「兄者あああ何処だあああ!!」
今日も今日とて父上の怒鳴り声が集落に響いている。
ああ、今日も空が青いなあ。
父上の分と、恐らく必要になるであろう伯父上の分そして己の昼食の準備をしつつ現実逃避をする。
場所のおおよその見当もついている。
どうせまた伯父上が執務を抜け出して賭場にでも行ったのだろう。で、それを現在五徹目の父上が鬼の形相で探し回っている、と。
我ながらよく路頭に迷わないなあこの一族。とか思う。
わっぱの中に手際よくおかずを詰めて、完成した弁当を風呂敷に包んだ。
・・・この調子でいくと今日の修行を見てもらう約束はぱあだな。
書き置き挟んで、届けた後は川に遊びに行こう。
え?同年代の子と遊んだらどうかって?
・・・残念ながら、僕。友達いないんだよね。
いやほら何ていうの・・・母親が外から来た人でいろいろあったらしくて親としては微妙なところなんだとか。
派閥がなんとかって。で、そんなでも近寄ってきてくれる子っていうのはいるんだけど、そういうのって大概逆。親に言われて、少しでも次の長に近い間柄の僕とお近づきになって来いっていう子がほとんどだからいまいち素直に仲良くなれない。本当に申し訳ないんだけれど。
そんなことを考えながら恐らく伯父上が通るであろう地点に特定のチャクラを感知したときに反応する起爆札とへばりつく網を使った簡易トラップを仕掛けて、そのわきにはお弁当を置いておく。これでよし。
「今回はどんな結果になるのかな。」
大切な修行の時間を潰しているんだから新しいトラップの実験台くらい多めに見てくれるよね。
報告を楽しみにしつつ集落を出た。
パシャ パシャ パシャ ボチャ
川のせせらぎと、自分の放った石が水を切る音だけが響く。
ここは誰も来ない場所だ。だからいい。気に入っている。
時々死体が流れてきたりするけれどそこは仕方がないと容認している。
なんせこのご時世だ。きっと上流で合戦でもあったのだろうくらいである。
そしてこれも時々、というか死体が流れてくる頻度よりも極稀にだがその死体を追ってか生きた忍びもやってくる。
まあ、生きて何て返さないけれど。だってここは秘密の場所なわけだし、大変申し訳ないが僕もこんなところでおめおめと死ぬわけにいかない。僕が死んだらあの二人の困った大人の鬼ごっこをどうやって止めろというのか。
・・・というわけで大体は新術の実験台になってもらっている。
さあて、次の手ごろな石は・・・っと。
いい塩梅の石を見つけたと同時に何かが僕の感知に引っかかる。
えーと・・・小さくて忙しない足音・・・子供が一人。・・・と、そのあとを大人の足音が十人ってとこか。
つかず離れず、たぶんこれ機密を知られたからとかじゃなく、なんだろう・・・獲物をいたぶって遊んでいるかのような・・・。
鏡間はその足音を感知したほうに歩みを進めた。
□ ■ □
「はあ・・・はあ・・・。」
なるべく呼吸音が聞こえないように両手で口を塞ぎながら木の洞の中に隠れる。
少女・・・ミギワはどうしてこうなったのだろう。こんなことになるのなら集落を離れなければよかったと今更ながら後悔した。
きっかけはちょっとした集落の子供たちの意地悪だった。
ミギワには父親がいない。戦死したとか病没したとかではない。元からいなかった、いわゆる私生児というものである。
そして何よりも血を繋ぐことが大切で、個人ではなく一族が重視されるこの戦国の世においてそれは余分なものだった。
母親がとんでもない美人だったというのもあってか誹謗中傷は納まるところを知らず、男にだらしない女。阿婆擦れなどといまだに集落の大人は陰口をたたいているし、子供もその影響を受けてかミギワのことを積極的にいじめるようになってきた。これがただの幼子ならきっと訳も分からずかなしいと思ったのかもしれない。漠然と憎いと思えたのかもしれない。
