばそう自棄は起こすまい。
「そこまで言うのならお前に一任しよう。が、・・・くれぐれも絆されるなよ。鏡間。」
―――どうあっても現状は敵であることに違いはないのだから。
後ろ手に襖を閉めた。
□ ■ □
「すまんが厨房を使わせてもらえんか。」
「あら!誰かと思ったら鏡間様じゃないですか!」
「どうぞどうぞ!」
勝手口から聞こえた声に会合で出される料理を作り終わったところのらしい侍女たちが色めき立った。
色めき立つとは言うものの此処にいるのは若くても30を過ぎた頃。大体は40から60前後の世代のもので、恋愛的なものではなくアイドルと追っかけの様な、それでいて親戚の子供が見ない間にずいぶん成長したね的なものである。
「それで今日は一体何をお作りで?」
「よろしければお手伝いしましょうか?」
「・・・鏡坊。そっちの小さいの、こっちゃ来い。」
小さいのと呼ばれたミギワは殊更ギュッと鏡間を握る手足に力を込める。
そんな小さな身体が強張るのを感じ取った鏡間は、その手をぎゅっと握るとそのまま最古参の老婆の元に歩いていった。
老婆の皺だらけの手がミギワの顔に伸びてその髪を撫でた。
「ほおう。お前さん・・・なるほどねえ。鏡坊が気に掛けるのもわかる。」
皺だらけの顔を綻ばせると、何やら他の女たちに指示を出していく。
「まあ、食いモン作るにしても時間は掛かる。その間この子にお湯を使わせておやり。」
集まってくる侍女に再度ミギワが震えるも「安心しなされ。この者たちは戦場に出たりなどしておらんよ」という一言を聞き届けるとほぼ同時にミギワは湯殿へと連れていかれてしまった。
「さあて、こっちも取り掛かるとしようか。」
「?そこまでしな「あんたまさかあの子に重湯作るつもりじゃなかろうね?」
「あんたがあの子を連れてきて三日。確かに空の胃にはよいだろうが何も味の無いものを子供に食べさすんじゃないよ!!」
「・・・というのは冗談でね。」ひっひと老婆は笑う。嗤う。
笑いながら出してきた材料は
大麦、セモリナ粉、蜂蜜、卵、リコッタチーズ(だと思われる塊)。
「これで粥でも作ってみようかねえ?きっと面白いものがみれるよお」
「」
ニヤニヤと笑う老婆をみて変なものを入れないか注意しなくてはと鏡間は決意した。
――――――――
「さあさ、怖くないわよ」
「お風呂に入って綺麗になりましょうね」
にこにこと笑う侍女たちにひん剥かれていくミギワ。
なんだこいつら超怖い。
今までどこに行っても放置、且つ嫌悪されて生きてきたミギワは、いまだかつてないほどの恐怖に戦慄していた。
「べ、別に「あら、駄目よ!これから食事なのにそんな恰好じゃ。」
「そうそう!うちの子も泥だらけで~」
「い、いやあのだかっっひっ!」
話が通じない。鏡間助けて。
そんな願いも虚しく入浴は粛々と、その後の着替えは着せ替え人形の如く進んでいった。
ミギワが解放された頃には夕餉の時刻となっていた。
□ ■ □
「きっと鏡間様も驚くわよ~」
「失礼しまーす!」
「入れ。」と短い返答の後に侍女に手を引かれて台所ではなく座敷へと入る。
生まれて初めて着た女ものの服は重すぎて、結われた髪も重い。
正直言って具合が悪い。よくこんな格好で過ごしてられるなと周りの侍女やらいままで会ってきた女たちを思い出してミギワは素直に称賛を送りたくなった。
「お、
「・・・もっとしゃんとしろ兄者。馬鹿っぽく見え・・・いや、もう手遅れだったな。」
鏡間以外の、外野のやり取り。
驚きを素直に表現する鏡間の伯父・・・らしい千手柱間とかいう奴と、これは信じられないが鏡間の父親らしい千手扉間とかいう二人。
確か、ミギワの前世の記憶の中ではそれぞれが初代、二代目火影に襲名した猛者だったはずだ。
何の因果かうちはの族長筋の家系に生まれてしまって以降、ただ流されるままに生きてきた今のミギワにとってはどうでもいいことではあるのだが、正直親しいものの身内にはいてほしくない人物だ。いろんな意味で。
