飛鳥との出会いから数か月、俺はふと思った。黒影は今どうしているのだろうかと。俺が人間に興味を抱く原因になった男…だったような気がしなくもない。今は山奥で暮らしているようだ。どうやって知ったかなど今さら言うまでもないだろう。今もまだ正義を求めているのか、諦めたか少々興味がわいてきたな。
「お兄さんどうしたん?」
俺が黒影について思い出していたらカウンターに座っている日影に声をかけられた。俺が日向を助けた時から日影と日向とは偶に会っている。
「少し考え事をな…、出来たぞ。ほれ」
「ん、いただきます」
俺は出来上がったカレーを日影に差し出し、受け取った日影は相変わらずの無表情で食べ始めた。すこし口角が上がっているようにも見えるがきっと気のせいだろう。
「いつも思うけどこの店人気無いん?うち以外でカレー食ってる人日向くらいしか見たことないで」
「お前が会ってないだけであと3、4人くらいはいるぞ」
今の話の流れでわかるかもしれないが、俺は現在小さなカレー屋をやっている。と言っても金を稼ぐのが目的ではなくほとんど趣味でやっているので値段は気分でころころ変わる。建っている場所が以前と同じ貧民街なので人は基本的に知り合いくらいしか来ない。
「それでも3、4人なんやな」
「…日影、それ以上言ったら胸をもむぞ」
「ふ~ん、勝手にすれば?」
さて、俺は目の前にいる子の恥じらいのはの字もないガキに一体どんなリアクションをとればいいのだろうか。
「年頃の女なら普通は拒否するものだと思うんだが」
「うちには感情が無いからのう。まあお兄さんだからってのもあるけど」
「………………俺はお前にどう返せばいいのかわからんよ」
『うちには感情がない』事あるごとにこいつが口にする言葉だ。本人が言うには正確には感じるものがあるけどそれが表に出にくいとのことだが。俺も日影とはそれなりに長い付き合いだが、こいつが笑顔のところなんて見たことがない。
「そういえばこの前変なおっさんにあったんやけどな?」
「変なおっさん?何だ露出狂にでも遭遇したか」
「いやいや、たしか忍学校?の偉い人とか言ってて…」
自然と皿を洗う俺の手が止まる。
「そんで勧誘されたんやけどどないしようかなと思ってる」
「なんでだ?(そうか、等々か)」
「別に興味があるわけちゃうしなー、面白そうな気もするけど」
ここで日影が忍にならないという選択をした場合、やはり未来は変わるのだろう。5人が4人になるか、別の誰か一人が入って穴を埋めることになるのか。別段見たいわけではないから興味はないが、ここでへたに筋が変わるのはあまり個人的に好ましくない。日影を利用する形になるが…
―まあ、気にすることではないだろう。俺にはたいして関係ないことだ―
「なるほどな、やってみればいいんじゃないのか?決めるのはお前だが」
「考えとく。ごちそうさん」
そう言って日影は店からガラガラと戸の音を立てて出ていった。
俺は皿を片付けながら先程の会話を思い出す。忍学校、あの時の光景が確かなら恐らく悪忍の学校である秘立蛇女子学園のことなのだろう。であるならば日影に話しかけてきた男は学園のスポンサー道元に違いない。俺とてこの数年間ただ待っていただけではない。ちょうど蛇女の関係者に知り合いがいたのを利用しできる限り情報を集めた。その情報の中には少々興味深いものもあったがその話はまたにしよう。
「ははは…もうすぐか、もう少しであの不快な塵を潰せる」
あぁ…楽しみだ。とてもとても楽しみだ。
「ふぅ、久しぶりにお兄さんのカレー食べたけどやっぱりやめられんわ」
わしは少々膨れたお腹をさすりながら満足げに呟いた。思えば、あの人との関係ももう数年になるのか。
始まりは、日向が行方をくらましたことだった。いや、この言い方はあまり正確じゃない。日向の所属する盗賊団が分裂したとき敵対グループに周りの反対を押し切り交渉に行った日向が行方をくらました。皆逃げ出したとか殺されたとか好き勝手行っていたがわしはそんなの信じたくなくて、街に飛び出した。
その時に日向を助けてくれたのが波旬やった。あの時のわしは波旬のことを警戒しとった。なのに波旬は嫌な顔をするどころか面白いと言って笑みを浮かべた。
不思議やなと思った。ガングロで金髪って外見が珍しいのもあったけどそうじゃなくて根本的に自分とは違う存在なんやって感じた。でも、忌避感はなくってなんだか冷たくてすこしあったかい。
「ほんま不思議やわ……」
「…………………でねぇな」
ある人物に電話をかけているが一向に出る気配がない。奴め、まさか俺に借りがあるのことを忘れたか。くそ、あいつが出ないとなると少々面倒なことに『だれだ』…ようやくか。
「オレだ、あの時の借りを返してもらうぞ」
『その声は波旬か。そうかようやく借りを返せる時が来たのか。要求はなんだ?』
「おいおい、俺が無理難題を押し付けるとか考えていないのか?えらく素直だな」
『俺はあんたに家族を救ってくれた恩がある。多少のことなら無理をしてでも叶えるつもりだ』
「恩か、あの場所に俺がいたのはほとんど偶然に近いが貸しは貸しだ。安心しろ、無理難題を押し付けるつもりはない。立場は問わない、俺を秘立蛇女子学園に入れてくれ」
『……俺なら容易いことだが理由はなんだ。まさか、女子に興味をもったからなどとは言うまいな』
さすがの電話の男も波旬の要求には疑問を以ざるを得ないようだ。彼は波旬と接触した時間が多いわけではないがそれでも波旬がこのような要求をしてくる等ありえないと確信するぐらいに波旬を知っている。
「だと言ったら?」
『ぬぅ、とても想像できんな。頭がどうにかなりそうだ…』
「はっはっは、冗談だ。目的は詳しくは貴様にまだ明かすことはできんが忍に無関係ではない内容だ」
『あんたがそう言うならどれだけ聞いても教えてはくれないんだろう。触らぬ神に祟りなしと言うしそのことは保留にしておく。ところで学園に入る際の立場だが…生徒で構わないか?』
「生徒か…女子学園に入る以上教師になるより違和感はあるが人に物を教えるのは正直得意ではない。構わないぞ」
生徒になる場合確実に日影と詠に怪しまれるが、問題視するほどのことではない。力を抑えればたいていのことは誤魔化せるだろう。ああ、しかし入学が早すぎてもいかんな。肝心のメンバーが揃わなければことが進まん。
「入学のタイミングは3、4年後にしたいのだが構わんか?」
『了解した、理由は教えてくれないのだろう?』
「ああ、では頼むぞ。これでも俺は貴様が約束を破るような男ではないと信じている。俺の信用を裏切ってくれるなよ
『破りなどしないさ』
それだけ聞けば十分だと俺は電話を切った。
下準備は整った。あとは時を待つのみ。
―――――――――始まりは近い
感想欄で波旬のカレー屋を見かけた瞬間戦慄が走った。