しかし、運が悪いというか、ミギワは転生者だった。なりたくてなったわけではないが。
そのため精神的にはそこらの子供より大人であったし、故に何を言われているのかも全て理解できていた。
その分苦しくて、辛くて、でもそんな奴らの相手をして一緒のところまで落ちてしまうのも嫌だった。
ほんの少し、一度だけ母親に陰口の話をして本当かと聞くと母親は少し悲しそうな顔をした後ミギワを抱き締めてごめんねとぽつりと言った。そんなことを言わせてしまったという事実が今度はミギワに圧し掛かってきて申し訳なさでいっぱいになった。自分はこの人より精神は長く生きているのに、自分の弱さでこの人を傷つけてしまった。と。
毎度の如く馬鹿にされる父親譲りの黒髪と、恐らくこれも父親らしき顔面を鏡で見て割ったことも数知れない。
ミギワは、父親が嫌いだった。
無責任に母をどうにかして、ミギワを産ませた挙句碌々守りもしない。きっとロクデナシのクソ野郎だ。
ミギワは、自分が嫌いだった。
いるだけで誹謗中傷の的になる、母にあんな顔をさせた。そして何より父に似たであろう自分が許せなかった。
いつものような意地悪の中で今日は一人で森に入って川で死体から鎧を剥ぎ取って来いと言われた。
そうしたら認めてやるとかなんとか。
普段ならそんな誘いには絶対に乗らないのであろうがこの時のミギワはいい加減疲れていた。
やけになっていたともいえる。
啖呵を切ったあと意気揚々と森に入っていった。
そして運悪く合戦帰りの忍の小隊と出くわしてしまって現在の状態に至る訳だが。
会話の端々から上玉だの売るだのという単語が聞こえるあたり十中八九捕まったら即売り飛ばされるか辱めを受けるかのどちらかであろう。絶対に嫌である。
(通り過ぎろ、通り過ぎろ通り過ぎろっ)
「みーつけぎゃっ!?」
洞を覗き込んだ男が瞬間に吹っ飛び恐怖心から出かかっていた涙が引っ込んだ。
それからしばらく何か殴打する鈍い音やら汚い悲鳴やらが響いていたがぴたりとそれもやんだ。
そして、再度。今度は小柄な人影が洞を覗き込んだ。
「大丈夫?」
いって、手を差し伸べてくる。
「あ、う・・・。」
それは金髪の、ミギワと同い年くらいの美しい男の子だった。
あまりの展開についていけなくなったミギワの口からは言葉にならない嗚咽しか漏れないが男の子はそれを恐怖心からだと思ったらしく、そのままミギワを軽々と抱き上げると適当な切り株に座らせて水とお弁当をくれた。
どうしていいのかわからず、とりあえず水筒の中の水を飲む。
大人からすれば見ず知らずの人物から与えられたものを口に含むなんてとか言いそうなところだったろうがそんなことを考えるような余裕は今のミギワには皆無だった。
水を飲んで一息ついたミギワに少年が落ち着いた?と優しく語り掛けてくる。
途端にボロボロとミギワの涙腺が決壊した。
男の子は慌てたようにどうしたの!?何処か痛いの!?と心配してくれるがミギワは泣きながら首を振り続けた。
―――母以外にも、自分を気にかけてくれる人がいるんだ。
その事実がミギワの心にすとんと落ちてきた。
結局そのあとそのまま少年に集落まで送ってもらい帰宅した。
鎧を見せても嘘扱いされて終わりだったがもはやそんなことは彼女にとってはどうでもよかった。
丁寧に洗ったわっぱと水筒を見て顔がにやける。
―――また、あえたらいいな。
そうしたら、きっと。
ふわふわと浮つきつつも着実に熱くなっていく胸をそのままに母の元に向かった。
「まず、強くならなきゃな」
取り敢えず自衛の手段として母に忍術の稽古をつけてもらう事から始めよう。