扉間は柱間とは対照的に驚いたのは本当に一瞬で、すぐに隠してしまった。
たとえ兄弟でもここまで違いが出るものなのかとテコテコと鏡間の方に歩きながら関心を向ける。
その様は裏表など全くなさそうで、良くも悪くもストレートといった所か。
何かと含みのある自身の集落の連中、更には一応肉親だった二人を思い出しふう、と息を吐く。
自身の父に当たる人物は決して人前でああも開けっ広げに自身の心の内を語るようなことも、馬鹿みたいに笑うこともない。
自身の叔父にあたる人物は決して人前で誰かを叱りつけたりなどせず、明るく周囲を元気づけるような人だ。
尤も、前者は冷たい怖いと言った印象を受けがちだが、そのくせ(母や自分のことは抜きにして)誰よりも優しく傷つきやすい思春期男子みたいなところのあるメンドクサイおっさんであるし、後者はそんなムードメーカー役の裏側で常に何やら一族やら兄さんやらのために策謀を巡らせているとんでもねえ腹黒である。更にこの二人、一度火が付いたら止まらないという共通点が存在する。めんどくさいことこの上ない。
そんなことを考えながら鏡間に近づいていくと、ポンポンと隣に敷かれた座布団を叩いていた。
前には周囲とは異なる膳が置かれている。なるほど、そこがミギワの座る席らしい。
が、それよりもこんなに(主に着飾られる)苦労してここまでやってきたのだ、何か一言あってもいいんじゃないか?と不満に思ったミギワは鏡間の顔を凝視する。主に褒めろ的な意味合いで。
じっと見つめあった末。意図が分かったらしい鏡間がへにゃりと笑った。
「可愛いな。よく似合っている。」
ザクリ 心に何か刺さった気がする。クリティカルヒット。
喜びも束の間。ミギワは撤回を要求するために懸命に小さな手で彼の座っている座布団を引いた。
確かにうれしい。うれしいけどなんか違う。
うちはミギワ、外見年齢小学生。実年齢18歳は背伸びがしたい年頃だったのだ。
・・・いや、実際は背伸びとか以前の問題なのだけれども。
そんな夫婦漫才的な掛け合いを繰り広げていると隣から声を掛けられた。
「げんきがいいねえ?ひっひひっ」
その不気味なまでの雰囲気と声に思わず飛び上がったミギワはまるでモモンガのようにシャッと鏡間の腕に飛びついた。
そこに立っていたのは厨房にいた老婆であった。
「怖がらせるでない、婆。ミギワ、もう大丈夫だぞ。ほら、厨房であった婆だ。」
そう言って鏡間が腕を座布団までもっていく。
・・・降りない。
足が着くように関節を折り曲げるとシュッと物凄い速さで腹に抱き着いてくる。
相当恐怖だったらしい。
「このまま食べるか?」
腹越しにこくりとミギワが頷いたのを確認した鏡間は「わかった。」と短く返事を返した後おもむろに彼女のわき腹を掴む。「ひえっ」とおかしな声を上げて拘束が緩んだすきにぐるりと膝の上で彼女を半回転させて再度膳に向けて座らせた。見事な手腕だが、絵面的にも手段的にもアウト。現代ならセクハラ案件である。
余程恥ずかしかったらしいミギワはむーっとむくれているが、当の実行犯である鏡間はそんなことは意に返さず伯父と父に向けて珍しく満面の笑顔を向けていた。なんかこう・・・珍しい猫捕まえたよ的な・・・。
「ひっひ、さあお食べ。あたしと鏡坊特製の・・・『キュケオーン』をねえ・・・。」
パカリと大きな椀を開けたと同時に先程まで忙しなく動いていたミギワがビシリと固まる。
その椀の中に広がっていたのはクリーム色のスープ・・・否、甘い香りの漂う粥であった。
口を両手で覆ってブンブンと首を振る彼女の様子に「おや?ふうむ」とわざとらしく考えたふりをした老婆は「鏡坊。食べさせておやり。」と言って鏡間に匙と器をバトンタッチ。
そういう問題じゃねえ!!と内心で叫びつつ鏡間と粥とを交互に見て・・・涙目で拒否を訴える。
目の前にはニコニコと笑顔の鏡間。・・・そして、鏡間越しに見える般若みたいな顔した扉間。
食べる
→食べない・・・と見せかけて食べる
食べるしかねえ!?
