其の者は生まれた時から異質だった。
其の者の両親はマトモではなかった。彼らは忍の間で禁忌とされてる禁術の研究を行なっており、その結果抜け忍にされ善忍と悪忍の追跡をかわすために逃亡生活を送っていた。
ある時、自分たちと同じような者たちが集まり隠れ住んでいるという村の話を聞きつけ二人はそこで暮らすようになり研究に勤しんだ。
そして、其の者は生まれた。本来人として生まれたならば絶対に持ち得ないものを持って…それは第三の眼。
二つしかないはずの眼に加え額を縦に割り見開かれたその目に狂気にのまれた村の者でさえも恐怖した。いや、正確にはその目をもって生まれた赤子にその親すら心底恐怖を抱いた。
それはなぜか、その赤子が振りまく威圧感とその場にいるものすべてが感じる視線だった。まるで自分たちを観察しているような…
気味悪がった彼らは赤子を地下に閉じ込めた。それほどまでに彼らは赤子を恐れていた。
しかし相手は赤子、大人である彼らにとっては殺すことなど簡単なはず。なのにそれをしなかった。
『手を出せば殺される』
誰もがそう感じたから、そう感じさせたその赤子から一刻も早く離れたかったから、赤子を地下に放り込む事に誰も罪悪感など感じなかった。
それから数日後、地下へ赤子の様子を見に行った者たちはそこで恐ろしい光景を目のあたりにした。
日の届かない地下の倉でグチャリ、グチャリと何かを貪る咀嚼音が不気味に響いていた。音の原因は地下室の中央で何かの動物を食らっている赤子だった。
「ヒ、ヒィッ!」
一人が思わず声を上げた時、咀嚼音が止みまだ開かれていない二つの目のかわりに額の眼がその声の方をギョロリと見つめた。
「~~~~~?」
まだ声帯が発達していないのか何を言ったのかはわからなかった。問題はそこではなく向こうがたしかにこちらを認識し、言葉を投げかけたということだ。
それに気づいた瞬間彼らは口を開いて固まってしまった。冷や汗が吹き出し喉が干上がる。口から溢れるのはかすれたうめき声のような音。その状態が数分続き、ようやく体を動かすことができるようになった村人たちは次々と逃げ出し、そこへ通じるすべての通路を潰した。
『鬱陶しい…』
幽閉された赤子はまだ他者に聞き取れない未熟な言葉でつぶやいた。
『だがこれで塵共の忌々しい視線を感じ無いですむ』
生まれてたった数日で赤子は思考し、言葉をも理解していた。
『この眼のせいで見たくもないものは見えるが、仕方ない』
まだ幼い小さな手で唯一開かれている額の眼に伸ばして寸での所で止める。
赤子がたった数日で言語を理解出来たのはこの眼が原因と言っても過言ではない。
天眼―――天人が持つと言われる三世十方、全てを見通す眼。五眼の一。
赤子の有する物はまさしくそれだった。母の胎内に居る時から赤子は全てを見ていた。さすがに臓器が出来ていない状態では考えることすらままならないがそれを抜いたとしても数ヶ月の間、赤子は観察していたことになる。
笑う者、苦しむ者、賢しい者、無知な者、生きる者、死にゆく者。彼の意思に関係なく、それらの映像が脳内に叩きつけられた。そのような膨大な情報を赤子が受けきれるのかと言われれば当然否だろう。普通に考えれば赤子でなくとも頭がパンクして死ぬ。
それでも赤子が平然としているのは単に赤子が異常だというだけの話だ。何よりも天眼を宿した時点で人であるとは言いずらい。天眼は人が得ることは叶わない故に彼が常人を超えていようと何らおかしくはない。
『上の塵共も俺のことを放って置いてくれれば良いものを…威圧した位で騒々しい』
そうでもしなければあの屑共は彼を殺そうとしただろう。ただでさえ三目の奇形なのだ。ただではすまない。最悪の場合、禁術の実験台にでもされたらたまったものではない。
真っ暗な地下で考える人のポーズをとる生まれて数日の赤ん坊…凄まじくシュールな絵である。
『……まあいい、適当な草でも食べてから寝るとしよう』
そう言って俺は倉の奥に歩いていくと
『そもそもこんなに考える赤ん坊が普通に居るはずはないか』
モサモサと雑草を引きちぎっては口に放り込みたまに木の皮を無理やりひっぺがしてガジガジ噛んでいた。あまり栄養があるとは思えないがここ数日同じようにして食いつないでいたから多分大丈夫なはず…。
『…別にそれで死んだとしても誰が困るわけでもないか。いや俺は困るか』
口に含んでいた草を飲み込むと赤子は倉に戻っていった。
『ああ、しかし不快だ。なんだ?俺の視界の隅に映り込んでくるこの塵は。人間じゃないナニカが存在している…俺の眼の見えるところにいる。よくわからないものが
なぜだかわからない。わからないけれど俺は、この
目に見えている、手を伸ばせば簡単に届きそうなところにイルのにトドカナイ…それがもどかしくてたまらない。
足を運んで潰そうにもこの未熟な肉体では叶わない。ならば体が成熟するまで待つしかない。
『そうかそうだなそれがいいしそれでいい。潰しに行ったつもりがこちらが潰されていたでは出来損ないの三文芝居より笑えない。だが、潰してやるぞ…いつか必ずこの手で。ハ、ハハハハハハハハハ!アハハハハハハハハハ!』
その頃の村
「本当だ、あの赤子はまだ死んでいない!あの不気味な目でこっちを見たんだ!」
先ほど様子を見に行った者たちは皆同様に怯えていた。こうして話すのもやっとだといわんばかりに滝のように冷や汗がながれていた。
「それが本当だとしても、我らにはどうすることもできん…アレをただの赤子と思うな。あの時我らが感じた威圧感は生半可なものではなかった」
「しかし、長よ。このままでは他の者たちの精神が持ちません。ああして閉じ込めた今でも倉から発せられる威圧感と殺気は伝わってきます。なにか手を打たねば」
長の発言に一人の若者が反論する。
この老いぼれは赤子風情になにをおびえているのだと自分も一時は恐れていたことを忘れて長に言った。
「…そこまで言うならばおぬしが何とかして見せい。アレの両親は狂気にのまれて使い物にならん」
「わかりました。なんとしてもやって見せます。」
そういって、長の家から出て行った。他の者たちもある程度落ち着いたのかぞろぞろと自分たちの寝床に帰って行った。
一人になると、長は棚からキセルを取り出し、紫煙とともにため息をついた。
「アレは生まれてはならぬものだったのかもしれん」
長とてただの老いぼれではない。若いころは腕の立つ忍びであった故アレの異常さがわかる。
「どうにかしろじゃと?できるならすでにやっとるわい」
他に誰もいない縁側で一人、愚痴をこぼし月の輝く空に一筋の紫煙がゆらゆらとながれていた。