・・・今日、改めてミギワは世の理不尽を知った。
結局キュケオーンはおいしく頂きました。
尚、ロシアンルーレット式だったため。あの場にいた老婆と鏡間、ミギワ以外はもれなくおなかを下してお粥不信になったそうです。
□ ■ □
「キャンキャン!!」
ヒュ ファサ ヒュ ファサ
牢屋の中に一人と一匹。
遊んでいるように見えるがそれは犬だけで、ミギワ自身は犬から髪を守ろうと割と真面目に相手にしている。
何処から迷い込んできたのか、土やら木の枝やらがくっついているきったない毛玉の様な犬だ。
潤んだ瞳でまるで捨てないでとでも訴えかけてくるかのような、狡い子犬である。
食事が終わって牢に戻った時には既にいた。
―――警備手薄過ぎないか?ここ。
ミギワは一抹の不安を覚えた。
そんな中でガタリと天井から物音がする。
「ん?ああ、此処にいたのか、チョビ。」
天井裏から現れたのは鏡間だった。
チョビと呼ばれた子犬は「キャン!」と一つ鳴いてみせる。
「ほら、良かったな。飼い主が来たぞ。」
「いや、飼い主ではないのだがな。・・・遊んでもらったのか?シーザー。」
「おい、名前変わってんぞ。」
「まあ、名前も決まっていないからな。なあベルン?」
また嬉しそうに鳴く子犬。
「・・・ただのバカ犬じゃねーか。」
どんな名前でも鳴くとか、番犬には絶対できない。
状況の飲み込めないミギワは出て行こうとする鏡間を引き留めて説明を要求した。
・・・どうやらこの子犬。迷い犬だった母犬が厨房に迷い込んで、そのまま出産して生まれた犬だったようだ。
母犬も、他の兄弟も助からず、一匹だけ生き残ってしまった。
そんな寄る辺のないこの子犬を哀れに思った千手の者たちは総出で犬をかわいがることにした。
が、此処である問題、というか可愛がりの弊害が出てきた。
みんながみんな可愛がり過ぎて床にも置かないような扱いをしていたらしい。
案の定、何もさせてもらえない、エサは勝手に置かれるので食べるだけ、しつけとか何それ?名前が統一されないetc・・・ものの見事に駄犬と化した。
この名称不明の子犬が腹どころか手足にも肉が付き始め、歩行が困難になってきたところでやっと一族の者達もあ、これなんかヤバくね?と危機感を覚え、鏡間にブリーダー役が回ってきたらしい。
曰く、困ったときの鏡間!!例え無人島に漂流しても彼さえいれば安心!!だとか・・・。
そんなセールス染みた謳い文句を聞いたミギワは、便利屋みたいな扱いをされている自身の唯一無二の男になんだかしょっぱい気持ちが込み上げてきた。
「さて、今日の訓練は終わりだ。風呂でも入るか。」
そんな鏡間の一言にキャン!と鳴いた子犬はぽてっとその場に寝転ぶ。
「ん?なんだ?まさか運べとか言うんじゃ「いや違うな」
これは・・・と寝転んで腹を見せている子犬をじっと見て鏡間は一言。
「腹が減っているから飯が食いたいときのポーズだ。」
「いやなんで飼い主が犬の意図理解できんのに犬が飼い主の言葉理解してねえんだよ。おかしいだろ。」
名前(候補)が分かっているのだからいつもの習慣の一環としてわかるはずである。
もしやこの男。犬に舐められているのではなかろうか?
「おら、風呂だっつってんだろ。行くぞっ」
見兼ねたミギワが犬を持ち上げようとする。
が、余程風呂に行きたくないのかヴヴっと唸って床に這い蹲った。
爪も立てているようで剥がれない。
犬VSミギワの戦いがここに・・・始まるわけがなかった。
バッと思い切り力を込めたミギワに床から剥ぎ取られると同時にムリムリッと牢の中に置き土産をしてくれた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ」
「ま、まて!我の部屋を貸してやる故早まるな!!」
今にも犬を放り投げそうなミギワを御しつつ浴室に向かうにはどれくらいの時間がいるのか。
鏡間は溜息を吐いた。
――――――――――
「しっかしこいつ、汚れてんなあ・・・。」
ワシワシと犬を洗いながらミギワが呟いた。
洗えば洗うほど桶の中の湯は濁っていき、逆に犬は白くなっていく。
もうかれこれこれが三度目のお湯の入れ替えである。
ザバッと濁った湯を捨てて温めて置いたお湯を足す。
「・・・肥溜めの中に突っ込んでいったからな。」
泥と花びらから造った特製の石鹸を足しつつ事も無げに鏡間が言う。
「え゛」
「さらにそれから何を思ったのか熊の住処に突っ込んでいった。」
「碌なことしねーな。こいつ。」
そんな二人を余所に当の犬は何を勘違いしたのか「もっと褒めてくれていいのよ?」とでもいうかのように誇らしげに胸を張ってキャンっと吠える。
―――いや、褒める要素何処にもないんだけど。
二人の心が一つになった瞬間であった。
ザバッと最後に綺麗な湯を上からかけると、真っ白な子犬が出てきた。
子犬は嬉しそうに「キャン」と鳴く。
「いやキャンじゃねーよ。次はこの肉をどう落とすかだな。」
言ってガシッと子犬の両頬を掴む。
ブニッと肥満体特有の肉づきが不思議とミギワの手に馴染んだ。
「・・・なあ。名前ってまだ決まってないんだよな?」
「ああ、そうだが。」
「じゃあ、雪見大福でどうだ?」
「なんか人によっては分け合うのを渋りそうな名前だな。」
「んなっじゃあお前はなんかいいのあんのかよっ。」
「・・・ゴールデンレトリバー。」
「それ犬種ぅぅーっ。つーかこいつゴールデンレトリバーじゃねえし!!」
「じゃあ、キュケオーン。」
「それ言ったら暫く誰も近寄らなくなるぞ。」
「・・・もう大福でいいや。」
「キャン!」と犬・・・あらため大福が鳴く。
命名・大福。決定である。
「良かったな。大福」と言って優しくミギワが大福の頭を撫でてやる。
なんだかんだで気にかけていたらしい。
鏡間も微笑まし気に目を細めた。
「鏡間様っ大変です。」
「どうした。」
牢番の声に心なし緊張した面持ちで鏡間が答える。
ミギワも身を強張らせた。
「じ、実はっ先日から捕えていた捕虜が脱糞して逃走したようですっ」
「んな゛!?」
「・・・それで?」
現在捕虜を捜索中ですっと浴室の壁越しに牢番が言うか否か、素早く牢番の前に躍り出る。
その目には写輪眼が赤く光っていた。
「なっそ、それ・・・は・・・。」
「そのことは此処以外で誰かに言ったか?」
「いいえ。まだ、誰にも言っていません。」
「・・・よし、ならそのことは全て忘れろ。」
幻術に掛かったのを確認して。そのまま牢番を返した。
「あああ危なかったっ」
「ああ、まあ、取り敢えずはこれで牢番に口止めをしたとして・・・後は現物をどうするかだが・・・。」
現物がまだそのままの状態であることを鏡間の一言で気づかされたミギワは遂に涙目になる。
「・・・どうしよう。例え勘違いでもこの年で脱糞?オレの人生終わりじゃね?あ゛あ゛あ゛どうしようぅっ。」
「・・・策がないことはない。イチかバチかだが・・・。」
――――――――
千手邸 実験室
「・・・せ、セット完了。こ、こんな感じでいいのか?」
ミギワがそろりそろりと陣を踏まないように慎重に外側に出たのを確認して「ああ」と短く返事をした鏡間はそのまま部屋の床一面に描かれた魔法陣を起動させる。
「後はミギワ、お前の記憶を頼りにその座標に転送するだけだ。その宝石を握ってイメージしてくれればいい。」
陣が淡く光りだし、文字が浮いては消え、沈んでは消えていく。
「辿るは風、
―――濡らすは雨、拭うは海。
―――流れるは砂、覆うは土。
集え集え集え。我、手繰るを望む者。歪め繋げ無色の糸。我、その針先を指し示す者也。」
一際大きな光を放ったかと思うと中心に置かれていた懐紙・・・とその上に置いてあった糞が消えていた。
どうやら転送はうまくいったようだ。ミギワと鏡間は胸を撫で下ろした。
「一件落着・・・か?」
「恐らくは、な。」
なんせ今回座標として選んだのはミギワの知る絶対に怪しまれない所である。
流石に元住んでいた集落とかにはいけない。つまり確かめる術はない。
「ありがとな。鏡間。」
「・・・どういたしまして。」
結局それから、あの牢屋では寝たくないと駄々をこねたことにより伴場強引に鏡間の部屋にミギワが住むことになったのであった。・・・もちろん、大福も一緒である。
「あれ?そういえば湯、途中のやつ取ってあっただろ、なんで?」
「ん?ああ、それはまあ、成功してのお楽しみという奴だ」
「?」
おまけ
一方そのころうちはの集落では・・・。
ある一軒の家の上空に何やら見たこともない文字列(※魔法陣です)が浮かび上がったかと思うと途端にそれは消失した。
そして、その家から悲鳴が響き渡る。
なんだなんだと心配というより野次馬らしき人だかりができている場所に玄関先から男が飛び出してきた。
長くなるので省くが、あるいざこざから妻子に見捨てられた男はそれでもまだ若い族長に取り入れないかと迷惑がられながらも家に通うことをやめなかった。
出禁になると嫌がらせをするようになり周囲も辟易しているような男であった。
そんな男の悲鳴に何だまたかと戻ろうとしたとき周囲は驚きの光景を目にすることになる。
男がなんと糞尿にまみれて走ってきたのだ。助けを求められてもみな避ける。
そも、見た目以前に肥溜めに落ちたかのようなにおいを放っていることもあって近寄ることすらできない。というかしたくない。
最初こそ、ついに族長の堪忍袋の緒が切れたかと噂されたが、その前触れのように謎の文字列が消えたこと、そのとき族長宅はそろって集落内を駆け回っていたことからいつしか件の男が祟られたという噂が流れることになった。
――×年後の噺――
「・・・でね、そのあとも定期的に岩が降ってきたり、よくわからないガラクタが降ってきたりして。いやー本当に因果応報ってあるんだね。」
「へ、へー・・・そうなんだ。」
ニコニコと楽しそうに語る叔父に冷や汗をかくミギワ。
―――い、言えない。最初から最後まで(偶然とはいえ)人為的なものだったなんて言えない。